木曾と北上が施設を黙視した頃には、既に地獄は始まっていた。
「話には聞いてたけど、凄まじいねアレ」
施設の至る所からコンクリートを突き破って植物系バイドが繁殖し数十年放置されたかのように鬱蒼と生え繁り、施設そのものも汚染され甲虫や昆虫の形をしたバイドが群がり人間を喰らい貪りながら取り込んでいた。
取り込まれた人間は生きたまま苗床にされ、内側から喰われ体を突き破って新たなバイドを産みだしその激痛に絶叫を上げるもバイドの強靭な生命力により復元され更に生み出されたバイドの糧として喰われる地獄に苛まれていた。
あちらこちらから悲鳴が聞こえるが、二人はただざまあみろとしか思わない。
「これ全部アルファが制御してるんだよな?」
「その筈だけどねえ」
艦娘と妖精さんには一切危害を加えないよう制御されたバイド群は木曾達の邪魔をしないよう道を開き目的地へと誘う。
「そういえばイ級はどっちかって言うならバイオハザードじゃなくてDead Spaceだなって言ってたっけ」
どういう意味かと聞いたら方向性がゾンビじゃなくてネクロモーフだからと意味が解らない解答をされた事を思い出す。
イ級のオーダー通りに活動を続けるバイド群を横目に向かった先には、パウ・アーマーとアルファに警護された千代田と山城。
そして酷い状態の艦娘20名程が待っていた。
「大丈夫か千代田?」
「私はね。
でも…」
玩弄された艦娘の多くが心を壊され立つことさえままならない状態であり、しかも一部はバイドの引き起こす惨劇に耐え切れず崩壊。
助けるどころかとどめを刺してしまったと千代田は言う。
『申シ訳アリマセン。
バイドハ直視スルダケデ精神負荷ヲ齎スコトヲ忘レテイマシタ』
「仕方ないとは、あまり言えないよね」
イ級との生活で超常的な現実や恐怖に対しての精神耐性が物凄く上がっていた自分達を基準に考えて行動してしまいそれが裏目に出てしまった。
「とにかくだ。
これで全員か?」
『イエ。
艦娘ヲ盾ニ施設内部ニ立テ篭モッタ一部ガ残ッテイマス』
艦娘が襲われていない事に目敏く気付きバイドに襲われないよう身を守っているという。
「亜空間から強襲掛ければ?」
「ダメ。
逃げ込んだのが艤装の保管場所だから下手に暴れさせると艤装が汚染されちゃう」
アルファなら完璧にやれるのだろうが、アルファは現在進行系で殖え続けるバイドの汚染能力を創傷感染にまで下げ更に艦娘と艤装に関わる類を襲わぬよう制御しているため前線で動けず、艤装の回収を後回しにしてしまった千代田達では保護した艦娘の問題もあって動けなかったのだ。
「じゃっ、こっからは私達の出番だね」
フロッグマンを艤装から下ろし北上は不敵に笑う。
イ級の目論みでは殺戮は全てバイドにやらせるつもりだったのだろうが、木曾達としても一人ぐらいは殺っておきたいという気持ちがあった。
「木曾、やっちゃいましょうかね」
「ああ」
どちらも悪人面とか言われそうな雰囲気で笑う二人。
「アルファ、バイドの死体って用意出来る?」
『出来マスヨ』
「じゃ、艤装置場の前に転がしといて」
『了解』
アルファの応えを背に部屋を出ていく木曾と北上。
そこに正気を失いそうな現実から必死に目を逸らしていた山城が四人の会話を聞き、思わず呟いた。
「もう、なんでこんなことになったのよ…」
不幸だわと歎く山城に、千代田とアルファはこの山城意外と強いなぁとそう思うのだった。
〜〜〜〜
「さってと、始めますかね」
準備運動を終え明石がうきうきと楽しそうにそう言った。
「オ願イシマス明石」
艤装を横にそう頭を下げるあつみに明石はひらひらと手を振る。
「そんな神妙にしなくていいよ。
深海棲艦の改修が出来るって楽しみでしょうがないんだから」
そう笑う明石の顔がR戦闘機の開発している時と同じ笑みであることに気付きちょっと怯えるあつみ。
「イ、痛クシナイデネ?」
「そんなことするわけないじゃないか」
イ級のお仕置きは嫌だしと笑う明石の言葉に過程を見届けに来ていた大淀と青葉が青褪め振るえ始める。
「触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌」
「違いますそこは入れる場所じゃないんです人体の構造はそこに異物を入れるようには出来てないんですだからそこは本当に止めてくださいお願いします広げないで侵入しないで」
膝を抱えどんより濁った瞳で必死になにかから逃げようと懇願する二人に明石はしばし固まりギギギと錆びたブリキのようにあつみに向いて尋ねる。
「もしかして……あるの?」
「マダ処分シテナイッテ」
ピシリと音を立てて罅が走る明石。
「大丈夫明石?」
「……うん」
なんとかそう言うと磐酒がやってくる。
「…なにがあった?」
壊れかけた明石と心を閉ざした青葉と大淀に戸惑う磐酒にあつみが説明する。
「アルファ被害者ノ会」
「もういい説明は十分だ」
枯れるほど歳は取っていない磐酒にとって
件を思考から排斥し、本題を尋ねる。
「いけそうか?」
「まあ、大丈夫だとは思いますよ?」
万が一があったらまたアレに喰われる危険性を肌身で察した明石はぎこちないながらもそう答える。
「深海棲艦の艤装を弄った事はあるし、りっちゃんもといリ級やヲ級みたいなタイプの装備型艤装に付いてはノウハウ貰ってますから」
「それ、貰えないかな?」
建造は出来ないけどと語る明石の話に好奇で目を輝かせるリンガの明石と夕張。
「提供するのは構わないけど役に立つの?」
「「それは後で考える(わ)!!」」
見事にハモる二人に明石は了解と応じる。
そしてイ級から預かった改装設計図を取り出しあつみに近付ける。
「ちゃんと反応してるね」
設計図とあつみが発光現象を始めたのを確認し明石はクレーンを始めとする艤装の工作機械を稼動させる。
「あつみ、何か変な感じはない?」
「大丈夫」
用意してもらった鋼材を投入しながらあつみの変化慎重に伺い作業を続ける明石。
と、そこで明石は違和感を感じた。
「変化が無い?」
算出しておいた鋼材の半分以上を消費したのだが、あつみにこれといった変化は無い。
通常の改修ならこの時点で変化は始まっているのだが…
「変化は感じない?」
「…ウン」
あつみに問うもあつみは判らないと首を振る。
妖精さん達も異変の兆候は無いという。
見えない変化はどうかとりっちゃんに教わって作った深海棲艦が放つ力の波長を調べる検知器を確認するがこれにも異常は確認出来ない。
「計器にも反応は無い」
春雨の時には鋼材を投入するに連れ組み込んだ深海棲艦を基点に数値が上がっていたのだが、あつみから計測される数値は高くはなっているが一定値に留まっている。
「……」
そこで明石は一旦中断すべきか考える。
深海棲艦の艤装は艦娘と違い装備型でも肉体の一部である。
数値の様子から、もしかしたらなにかしらの阻害が起きている可能性も否めない。
考えていた以上に厄介な事になりそうな予感から一時中断を決意した明石にあつみが告げる。
「続ケテ明石」
「しかし、」
危険かもしれないと言いかけた明石にあつみが言う。
「聞コエルノ」
「聞こえる?」
「ウン」
首を持ち上げあつみは言う。
「サッキマデ気付ケナカッタケド、頭ノ中ニ『総意』ノ声ガ語リカケテキテイルノ」
「『総意』のだって?」
姫さえその正体について知らない深海棲艦を統べる存在があつみに介入しているのだと言われ明石は緊張を走らせる。
「『総意』ハ言ッテル。
『時ハ満チテイナイ』『輪廻カラ弾キ出サレテシマウ』『全テヲ呪イニ浸シテハイケナイ』。
ソウ、私達ヲ止メヨウトシテイル」
「…どういう事?」
明石の中で致命的に何かが噛み合っていない。
あつみの話から『総意』には語りかける以上の介入は出来ないようだが、『総意』が指しているのが何の事なのかが解らない。
混乱を沈め答えを導き出すため明石は培って来た全ての知識を総動員させ思考をフル回転させる。
そうして回転させた思考は『時』『輪廻』『呪い』の三つがキーワードであると仮定を導き出す。
(『輪廻』とは多分深海棲艦の不死性に関わる何かで合ってるはず。
だけど『時』とは何時の事?
それに『呪い』は何を指している?
『時』に着いてはあまりに情報が足りないから保留するし。
じゃあ『呪い』だ。
『総意』の言い方だとあつみはもう『呪い』に掛かっていると言う感じだった。
考えろ明石。
あつみと深海棲艦の違いは何?
言語? 性能? 装備? ……)
そこで明石は気付く。
「妖精さんの加護の…事……?」
だとしたら辻褄が合う。
あつみはイ級を除いてただ一人妖精さんの加護を享けた深海棲艦。
元人間というイレギュラーなイ級はさておき『総意』が言う『呪い』の正体が妖精さんの加護であるならば、それに身の全てを浸したあつみは……
「あつみ」
自分の声が震えていることを自覚しながら明石は導き出した答えを言う。
「多分、いや、ほぼ確実にこのまま作業を続けたらあつみは『深海棲艦』から『艦娘』に生まれ変わる。
それでもやるかい?」
衝撃的な言葉に空気が凍る。
先深海棲艦の特性である不死性を捨て、本来敵である艦娘に変わる覚悟はあるかと問う明石にあつみは頷く。
「オ願イ」
「……分かった」
強い覚悟を秘めた答えに明石はそれ以上の説得はせず作業を再開。
鋼材を投入されていくに連れあつみはあつみを包む光が強くなる中で、ふと、産まれた直後の事を思い出した。
暗い、とても暗い水底の中であつみは『声』を聞いた。
−−届けて
何を? 何処に?
疑問は沢山あった。
だけど、ただその言葉は自分が生まれて来た意味なんだとそう識ったあつみは明るい場所を目指した。
そうして人類が『輸送ワ級』と呼ぶ存在として形を得たあつみは明るい場所、海面に浮かび上がった。
どこまでも果てしなく広がる海と空の二つの青の狭間を漂っていると、すぐ後からあつみと同じ形をしたワ級が沢山浮かんで来た。
ワ級達はそれぞれに複数固体の隊列を組むと何処を目指すかも分からないまま散り散りに海を進み始める。
あつみも隊列を作るワ級に紛れ海を進んだ。
しかし、他のワ級は通商破壊作戦中の艦娘によって沈み、辛うじて生き残ったワ級も資材を狙う深海棲艦に狙われ全ていなくなった。
そしてあつみも大破して動けなくなった身体か沈むのをただ待つだけとなり潮に流されていた時、イ級が偶然自分を見つけ助けてくれた。
その時、あつみは思った。
届けることが出来たんだと。と
持っていた燃料は殆ど残っていなかったけど、それでも自分は届けることが出来たんだとそう思えた。
だから、今度は誰かに頼まれるでも強要されるでもなく自分の意志でイ級の為に働きたいとそう頑張ってきた。
だからこそ、イ級が好きな艦娘になれるというなら、それはあつみにとって何を失っても構わない程に嬉しいことだった。
『その先は辛い道だ。
それでも行くのか?』
『総意』がそう問い掛ける声にあつみは答える。
(私は、行きます)
そうはっきりと想いを告げると『総意』は最後に告げた。
『望むままに在れ』
その言葉を最後に『総意』は沈黙してしまった。
同時にあつみの中にあった温かい繋がりが抜け落ち、代わりに別の温かさが満ちていく。
「数値が上がってる。
始まるよ!!」
計器の急激な反応に明石がそう声を張り上げ、それと同時にあつみに変化が生じ始める。
死人の青白さだった肌に赤身が差し温かみのある白人特有の透き通るような白に変わり、頭全てを覆う被りものの後部から青く透き通った髪が背中に掛かる長さまで伸びる。
それに伴い艤装の表面がボロボロと剥離を始めその中からかなり小さな駆逐艦のより小型の艤装が姿を見せる。
「あの艤装は…?」
軍艦に載せる筈の無い装備が搭載された艤装に磐酒がまさかと呟く。
あつみがなろうとしている艦に心辺りがあるからだ。
その予想が正しければ、あつみは氷川丸と同じく大本営がまだ建造の目度さえ立てられていない特殊な艦になる可能性が高い。
そうなれば彼等の前途は更に多難になるだろう。
そう思いながら写真を撮ろうとしていた青葉を抑えながら生まれ変わろうとするあつみを見届けている磐酒達の前で、あつみの変化が終わりを告げた。
身を埋め込むタイプの艤装は腰に装着するタイプの小さな物に変わり、身に纏うは衣服は妖精さんが誂えたブラウスとタイトスカートの上からファーの着いたコートを羽織っている。
かつての名残は顔を覆う被りものだけとなり、それもあつみ自身の手で外された。
「身体におかしな感じはない?」
「……」
明石の問いに透き通るようなアクアマリンのような瞳で見返してからゆっくりと首を縦に振るあつみ。
「特務艦『宗谷』か」
艤装の全容が露になり、磐酒はその艤装の元となった艦の名を口にする。
宗谷は第二次世界大戦をくぐり抜けた数少ない艦の一隻だが、その役割は海底の測量を行う測量艦である。
低速、紙装甲、弱武装と三拍子揃った敵からすれば輸送艦並の恰好の餌でしかなかった筈の宗谷だが、測量のために様々な海域を渡る間フィクションとしか思えない程の奇跡と幸運に支えられ生き残った。
例を挙げると、ある時戦艦長門の隣で爆撃を受けて機関部に直撃するも、投下されたものが可燃性のガソリン単体だった事と入渠中だった事が重なり長門が数多の負傷を重ねる隣で被害はほぼゼロだった。
他にも座礁して放棄された事があったのだが、誰ひとり乗っていない状態で満潮に乗って自力で脱出してしまった事もある。
更には宗谷が寄港予定を変更したら寄港予定の場所は既に地獄絵図だった等々。
そんなある意味雪風以上の奇跡と幸運に愛された艦であり、氷川丸と並び今もなお現存する艦なのだ。
余談だがこの世界の艦の方の宗谷もまだ沈んでいなかったりする。
「提督、大本営にはやっぱり」
「リンガを火の海にする気はない」
報告の義務はあるが、知れば必ず接収せよと言うはず。
そうなれば駆逐棲鬼の怒りの矛先は何処に向くか…考えるまでもない。
「提督、パラオから緊急入電です!!」
そこに焦った様子の大淀が報告を齎す。
「パラオからか?」
パラオは元帥の命によりトラック包囲網を敷いていたはず。
主力艦隊は世界樹に派遣されているがそれ以外にも十二分に鍛えられた艦が多く居たはず。
内容を促す磐酒に大淀は告げる。
「支援要請です。
西太平洋より新型の鬼タイプが強襲したと」
氷川丸に続いて宗谷まで参入!!
外見はMMDを参考にしつつもロシア生まれの設定からヴェールヌイと同じ方向性で描かせていただきました。
何気で『総意』が初登場したけど、基本的に彼等は介入しません。
その辺りはおいおい。
今回はあつみの改修が長くなりすぎたので殺戮は触りで終わったけど次は18Gまっしぐらになるね。
……って瑞鳳双胴艦改修が残ってた。