アルファは今、次元のとある場所で己の浅薄な行動を深く悔やみ、心から溢れる想いを思わず言葉にしてしまった。
『ナンデコンナコトニナッタンダ?』
目の前には十人中十人が卑猥と言いそうな巨大な物体が一つ。
言葉を選び表現すると『巨大なピンク色の肉塊に鮑を大量に張り付け更に蛇腹状の管を生やし管から真珠のネックレス状のバイドを出し入れする物体』というモノがアルファの目の前に在った。
これが何かアルファは知っている。
要塞型バイド『ゴマンダー』と真珠のネックレス型のバイドは『インスルー』という名前だ。
どうしてこうなったかと言うと、先ず始めにバイドに成り果てた島風を撃滅するため、新たに対バイド兵器を探しに次元の壁を越え故郷の地球を目指したアルファ。
その途中、知らないバイドの波長を感じそれが御主人の害になりうるかもしれないからと調査に寄ってみれば、そこはバイドに完全に汚染された生体洞で、にも関わらず何故かバイド体が一体もいない奇妙な場所だった。
中枢が破壊されたなら生体洞も死滅するので主は居るのだろうと思い確認のため最奥に向かってみたら、そこに異常な数のインスルーに寄生されたゴマンダーが鎮座していたのだ。
このゴマンダー、どうやらインスルーの寄生数が多過ぎて吸収するエネルギーとインスルーが喰らうエネルギーが食われる方に傾いてしまいバイドを生み出すプラントとしての機能を発揮できないらしい。
どころか自身の維持のために住化である生体洞を吸収している始末。
つまるところ放っておいても問題は無い。
寧ろ刺激しなければそのうち生体洞ごと自滅するだろうから関わる必要は無かったのだ。
とはいえ貴重な時間を浪費したことは事実。
手ぶらで帰るのもどうだろうとアルファは考える。
『……』
そこでアルファはこれは良い巡り会いかもしれないと考えた。
生成プラントとして機能していなくとも、その他の機能は使えるはず。
いっその事、ここで自身の強化をするいい機会かもしれないと一考するが。
『トハイエ…』
そのためにはゴマンダーの胎内に侵入する必要がある。
『……』
見た目からして卑猥なゴマンダーの中に入るのはバイドとなったアルファにも凄まじく抵抗がある。
姿形は掛け離れたとはいえアルファも元人間。
ゴマンダーを見ただけで物凄い精神的なダメージを受けたのに、中に入るとなれば更に酷いダメージを、いや、ここまで来ると精神汚染と言って差し支えないだろう。
それを受け入れなければならないのは嫌だとかなり迷っていた。
『……ヤハリ止メテオコウ』
強くなるためとはいえ遠慮したいものは遠慮したい。
何も見なかった事にしてさっさと此処を出ていこうと反転するアルファだが、
『エ?』
一匹のインスルーがアルファに噛み付いていた。
噛み付くといっても甘噛み程度で喰い千切る程力は入れられていないが、がっちり噛み付かれ放せない。
『マアマアキョウダイ。
セッカクキタンダ。ミルダケジャナクスコシアソンデイケヨ』
インスルーがそう言いながらアルファをゴマンダーの空いているマもといゴマンダーの胎内に押し込もうとする。
『イエ、私ハ急イデマスノデ』
ズルズルと引きずり込もうとするインスルーに抗いバーニアを全開にするも、体躯の差でアルファは力負けしてしまう。
『止メテ下サイ!!
私ニソンナ趣味ハアリマセン!!??』
『ソウイワズタノシンデイケッテ。
オレタチダケナノモアキテタンダ』
そうインスルーは強引にアルファをゴマンダーの鮑に押し込んだ。
『アッーーーーー!!??』
アレを彷彿とさせる絶妙な柔らかさとぬめりのある粘液塗れに包まれながらアルファは他人事のようにこう思った。
ゴマンダーノ中ッテ、トテモ暖カイ
〜〜〜〜
ヲ級とヲ級のB-29を引き連れ全力で走っていると前方から千代田に率いられた幾人かの艦娘を見付けた。
「千代田!!」
木曾達の姿が無いことを不安に思いながら大声で呼び掛けると、俺に気付いた千代田が叫ぶ。
「イ級!!」
後ろの羽黒達が目を丸くしているが今は構ってる余裕は無い。
「無事か?」
「うん。
だけど木曾達がまだ戦ってる」
「分かった」
それだけ解れば十分だと舵を切ろうとする俺に千代田は言い淀みながらも尋ねて来た。
「イ級。
島風がバイド汚染していたって事、知っていたの?」
「……ああ」
やっぱりあの島風はバイド汚染された奴だったのか。
「一度ぼろくそにされて命からがら逃げ出したよ」
「……そっか」
言いたいことは沢山あるんだろうけど、千代田は重要な事だけ伝えて来た。
「一緒にいる雪風もバイド化してるわ。
それとよく分からない力でミッドナイト・アイが落とされたの。
気をつけて」
雪風だって?
汚染が拡大してやがるのか。
「分かった。
チビ姫に修復剤を積ませて来るよう言ってある。
合流しておいてくれ」
「うん」
それだけ言うと俺は何か言ってる摩耶達に説明する暇も惜しいと再び駆け出す。
「ヲ級、状況は!?」
高高度を飛ぶB-29なら見えているはずと問うとB-29を介した情報をヲ級が教えてくれた。
「カナリ圧サレテル。
先行サセテ爆撃仕掛ケル?」
「やれ!!」
迷う暇はないと俺は許可を下す。
「分カッタ」
頷くと同時にB-29が速度を上げ先行。進行方向に黒煙が立ち上るのが見えた。
…おいおい。
随分派手に見えるが木曾達は巻き込んでないだろうな?
安否の確認を尋ねようとした俺だが、直後に晴天に一本の落雷が落ち空中に爆発が発生した。
「は?」
いや、雲一つないのになんで?
つうか今の爆発、まさかB-29のものなのか!?
「ゴメンナサイ姫」
酷く落ち込んだヲ級の声に本当にB-29が落とされたのだと知って俺は内心焦りながらヲ級に問う。
「何が起きた!?」
「B-29ガ墜トサレタワ。
原因ハ突然ノ落雷。
間違イナク自然発生シタモノジャナイ」
「雪風のバイド汚染能力か…?」
アルファは島風がバイド汚染された事により速度強化に加え連装砲ちゃんのサイビット化が発生していると言っていた。
サイビットってのは追尾攻撃可能な強力なR戦闘機のビットらしい。
ともあれ島風が強化されたのなら雪風も然り。
おそらくミッドナイト・アイを墜としたのも雪風のなにかしらの能力なのだろう。
「超重力砲、使い所を間違えたら詰むな」
開幕ブッパで木曾達を逃がすことも考えていたが、そう簡単には使わせてくれないらしい。
「先行する。
ヲ級、艦載機使い潰すつもりでやってくれ!!」
「分カッタ」
艤装にて発艦準備をしていた白い球体艦載機を飛び立たせるヲ級を確認し俺はヲ級を置き去り全速力で走る。
「…見えた!」
視認出来る距離まで接近すると連装砲ちゃんがヲ級の艦載機を蹂躙し島風と雪風が木曾達を圧している現場だった。
やっぱり開幕ブッパしてやる!!
「木曾、北上、鳳翔!!
射線空けろ!!」
いつでも撃てるようにチャージングしていた超重力砲を展開しながら怒鳴る。
「イ級!?」
驚く木曾の声。
俺に気付いた木曾達が道を開ける中、島風が厳しい顔で俺を睨む。
「どうしても私の邪魔をするのね」
「仕方ありませんよ。
ですが、皆バイドになれば分かってくれます」
ふざけんな!!??
バイドになることはどうしようもなく悲惨な事なんだと、バイドであるアルファがそう言ってんだ。
木曾を、千代田を、俺の大事な仲間をバイドになんかさせてたまるか!!
「薙ぎ払え!!」
超重力砲では倒し切れなくても、逃げる隙は必ず作れると信じ俺は超重力砲を放とうとした。
「上だイ級!!??」
「!?」
突然の木曾の警告に俺は咄嗟に上を見る。
「なぁっ!!??」
そこにはどこからともなく降って来た巨大な隕石の姿があった。
「って、なんじゃそりゃあああああああああああああ!!??」
なんで隕石が降ってきてんだよ!!??
海面に落ちたら衝撃波だけで全滅すると俺は慌てて放とうとした超重力砲の照準を隕石に向け直す。
「いくらなんでもそれは反則だろうがぁぁあああああああ!!??」
理不尽な隕石への怨みを込め超重力砲を叩き込んだ。
黒い破壊の光が隕石を飲み込み掻き消しはしたが、同時に超重力砲の負荷に俺は焼かれダメコンが辛うじて沈むのを防いでいる状態に追い込まれた。
「イ級!!」
「くっそが…」
切り札を無駄撃ちさせられ、助けに来たどころかまた足手まといに転落かよ。
駆け寄った木曾が俺を庇うように立ち塞がる様子を見ながら雪風が言う。
「もう分かったでしょう?
抵抗はやめて、バイドを受け入れて下さい」
「断る!!」
自分が違う存在になる苦しみを俺は知っているんだ。
そんなものを木曾達に味あわせてたまるかよ!!
「どうして、貴女なら分かるはずなのに」
「……どういう意味だ?」
零すような呟きに思わず尋ねてしまうと島風が答えた。
「私達には貴女の孤独が解るもの」
その言葉にしんと空気が静まり返る。
「貴女の波動が教えてくれるの。
友達が増えて寂しくなくなって、だけど、誰も貴女と同じ人がいないことがとても苦しいって言ってるの」
私達もそうと島風は言う。
「私には妹達が居るはずだった。
だけど、妹達は誰ひとり生まれてこれなくて、私はずっと寂しかった」
「私もそう」
今度は雪風が口を開く。
「何度も何度も戦って、だけど私をいつも一緒に居た皆が沈むのをただ見ているだけでした。
最期は乗っていた船員さえ私を死神と恐れて忌避しました。
私はただ守りたくて必死に戦い続けていただけなのに、皆私から逃げるように先に逝ってしまいました」
そう語る二人の琥珀色の瞳は見透かすように真っ直ぐ俺を居る。
「バイドになれば、皆一つになればもう寂しくないの。
理解されない苦しみを独りで抱える必要も、誰かを失う恐怖もなくなってただ幸せでいられるの。
ずっと、ずっと永遠に」
だからと二人は俺に手を伸ばす。
「貴女もこっちに来て。
夏の夕暮れは、全てを受け止めて優しく迎えてくれるから」
そう俺を出迎えるように二人は優しく微笑んだ。
「……」
俺は、その誘いを即座に跳ね退けられなかった。
二人の言う事に、嘘はないと解ってしまったから。
そして同時に、その招きに確かに俺は応えたいと思ってしまったから。
この世界に深海棲艦として転成させられ、何度も目の前で理不尽に曝されて、それでも受け入れていかなきゃいけないんだって護りたい者達のために努力してきたつもりだ。
だけど、バイドになればそんな努力はもうしなくていい。
奪われる恐怖に怯え続ける必要だってなくなる。
それはきっと、とても
「どうして?」
俺の答えを波動で悟ったのか二人の顔は困惑と悲しみに染まる。
「確かにお前達の言う通りだ。
認めてやるよ。
俺は誰と一緒に居たって独りぼっちだってな」
違う世界から無理矢理この世界に放り出されて、しかも『霧』やら現代兵器やらそんなチートを山のように抱えた俺は本当の意味で誰とも解り会うことはないだろう。
だけど、
「それがなんだってんだ」
「…イ級」
本当は独りぼっちだったとしても、それは俺だけの問題なんだ。
それを解ってほしいから、全部一つなって解決させるなんてのは絶対に間違っている。
「俺が独りぼっちだったとしても、『一人』じゃないんだ」
木曾が、北上が、明石が、千代田が、ワ級が、瑞鳳が、アルファが、他にも島で一緒に暮らしている仲間が居る。
「俺は独りぼっちでも孤独なんかじゃねえ。
俺を慕ってくれる奴らがいる。
背中を預けてくれる仲間がいる。
だから、俺は一人なんかじゃない」
もっと早く出会っていれば答えは変わっていたかもしれない。
だけど、今の俺には託されたものが沢山あって、それを背負って生きていくと決めたんだ。
それを投げ捨てて楽になんてなれない。
「…本当に残念です」
雪風がそう言うと腕を持ち上げる。
「貴女にもこの幸福を受け入れて欲しかったですが、受け入れてもらえないなら仕方ありません」
刹那、世界が揺れた。
「え?
今度は何!?」
揺れと同時に荒れ始めた海に北上の困惑した声が響く。
「地震…?
いえ、これはまさか海底火山の鳴動!?」
鳳翔の悲鳴に俺もようやく気付き木曾が叫ぶ。
「水温が上がってる…噴火が起きるのか!?」
「コノ辺リ火山脈ナンテナイノニドウシテ!?」
竜巻に落雷に隕石と来て今度は海底火山の噴火だって!?
災害のバーゲンセールなんて誰が喜ぶんだ畜生!!??
「なんでこんな事になったんだ!!??」
「言ってないで逃げるぞ!!」
木曾が俺を抱えて退却しようと走り出す。
「逃げないで」
島風の嘆願と同時に連装砲ちゃんが俺達に迫る。
「耐えてくれクラインフィールド!!」
喰らえば即死の体当たりを俺は残る力を絞り障壁を展開。
クラインフィールドは連装砲ちゃんの体当たり一回で砕け散るが、連装砲ちゃんの体当たりを防ぎ弾き飛ばした。
「間に合わない!!??
衝撃に備えろ!!??」
木曾の警鐘の直後、下から強烈な衝撃が立ち上り俺達を襲う。
「うわあああああ!!??」
海底火山の噴火から逃げ遅れた俺達は衝撃波に荒れ狂う海に飲み込まれていく。
「木曾、北上、鳳翔、ヲ級!!??」
高波が俺達を引き離し次々と姿を見えなくする。
「畜生!? 畜生!!??」
結局何も護れないのか!!??
何も出来ず、また失うってのか!!??
「ガハッ!!??」
荒ぶる波が俺を叩き海中へと無理矢理引きずり込む。
意識が明滅して途切れそうになるのを必死で抗い続ける俺だが、想いとは裏腹に手綱は緩み闇に意識が持って行かれる。
「本当なら幕引きまで手を貸したいのだが、済まないね」
…誰……だ……?
「部下を頼むよ」
その言葉と視界を過ぎった赤い装甲を最後に俺は意識を取り零し深海の闇に墜ちた。
必要だったからゴマちゃん出したけど、全年齢守れてるよね?
ともあれ、バイドに島風と雪風を選んだ理由はどちらも心に闇を抱えていると考えたからです。
妹が生まれて来れなかった島風。
誰も助けられず一人生き残り続けた雪風。
どちらもバイドに希望を抱いても仕方ない理由があるとそう思いバイドにしてしまいました。
次回はいよいよアルファ帰還する……筈。