いや、それよりも耐え切れるか?
イ級が装甲空母姫と邂逅した頃、暫く前にイ級が木曾と共に訪れた泊地跡を金剛は島風と夕張を伴い探索していた。
「一体ここはどんなPurposeでEmploymentしていたのデスカネ?」
建物の基本設計は他の泊地と差ほど変わりないが、妖精さんと夕張が調べたところ、工廟の建造設備が全く使用された形跡はないのに、入渠ドックと開発施設は異常なほど使われているそうだ。
それだけならホワイトな運営だったと思えるのだが、残存する資料によると、この泊地には艦娘は軽巡が一隻しかいなかったようだ。
非合法な手段で艦娘を増やしていたとすれば入渠ドックの使用回数の異常さにも納得がいくが、だとすれば泊地周辺の深海棲艦の分布状況からしてその艦娘の数は10から20は居た筈。
しかしそれらの艦娘達はどこにもいない。
全て轟沈したと言われればそれまでだが、泊地を管理していた提督や妖精まで残らずいないというのもおかしい。
三式弾で焼かれた際に妖精まで残らず死んだとはありえない。
泊地を整備する妖精も、艦載機の装備妖精同様半不死の存在であり、まかり間違って艦載機で特攻でも行わなければ死ぬことはありえない。
一体、此処に居た者達はどこに消えたのだ?
「金剛!?」
と、資材倉庫を調べていた島風が慌てた様子で駆けて来た。
「どうしましたネ島風?」
「お宝見付けたよ!!??」
そうテンション高く報告する島風。
「Precious articleデスカ?」
一体どんな物かと首を傾げる金剛に島風はニヤニヤ笑いながらそのお宝を差し出す。
「おぅ!」
島風が差し出して来たのは、シリンダーに納められたクリスタルのような発光する結晶だった。
「ワァオ!?
とってもGreatなPrecious articleネ!?」
「でしょ?」
エヘヘと自慢げに笑う島風。
「それで、そのPrecious articleはどこにあったのデスカ?」
「資材庫の隠し扉の先に有ったよ」
「フム…」
そんな場所が有ったこともそうだが、これが一体何なのか。
もしかしたらこのお宝こそがこの泊地の秘密そのものかもしれない。
そう考え金剛は島風に言う。
「案内してクダサイ」
「おぅ!」
金剛の要求にビシッと敬礼する島風。
途中で夕張とも合流し資材庫に向かうと、床がぱっくり開き暗闇に続く階段が口を開けていた。
「実に怪しいですネ」
「そうね」
島風が先行したとはいえ油断は出来ないと警戒する金剛とは対象的に、夕張は未知の技術の匂いを嗅ぎ取りワクワクしていた。
「下はどうなっていましたカ?」
「広い部屋と小さな部屋が二つあったよ」
その内片方で例の結晶を見付け金剛に見せに戻ったので、もう片方には入っていないと言う島風。
「じゃあ案内よろしくデス」
「おぅ!」
連装砲ちゃんの目を光らせライトとし三人は階段を下り始める。
10メートルも下りた辺りで、金剛はふと気になり夕張に尋ねる。
「ネェ夕張。
これぐらい深くするってどんな施設なんデスカ?」
「そうね…」
階段や壁の状態を眺め夕張は可能性を挙げる。
「普通だったらシェルターかなんかなんだけど、何かの実験施設か処理場かもしれないわね」
「Oh…」
前者であればまだいいが、もし後者だった場合、あまり長居はしたくない。
そんなことを考えながら降っていると、ようやく終わりが見えて来た。
「地上から15メートル…かなり大掛かりな施設ね」
電探を駆使し計測した結果、どうやら地下は泊地と同等の広さを有しているらしい。
どんな兵装が試験されていたのか、既に夕張はここが実験施設だと勝手に断定し期待に薄い胸を膨らませていた。
階段の先には分厚い鋼鉄の扉が僅かに開いていたが、電灯が切れているのか連装砲ちゃんのライト以外光明は無い。
「なんかデコボコしてるから足元気をつけてね」
連装砲ちゃんに先導させながらそう忠告する島風。
どこかに電源設備が有るはずと夕張は島風に小部屋へと案内させる。
「こっちだよ」
足元に注意しながら小部屋に入ると、案の定電源設備が設置してあった。
「生きてマスカ?」
「ちょっと待ってね」
工具を手に確かめてみると、幸いなことにまだ電源は生きていた。
「地上とは別の発電器を使ってるみたいね」
そう言いながら夕張は電源をオンに切り替え地下を光で満たす。
「ふぅ。
暗いのは夜戦だけで十分ネー」
見渡しが良くなった部屋の中はどうやら研究室だったようで、いくつかのテーブルに書類が散乱した状態だった。
「……?」
ふと入って来た扉を見遣り、金剛は呆気に取られる。
入って来た場所は扉などではなく、まるで鋭利な刃物で削り取られたかのように綺麗に刔られたただの壁だったのだ。
あまりに綺麗過ぎるため通路と勘違いしたその壁の向こうには、ゴルフボール大の物体が走り抜けたような痕跡が壁床天井を問わず至る所に刻まれていた。
その惨状とも言える痕跡だが、なにより不可解なのはこれだけの破壊痕が刻まれているにも関わらず砕けた破片一つ見付からないことだ。
「これは一体…?」
サイズ的には艦娘の単装砲ほどなのだが、砲弾ならもっと広い範囲に破壊が広がってなければならないはず。
あまりに異様な光景に喉を鳴らした金剛は、先程から静かな夕張はどうしたのかと視界を巡らせると、夕張は先程の部屋に散乱していた書類を手に言葉も忘れ熟読に耽っていた。
「夕張」
金剛が呼び掛けるが夕張は反応しない。
仕方ないと肩を掴もうとした金剛は、そこで夕張の様子がおかしいことに気付く。
ページをめくる毎に色白の顔からは血の気が引き、その身は小さく震えていたのだ。
「夕張!?」
マズイと直感した金剛は強引に肩を引いて書類から目を離させる。
「っ!?」
肩を引かれ夕張は恐慌しかけながらも金剛の仕業と気付き重く息を吐いた。
「…助かったわ金剛」
「一体どうしたネー?」
心配そうに尋ねる金剛に、夕張は酷く不快そうに顔を歪め言う。
「ここの泊地はとんでもない兵器を研究していたみたいなの」
「とんでもない…デスカ?」
まさか特別攻撃兵器の研究なのかと身を固くする金剛だが、夕張は首を横に振る。
「違うわ。
もしかしたら、それよりもっと酷いモノよ」
特攻に勝る悍ましい兵器だと語る夕張。
「まさか、NBC兵器?」
「……近いけどそれも違う」
首を振り夕張はゆっくりと語り始める。
「ここで研究開発していたのは艦娘用の特殊兵器みたいなの。
レポートによると、あらゆる物質を吸収する性質から無敵の盾として期待していたみたい」
「だけど、その兵器が状態を維持するためには大量の生命体をその兵器の『餌』とする必要があると書かれていたわ」
「大量のFood…まさか!?」
身の毛も総毛立つ悍ましい想像を間違っていてくれと願う金剛だが、夕張は残酷な言葉を口にする。
「ここの海域に棲息していた深海棲艦、それと泊地に居た沢山の艦娘と妖精さん達も皆その兵器に喰わせたのよ」
「……」
あまりの言葉に怒りすら沸かす事が出来なくなる金剛。
「……それで、そのWeaponはどこに?」
「コントロールがあまりに難しすぎるからと破棄したみたい。
形態を維持するための餌を絶つことで発見当初の封印状態に戻していると書いてあるわね。
これぐらいのシリンダーらしいんだけど」
両手で手に収まるぐらいのサイズを作る夕張に、金剛はまさかと血の気が引いていく。
島風が見せてくれたシリンダーが、まさしくそのサイズだったからだ。
「島風!!??」
大声で呼び掛けるが反応は無い。
通信はとも試すが地下にいるせいか電波が全く届かない。
「Shit!?
どこに行ったんですかあの阿呆娘ハ!?」
背を走る悪寒に従い金剛は夕張に後を任せ、島風を探すために急いで階段を駆け上がる。
金剛が資材庫を飛び出すとすぐに島風を見つけた。
島風は海面に立ち、手にしたシリンダーを海の向こうへと向けていた。
「島風!!??」
海の向こうへと掲げたシリンダーの中身が煌々と輝き、特に強く輝いた一点を見つけた瞬間、島風は小さく呟く。
「そっちに、行きたいんだね?」
そう呟くと同時に島風は海を蹴り駆け出す。
「島風!?」
一人でどこに行こうというのか、呼び止める声も届かず島風は連装砲ちゃんさえ置き去り行ってしまう。
「比叡!」
『どうしましたお姉様?』
金剛は急ぎ哨戒に回っていた比叡と榛名霧島の三人に命令を下す。
「島風が危険な兵器らしき物を持って海に出たネ!!
急いで追いナサイ!!」
砲撃もやむなしと付け加えると比叡達は驚きながらもそれに応じる。
『分かりましたお姉様!
それで、島風はどっちに?』
島風が向かった方角と泊地現在地を照らし合わせ、一番高い可能性は…
「スリガオ海峡…レイテ方面ネ!」
〜〜〜〜
ひどく気怠そうに疲れきった声で北上は言う。
「あいつらの狙いは私達なんでしょ?
だったら素直に出ていってあげるから艤装ちょうだい」
よっこいしょと立ち上がった北上を瑞鳳の手が止める。
「ダメだよ…行ったら、死んじゃうんだよ?」
ガタガタ震えながら留まらせようとする瑞鳳に北上は言う。
「まあ、しょうがないよ。
それに、運よく帰ったらまたアレを載せられちゃうし」
だったら死んだほうがマシだよと北上は言う。
「ああ、二人は行かなくていいよ。
私がそうしたいだけだし付き合う必要なんて…」
「勝手な事言わないでよ…」
北上の言葉を遮り千代田が立ち上がる。
「旗艦のあんたが死んだら私達はどうすればいいのよ?
それに、あんなもの載せるのは私だってもう嫌よ!?」
そう声を荒げる千代田だが、その足は震え無理をしているのは誰の目にも明らかだった。
そんな二人に言葉こそ発していないが瑞鳳も同じだと無言の内に語る。
「……はぁ」
そんな三人を見ているうちに、俺はもう仕方ねえなと覚悟を決める。
「木曾、明石、アルバコア、ワ級。お前等は三人を連れて逃げろ」
「お前はどうする気だ?」
「あの大艦隊を引き付ける役が必要だろ?
俺は足止めに行ってくる」
馬鹿みたいな数が相手だが、相手には必中のミサイルは無いし自分の速さとアルファの援護があれば逃げ切れるかもしれない。
「待てよ、だったら俺も…」
「今のお前じゃ死ぬだけだ」
重雷装艦まで改造されてたなら先制雷撃をしてもらえるから手を貸してもらったが、改造施設も無いこの島ではそれも叶うわけも無い。
悔しそうに拳を握る木曾に構わず、俺は弾薬の入った木箱から機銃の弾と爆雷を詰めれるだけ詰めて燃料缶を手にする。
「だったら私は?」
「駆逐艦はいないが軽巡は両手の指を足しても足りねえ数がいる。
死にたくないんだろ?」
「……」
期待したいが恩もあるし我が儘に突き合わせる気は無い。
「あらそう。
じゃあお言葉に甘えて護衛に回らせて貰うわ」
「明石、ワ級を任せていいか?」
「構わないよ。
いい娘だし、なにより便利だからね」
茶化しながらもしっかり頷いてから明石は俺に問う。
「預かっている女神を返しておくよ」
「いや、どれだけ取りこぼすか解らないから持って行ってくれ。
それに支払いが終わってないから返してもらうのも悪い」
「イ級…」
不安そうなワ級に俺はなるべく落ち着かせようと声を抑え言う。
「明石の言うことをちゃんと聞くんだぞ」
「イ級…帰ッテクル?」
「…頑張るよ」
「ワカッタ」
ワ級が納得してくれたことを確認し、俺は時間稼ぎのために小屋を出ようとすると、瑞鳳が俺に問い掛けた。
「なんで?
深海棲艦のあんたがなんで艦娘を助けようとするのよ?」
瑞鳳だけではない、北上や木曾も気持ちは同じらしく妙な沈黙が訪れる。
だから沈黙は止めろって。
あまり言いたくはないが、仕方ないので俺は自分の気持ちを言う。
「俺は艦娘が好きなんだよ」
え?と零れた声を無視し俺は言う。
「だから死なせたくない。
それが、俺が戦う理由だ」
正直俺だって死にたくはないが、北上達を見殺しにしたらきっと後悔する。
だから、後悔するぐらいなら死にに行くほうがまだマシってものだ。
自己満足だと理解しているが、だからこそだ。
後ろで木曾が俺を呼ぶが、俺は振り返ることはしないで小屋を出た。
既に日は暮れ、月が見えない夜の闇を星空だけが微かに照らす空に、俺は思わず呟いた。
「良い夜だ。
この闇の中なら、逃げ切れるかもしれないな」
祈りたくはないが、仕方ないから俺はあのクソッタレな野郎に皆の無事を祈り闇の中へと歩き出した。
今回はネタバレが含まれるため少し開けます。
R−TYPERの方は気付かれたと思われますが、島風が持っているのはバイドの切れ端です。
軽く補足すると、あの泊地ではバイドの切れ端を安定させるコントロールロッドが無いため、不安定な状態だったそれを安定させるために外部からエネルギーを供給して形態維持を行っていました。
ですがあまりに問題が多いため計画は中断。
情報を隠匿するため泊地を破壊させようとしたが、破壊に際し使われたのが三式弾だったため施設も破壊されずに残りました。
それに伴い平行して研究されていた特攻兵器が採用されて現在に至るわけです。
次回はイ級の決死吶喊と更なる地獄……になるはず。