なんでこんなことになったんだ!?   作:サイキライカ

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帰ロウ


暁ノ水平線二昇ル夜明ケヲ目指シテ

 Δウェポンによる全てを無にしてしまうほどのエネルギーの奔流が終り、世界が再び色を取り戻したその直後。

 

『……馬鹿ナ』

 

 アルファはΔウェポンを受けてなお健在する子宮の姿に目の前の光景が信じられず呻いてしまった。

 先程荒れ狂っていた残骸は全て消え、不気味な程の沈黙が辺りを支配している。

 

『モハヤ、倒ス術ハナイトイウノカ…?』

 

 正真正銘最後の切り札だったΔウェポンさえ倒すにいたらぬとなれば、打つ手をアルファは持っていない。

 と、そこでアルファは重大な事に気付く。

 

『フォースハ…ッ!?』

 

 Δウェポンを発動した後姿が見えないフォースを探したアルファはすぐに見付けた。

 目の前の、子宮の中に。

 子宮の内側に居た島風の姿が消え、まるでそここそが居場所だというかのようにフォースは、子宮の中でゆっくりと胎動するように断続的に光を放っていた。

 

『……マ…サカ…』

 

 アルファは気付いてしまった。

 Δウェポンを発動した最中で島風は『その子にする』と言っていた理由を。

 島風が求めていたのは完全なバイド(・・・・・・)である自分。

 しかし、完全なバイド(・・・・・・)はアルファだけじゃない。

 アルファともう一つ、フォースもまた完全なバイド(・・・・・・)なのだ。

 ならば、フォースと島風は…

 

『戻レ!!??』

 

 それに思い至った瞬間アルファはフォースを呼び戻すが、フォースはアルファに従わず静かに光の脈動を繰り返す。

 

『ヤハリ…ソウナノカ…』

 

 己が引き起こした致命的な失態にアルファは悔恨の呻きを零す。

 

『私ガ、マザーバイドを誕生サセテシマッタ…』

 

 直後、世界が震えるように振動を開始した。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 マザーバイドが誕生したその頃、バイドツリーに向かっていたイ級達も異変を察知していた。

 

「なんだあれは!?」

 

 日が沈み月明かりが黒く居木を照らし枝のみを海風に揺らしていたバイドツリーが一度震え、直後からまるで早送りの映像を見るかのように巨大な幹がさらに太く、巨大に伸び始めたのだ。

 

「まさか、アルファが負けたの?」

「滅多な事をいわないでよ千代田」

 

 だが、間違いなく何かが起きたことだけは確かだ。

 そうして見ている間にバイドツリーは神話の世界樹を彷彿とさせるほどに大きく成長し、幹からまだ50キロは離れた場所に居たイ級達の上にまで枝を伸ばしてしまった。

 

「?

 なんだ? この匂いは?」

 

 不意に嗅覚を擽る花の香りらしい甘い匂いに記憶を探ろうとしたイ級に鳳翔が答えを口にした。

 

「これは、桜の花の香りですね」

「桜だって?」

 

 赤道近くの南西に住んでいるため四季の感覚はあやふやだが、桜が咲く季節はまだ先なのは確実。

 なにより、こんな海上のど真ん中でどうして桜の花の香りが漂っているのか。

 流石にそれはないだろうと思いながら全員が上を見上げ、そして絶句した。

 

「花が…咲いている……」

 

 空を覆い尽くしたバイドツリーの枝という枝から鮮やかなピンクに染まる桜の花弁が芽吹いて満開に開いていたのだ。

 

「…綺麗」

 

 闇夜の月明かりを照明に海上に咲き誇る満開の桜は、本来であれば不気味なはずなのだが間近で見ていたイ級達はえもいわれぬ魔性に魅了されつつあった。

 

「千代田、バイド係数はどうなっている?」

 

 どこか虚ろにそう尋ねると、千代田は妖精さんにミッドナイト・アイから回収した検知機を使い調べる。

 

「僅かづつだけど確かに係数は上がってるわ。

 今はまだ汚染の危険もほとんど無いぐらいだけど、このままだと私達も…」

 

 何れ汚染される。

 その答えにイ級は言った。

 

「全員撤退してくれ。

 このままだとまずい」

「お前はどうするんだ?」

 

 まるで自分は残るみたいな言いように木曾が尋ねるが、その答えは予想通りのものだった。

 

「俺はもう少しここで待ってる」

「だったら俺達も引くわけには行かない」

 

 そう言われてイ級は強引にでも帰らそうとするが、

 

「それにもし、アルファが負けたんだったら、どこにいようと同じだろ?」

「それは…」

「だからさ、どこにいても同じなら俺はここにいるよ。

 せっかくこんなに綺麗な桜なんだからな」

 

 見ないのは勿体ないと、そう言うと木曾はイ級の隣で桜を見上げる。

 

「お酒でもあればよかったんですけどね」

「私はお酒より団子がいいな」

「燃料ナラマダ予備ガチョットダケ残ッテルヨ?」

「私もあるわよ」

 

 天にも届きそうな桜を眺めながら銘々に燃料ね缶が渡され自然と雑談が始まる。

 世界が終わるかもしれない事態だというのに、誰もそれを咎めようとは思えない。

 それほどに、空を覆い尽くした桜は全てを忘れさせるほど美しく幻想的だった。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 世界が振るえ、そしてマザーバイドが遂に覚醒する。

 

『世界を、皆、一つに』

 

 まどろむ幼子のような島風の思念が響いた直後、子宮から大量のスタンダードフォースが吐き出された。

 

『ッ!!??』

 

 触れたら一巻の終りとアルファは死力を奮い凄まじい量のフォースの隙間を掻い潜る。

 

『ヨリニモヨッテフォーストハ!!??』

 

 人類が技術の粋をかき集め生み出した制御されたバイド(フォース)をマザーが産み出す皮肉にアルファは思わず呻きながら僅かな隙間を縫ってフォースを避け続ける。

 

『デビルウェーブ砲Ⅱ!!』

 

 もはや悪あがきだとしても諦めはしないとアルファは波動砲を放つが、波動砲は濃密なフォースの密度に押し潰されマザーバイドに届く前に掻き消されてしまう。

 それでもなおアルファは必死に避けながら波動砲を放ち続ける。

 

『ドウスレバ、ドウスレバ奴ヲ…!?』

 

 倒さなければ地球の全てがバイドになってしまう。

 それだけはなんとしても避けなければならない。

 例え己を引き替えにしても地球をバイドの魔手から守らねばならない。

 己のバイドを活性させ自爆特攻に踏み切ろうとしたアルファ、そこで奇妙な事に気付く。

 

『アレハ…?』

 

 いつの間にか、自分のすぐ前を一機のR戦闘機が先行していたのだ。

 R-9によく似たその姿をアルファは知っている。

 

『ラストダンサー…』

 

 究極互換機とも称されるR戦闘機の完成型。

 かつて、まだアルファがバイドに成り果てそれに気付かぬまま地球への帰還を目指していたジェイド・ロス艦隊に属していた時に最後の障害として立ちはだかった最強のR戦闘機。

 なぜそれが自身の前に、まるで自分を導くように飛翔しているのか分からず困惑していると、突然空間に声が響いた。

 

「そう、だったんだな…」

 

 おそらくラストダンサーのパイロットと思われる声はフォースの隙間を縫いながら誰かに語りかけるように言葉を紡ぐ。

 

「お前達は、ただ、帰りたかっただけなんだな」

 

 その声には一切の恐怖や憎しみといった負の感情はなく、ただただ慰撫するように響く。

 

「お前達は俺達(人類)の勝手で生み出されて、そして捨てられた。

 憎んで当然だよな。

 親に捨てられて、憎まないでいられるわけがないよな」

「だってお前達は、まだ人間を愛しているんだから」

 

 その言葉にアルファは殴られたような衝撃を覚えた。

 語るにつれラストダンサーが燐光を纏い始める。

 

「お前達は愛されたくて、生き伸びなければそれも叶わないからバイドに成り果てて、だけどバイドに成り果てた自分達を俺達(人類)は愛してやれなかった。

 たからなんだろ?

 この世界がバイドに汚染されていないのは。

 汚染される恐れが無くなれば自分達を受け入れてくれる。

 そうやって考えたからお前達は自分を進化させたんだろ?

 お前がフォースを生み出しているのだって、フォースが人類と共存する唯一のバイドだから、お前はフォースを生み出しているんだろ?

 俺達(人類)に、自分達を受け入れてほしいから」

 

 信じられない。

 バイドが人類を愛している?

 だけど、本当はそうなのかもしれない。

 分からない。

 ラストダンサーのパイロットの言葉はあまりに突拍子もなく、バイドを知る者なら気が狂った人間の妄言だと切り捨ててしまうものだ。

 だけど、アルファはそれが出来ない。

 雪風はバイドの祖が暴走した理由は地球の全てを愛していたからだと語った。

 バイドに成り果て、仲間から銃を向けられ地球を追われたアルファには決して容認しえない。

 なのに、ラストダンサーからの声はアルファに反発を思わせず、ひどくあっさりとその言葉を受け入れさせてしまう。

 ラストダンサーを包む燐光はまばゆいものとなり、その輝きを纏いながらラストダンサーはマザーバイドに機首を向ける。

 

「もういいんだ。

 私がお前達(バイド)を受け入れてやる。

 だから、Bye bye BYDO(ヲヤスミ、ケダモノ)

 

 そう餞の言葉と共にラストダンサーが纏う光がマザーバイドを抱くように解き放たれ、アルファは我に帰る。

 

『今ノハ…?』

 

 白昼夢だったにしては余りに現実感がありすぎた。

 そしてマザーバイドはフォースを産み出すことを止め、不気味な程に静まり返っている。

 今なら波動砲が撃ち込める。

 だけど、アルファにはどうしてかそれが出来なかった。

 

『……モウ、イイ』

 

 ラストダンサーの言葉の影響だろうか。

 今まで尽きる事なく渦巻き続けていたバイドへの憎しみが、さながら凪いだ海のように鎮まっていた。

 

『モウ、憎ムノハ終リダ』

 

 悪夢の中で己を保ち続けるには憎み続けるしかなかった。

 だから憎み続けた。

 だけど、アルファは気付いた。

 

『憎ミ続ケルカラ、悪夢ハ終ワラナインダ』

 

 ラストダンサーの言葉がアルファの憎しみを鎮めてしまった。

 そうして残ったものはたった一つ。

 

『私ハ、皆ノ所ニ帰リタイ』

 

 いつの間にか、アルファの全身にラストダンサーが纏ったものと同じ燐光が集い始める。

 

『オ前モ、帰リタインダヨナ』

 

 手に入れて、だけど失った懐かしい幸福を取り戻したくて、そしてもう二度と失いたくないから島風はマザーバイドになろうとした。

 アルファは漸く島風の悲しい切実な想いを知り、だからこそ告げた。

 

『一緒に来イ島風。

 私ノ御主人ハ、来ル事ヲ望ム者ヲ誰モ拒ンダリシナイ』

 

 アルファが纏う輝きがまるで手を伸ばしているように伸び、島風からもその手を取ろうとするように同じように穏やかな光を伸ばす。

 そして互いの光が触れた瞬間、アルファの纏う光が世界を白に染め上げた。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 アルファが気がつくと、そこはまた違う場所であった。

 

『ココハ…?』

 

 上下を白い雲海に挟まれた琥珀色の宇宙。

 そこにはR戦闘機や戦艦、バイドまでが漂う穏やかな場所だった。

 

『ナンダロウ…ココハ、トテモ…落チ着ク』

 

 寂しさも哀しさも溶かすような暖かさに包まれとても穏やかな気持ちでこのまま眠ってしまいたくなる。

 

『…アレハ?』

 

 目を閉じて眠ってしまおうとしたアルファは、ふと視界に過ぎった赤い巨影に目を開く。

 

『マサカ、提督ナノデスカ…?』

 

 コンバイラベーラより遥かに巨大な赤い要塞の姿にアルファは眠気を振り払いそちらに向かう。

 途中白い蜉蝣のような飛翔物が戦艦やバイドを光の粒子に分解する様を見ながら、何れ自分もああなるのだろうと予感し、しかし恐怖を全く感じない。

  最後に放った光の影響らしい、うまくいうことが効かない身体をもどかしく思いながらアルファは時間をかけて巨大な赤い要塞にたどり着く。

 たどり着いて気付いたが、要塞にも飛翔物が取り付き要塞の下半分を光の粒子に分解していた。

 

『提督…ナノデスカ?』

 

 そう呼び掛けてみると、要塞が重々しく応えた。

 

『オマエハ…?』

 

 その声でアルファはこの要塞は確かにジェイド・ロス提督であるが、自身を率いていたのと別の世界のジェイド・ロスなのだと気付いた。

 

『私ハ、違ウ貴方ニ率イラレテイタ者デス』

『チガウ…セカイ…』

 

 身体と共に意識も分解されているようで要塞はまどろんだ様子で尋ねる。

 

『デハ…チガウ……セカイデモ…ワタシタチハ……アクムニ…トラワレテイル…ノダナ…』

『…ハイ』

 

 どの世界でも自分達は同じ結末を迎えたと知り要塞は落胆した様子で言う。

 

『……ソウカ』

 

 訪れた沈黙にアルファは疑問をぶつける。

 

『提督。

 此処ハ何処ナノデスカ?

 ソレニ彼等ハ一体…?』

『ココハ…ワタシ…タチノ…アクムノ…オワルバショ。

 カレラハ…ワタシタチヲ…アクムカラ…カイホウスル…シシャ』

『悪夢カラノ開放…』

 

 その答えと共に分解されているR戦闘機達にアルファは何があったのか察した。

 おそらくこの提督はアルファの提督がたどり着いたバイドが安住することが可能な地にたどり着く前に追っ手に追い付かれ、己を終わらせる事を選んでしまったのだ。

 ほんの僅かな違いがふたりの提督の運命をここまで変えてしまっていた事を悲しむアルファに提督は言う。

 

『アンズル…コトモ…カナシム…ヒツヨウモ…ナイ。

 チキュウヲ…ケガス…コトモ…タタカウ…ヒツヨウモ…モウ…ナイノダ。

 ソレダケデ…ワタシハ…マンゾクダ』

 

 そう提督はアルファにも楽になっていいと薦める。

 だが、

 

『申シ訳アリマセン提督。

 私ハマダ、消エルワケニイカナイノデス』

『ドウ…シテ…?』

『私ニハ帰ル場所ガ、バイドトナッタ私ヲ迎エ入レテクレタ人達ガ私ノ帰リヲ待ッテイテクレテイルカラデス』

 

 だから、まだ消えるわけにはいかないとアルファは告げた。

 

『……ソウカ』

 

 暫くの沈黙を挟み提督は言った。

 

『ナラ…ワタシタチカラ…スコシダケ…センベツヲ』

 

 そう言うと提督から波動が放たれ、それを受けたアルファの身体がより闘いに特化した、見るものによっては悪魔だと言わしめるだろう凶悪なフォルムに変化する。

 

『コレハ、『バイドシステムγ』…』

 

 バイドシステム系の最終形態に変化した己に驚くアルファに提督は言う。

 

『サア…イクトイイ』

 

 そう言うと提督は完全に沈黙した。

 

『提督…アリガトウゴザイマス。

 …ヨイ旅ヲ』

 

 そう別れの言葉を送り、アルファは帰るために次元の壁を越えた。




次回、エピローグ

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