リンガからそう差程遠くない海底に築いた牙城にて、飛行場姫は表情とら真逆の笑みを浮かべながら呟いた。
「参ったわねぇ」
飛行場姫の呟きに即座の謝罪がされる。
「モウシワケアリマセンヒメ」
そう述べたのは飛行場姫の前で平伏するル級。
その姿は酷く痛め付けられたように見るも無残に艤装を破壊され、よく見ればその腕はぐしゃぐしゃに壊されていた。
「ニンムヲシッパイシタハワタシノフテギワ。
イカナルショバツモ「別にいいわ」…ハ?」
飛行場姫から特別に任務を承り、しかし惨めな惨敗を喫した罰をせめて部下まで及ばぬよう身を差し出す覚悟でいたル級はその言葉に耳を疑う。
「あちらの実力を計りそこねたのは私の失態。
それを棚上げして貴女を処分するつもりはないわ」
からかうような笑みを湛えそう嘯く飛行場姫。
昨日、『総意』から久方振りのイベントの開始を告げられた直後、姫の領海で新たなニュービーが生まれた。
それ自体は然して珍しくもない。
だが、その艦はサーモン沖でしか誕生の確認されていない航空戦艦であり、更にまだ確認されていないフラグシップ改型とあって、いたく興味を持った飛行場姫はそれを連れてくるようル級に命じたのだ。
だが、航空戦艦は姫の呼び出しに応じずル級達をこれでもかというほど痛め付けて突き返して来た。
「とはいえまいったわね。
実力に於いて貴女以上の部下となるとそう数もいないし、それまで遣わせたら『総意』の命令を無視しちゃうもの」
「クッ…」
己の失態が姫の立場を悪くしてしまったと自責するル級を愉しそうに眺める飛行場姫。
飛行場姫はこのル級の士道もかくやの絶対的な忠義心を気に入っており、そんな彼女をからかうのが密な楽しみでもあった。
故に、そんな自分だけの玩具兼腹心の部下を潰され内心ではかなり機嫌が悪かった。
「ともあれよ。
その航空戦艦はどうしてるの?」
「スコシマエニリンガハクチニセメイリ、ナンセキカノカンムスヲユウカイシタヨウデス。
ソノアトハダッカンニムカウカンムスタチヲカエリウチニスルツイデニナブッテイルヨウデス」
「ふうん」
リンガといえばかなり前のイベントで飛行場姫が俸禄代わりに譲ってやった場所。
どうなろうと然して興味もないが、規模としてはかなりの大きさに育っていたはず。
そこに攻め入りかつ艦娘を誘拐する蛮行を重ねた上で、更に断続的であろう追撃を遇う辺りニュービーとは信じられない実力を有しているようだ。
「航空戦艦の手勢は?」
「イマセン。
ヤツイッセキデス」
その報告に飛行場姫は思案する。
単艦でそれだけの事をやってのけるというなると、航空戦艦はあの楽しい『イレギュラー』と同種の存在かもしれない。
だとしたら…
「ぶつけてみたいわね」
「ハ?」
聞いた限りだが手口といい行動パターンといいあの『イレギュラー』とは真逆。
ならばきっと、出会わせれば楽しい
そう考えた飛行場姫は早速行動に移す。
先ずは立ち上がり様にル級の折れた腕に蹴りを一発。
「ガッ!!??」
「罰が欲しかったんでしょ? なら罰はそれでおしまい。
さっさと沈むなり入渠するなりして治してきなさい」
激痛に悶絶するル級にそう言い放つと姫はその場を去る。
「ド、ドチラニ…?」
泣きわめきたいのを堪え必死に言葉を紡ぐル級を見向きもせず飛行場姫は言う。
「ちょっとレイテまで散歩してくるわ」
留守番よろしくねと言い残し姫は出て行った。
〜〜〜〜
それから数日後、レイテから程近いイ級達の島に飛行場姫は来ていた。
己の艤装は目立つため今は海の底に潜め携帯用の小型艤装を背負っている。
「初めて来るけど悪くない立地条件ね」
シーレーンも遠く戦略的な旨味も殆どないこんな場所なら隠れ住むにはうってつけだろう。
私もここに引っ越そうかななんて冗談を考えていると、がたんと固いものを取り落とす音と悲鳴が響いた。
「ひ、飛行場姫!!??」
誰だろうとそちらを見るとジョウロが入ったバケツを取り落とした古鷹の姿。
「あら?
貴女、確か
「くっ!?」
興味深そうに見る飛行場姫に義手を向ける古鷹。
「何をしに来たの!?」
琥珀色の瞳に警戒を宿しながらそう詰問すると飛行場姫はやれやれと肩を竦める。
「あんまり警戒しないでよ。傷付くじゃない」
からかいの含んだその台詞に古鷹は無言のまま。
その様子にしょうがないかなと飛行場姫は用件を告げた。
「ところでここに鬼のイ級が居るわよね?
今居る?」
「…彼女に何の用?」
イ級に用と言う言葉にますます警戒する古鷹。
「質問に答えなさい」
痺れを切らしたのか飛行場姫がからかいを消し『姫』の殺気を振り撒き始める。
「……っ!?」
圧倒的なプレッシャーに飲まれかけた古鷹だが、すぐに振り払い義手に溜めた波動エネルギーをいつでも放てるよう構え直す。
その姿に飛行場姫は薄く笑みを向ける。
「いいわね。
せっかくだし、少し遊んであげようかしら?」
携帯用の艤装を稼動させ艦載機の発艦準備を始めると、そこで制止の声が割って入る。
「そこまでにしておけ」
声を発したのは迷彩柄の船体に眼帯を付けた駆逐イ級の姿。
「やるってなら俺が相手になる」
そう言いながら禍々しい姿をした艦載機バイドシステムγを近くに浮遊させ、更に三体の連装砲ちゃんまで周りに配置するイ級。
一目で本気だと解る怒気を滲ませながらイ級は静かにファランクスのモーターを回転させる。
一触即発という空気の中、飛行場姫が先に艤装を下ろす。
「止め止め。
頼み事があるから遥々ここまで来たんだもん。
それをつまらない意地で不意にしちゃうのは勿体ないわ」
完全に気勢を削いでそう嘯く飛行場姫にイ級は警戒しながらもそれぞれに解除を告げる。
「悪かったとは言わないからな」
「あら?
貴女も鬼に格上げされて頭に乗ってるのかしら?」
「違う」
イ級ははっきりと告げる。
「古鷹に喧嘩を売ったからだ」
「イ級…」
古鷹のために謝らないと言ったイ級に感極まる古鷹。
そんな様子を飛行場姫は愉快そうに眺めてからくすくすと笑い出す。
「そういうのも見てて飽きないけど、そろそろ私の話を聞いてもらえない?」
「ん、……分かった」
ここで機嫌を損ねれば島に戦火が及ぶと考えイ級は促す事にする。
「それで、姫がわざわざ俺になんの話だ?」
聞く体制に入ったイ級に飛行場姫はまっすぐ本題を告げる。
「ちょっとぶっ殺して欲しい艦がいるんだけど、殺ちゃってくれないかしら?」
「……は?」
唐突過ぎる内容に目を丸くするイ級と古鷹。
「……え〜と、それって艦娘か?」
「同朋よ。
艦種は航空戦艦。それ以外の詳しくは不明ね」
「……なんでさ?」
姫自ら赴いた内容が討伐依頼、それも深海棲艦のとあって流石にそう聞いてしまう。
「本当は面白そうだから手勢に加える気だったんだけど、なんか
請けてもらえるなら経費と別に報酬も出してあげるとそう言う飛行場姫。
「俺と同じ…?」
飛行場姫の言葉にイ級はまさかと呟く。
「一つ…いや、三つ聞いていいか?」
「随分贅沢じゃない?
まあいいわ。
面白かったら答えてあげる」
そう茶化す飛行場姫を流しイ級は問いを投げ掛ける。
「先ず、そいつは必ず殺さなきゃなんないか?」
「そうねぇ…」
どう答えようか考えた所で、飛行場姫は敢えて情報を伏せた方が愉快になるなと考え答える。
「絶対にとは言わないであげる。
ただし、生かしておくなら一度私のところに引っ立てた上で貴女が引き取ること」
間違いなくそれは無いなと思いながら敢えて条件を追加する飛行場姫。
「じゃあ次に。
その航空戦艦は新種なのか?」
「いえ。
人間達の呼称を使うなら『レ級』と呼ばれている個体よ。
ただし、改型フラグシップだけど」
そう言うと古鷹が絶句する。
「改型フラグシップって…レ級はまだフラグシップさえ確認されていないのに更にその上…?」
古鷹も一度だけレ級のエリートと砲を交えた経験があるが、あれは耐久性の低い鬼か姫とさえ思うほどの強敵だった。
それを更に越えると言ったら、もはや姫と何が違うというのか。
もはや規格外を代表するとまで言われるイ級でも返り討ちにされるんじゃないかと心配する古鷹を余所に、イ級は最後の問いを投げ掛ける。
「じゃあ最後に、何で俺なんだ?」
「決まってるじゃない」
愉悦に満ちた笑みを浮かべ飛行場姫は言う。
「それが1番面白そうだからよ」
あまりにあんまりな答えに二人は呆気に取られてしまう。
「……それだけ?」
イベントで手が回らないとか、姫として迂闊に動けないからという答えを予想していイ級はついそう聞いてしまう。
「後は、そうねえ…
「訂正しろ」
ガチャンと一度下げられたファランクスが再び飛行場姫に向けられる。
「あら? なんのつもりかしら?」
わざと煽りながらそう惚ける飛行場姫に今度こそイ級は殺気混じりの怒りを向ける。
「島に住むのは古鷹と春雨だ。
訂正しろ」
そうしなければ力付くで訂正させてやると、戦いを辞す気はないと本気で怒るイ級に飛行場姫は肩を竦める。
「はいはい。私が悪うございました。
これで満足かしら?」
口先だけだろうと姫に謝罪させることがどれだけたいそれた真似か絶対に理解していないだろうと思いながら態度を崩さずそう言うと、イ級は疲れたように溜息を吐く。
「お前に何を言っても無駄か…」
黄昏れた様子でファランクスを下げるイ級にちょっとムッとする飛行場姫。
「失礼な言い方ね?」
「事実だろ」
「確かにその通りよ」
からかいの笑みを浮かべる飛行場姫にイ級は再び溜息を吐く。
「もういいや。
とにかく、古鷹も春雨も連れては行かないからな」
古鷹は力を使えば使うだけバイド汚染の進行のリスクが高まり、春雨に至ってはようやく海に出るリハビリを始めたばかり。
そんな二人を戦闘の危険がある場所に連れていくことはイ級には出来ない。
「報酬上乗せでも?」
「でもだ」
そう切り捨てるイ級だが、そこで古鷹が口を開く。
「あの、どれぐらい上乗せするつもりなんですか?」
「古鷹?」
聞く必要は無いと続けるイ級を古鷹はやんわり諭す。
「私も役に立ちたいんですよ」
「古鷹は十分役に立ってるぞ」
遠征で不在しがちなイ級達の代わりに春雨やワ級の様子を見守ってくれているからイ級も安心して島を離れることが出来る。
しかし、古鷹はそれだけでは納得できていない。
「私も艦娘です。
島を護るのも大事ですが、たまには海で戦いたいってそう思ってしまうんです」
そう微笑む古鷹にイ級は内心で大天使古鷹が降臨したと感動してた。
「それで、私が行くならどれぐらい上乗せしてくれるんですか?」
「そうねぇ」
腕を組んで私案する様子を見せながら飛行場姫は告げる。
「一人で行くなら各資材5000ってとこね。
重巡も行くなら更に5000」
「大盤振る舞いだな?」
「それぐらいじゃないと借金の足しにもならないんじゃないの?」
からかうつもりでそう言うと返す言葉も無いと突っ伏すイ級。
「後ついでに、例の駆逐艦も連れてくならその三倍と修復剤500個もつけてあげるわ」
プラス経費は別ねと言う飛行場姫だが、二人の反応は逆に不審者を見るものに変わっていた。
「何よその目は?」
「いやさ、春雨を連れてったら三倍の報酬に修復剤まで用意するって、あからさまに怪しいだろうが」
イ級の言葉に古鷹もうんうんと首を縦に振る。
「難易度が上がるんだからそれぐらいのボーナスは必要と考えたんだけど、そんなふうに思われちゃうんだ?」
気分を害したわと言いたげにふて腐れたような態度を見せる飛行場姫にイ級はやれやれと言う。
「ともかくだ。請けることは請けるが、面子の選別とかあるから出発はもう少し後になるぞ」
「あらそう」
イ級の答えにもう用は済んだと飛行場姫は浜に向かう。
と、そこで思い出したことがあるかのように再び振り向く。
「こういうのは前金が必要よね」
そう言った直後海面から浮遊要塞が一機浮かび上がりゆっくりとイ級の側に近寄る。
「餞別代わりにあげるわ。
盾として結構優秀だから上手く使いなさい」
そう言い残し飛行場姫は島を後にした。
飛行場姫様マジ姫様(挨拶)
と言うことで今回は前回あまり出番の無かった古鷹が戦うことに。
新たなイレギュラーは果たしてどうなるのか?
楽しみにしていただければと。