なんでこんなことになったんだ!?   作:サイキライカ

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私はこれに勝てない


完敗だ

 木曾達が先じて島へと帰ってから二日後。

 リンガへと航路を執る一隻の護衛艦とそれを護送する艦娘の姿があった。

 旗艦として先頭に立つ大和は震えた声で小さな悲鳴を溢す。

 

「どうしてこうなるんですか…?」

 

 大和が護衛する対深海棲艦を考慮されたわだつみ型護衛艦の三番艦『すみよし』には大本営の最高司令官である元帥が乗艦している。

 それだけでも胃が痛くなるような任務だというのに、それを守る艦娘のラインナップが大和の胃への負荷を更に加速させる。

 横須賀所属戦艦長門。

 同じく加賀。

 タウイタウイ所属航空戦艦扶桑。

 同じく軽空母龍驤。

 ショートランド所属駆逐艦叢雲。

 加賀以外は全て元帥に縁のある歴戦の艦ばかり。

 おまけに元帥が現役時代の最初の一人である駆逐艦叢雲に至ってはその多くにおいて長門と双璧を為して艦隊旗艦を勤めた大先輩。

 第一線を退いた艦とはいえ、そんな古参兵を差し置いて艦隊旗艦を勤めるよう命じられた大和の胃はキリキリと悲鳴を上げていた。

 余談だが横須賀の須賀提督は大和の現状を憐れみ状況改善の足掛かりになればと今回の護衛艦隊に編入したのだが、等の本人はその意図には気付いていなかったりする。

 横須賀で引きこもりたいと内心さめざめ涙を流す大和を知ってか知らずが龍驤は馴れ馴れしく絡んでくる。

 

「なあ大和。

 あんさんはどっかええ人おるん?」

「ひぇっ!?」

 

 唐突すぎる問いにテンパる大和に龍驤はからからと笑う。

 

「別に背中にイ級突っ込んだわけでもあらへんのにそんなに驚いてどうすんやっちゅうの」

 

 バンバン艤装を叩く龍驤。

 

「しゅ、すみません」

 

 噛みかけたのを必死に取り繕いそう謝罪を述べるとしゃんとしいやと言う。

 

「んで、おるんかい?」

「い、いえ…」

 

 外出許可を貰う勇気すら挫く針の筵に引きこもってた大和に出逢い等のハードルは天より高い。

 その答えにそりゃあかんと顔をしかめる。

 

「戦うのも大事やけどさっさかええ男見付けとかんとマジであかんで?

 うちなんかそうやって色恋ほったらかしとったら見た目はちっこいけど今更っちゅうて言われるようなオバチャンになってもうたやきに」

 

 そう言った直後誰がおばはんやとセルフ突っ込みをかます龍驤。

 そしてそのテンションの高さに付いていけない大和。

 元帥の護送する相応しくない態度に見えるが、龍驤はおちゃらけているように見えて現在進行形で幾機もの二式艦上偵察機と彩雲を飛ばし、数分おきに新たな指示を緻密に送り続けている。

 並みの空母では真似できないような策敵を片手間で行う手管に加賀と二人絶句したのだが、本人は、

 

「加賀も鳳翔も防空や攻撃みたいに攻めはええんやけど策敵は並やったきに。

 こう取り柄の一つもないとうちは皆と肩並べられへんかったんよ」

 

 と、なんでもないというふうに述べていた。

 攻撃を捨ててまで策敵に特化した龍驤の情報はスパコン並に精密で、観測機を飛ばさずとも龍驤の指示のままに撃てば弾着観測以上の命中率を叩き出せる。

 態度が似つかわしくなかろうとやることを十全に務めた上での態度であり、また、ガッチガチに固まった大和を解すためにやっているのを他の四人が周知しているため異論は挙がらなかった。

 お陰様で大和の胃は更に窮地に立たされているのだが、それを知るは大和本人だけ。

 そんな龍驤に絡まれしどろもどろする大和の姿に叢雲は呆れ混じりに加賀に問う。

 

「大丈夫なの?」

 

 アレと大和を指す叢雲。

 横須賀の大和と言えば全艦娘の象徴。

 それをあんな弱気な戦艦に務めさせて問題ないのかと暗に問う叢雲に加賀は短く言い切る。

 

「問題ありません」

 

 そして更に言う。

 

「駄目なら長門が身限ります」

 

 大和が建造されるまで永らく艦娘の象徴として立っていた長門が時間は掛かるだろうが上手くやるとそう認めている。

 長門がそう言うのだから、加賀は影から支えるだけ。

 言葉足らずの答えに加賀はどこも同じかと叢雲は肩を竦める。

 

「余計な口出しをしたわね」

「いえ。尤もかと」

 

 そんなやり取りを交わしつつ一行はリンガ周辺を哨戒する部隊と合流を果す。

 

「任務ご苦労様です」

 

 部隊長を担う神通の敬礼にそれぞれが敬礼を返し再会を喜ぶ。

 

「久しぶりだな神通。

 随分と機嫌が良いようだが何か良いことでもあったのか?」

 

 伊達なともいえる笑みでそう訊ねる長門に神通はにっこりと微笑む。

 

「閣下自らの激励を賜れるよき日ですから」

 

 その答えに違いないと笑う長門。

 

「だが、それだけではあるまい?」

「やはり分かりますか?」

 

 指摘に神通は嬉しそうに嘯く。

 

「最近新しい訓練方法を教授させていただきまして、つい血尿が出るまでやってしまったんです」

 

 まるで恋人が出来たかのように頬を赤らめはにかむ神通。

 

「相変わらずだな」

 

 そんな神通に長門は苦笑を溢すだけで引く様子はない。

 

「あの…血尿ってかなり危険なのでは…?」

 

 聞き捨てならない台詞に常識人だと思って扶桑に同意を求めてしまう大和。

 しかし扶桑は優しく微笑む。

 

「ふふっ、そんなことは無いわよ。

 大量の訓練をすれば壊れた赤血球がそのまま排泄されることはよくあることよ」

 

 貴女も何れ経験するわと優しく髪を鋤く扶桑だが、その笑顔の裏に修羅を見てしまった大和は生気を無くした瞳でカタカタと震えなすがままにされるしか出来なかった。

 そんな様子を亜空間から眺めていたアルファはふと、龍驤がこちらを睨んでいることに気付く。

 

(マサカ、亜空間ソナーモ無シニ私ニ気ヅイタノカ?)

 

 普通ならあり得ないが、鳳翔と肩を並べた艦娘である彼女なら絶対とは言い切れない。

 刺激してもいいことはないと判断したアルファは大人しく引き下がることにした。

 

「…気配がのうなった。

 なんやったんや?」

 

 艦載機や電探は何も捉えなかったが、龍驤の経験に裏付けされた勘が監視する何者かの存在を伝えていた。

 先程まで亜空間を挟み観察していたアルファがいた虚空を睨む龍驤に気付いた神通が向かう。

 

「どうしました?」

「いやな、さっきまであの辺からなんか気配っちゅうか視線? そんな感じのもんがしてたんよ」

「視線ですか…」

 

 龍驤の言葉に神通はアルファが来ていたのかと察し声を潜める。

 

「おそらく駆逐棲鬼の艦載機が様子を伺っていたのかと」

「ああ、アレかいな」

 

 大淀から知りうる限りの情報を聞いておいていた龍驤は気に食わんと鼻をならす。

 

「深海棲艦とは別の技術ちゅう事やけど、うちはやっぱり好かんわ」

 

 『霧』の時にも思ったが無い物ねだりする暇があったらひたすら鍛え続けることで道を開いた龍驤には便利で強大な力はその魅力より厄介さの方に目が行ってしまう。

 頭が固いと言われればそれまでだが、それらの力が幅を利かせていることを龍驤はやはり面白くないと考えてしまう。

 

「それにや。

 噂を鵜呑みにする気いはないんやけどどっち付かずっちゅう態度も気に食わん」

 

 曰、艦娘達から『悪夢』と呼ばれた装甲空母鬼の変異体と横須賀の大和と南方悽戦姫の三つ巴に乱入し大和を退け南方悽戦姫と共に装甲空母鬼を撃滅したという。

 更にその後に噂になった琥珀色の瞳を持ち艦娘を仲間へと引きずり込もうとする艦娘の亡霊を浄化したとも噂された。

 そういった艦娘に与したような噂が立つ一方で通商破壊作戦中に遭遇すればワ級を守られ取り逃がすはめになったとか鼠輸送や東京急行といった遠征の帰りを狙い収入として得た資材を掠め取られたという実害報告も挙がっている。

 

「敵なんか味方なんかハッキリせいっちゅうんや」

 

 そう文句を垂れる龍驤に叢雲は呆れ混じりにごちる。

 

「そういう言い方だと気に入らないのか心配なのかあんたのほうがハッキリしないんだけど?」

「やかましい」

 

 誰がオカンや! と誰も言っていない台詞に突っ込む龍驤。

 そんなやり取りがありつつもすみよしは無事にリンガへと入港を済ませ元帥閣下による慰問会の準備が進められる間に長門を始めとした何人かが先じて駆逐棲鬼との打ち合わせに向かった。

 

「お待ちしていました!」

 

 それを部屋の前で待っていた陽菜が最初に出迎える。

 

「駄目ですよ陽菜さん。

 約束通り部屋で待っていてもらわないと」

「知り合いなの?」

 

 困った様子でそう注意する神通だが、叢雲達は興味津々で陽菜を伺う。

 

「なんやあんさん?

 えらいちっこいけどラバウルの新作かい?」

 

 後ろでそわつきだした長門を見て見ぬふりをしつつ目線を合わせそう訊ねる龍驤に陽菜は自己紹介をする。

 

「はじめまして!

 私は人類救済のために製造されたエレメントドールの陽菜と言います!」

「人類の救済?」

 

 自己紹介と共に発せられたとんでも発言に内心警戒レベルを跳ね上げながら龍驤はフレンドリーな態度を崩さず訊ねる。

 

「救済とは大きゅう目的やけど、どんなふうにするんか決まっとんのか?」

「それなんですけど…」

 

 先程までのハイテンションは鳴りを潜め残念そうに肩を落とす陽菜。

 

「私は全人類を機械化し意識の統一化を完遂すれば誰も不幸にならない人類の救済が出来ると思ったんですが、種の規格を統一化は既に失敗例があることを知って諦めざるを得ませんでした」

「機械化による統一化をって…」

 

 果てしなくおぞましい手段を最善と考えた陽菜と更に失敗例があるという話にドン引きする三人。

 

「失敗例があるというのははじめて聞いたのですが…?」

 

 ヤバい計画を取り止めた事は知っていた神通だが、その事に付いては初耳だったのでそう問うが、亜空間から姿を現したアルファが遮る。

 

『イツマデ部屋ノ前デ話シテイルノデスカ?』

「お前は…」

 

 飛行機の概念を真っ向から否定するように空中で静止するアルファに緊張を高める長門。

 しかしシリアスになろうとした空気は陽菜によって破壊された。

 

「駄目ですよアルファさん!

 どうして険悪にしちゃうんですか!?」

 

 ぷんすこという態度でアルファに馬乗りになって文句を言う陽菜にアルファは溜め息を吐く。

 

『…失礼シマシタ。

 ソノヨウナ意図ハアリマセンデシタガ部屋ノ前カラ動ク気配ガナカッタモノデ』

「アルファさんはいつもそうなんだから!」

 

 ぽかぽかと叩く陽菜に長門は緩みそうになる頬を全力で引き締め筒咳払いを払う。

 

「ゴホン、とにかくだ。

 そちらの言い分も尤もだ。

 ここであまり時間を掛けても互いに良いことはない。

 駆逐棲鬼は中に居るんだな?」

 

 陽菜に叩かれながらアルファはエエと肯定する。

 

『ソレト先ニ言ッテオキマスガ、御主人ハ現在兵装ヲ下ロシテオリ自衛能力ハ全テ私達ノミトナッテイマス』

「随分周到だな」

『相手ガ相手デスカラ』

 

 成程と僅かに口元を緩めながらノブに手を掛ける長門の横でアルファは言った。

 

『最、ソノ必要ハナイカモシレマセンガ』

 

 どういう意味だと問い返そうとした長門だが、刹那、開いたドアの先に広がる光景に言葉を奪われてしまう。

 最低限の調度品とベッドにソファーのみ用意された洋風の客間の中央。

 その中央にソレ(・・)は居た。

 砲弾をクリーチャーに作り替えたような異形の怪物……等ではなく、鯨をデフォルメしたようなどう悪く見ても可愛いとしか表現出来ない可愛いぬいぐるみみたいなものがくぅくぅと鼾をかいて寝こけていた。

 

「こ、これは…?」

 

 愛くるしい姿に長門は永らく封印してきた感情に全力で抑え抗いながら呻く。

 

「こりゃたまげたわ。

 で、駆逐棲鬼はどこにおるんや?」

「そこに居ますよ?」

「はぁ?

 まさか、このぬいぐるみもどきが駆逐棲鬼だってわく?」

「はい!

 イ級さんの姿で会談が駄目にならないよう私がお願いしました!」

「え? 」

 

 そんな長門とポカンと目と口を丸くする叢雲と龍驤に陽菜が胸を張って言った。

 お腹をこちらに向け無防備な姿を晒すアレ(・・)が駆逐棲鬼だと言われ混乱は更に加速する。

 

「いやいやいや。

 いくらなんでもそりゃあらへんわ」

「本当なんです!」

「と、とにかく落ち着こうじゃないか。

 あんなに安らかに寝ているのを起こすのは忍びない」

「冷静なふりしてあんたが一番混乱してるんじゃないわよ!?」

 

 因みに神通は面白がってかその様子を笑顔で眺めてるだけである。

 三者三様に加速していく混乱にアルファは静かに溜め息を吐く。

 

『ヤハリコウナリマスカ』

 

 やや黄昏たふうにごちたアルファに叢雲が矛先を向ける。

 

「黄昏てないで説明しなさい!?

 あれは本当に駆逐棲鬼なの?

 だったらなんであんな姿な訳!?」

 

 しらばっくれるなら実力行使も辞さない勢いで問いただす叢雲にアルファは素直に説明する。

 

『御主人ノ話ニヨルト、アノ姿ハ『霧』ノメンタルモデルヲ参考二シタモノデアルトノコトデス』

「『霧』の?」

『ハイ。

 タダ、ナノマシンノミデ肉体ヲ構築スルメンタルモデルトハ違イ、表面ノミヲ擬装シテイルノデ方向性トシテハクラインフィールドノ応用ト覚エテモラエバ構イマセン』

 

 アルファの説明に叢雲と龍驤は納得し溜め息を吐く。

 

「つまりや。

 あの陽菜っちゅうお嬢ちゃんの我が儘に付き合ってやったっちゅうことかいな?」

『概ネソノ通リデス』

「なんやそれ」

 

 アホちゅうかと呆れた龍驤はいまだに駆逐棲鬼から目を離せないでいる長門に顔を向けごちる。

 

「最も、一人には効果覿面やったみたいやけどな」

 

 そうぼやきの直後、駆逐棲鬼が目を覚ます。

 目を覚ました駆逐棲鬼はもぞもぞと身体を起こすと辺りをキョロキョロ見回してから長門を見上げる。

 その一挙一動に理性をガリガリと削り取られ崖っぷちまで追い詰められた長門に、駆逐棲鬼は一言発した。

 

「…きゅ?」

 

 その瞬間、戦艦長門は生まれて初めて『敗北』の二文字を魂に刻み込んだ。

 

 

 




大変遅くなりました。

スマフォの暴発で書いたものが何度も駄目になり心が俺かけておりました。

次回はもっと早く投下出来るよう頑張ります

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