まだ猶予はあるが、遊んでいる暇はないぞ?
「牢屋なんて大層な物はないんでね。
すまないがここに入っていてもらうよ」
島まで連行するのに協力してもらった明石が艤装を引っぺがした北上達をジャングルの木で作った即席の檻の中に押し込む。
特に抵抗もせず、というより抵抗する気力もないのだろう彼女達は素直に檻の中に入った。
「お前達には後で聞きたいことがあるから大人しくしていろよ」
後で食えそうな物を持って来てやるか、とそう考えながらその場を離れようと背を向けた俺に檻の向こうから北上の気怠げな声が掛けられた。
「ねえ」
「…なんだ?」
振り返ると相変わらず酷い顔をした北上は濁りの混じる瞳で俺を見ていた。
「あんた、何者なの?」
「……」
そう言われて、俺は改めて考える。
だが、もう意味なんてないことだとその思考を断ち切る。
「ただの深海棲艦だよ」
そう言うと北上は嘘と否定する。
「じゃあ、なんで艦娘と一緒にいるのさ?」
その言葉に俺はただそのまま正直に告げる。
「成り行きだ」
「ふざけんな!!??」
そう答えると北上が吠えた。
「深海棲艦のくせになんでお前は!!??」
檻にしがみつき怨嗟の叫びを吐き出す北上。
その目には涙が滲み、そしてその表情には羨望と嫉妬がありありと滲み出ていた。
「畜生…ちく…しょう……」
力の限り俺に憎しみを吐き出し続けていた北上だが、すぐにずるずるとその身体が崩れ落ちて鳴咽を零す。
「…明石、こいつらを頼む」
「ああ」
間宮ほど上手くないが、なんとかしておくよ。とそう言う明石に後を任せ、俺は木曾の下に向かう。
殆ど捜す事なく木曾は見付かり、俺は酷く胸糞の悪い気分のまま木曾に尋ねる。
「聞きたいことがある」
「……ああ」
全て納得しているのだろう木曾がやけに小さく見えた。
「まず始めに、あいつらとは顔見知りか?」
「……いや」
木曾は悲しそうに言う。
「あいつらがアレを使っていたから、横須賀の所属なのは間違いない。
だけど、私が知っていた横須賀の三人は半年前に全員沈んだ。
あいつらは、新しく建造された奴らだ」
妙に引っ掛かる言い方をするな?
「半年前か」
「……ああ」
憎しみを肌に感じるほどの不快感を露にして木曾は語る。
「半年前、横須賀鎮守府に大掛かりな掃討作戦の指令が下ったんだ」
思い出すのも嫌そうだが、語ってもらう必要がある以上俺は何も言わない。
「あれは本当に酷い戦いだった。
レイテかソロモンの焼き直しか思うぐらいの勢いで仲間が沈んでいく中、俺達が勝つことが希望なんだって信じて必死で戦ったんだ」
そう苦しそうに語る木曾に、ふと、俺は気になり問う。
「待てよ木曾。
それだけ大掛かりな作戦の間、舞鶴や呉は何をやっていたんだ?」
最初に警告した時木曾は横須賀と鎮守府を名指ししていた。
それ以前にも無人だったが泊地に行ったこともあったし、それらを考えればこの世界に横須賀以外の鎮守府が潜在しないというほうが不自然だ。
「他の鎮守府は参加していない。
上層部の見栄のために伏せられていたんだよ」
薄汚い欲望のために無駄に犠牲を増やしたのか。
「老害の横槍は万国共通ってことね」
腐ってやがると俺が吐き捨てると、いつの間にか現れたアルバコアがそう皮肉った。
しかし、
「どうでもいい」
余りに意外な言葉に耳を疑ってしまう。
「上が腐っていようと俺達(艦娘)が戦場でやることは変わらない。
敵を討ち、暁の水平線に勝利を刻むこと。
それが俺達の存在意義だ」
「…だったら」
なんで脱走なんか?
口に出さずとも問うていたらしく木曾は目を伏せ話を再開した。
「半年前の作戦で俺達は勝利こそしたが、その被害も半端じゃなかった。
戦艦四隻、正規空母三隻、軽空母六隻、重巡洋艦六隻、重雷装艦一隻、軽巡八隻、駆逐艦二十三隻、潜水艦二隻があの海で沈んだ」
なんだそりゃ?
「そこまで被害を出して勝ちなんて言えるの?」
同じく疑問に思ったらしくアルバコアがそう問い質すと木曾はほんの少しだけ誇らしそうに言う。
「あの戦いで俺達が撃滅した敵戦力は鬼級三、姫級一、それと戦艦レ級十。
その他にしてもヲ級やル級といった主力を五十は下らない数沈めてやった」
凄まじい数の戦果にあんぐりと口を開けるアルバコア。
「Ambi Riva Bo。
黒豹といい鬼神といいこれだからジャップは……」
アルバコアは笑えないと頭を押さえる。
「で、それだけの戦果に見合いすぎる被害を出した横須賀は、やっちまったんだな?」
「……ああ」
辛そうに沈む木曾。
ようやくはっきりした。
横須賀鎮守府は自らの過ちで失った戦力の損失を補うために非人道兵器の導入に踏み切ったのだ。
そして、それに耐え切れなかった木曾は逃げ出した。
「あのさ、さっきから言ってるアレとかやったって何の話よ?」
俺の質問を遮りアルバコアがそう問うと、俺はいいのかと木曾に目配せし、木曾は小さく頷いた。
「話しても構わないが、気分が悪くなるぞ?」
そう言うと察したらしくアルバコアの顔から呆れや侮蔑といった見下した感情がなりを潜め、疲れきった様子で天を仰ぐ。
「……冗談でしょ?」
そして、次に聞き捨てならない台詞を俺達は聞くことになった。
「
なんだって…?
「どういうことだ…?」
アメリカ側の深海棲艦は神風を仕掛けているのか?
困惑する俺達に対し、アルバコアは酷く気落ちした様子で気怠げに告げる。
「やってるのがDeep Warshipならまだ救いがあるわよ。
カミカゼをやっているのは合衆国海軍。
それも、素敵な事に弾丸は艦娘よ」
正直それが冗談にしか聞こえなかった。
国内の領土に資源が全く無い日本ならまだしも、国内ばかりか南米を始め資源を豊富に採掘出来る領土と陸路で隣接している等日本とは比較にならないほど資源に恵まれたアメリカが、何故特攻戦術を採用なんか?
絶句する俺達に、アルバコアは言いたいことを先じて言葉とする。
「不思議に思ってんでしょ?」
「……ああ」
否定しても埒が開くわけでもなく素直に認めると、アルバコアはどこからともなく成人用の燃料を取り出し唇を湿らせる。
「まあ簡単に言えば、私達とあんた達とではその価値が違うという事よ」
「価値?」
同じ艦娘だろうにと内心首を捻る俺。
アルバコアは燃料で喉を潤すと木曾に問う。
「ねえキソ。
日本では艦娘は一日にどれぐらい生産されているの?」
「え?
……詳しくは知らないが、毎日どころか轟沈しない限りそうは生産されないはずだ」
そう答えた木曾を、アルバコアは羨ましそうに見た。
「そう。
…合衆国では艦娘は一日に300隻生産しているわ」
流石米帝。
数字の次元が半端ねえ。
そうは思っても流石に口には出さず黙って続きを拝聴する俺。
「生産された新造艦はそのまま海域に送り出されるわ。
そして篩に掛けられ、一握りを残して皆沈んでいくわ。
その一握りもまた篩に掛けられどんどん沈み、最後に残った一人か二人がようやく艦娘として認められ海軍に編入されるの」
こういっちゃあなんだが、酷く効率の悪い手段だな?
そんな事をしていたら勝つ勝たない以前に、人権問題とか別方面からとやかく言いそうだってのに。
「……あ」
と、俺はふと気付いた。
「なあ木曾」
「どうしたイ級?」
話の腰を折ろうとする俺を訝しむ木曾に俺は尋ねる。
「艦娘って、鎮守府ではどう扱われているんだ?」
「どうって…」
何を言っているんだと訝しみつつも、木曾は俺の質問に答える。
「扱いは『軍艦』だが、一応『人間』として扱われていたに決まってんだろ?」
当たり前の事を聞くなと言外に語る木曾だが、俺はなんとなく理解した。
「なあ、アルバコア。
アメリカは、」
それを問うてもいいのかと本気で悩みながらも、俺は疑問を口にしていた。
「アメリカは、艦娘を『道具』としてしか見ていないのか?」
「……っ!?」
もしそうなら納得がいく。
大量に建造するのは良質な『武器』を選別するため。
そして、それが正解ならアメリカの艦娘には…
「…Yes」
聞きたくもなかった答えに俺は後悔する。
「私達は戦いのためだけに造られた『人形』。
意思も、想いも紛い物の『ロボット』だと、そう扱われているわ」
そう小さな声で答えを口にしたアルバコアの顔を、俺は正視することが出来なかった。
世界情勢についてはあんまり考えてません。
日本とイギリスとアメリカは善戦。
ドイツは日本に戦力渡すから助けてと丸投げ。
イギリスはフランスとの境界を保持するのに手一杯。
ある意味日本以上に孤立していたアメリカは鬼畜米帝の道を…という程度の考えです。
次回はいよいよ1番の敵との交戦…になるのか?