なんでこんなことになったんだ!?   作:サイキライカ

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よりにもよってこれで会談に挑むのかよ……


……はぁ

 翌日、明石が使い込んだ資材の補充の目処を立てるため、磐酒提督は遠征計画の練り直しを一人進めていた。

 

「提督」

 

 唐突に響いた大淀の声に磐酒提督は書類から目を放さず声を掛けた。

 

「ノックも無しに入るとはらしくないな大淀?」

「しましたよ。

 ですが返事がなかったので念のため中を伺ったら居られたので声をお掛けしました」

「……そうか」

 

 すまないと短く告げ書類へと向かう磐酒提督に大淀は問う。

 

「宜しいのですか?」

 

 問いにずっと動いていた手が止まるも、すぐに動き始める。

 

「何がだ?」

「彼女の事です」

 

 再び止まる磐酒提督の手に大淀は畳み掛ける。

 

「娘さんなんですよね?

 30年前生き別れた」

 

 30年前、磐酒は軍とは一切関係の無い漁師であった。

 深海棲艦が跋扈する海での漁業は政府から禁止されていたが、同時に新鮮な魚の流通が少なくなった本土ではその市場での相場は20年前の数倍以上、鮪などの遠海で獲れる魚は10倍以上の値で取り引きされまだ国内で生産が叶う肉類以上の高級品として扱われていた。

 そんな事情から危険を犯してでも遠海に出ようという命知らずは少なくなく、磐酒も一攫千金を狙うその一人であった。

 そうして海に出た磐酒だが、彼は深海棲艦ではなく嵐という天災に見舞われ制圧が終了し混乱の最中にあったポートワインの近海へと流され、そして……

 

「…おそらくな」

 

 ペンをテーブルに転がし磐酒は腕を組んで肯定する。

 

「だったら」

 

 その事を言わなくてと続けようとする大淀に磐酒は言い切る。

 

「告げてどうなる」

「…」

 

 安いホームドラマならめでたしめでたしといくだろう。

 だが、現実は残酷以上に残酷だ。

 真実を知った北方棲姫が逆上して磐酒に襲い掛かる可能性もあるが、それさえまだまし(・・)な可能性だ。

 避けるべき最悪は、この事実、を本土が知り得ること。

 

「政治の道具に、ましてやモルモットになどされてたまるか」

 

 元帥を初めとする穏健派の手に渡れば他の姫からも寵愛されている事を利用され停戦講和の足掛かりとされるだろう。

 そして深海棲艦の完全抹殺を目標とする過激派の手に渡れば…末路は考える必要もない。

 娘を想えばこそ、告げることはできない。

 

「……失礼しました」

 

 磐酒がずっと探し求めた相手であると知っていた大淀は目先に囚われ冷静さを失していた事を謝罪する。

 

「いや、いい」

 

 そう言うと磐酒は再び書類に向き合う。

 

「それにだ。

 どうせなら言うならもっと相応しい次期が必ず来る」

「次期?」

 

 首を傾げる大淀に磐酒はああと頷く。

 

「これまで夢物語でしかなかった終戦講和の可能性を、駆逐棲鬼と俺の娘がただの幻想じゃないんだと教えてくれた」

 

 決して解り合えないと言われ続けてきた艦娘と深海棲艦が並び笑い会う奇跡のような空間を駆逐棲鬼は作り上げた。

 提督として長年過ごした磐酒にとって艦娘もまた部下としてなにより苦楽を共にした仲間として実の娘と同じほどに大きな存在としてあった。

 これまではどちらかを切り捨てなければならない日が来ると心の底で苦痛に喘いできたが、どちらも失わずに済む、そんな都合のいい選択肢を娘が教えてくれた。

 

「大淀。

 俺はこの戦争を終わらせるぞ。

 いつか終わる一時凌ぎの停戦でも深海棲艦が滅び去る殲滅でもない完璧な終戦を実現させる」

 

 現実を見ない妄想だと言われても構わない。

 茨の道だと言うことは端から承知の上でやり遂げると決めたのだから。

 

「手を貸してくれるか大淀」

 

 捨て駒同然の扱いでリンガに着任した磐酒を最初から支え続けてきた大淀にそれを拒否する由はない。

 

「勿論です。

 磐酒提督の秘書として、最後までお付き合いさせてください」

「ああ」

 

 大淀の答えに信念の籠った笑みを刻む磐酒。

 と、大淀は次にどうしていいかわからない様子で苦い笑みを浮かべる。

 

「あの、それでなんですが、出来れば秋雲から例のスケッチを…」

「それは自分で何とかしろ」

 

 思い出すといろいろマズイことになる嫌な事件に関してはすっぱり叩ききる磐酒であった。

 

 

~~~~

 

 

 飛行場姫をぶちのめしてその場を去った港湾棲姫はその後、己の拠点に帰らずポートワインから大きく離れていない小さな離島で何をするでもなく海を眺めながら佇んでいた。

 姫の後ろにはボロボロに錆びた漁船が座礁した状態で静かに朽ちるのを待っている。

 そのすぐ側に人の手が入った痕跡が微かに見受けられるも、随分古いものらしく羊歯や蔓といった植物が鬱蒼と伸びて覆い隠していた。

 港湾棲姫はすぅっと目を閉じ嘗ての事を思い返す。

 ピーコック島を巡る『イベント』のその前哨としてポートワインの港を拠点として艦娘の前に立ちはだかった港湾棲姫だが、人類はアイアンボトムサウンドの苦い記憶から短期決戦を狙い過剰なまでの戦力を投入し港湾棲姫を攻め落とそうとした。

 息つく暇もなく続く三式弾の雨に奮闘も敵わず港湾棲姫は早期撤退の憂き目に遇った。

 そして撤退の最中、艤装に接続部に挟まっていた三式弾の不発弾が何らかの理由から爆発し生身で海に放り出された。

 海に落ちた港湾棲姫は艤装に戻る暇もなく波に流され、そこを嵐により舵が壊れポートワインの近海を漂流していた一隻の漁船に救助された。

 あの時の出逢いが自分の全てを変えた。

 姫である港湾棲姫を艦娘と勘違いしたあの漁師は親身になって介抱し、この島に漂着した後もいつか救助が来てくれると励まし支えようとした。

 最初は彼の好意を利用する気でいた港湾棲姫だったが、1週間、2週間と月日を重ねるにつれ彼への感情は徐々に好意へと変わり、最初の目論見に負い目を覚えるようになりいたたまれなくなったある日、自分の感情がこれ以上人に傾く前に終わりにしようと自分の正体を打ち明けた。

 自分が彼と彼の同胞の敵であると知れば拒絶すると、そう考えていた港湾棲姫だったがその考えとは裏腹に彼は港湾棲姫を例え深海棲艦であっても愛していると告げた。

 それをこの場限りの嘘だと否定したかった港湾棲姫は彼に襲い掛かったが、だけど彼は抵抗するどころかそれを受け入れ、港湾棲姫もその手に掛けることが出来ず自身が蓋をしようとした感情に流されてしまった。

 そうして新たに流れ始めた月日の中で胎内に新たな命が宿り、姫としての責務を全てを捨て彼と生きたいとそう望んだ港湾棲姫だったが、ピーコックを制圧し安定した海に艦娘の捜索の手はこの島まで伸びた。

 このままでは彼ももう間もなく産まれてくるだろう二人の児も危険が及ぶと判じた港湾棲姫は彼に別れを告げ人の世界に戻ってほしいと言い残し海の底へと逃げた。

 そして一人深海の奥底で姫を産み落とし誰も知らない場所でこの娘と二人ひっそりと生きようと考えた港湾棲姫だが、彼が自分と接触した事の贖罪という題目で艦娘を率いる提督の任に着かされたことを知り、このままではいつか彼が率いる艦娘とこの娘が戦う日が来る可能性に思い至り、そうなるぐらいなら再び姫として立ってでもこの娘を人類との戦いから遠ざけようと『総意』の下へと舞い戻った。

 故に、艦娘との敵対を避けたがる駆逐棲鬼のところで暮らしていることは港湾棲姫にとって願ってもない環境であった。

 

「こんな場所にいたのか」

「……誰?」

 

 自分しか居ないはずのこの場所に唐突に響く高い声に港湾棲姫は警戒しながらゆっくりと振り替える。

 そこに居たのは自分と同じ似姿をした一隻の深海棲艦の姿。

 

「…お前は……?」

 

 自分とよく似た未知の存在に港湾棲姫は艤装を展開出来るよう意識しながら問う。

 問い掛けられた深海棲艦はまるで睨め着けるように眉間に皺を寄せた表情で言葉を発する。

 

「私は水鬼。

 来る時代のために産み出された『次世代』だ」

「……」

 

 『総意』が言っていた新たな派閥の者か。

 わざわざ自分と同じ似姿の者を産み出したことに『総意』の真意が解らず困惑しながらも港湾棲姫はそうと応えた。

 

「それで、何か用?」

「問うまでもない」

 

 港湾棲姫の問い掛けに港湾水鬼はその爪を開く。

 

「古きと新しき存在、そのどちらが戦場に立つに相応しきか戦で決めようぞ」

「……」

 

 つまり新参で在るが故に箔をつけておきたいとそう判じた港湾棲姫は確認をする。

 

「『総意』は由と?」

「…『総意』?

 なんだそれは?」

 

 その答えに港湾棲姫は耳を疑った。

 深海棲艦は全てを『総意』から産み出されている。

 故にその存在を知らぬはずがない。

 

「お前は…」

「言葉は不要!! 全ては力で証明しようぞ!!」

 

 そう打ち掛かる港湾水鬼。

 その鉤爪の一撃を港湾棲姫は爪で受け止め膂力を以て押し返し艤装を呼び出す。

 

「付いてきなさい。

 相手になるわ」

 

 この島に戦火が及ぶことを厭うた港湾棲姫は海に展開した大型艤装へと駆け出す。

 

「良かろう!!

 それでこそ姫だ!!」

 

 誘う港湾棲姫の誘いに乗り、港湾水鬼もまた後を追って海上に己の巨体艤装を呼び出す。

 

「さあ、戦を始めようぞ!!」

「……」

 

 奮い起つ港湾水鬼の鬨の声に港湾棲姫は応じず放たれた艦載機に対し静かに自身も艦載機を解き放った。

 

 

~~~~

 

 

 先んじて島に戻る木曾たちを見送り終え、宛がわれた部屋に戻りながら俺は呟く。

 

「磐酒提督への借りが増えちまったな」

 

 俺を拘束する詫びとして磐酒提督は改造可能な艦の改造をやらせてくれた。

 これにより北上が改二に、千代田が甲標的母艦に、鈴谷と熊野も航巡になった。

 山城は元から航空戦艦だったので何も改造はしなかった。

 千代田はレベル70を越えていたから改二空母になれたのだが、

 

「空母は有り余ってるぐらいだし大発積めなくなったら家計が崩壊しちゃう」

 

 という、実に切実なる理由から改造は留まることとなった。

 これが終わったらワ級とロ級辺りをスカウトしてこなきゃな。

 でもあんまり規模が大きくなると島だけじゃ賄えなくなるし……。

 いっそ新しい島でも探してみるか?

 

『御主人』

「どした?」

『部屋ニ戻ルノデハ?』

 

 言われて気付いたけど部屋の前まで来てた。

 

「すまん。考え事に集中し過ぎてた」

 

 礼を言い部屋に入る。

 

「お帰りなさい!!」

 

 なんでお前がいるんだよ陽菜。

 

「もう、皆さんってば私を忘れていくなんて酷いですよ!!」

 

 そうむくれる陽菜。

 あ、つまり最近の騒動の邪魔にならないようにって気を使ったら誰からも忘れ去られたと。

 俺も忘れてたから人の事言えないんだけどね!!

 

「すまなかった。

 それはそれとして、俺は明後日大事な仕事があるからそれの準備で相手出来ないんだ。

 アルファに送らせるから木曾達の「軍の偉い人とお話しするんですよね?」え?」

 

 なんで知ってんだ?

 まあどっか見えないところで会話を聞いてたのか。

 

「私もご一緒させてください!」

「あい?」

 

 何を言ってるのかね君は?

 

「全ての人類を救済するためには様々な立場の沢山の人とお話しする必要があります!

 だからこの機会に軍の最上位の方の考えも知りたいんです!!」

 

 お願いしますとそう頼み込む陽菜。

 即座に波動式念話でアルファと相談に走る。

 

(アルファ、どうしよう!?)

(参加サセルシカナイカト)

(無茶いうな!?

 これ以上不安要素を増やしてどうすんだよ!?)

(被害ヲ最小限ニ留メル策ハ他ニハナイカト)

(被害は確定なのか!?)

(御主人ノ胃痛ハ避ケラレナイト)

 

 そっちかよ!?

 だが逆に考えれば被害はそれだけで済むと。

 流れ次第ではいっそ賠償とかそういった名目で元帥に押し付けるのもありかもしんないし。

 

「あ~もう。

 ただし、こっちの会談が終わった後で向こうが時間を取ってくれたらだからな?」

「ありがとうございます!!」

 

 ったく、元気だけは一杯なんだから。

 

「なんでこんなことに…」

「そうだ!!」

 

 お決まりの台詞を遮る陽菜。

 今度はどうした?

 

「私、視覚的な情報は大事だと知ってます!

 だからイ級さんを可愛くして会談が上手くいくようお手伝いしますね!」

「………はい?」

 

 確かに見た目化物なのはその通りだし言ってることも確かなんだろうけど、何を言い出してるんだお前は!?

 

「…因みにどうするつもりだ?」

 

 今ならまだ間に合う筈と聞いてみるが…

 

「まず全体を女の子らしいビビッドなカラーにチェンジしましょう!

 それとアクセサリーも沢山付けると可愛くなると思います!」

 

 予想以上にハードモードだったよ。

 

『…プラトニック・ラブ』

「製作陣がとち狂ってバイド機体に可愛さの付与を目指して気持ち悪くなったって機体だよなそれ?」

 

 ぼそっと零れた台詞に突っ込むととさっと明後日の方角に背けるアルファ。

 いやそこは否定しろよ。

 

「俺の外見じゃそれは怖くなるから却下」

「そんなこと無いですよ!!

 必ず可愛くなりますから!!」

 

 しつこく食い下がる陽菜に辟易した俺はあまりやりたくはない最後の手段に打って出ることにした。

 

「なあ陽菜。

 可愛くなればいいんだよな?」

「?」

 

 俺の問いに陽菜は首を傾ける。

 

「何かお考えがあるのですか?」

「まあな」

 

 以前北上に『霧』の力が有るんだからメンタルモデルが作れないかと聞かれ試した事がある。

 その時は人形を目指して腐海のクリーチャーになってしまったが、実はあの後一人でいくつか試してみたのだ。

 

「正直デメリットがでかすぎてやる意味も無いと思ってたんだが、可愛ければなんでもいいならそれで行けると思う」

 

 ピンクとかに塗られるぐらいならアレ(・・)になるほうがまだましだ。

 

「そこまで言うなら見せてください!」

 

 ちょっと不満げにそう催促する陽菜に俺は覚悟を決めクラインフィールドを展開。

 それを更に操作して外見を変更させる。

 そうして外見が完全に変わったと同時に見た目の設定に引っ張られて全ての機能が低下してしまう。

 

「か、可愛いです!!!!????」

 

 変化した姿に陽菜が感極まった様子で叫び小さな身体いっぱいで抱き着いてくる。

 因みにこの姿になると全性能が0になるからまるゆにガチで負ける。

 ということで陽菜に抱きつかれただけで身動きできなくなる。

 

『コレハ驚イタ』

 

 俺の姿にアルファから敬語が飛ぶ。

 そんなに驚いてくれたならやった甲斐もあるよ。

 

「どうしました?」

 

 陽菜の悲鳴が聞こえたらしく扉越しに神通が呼び掛けてきたが、この姿だと喋れなくなるから返事が…

 

『見セタイモノガアルノデ入ッテクダサイ』

 

 おいこらアルファ。

 お前は何を考えてるんだ!?

 

「失礼します」

 

 アルファに促されるまま部屋に入った神通は、俺の姿に暫し固まり、そして

 

「はぅ」

 

 ばたりと倒れてしまった。

 




次回、長門轟沈

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