だけじゃなく、余計な混乱の種も紛れ込むようだな。
燃料缶を握り潰しアルバコアが呪うように言葉を紡ぐ。
「笑っちゃうと思わない?
私達は造られた存在だから人間に従う義務があるんですって」
そう嘯くアルバコアの手は微かに震えている。
「ほんっと、笑うしかないわよね」
俺は何も言えない。
アルバコアが一体どんな気持ちで逃げ出したのか、当事者でない俺には理解できないから何も言えない。
ひたすら重い沈黙の中、哨戒に向かわせていたアルファが帰投する。
『緊急事態ガ発生』
「艦娘か?」
先遣だった北上達を捜索に来たのかと緊張する俺達に、アルファはある意味それ以上に悪い報告を齎す。
『進行シテキテイルノハ深海棲艦ノ大規模艦隊デス』
よりによってそっちか。
しかも大規模とは笑えない所ではない。
しかしだ、まごついていたらそれこそ取り返しの付かないことになると最悪に備え俺は木曾に頼む。
「木曾、お前は島を離れる準備をしておいてくれ」
「お前はどうするんだ?」
「一応話を聞いてくる。
同じ深海棲艦だ。即座に沈められる事もないはずだ」
万が一の事態になったらアルファを飛ばすとそう言い残して、俺は事実上の最高速度50ノットまで一気に加速し島を出る。
アルファの先導のままに海上走り続けると、1時間もせずに黒い津波のように押し迫る件の艦隊を黙視出来た。
そしてその先頭を行く旗艦らしき人型を確認して、俺は堪らず漏らしてしまう。
「……まぁじで?」
死体のような血の気のない肌と同色の真っ白な髪を赤いリボンでポニーテールに纏め、すぐ後ろに球体を従えたその姿を俺は知っていた。
「『姫』タイプ…『装甲空母姫』かよ…」
そこまでゲームが進んでいなかったから直接見えるのはこれが初めてだが、奴が洒落じゃなく強大な力を有した深海棲艦だということは近付いた時点で嫌でも分かってしまう。
というか、今更だけどよくよく考えてみたら装甲空母姫が俺に構うか?
普通に無視されるのがオチじゃね?
…いやいや。
俺の如何次第で木曾や明石やアルバコアの運命も左右するかもしれないんだ。
気合いをいれて掛からねば。
そんな俺の願いが叶ったのか、艦隊は進軍速度を緩め俺の前で停止した。
「……貴様、そこで何をしている?」
赤い瞳でそう睨め付ける装甲空母姫。
ビリビリと肌を刺す憎悪を溢れさせた姫の姿に俺は息を飲むも、引くわけにはいかないと問いを掛ける。
「そちらこそ、それだけの大軍を率いてどこに行こうというんだ?」
その問いに、装甲空母姫の顔が僅かに興味を抱いたと小さな笑みを浮かべる。
「貴様、何者だ?」
何者って、なんかその質問をそこらじゅうでされるな。
「…人間が、駆逐イ級と、深海棲艦と呼ぶ者だよ」
そう答えると装甲空母姫は鼻で笑った。
「ハッ、戯言を吐くな」
いや、だったら俺はなんなんだよ?
「人間の船を殺しもせず飼っているお前が我々の同朋だと?
中々愉快な冗句だな」
言い方はともかく、俺の存在や気付かれていたことに肝を冷やすも、それ以上に俺は疑問を抱いた。
「哨戒は万全だったつもりなんだかな…」
「海の全ては我等の領地も同じ。
貴様達が何を企んでいるか座興がてら観察していたのだ」
傲慢に言い放つ装甲空母姫。
ああ、だからゲームで空母が先制失敗しないのか。
最初からどこから来るか解ってるなら艦載機飛ばすだけでいいもんな。
超どうでもいいがル級が着弾観測しないのもそれが原因か。
って、余計な事を考えてねえでどうにかしねえと。
「ピーピング・トムとは淑女らしからぬ御趣味だこって。
それで、そのまま進まれると俺達の島にぶつかるわけだが何か御用で?」
「知れたこと」
纏っていた憎悪に殺意が混ざり、今すぐ逃げたくなるほどの恐怖を放ち装甲空母姫は宣う。
「貴様が沈めなかったあの、忌まわしき兵器を用いた船を殺すために来た」
……やっぱりかよ。
「退け。
何の企みかは知らぬが貴様の行いは、我だけでなく他の姫も興味を持っている。
大人しく奴らを差し出すなら貴様と貴様の飼う船は見逃してやる。
が、拒むなら…言う必要もあるまい」
控えていたタコ焼きもとい浮遊要塞が口を開け砲門を覗かせ、装甲空母姫の艤装に艦載機が列を成す。
その問いに、俺は即答しかねていた。
自分達の事だけを考えるなら提案に従うのが最良だ。
だが、泣いていた北上の姿を思い出すと俺は…
「……少し時間をくれ」
「何故?」
開戦を覚悟しアルファの発艦準備を行いつつ俺は言う。
「他の艦娘に説明するためだ」
「……」
やっぱりダメか?
意を決し缶の熱を一気に高めようとしたところで突然浮遊砲台が砲身を飲み込んだ。
「よかろう」
賭に勝ったのか…?
内心戸惑う俺に装甲空母姫は告げる。
「ここで貴様を沈め島ごと皆殺しにするのはたやすいが、それでは他の姫が納得するまい。
一両日の猶予をくれてやる。
それまでに奴らを私の前に引き立てればよし。
出来ぬなら、諸共に鏖しにしてくれよう」
そう言うと艤装から錨と思しき鉄の塊を投下する。
「……分かった」
最悪は回避した。
だが、回避しただけで次の最悪がすぐに控えているのを肌に感じ、俺はアルファを先行させ全速力で島へと帰途を走った。
〜〜〜〜
走り去るイ級の姿が小さくなったところで後ろに控えていたヲ級が意見を口にした。
「イイノ? 姫」
「……無論だ」
確かにあの場で奴を沈めれば他の姫の顰蹙を買っていたのは事実だ。
だが、それだけだ。
毛色が違うだけで所詮は駆逐艦。
沈んだらその程度だったと多少文句を言われた程度で特に咎めがある訳でもない。
しかし、装甲空母姫は奴の好きにさせた。
どうしてかと問われれば、装甲空母姫にも分からない。
もしかしたら…
「……違うな」
頭を過ぎった想いを振り払おうと頭振る装甲空母姫。
「姫?」
不可解な行動に心配したヲ級の頭に手を乗せ、そのまま無でながら姫は先程頭を過ぎった想いを反芻する。
私は、奴に期待しているのか?
嘆きに身を窶し、憎しみに支配された我等(深海棲艦)と同じ身を持ちながら、憎しみの軛に苛まれず袂を分かった艦娘(姉妹)達と同じ道を歩もうとする奴に。
「ヲ級」
気持ち良かったようで、猫のように目を細め撫でられるままにされていたヲ級がどうしたの?と姫に尋ねる。
「日の出と共に進軍を再開する。
それまで休むといい」
「…姫ハ?」
休むなら一緒がいいと甘えるヲ級を、装甲空母姫はヲ級の身体を抱き留め微笑む。
「私は少し眠る。
時間になったら起こしてくれ」
「分カッタ」
そう言うと、装甲空母姫に身体を擦り付け瞬く間に寝息を立て始めるヲ級。
「……やれやれ」
仕方のない奴だと溜息を吐き、率いて来た者達にも楽にするよう命じると、ヲ級の身体がずり落ちないよう抱え直し装甲空母姫もゆっくりと瞳を閉じた。
そして、その意識を闇に落とす刹那、三日ほどの距離を挟み同じ航路を辿る一隻の艦娘の姿を確認し、それが戦艦や空母でないことを悟り捨て置こうと決め装甲空母姫は深い闇へと没した。
〜〜〜〜
海流に恵まれたこともあり、三時間掛けた道程を二時間で走破した俺は、海岸で俺を待っていた木曾に出迎えられた。
「イ級! 大丈夫か!?」
「ああ。戦闘にはならなかったから損傷はしていない」
といっても北上にかましたラム・アタックのダメージやら消費した弾薬や燃料やらと、割りと万全とは言えない状態ではあるんだけどな。
ともあれ自分の事は後回しだ。
今は差し迫った危機をどうにかしないと。
「明石達はどうしてる?」
「荷造りを終えていつでも出れるようにしているが…出たほうがいいか?」
「いや…」
島を出れば奴らに気付かれる。
そうなれば今すぐ鏖しにされるかもしれない。
「全員に聞かせないといけない話がある。
皆はどこに?」
木曾に案内された場所は資材を保管している倉庫だった。
地下に島の反対まで続く脱出路まで備えた防空壕があるらしいここなら確かに避難するにはうってつけだろう。
それはそうと、そんなものまで準備してあるとか、明石って何時からここに住んでんだ?
そう考えると1番謎が多いよな。
「それで、どうだったのかしら?」
アルバコアの問いに俺は装甲空母姫の目的を話す。
「奴らは北上等を殺すためにこっちに向かっているそうだ」
そう切り出すと隅に蹲っていた北上達が反応する。
「どうしてだ?」
いくら艦娘が敵だからとは言え、わざわざ姫クラスの奴が動くことに疑問を堤する明石。
「奴らは北上達が持ち出した『忌まわしい兵器』にいたくご立腹のようでな。
奴らにそいつらを引き渡せば、俺達は見逃すとまで言い出したよ」
かたかたと震える瑞鳳を一瞥してから俺は問う。
「俺達に選べる手は二つ。
こいつらを引き渡して生き残るか、こいつらと心中してやるかだ」
俺の言葉に重苦しい沈黙が場を支配する。
直接見えたからこそ、戦って勝つなんて道は無いと肌身で理解した。
あいつらの憎悪は俺達の気概程度でひっくり返せるものでは無い。
「一つ質問」
と、沈黙を破り明石が尋ねた。
「敵の規模はどれぐらいなの?」
「ざっとだが、中核の装甲空母姫と駆逐艦から空母まで合わせて50は確認した。
それだけの数を相手に逃げ切る自信があるのか?」
「まさか。工作艦にマラソンなんて出来るわけないよ」
肩を竦める明石。
そこに今度は木曾が意見を出す。
「艤装だけ破壊して奴らに見せるのはダメか?」
「無駄だな。
奴ら、俺達が共生関係にあることを知っていた。
話によると奴だけじゃなく、他の姫も興味津々で観察しているそうだ」
観察されていたという言葉に息を飲む木曾。
明石は心辺りでもあったのか、驚くそぶりもなく納得したように軽く息を吐くだけだった。
そこで今まで黙っていたアルバコアが口を開く。
「私はまだ死にたくない。
だからそいつらを奴らに引き渡してほしい」
「お前!?」
やっぱり貴様と食ってかかる木曾だが、アルバコアは木曾に言い放つ。
「じゃあ、他に良い手があるのかしら?」
「それは…」
「そもそも、奴らがここを攻めようとしたのはそいつらが原因なんでしょ?
だったらさっさと追い出すべきだわ」
「だが…」
反論しようにも言葉が見付からず言い淀む木曾。
「お前達はどうなんだ?」
埒が開かないと俺は、意見出していない明石とワ級に助け舟を求めてみる。
「私はどっちでもいいよ。
今日まで上手くやって来れたけど、何時そうなるかってだけだったしね。
だから、どっちに転んでもせいぜい上手くやるだけさ」
まるで今日の夕食を考えるかのような気楽さをみせる明石。
「ワタシハ、イ級ニ助ケテモラッタカラ、イ級ガシテホシイコトヲヤルダケ」
自主性が無いというより、本当にそれで良いのかと疑問に思うぐらい自分を慕うワ級に、俺はこの面子最大の癒しはこの娘だったと確信する。
とはいえ二人のお陰で状況は更に悪くなってしまった。
最悪多数決で押し切るという手も無くはなかったが、蓋を開けてみれば見捨てる1、救いたい1、どっちでもいい2と実にバラバラ。
というかこれ、俺の決断次第なのか?
え? マジでこいつらを見捨てるかどうか俺が決めなきゃダメなの?
最悪過ぎる状況に頭を抱えたくなっていると、そこに意外な意見が飛び出した。
「あのさ、もういいよ」
それは、話が始まってからずっと黙り込んでいた北上の声だった。
今回はここまでで。
次回はいよいよ決断の時です。