ほんの僅かな先もろくに見えない闇の中、俺はレーダーに映るアルファの反応を頼りに舵を取り燃料が減らない程度の速さで海を走り続ける。
「そういえばアルファ、お前はこの暗闇でよく見えるよな?」
緊張を解すた、明かりも使わず正確に装甲空母姫の艦隊が待ち受ける方向を指し示すアルファにそう尋ねるとアルファは答えた。
『バイドハ、夜ノ暗闇モ、明ルイ昼ノ光モ、同ジデス。
見エルノハ、琥珀色ニ染マッタ、美シイ、忌マワシイ、世界』
よくわからんが、アルファには空も海も夜も全部俺達とは違う色に見えているのか。
夜偵も出来て便利とも思ったが、アルファの様子からバイドというものがろくでもないものなのだろう事は何と無く分かった。
『我々ハ、ソレデモ地球ニ、帰リタカッタ。
ダケド、バイドハ、地球ニ、居テハ、イケナイ』
待て。
よくわからんがお前がここに居ることは相当ヤバイのか?
いやいや、そうとも限らないだろう。
なんだかんだで一週間以上生活を一緒にしていて俺や木曾に異変は起きていないし、あの糞野郎が寄越した以上何等かの対策をしている可能性はある。
違ったら次会ったときぶち殺す。
と、話し込んでいたらレーダー圏内ギリギリに多数の反応を感知した。
……いよいよか。
「アルファ、此処からは俺一人でいい。
お前は木曾を助けてやってくれ」
『……了解』
命令と同時に味方の識別が後方へと消える。
辺りを見ると水平線の向こうがほんの微かに見えた。
もうすぐ夜が明けるのだろう。
同時にレーダーの反応も動き出す。
暫くすると薄明かりの海上の向こうに装甲空母姫を筆頭とする黒い津波が見えて来た。
あれを相手に自分一人でどれだけ稼げる?
一分? 一時間? それとも…いや、考えても無駄だ。
ひたすら足掻いて少しでも稼ぐしか無い。
「…貴様一人か」
俺を見てそう問う装甲空母姫。
そう問う装甲空母姫が一瞬だけ嬉しそうに見えたのは気のせいだろうと俺は答える。
「見ての通りだ。
残念ながら決裂したよ」
「戯言を」
装甲空母姫は俺の台詞を鼻で笑い飛ばす。
「我の話など最初から聞く気はなかったろうに」
「さて…な」
もし、木曾や明石が北上達を見捨てる気なら答えも違ったかもしれない。
だが、
「それで、貴様は自らを差し出して奴らの助命を乞いにでも来たか?」
「それこそまさかだ」
全身の熱を満遍なく広げながら俺は牙を剥く。
「あいつらを死なせたくねえが、俺だって死にたくないんでな。
力付くでお帰り願いに来たんだよ」
「くっ!」
俺の宣言に装甲空母姫は哄笑する。
同時に浮遊要塞が口を開き控えていた深海棲艦が一斉に戦闘体勢に入る。
「頭に乗るな、忌まわしき艦娘に与する愚か者め!!
その身を以て、我に刃向かうその罪を知れ!!」
装甲空母姫の宣言を皮切りに装甲空母姫の艤装とヲ級とヌ級から一斉に艦載機が飛び立ち空を埋め尽くす。
「はっ、窮鼠猫を噛むってな。
喰い千切ってやるよ!!」
ギアを最高速度に叩き込み俺はファランクスを迫り来る艦載機に向ける。
レーダーと連動してファランクスが照準を定めるは艦上爆撃機。
北上らとの戦いで艦攻への対抗策は見付けたが、上空から爆弾を落とす艦爆は撃たれる前に落とす以外無い。
猛然と吐き出される弾丸の雨が次々と艦爆を穿ち、飛翔した百機近くの艦爆の内俺に直撃するおよそ二十機程が空中で爆散。
同時に海面ギリギリを飛翔しながら魚雷を投下する艦攻に俺は後ろに下がりながら爆雷をばらまき盾とする。
水中で弾けた魚雷が海面に水飛沫を上げる中、俺は今度は上から降ってくる爆弾を避けるため猛然と走る。
至近距離に落下した爆弾に煽られるも直撃を回避し俺は敵陣に真っすぐ突っ込む。
「無謀で勝てると「思ってねえよ!!」」
浮遊要塞の砲弾をかい潜り俺は更に加速。
そうして更に追い縋る艦載機に注意しながら俺は1番近くまで迫った軽巡ホ級に吶喊する。
『っ!?』
ホ級は俺の吶喊に慌てて進路を変更。
ギリギリで正面衝突を避けるが、代わりに浮遊要塞が放った砲弾が至近距離に着弾しホ級が大きくバランスを崩し転覆した。
『小癪ナ!?』
一体のル級が副砲を水平に構えたのを見咎めた俺は、レーダーを最大に駆使し減速。ル級が狙いを付けた瞬間再加速し放った砲弾を回避。
放たれた砲弾は射線上に居たニ級に直撃し、当たり所が悪かったらしくニ級はそのまま轟沈していく。
「奴の目的は同士討ちだ!!
砲は使うな!!
機銃で蜂の巣にしてしまえ!!」
装甲空母姫の指示に全方位から鉛玉が雨のように俺の身体を叩く。
「その程度で!!??」
機銃の雨に装甲ががりがりと削られていくが、下手な重巡並の厚さを持つ装甲を貫くには至らない。
お返しに俺も機銃を目茶苦茶に乱射。
『ガァッ!?』
内一発が運よくチ級の魚雷発射管に当たり大破に持ち込む。
しかし機銃とはいえこれだけの数にいつまでも耐えられるわけが無い。
俺は敢えて密度の厚い方に飛び込み、そのまま目の前に居たハ級を踏み台に加速度を活かし跳躍。
『オレヲフミダイニ!?』
お約束の台詞を吐くハ級だが、皆まで言う事なく跳躍と同時に俺が投下していた爆雷が頭上から直撃して頭が吹き飛んだ。
俺は顛末を確認する暇もなくファランクスを急降下爆撃を敢行していた艦爆に定め乱射。艦爆を塵にしながら着水。
水面に大きな波を巻き起こしながら俺は更に加速。
ヌ級の口にファランクスを押し込みその口から飛び出そうとしていた艦載機を弾幕で蹂躙し、艦載機が爆発して生じた爆風で口の中をずたずたに引き裂き発艦を封じる。
「よく抗う…だが!!」
そう叫び装甲空母姫が現状全く意味を持たない艦戦を飛ばした。
一見無意味に思える行動だが、俺はそれの意味に気付き怒鳴った。
「着弾観測射撃か!!??」
艦戦を水偵の代用を目論んだと気付いた俺は即座に撃ち落とす事で対応。
それでも一歩足らず、浮遊要塞が放った至近弾が起こす爆風に装甲が悲鳴を上げ船体が大きく傾く。
だが、直撃は無い!!
「まだだぁ!!」
傾斜した船体を傾いた方向に舵を切って無理矢理戻すと、俺はたまたま真ん前に現れた先程大破させたチ級に接近し自分の牙でその喉笛を噛み千切った。
『!!??』
声も出せず倒れていくチ級の血の味がする燃料を全身に浴びながら、噛み千切った肉を吐き捨てレーダーを頼りに機銃の雨を駆け抜ける。
『駆逐艦風情ガァア!!??』
戦闘開始1時間足らずで、たった一隻の駆逐艦に何隻もが沈められ誰かが吠える。
「駆逐艦舐めんじゃねえ!!??」
怒鳴り返し俺は再び全速力で海を蹴った。
〜〜〜〜
朝日を背に空を翔けるアルファがイ級の命に従い木曾達を発見したのは、別れてからしばらくしての事だった。
「アルファ!?」
アルファだけが姿を見せた事に木曾はアルファを問い詰める。
「イ級は…まさか…」
沈んだのかと肩を落とす木曾にアルファは答える。
『マダ生キテマス。
御主人カラ、自分ヨリ他ノ全員ヲト命ジラレマシタ』
「そんな…」
制空権が無い状態で偵察機一機がいて何が変わるとは思わないが、それでも微かな希望すら自分達に回したイ級に、限界だと木曾は叫ぶ。
「頼むアルファ!!
俺をイ級の居るところに…」
『オ断リシマス』
木曾の嘆願をアルファは拒否する。
『御主人ハ、全員ガ生キ延ビルコトヲ願イ、ワタシヲ遣シマシタ。
木曾、貴女ガ御主人ヲ想ウナラ、ソノ願イニ応エテクダサイ』
「……くぅっ!?」
ぎりぎりと歯を軋ませながら葛藤する木曾。
自分の弱さが情けなく、だけどせめてと口を開こうとした直後、瑞鳳が叫んだ。
「電探に感あり!?」
「どこ!?」
魚雷を構えるアルバコアの問いに瑞鳳は顔を青くしながら叫んだ。
「距離0…真下!!??」
刹那、海面が爆発したように弾け、艦娘の身体ほどもある巨大な青白い手が伸び、逃げる暇を与えずアルファを掴むとそのまま…
ぐしゃり
「アルファアアアア!!??」
絶叫する木曾の目の前でアルファが握られた手の圧力に擦り潰され、アルファだった肉片と金属パーツがぼたぼたと零れ落ちていく。
そして、ゆっくりとその腕の持ち主が海面から姿を表した。
「なに、これ…?
なんて、大きさよ…」
両の腕と三つの頭を持つ巨大な深海棲艦。
特徴だけなら軽巡ト級と同一だが、そのサイズは並の深海棲艦を大きく上回るサイズであった。
「よくもアルファを!!??」
怒りに身を震わせながら主砲を構える木曾を明石が留める。
「止めろ木曾!?
こいつは今の私たちが倒せる相手じゃ無い!!」
「ふざけるな!!??
こいつはアルファを!?」
異業の姿であっても仲間だと思っていた者を殺され、半狂乱で暴れる木曾。
そんな木曾に構う様子もなく巨大なト級は口を開きくぐもった声を発した。
『姫カラ、連レテクルヨウ言ワレタ。
着イテコイ』
「姫だと!?」
みせしめのためにわざわざと、そう怒鳴ろうとする木曾を先じ明石が問う。
「姫とは装甲空母姫か?」
『違ウ』
のっそりと身を震わせながら三つの口でト級は答える。
『空母違ウ』
『俺ノ主、戦艦』
『俺ハ、姫ノ武器デアリ鎧』
それぞれの言葉から最初にその正体に気付いたのは北上だった。
「もしかして、あんた『戦艦棲姫』の艤装なの?」
艤装と独立した姿から深海棲艦について様々な憶測を呼んだアイアンボトムサウンドの主。
その艤装こそこいつなのかと尋ねる問いに、ト級はそうだと認める。
『姫、オマエタチ、惜シイ』
『連レテコイトイワレタ』
『拒否シタラ、沈メロトイワレタ』
そう言うと答えを出せと言わんばかりに一斉に砲門が稼動し、全員を狙い定める。
「……分かったわ」
その中で最初に応じたのはアルバコアだった。
「アルバコア!?
こいつはアルファを殺したんだぞ!!??」
信じられないと叫ぶ木曾にアルバコアは冷徹に言い放つ。
「私は死にたくないの。
だから、誰が殺されたって自分が生きるためなら構わないわ」
いっそ潔いぐらい生への執着を示すアルバコア。
「ああそうかよ!!」
アルバコアの答えにそう怒鳴り明石を振りほどく木曾。
「私はイ級を迎えに行く!」
「もう沈んでるわよ」
「それでもだ!!」
現実的にそう言うアルバコアに吠える木曾。
その様子に明石は仕方ないだろうとト級に頼む。
「お前に従うために一つだけ頼みがある」
『ナンダ?』
「こいつを行かせてやってくれ。
そうすれば大人しく従うよ」
そう木曾を指差す明石。
ト級はしばし黙した後、その答えを口にした。
『ワカッタ』
『オマエタチ六隻ガクルナラ認メル』
『断ルナラ、認メナイ』
その答えを聞き、明石は北上達に確認を取る。
「それでいいね?」
北上はしゃあないねと肩を竦める。
「まあ、私達捕虜みたいなもんだしお付き合いしますよ」
北上に同意して千代田と瑞鳳も頷く。
「毒食らわば皿までってやつよね」
「どっちにしても艦載機もないし逆らうのは無理よ」
それぞれの答えを聞き木曾は済まないと頭を下げる。
「さっさと行きな。
時間を掛ければそれだけ希望も無くなってしまうよ」
「…ああ」
明石の発破に木曾は最高速度でアルファが現れた方角へと進路を向ける。
そしてその姿を見送ってから明石達もまたト級に誘われるまま海を進み出す。
そして、誰もいなくなってから日が沈み、再び昇ろうとした頃、海上に浮かぶアルファだった残骸がゆっくりと脈動を始めた。
引き裂かれた肉片が集い、足りない部品を増殖することで補い再生しようと努力していると、そこに無邪気な声が響いた。
「貴方がこの子のお友達?」
はっちゃけが過ぎたとも思いますが、反省も後悔もしません。
ただ、次は死者が出ますので覚悟をお願いします。