距離10キロは錬度の高い艦娘にとって必中の距離だ。
よって、駆け出すと同時に砲火の轟音が轟くのは当然だった。
「撃ぇええ!!」
一斉に放たれた砲火が交差し互いに喰い千切らんと走る。
「クラインフィールド!!」
雪風の砲弾は俺の展開した黒い結晶に阻まれ無効化される。
対し、木曾、千代田、北上、ワ級の5インチ砲まで使った飽和射撃は雪風の周囲に次々と着弾する。
しかし、
「それでは沈みません」
雪風は緩急の激しい起動で次々と降り懸かる砲弾を躱し、それでなお躱せないと判断するなり錨を投下して急制動と同時に反転して直角に進路を変えたりと目を疑うような動きで直撃するはずだった砲弾を躱してみせた。
夕立は力付くで砲撃を捩伏せていたが、それでも軌道自体はおおよそ艦娘のそれと変わらなかった。
しかし雪風はまるで脚にローラーとアンカーでも装備しているような出鱈目な機動制御を持って躱している。
「それはもう艦の動きじゃないよ!?」
あんな動きに合わせて予測射撃なんか出来るかと叫ぶ北上。
その直後、北上目掛け微かに走る白い線に気付き叫んでいた。
「酸素魚雷来てるぞ北上!!??」
「マジ!?」
砲弾の着水の水柱と回転の動きに隠して放ったらしき酸素魚雷に北上は後退しながら爆雷をばらまき盾とするも、爆雷は突如上がった波に持ち上げられ、酸素魚雷はその真下を通過し北上に牙を剥く。
「嘘ぉっ!?」
タイミングが良すぎる偶然に焦る北上。
いや、これも災害波動砲の効果か!?
そこにワ級の鋭い声が差し込まれた。
「守ッテパウアーマー!!」
ワ級の命令を受けパウアーマーがシャドウフォースを海中に叩き込み海中で弾幕を展開して酸素魚雷を破壊。
立て続けに立ち上る水柱と高速で帰還するシャドウフォースに北上は胸を撫で下ろす。
「あ、危なかったぁ…。
重雷装艦が酸素魚雷で沈むなんて冗談にも程があるよ」
そう言うと北上は魚雷管を全門開いた。
「お返しだよ!!
九三式酸素魚雷の飽和射撃行きますよ!!」
舌で唇を湿らせそう宣う北上。
インファイトに向かうため射線に入っていた木曾と俺がそれに合わせ雪風から離れると雪風は狙い済ましていたように告げる。
「沈むのは貴女です!!」
北上が魚雷を発射した瞬間突き上げるような高波が北上を襲った。
「北上姉!?」
「うわわわわ!?」
傾きすぎた身体を無理矢理立て直そうとした北上は突然何かに気が付いたのか復舷を放棄して叫んだ。
「マズイ!?
酸素魚雷が波に掠われて進路が目茶苦茶になってる!!??」
皆避けてと言い残し北上が高波に飲み込まれた。
北上は心配だがその前に言われた警告がヤバすぎる!?
「アルファ!?」
『各機目標変更、最優先デ魚雷ヲ破壊シロ!!』
雪風の災害波動砲に警戒していたR戦闘機達がハクサンとバイドフォースを残し波動砲のチャージングを放棄して海中に突撃。
直後北上の放った20発の魚雷を破壊したようで18本の水柱が立ち上った。
「後二発は…」
どこにと口にする暇はなかった。
「きゃあ!?」
「グゥッ!?」
アルファ達の健闘を嘲笑うように鳳翔とワ級の足元が爆発。
「ワ級!? 鳳翔!?」
ダメコンが即死を防いでくれていると分かっていても俺は二人の無事を確かめたくて叫んだ。!
「痛イケド…マダ、耐エラレル…」
「このまま沈むわけには参りません!」
元来の高い耐久力とバルジのお陰で中破で堪えたワ級とぎりぎりダメコンを使わない程度の大破で押さえ込んだ鳳翔がそれぞれに漏らす。
「二人共下がって!!」
雪風の注意を自分に向けようと千代田が単装砲と機銃を撃ちながら前に出る。
「前に出過ぎだ千代田!?」
低速艦の千代田では的と変わらないと走る俺達だが、雪風のほうが速い。
「小癪です」
再び高波が起ち千代田に覆いかぶさろうとするが、千代田はバルジを上手く使ってバランスを崩さずに耐える。
「同じ手が二度も」
「同じじゃありません」
雪風が放ったらしい爆雷が高波に乗って動けない千代田に降り懸かった。
「千代田!!??」
「キャアッ!?」
爆雷が連続して爆ぜ、爆発の衝撃でカタパルトの一部が損壊。
更に砲弾が艤装を掠り爆風で更なる損壊が重なり千代田の艤装から黒煙が上がる。
「一時退却だ!!
このままじゃ鴨撃ちもいいところだ!?」
「させる訳がありません!!」
再び災害波動砲を発動した雪風。
それによって突然足元の海流が渦を巻いてみるみるうちに渦潮が生み出された。
「飲み込まれたら洒落じゃ済まないぞ!?」
壊れるんじゃないかという勢いでスクリューの回転を上げ強烈な吸引力に抗う。
それでもじりじりと渦に引き寄せられていた千代田とワ級が少しでも速力を上げようと予備の燃料や弾薬を投棄していく。
「勿体ないけど言ってられないよ!!」
「どんな形であれ波動ならば…行きなさいハクサン!!」
鳳翔の命にハクサンが自分から渦の中心に飛び込みその中心目掛けフルチャージが完了したパイルバンカー波動砲を叩き込んだ。
杭から炸裂する波動エネルギーが渦を吹き飛ばし俺達は拘束から解放されると同時に反作用で生まれた大きな流れに乗って一旦避難する。
「冗談にも程があんぞ……」
浮上してきたアルファ達とアルファに牽引され浮上した北上と合流し、仕切直すため距離を取りながら俺はそう漏らしてしまう。
雪風が強いだろうことは予測の範囲にはあったが、なんなんだあれは?
夕立の様にR戦闘機としての力を前面に出して押し潰してくるだろうという俺達の予測を裏切り、雪風は要所要所でのみその力を奮い攻撃は連装砲と魚雷と爆雷、つまり雪風自身の武装しか使っていない。
「純粋に強いねぇ」
「ああ」
装甲空母ヲ級は化け物地味た防御力と空を埋め尽くす艦載機で以って俺達を押し潰そうとした。
夕立は冗談にも程がある火力で以ってこちらを捩伏せようとした。
雪風はそのどちらでもない。
艦娘としての利点を120%活かした上で必要最小限かつ最も効果的に災害波動砲を使うことで足りない部分を凌駕しこちらを翻弄してみせた。
普通に強い相手と戦ったのは戦艦棲姫と大和に続いて三人目だが、相手が戦艦ではなく駆逐艦だという事実は相当にクる。
だけど、
「不謹慎かもしんないけどさ、楽しくないか?」
おそらくこの興奮が艦娘と深海棲艦の艦隊決戦の醍醐味なのだろう。
確かにこれは胸が熱くなるな。
俺の言葉に木曾が苦笑する。
「実は俺もだ」
りっちゃんや南方棲戦姫がバトルジャンキーな理由がよく分かったよ。
「二人共、そういうのは後にしてよね」
始末が悪いと二人して笑うと千代田に呆れたと愚痴られてしまった。
「悪い。
それで、被害はどんな感じだ?」
「砲ガ壊レチャッタカラ盾二ナルグライシカ出来ナイ」
「私もまだ艦載機による支援は出来ますが正直あまり長持ちはしそうにありません」
北上の魚雷を利用されて大ダメージを喰らったワ級と鳳翔は事実上リタイアか。
「ゴメン。まだ砲は無事だけどさっきの渦潮で弾薬を殆ど捨てちゃった」
「私も浮力を作るのに酸素魚雷を殆ど解体しちゃってあんまり残ってないよ。ちぇっ」
体力はあるけど弾薬の底が見えている千代田と北上。
十全まともに戦えるのはR戦闘機を除けば俺と木曾だけか…。
「厳しいなんてもんじゃねえな」
救いは雪風に攻めてくる気配が薄い事か。
雪風からしたら島風のマザー化の完了までの時間稼ぎに専念したいんだろう。
だが、そうはさせない。
「アルファ。
お前は島風に向かえ」
『御主人!?
シカシソレハ…』
「分かってるよ」
アルファ達がプレッシャーを掛けていてくれたから雪風は災害波動砲を最小限に留めていたのだろう。
そのR戦闘機達の要でるアルファが抜けるのは痛い所では済まないのも理解している。
だけどだ、
「1番最悪はお前が損耗した状態で島風と戦うことだ。
万が一俺達が雪風に負けても、島風さえ倒せば島風から感染したバイドは滅びる。
お前なら何が最善か、分かるだろ?」
島風を倒せなければ例えここを乗り切れても地球はバイドに飲み込まれおしまいなんだ。
逆に、俺達が全員バイドに成り果てても島風さえ倒せれば島風と一緒に共倒れで済む。
そうなればアルファは…
「済まないアルファ。
本当ならお前だけにこんな重荷を背負わせたくないんだが、あの雪風を相手にお前を無傷で向かわせるには他に手は無いんだ」
『……イエ、謝ル必要ハアリマセン』
アルファはまっすぐ俺達を見据え告げる。
『御主人ノ提シタ作戦ハ現状用イレル最上ノ作戦ダト私モ思イマス』
「アルファ…」
『私達ハ英雄ニ成レト旅立チ、結果バイドト成リ果テ英雄ニハ為レマセンデシタ。
ダケド、御主人達ノ為ニモウ一度ダケヤッテミヨウト思イマス』
そう言うとアルファは空間からミサイルのような兵器を取り出し渡して来た。
「それは?」
『島風ヲ捕ラエル為ニ切札トシテ調達シタ鹵獲弾デス。
一発シカアリマセンガ、ソレヲ使エバ多少ハ楽ニナルト思ワレマス』
「だったらそれはお前が…」
お前が使うべきだと対島風用の切札を差し出す事に講義するが、アルファは大丈夫と言った。
『私ニハモウ一ツ切札ガアリマス。
単身デナイト使エナイモノデシタガ、コノ作戦デナラ使ウ事ガ可能デス』
「…大丈夫、なんだな?」
『ハイ』
「分かった。こいつは使わせてもらう」
アルファから鹵獲弾を受け取ると最後にアルファは俺達に頼んだ。
『行ク前ニ、二ツ約束シテクダサイ』
「なんだ?」
『必ズ、生キテマタ会ウト』
「当たり前だ」
そう俺より先に木曾が苦笑しながら応えた。
「俺達だって死ぬつもりはないし、ましてやバイドになるつもりもないよ」
「だねぇ。
ホント、アルファもイ級と同じで心配性なんだから」
「そんなに心配しなくてもアルファよりは負担は少ないし大丈夫だよ」
「艦と艦載機はよく似るものですが、二人共そういうところはそっくりですね」
「本当ニ、二人共ソックリ」
アルファの頼みにそれぞれがそう返す。
『皆…』
雪風を相手に相当以上に無理な注文だと皆分かっているけど、それでもアルファの負担を少しでも軽くしようと明るい態度を見せる。
「それで、もう一つは?」
『……』
さう尋ねると、アルファは少しだけ沈黙してから答えを発する。
『帰ッテ来タラ、『オカエリ』ト、ソウ言ッテクダサイ。
ソノタメニナラ、私ハナンダッテ倒シテミセマス』
これまた変な注文だな。
だけど、アルファの様子は茶化していい雰囲気じゃない。
「分かったよ」
きっと、アルファにとってその言葉がすごく大事な意味があるんだと俺は頷いた。
「行ってくれアルファ。
そして、必ずまた会おう」
『ハイ』
応答と同時に空間が揺らいでアルファが亜空間に突入。
「彼は行きましたか」
俺達のやり取りをずっと眺めていた雪風がそう言う。
「邪魔しないんだな?」
妨害してくると思っていつでもクラインフィールドを展開出来るよう準備してたから、正直かなり拍子抜けしていた。
「する訳ありませんよ」
そんな俺に薄く笑いながら雪風は言う。
「彼は地球をバイドにするための必要な鍵そのもの。
その彼が一人でマザーに向かうというなら止める理由がありません」
つまり、単機突撃するなら雪風にとっても都合が良い訳か。
「後は二人の邪魔にならないよう貴女達を仲間に迎え入れるだけです」
そう嘯く雪風だがよ、
「そう簡単に出来ると思ってんのか?」
「出来るか出来ないかではありません。
やり遂げるんです」
ああ、確かにその通りだ。
アルファにああ言った手前、雪風だけでもは倒して全員無事に乗り切れなきゃアルファに顔向け出来ない。
「北上。
そいつを使うタイミングは任せる」
「あいよ」
ワ級の残弾を受け取って戦う支度を取り直していた北上に鹵獲弾を渡して木曾に告げる。
「超重力砲を使う。
防護はストライダーに任せるぜ」
「やるなって言いたいけど、仕方ないな」
「千代田、悔しいとは思うが戦闘はR戦闘機に任せて二人の護衛頼む」
「うん」
「ゴメンナサイ」
「残りの艦載機を全て飛ばします。
アルファの代わりとしては不足と言わざるを選ないですが上手く使ってあげてください」
千代田に率いられ素直に下がるワ級と1番損害が激しいのに意気消沈どころか、下がりながらもますます殺すと書いてやる気というぐらい戦意を滾らせる鳳翔。
「良い判断ですね。
貴女が私の提督だったら幸運の女神のキスの貰いかたを教えちゃってましたよ」
「そいつはどうも」
随分買ってくれているのは正直嬉しいんだがよ。
「せっかくだがいらねえ」
「どうしてですか?」
三人が下がる時間を稼ぐためにも俺は答えてやる。
「俺の運は大鳳よりも低くてな。
そんな奴に幸運の女神のキスは勿体ねえ。
それにだ」
「それに?」
缶の熱を最大限まで高めながら俺は言う。
「俺は神様って奴が大っ嫌いなんだよ。
それこそよ、ぶち殺してえぐらいにな!!」
そう宣い俺は超重力砲を展開した。
よく考えたら雪風のガチバトル初めてだよな→歴戦の艦なんだし災害波動砲無双より素の戦略的立ち回りだよな→なんか姫より強敵になってた←今ここ
ということでシナリオ前倒しにしてアルファはR-TYPE伝統の単機突入と相成りました。
次回も雪風はつおいでふ。