鳳翔が島に来てから数日。
この間に島の生活は大分変化していった。
先ずアサガオのお陰で原材料さえあれば明石本人の精製能力と併せて一日千前後の資材の精製が可能となり、俺が出稼ぎしなくても済むようになったこと。
それとミッドナイト・アイなお陰で哨戒の人員も大分縮小できるようになり、予てよりやりたかったという木曾の提案で余っている土地を拓いて畑作りが開始された。
因みに植えたのは米は無理なので大豆をメインにサツマイモとジャカイモ、それとタマネギとニンジン。
ぶっちゃけカレー作る気満々だな。
別に嫌いじゃないし突っ込む必要ないけど。
栽培が難しい香辛料なんかは補給に寄った氷川丸に相談した結果、妹達と協力してなんとかしてくれるという。
因みに氷川丸の妹の日枝丸と平安丸は潜水母艦ながら姉のために軍属を拒否して氷川丸と同じく近隣諸島を医療巡回しているそうだ。
話を戻してサツマイモは主食の他に甘味とする予定らしい。
甘いものと聞いてしこたまやる気を出して畑の開墾に精を出しているのがチ級他深海棲艦勢な辺り、餓えで獰猛化してるって冗談がマジに思えてきたんだが…。
ともあれ生活水準の向上とそれをするだけの余裕が出来てきたのはいいことだ。
そんな訳で現在俺は海底資源を掘りに海に出ている。
今の所燃料の原油とボーキサイトの元となる酸化アルミニウムと弾薬の素材になる硫黄は余裕があるので、今日は鋼材の原材料である鉄鋼石を掘りにカレー洋まで足を延ばしている。
お供は俺と一緒に資源を掘るイ級と採掘した資源を運ぶワ級と周辺警戒にヲ級。
因みにヲ級の飛行甲板はヌ級もどきではなく装甲空母姫の物を背負ってたりする。
ヌ級もどきも使えるし両方併用出来るそうだけど、やると一回で大鳳と大和を足した資材が飛ぶとのことなのでいざでなければどっちか片方にさせている。
海上で二人を待たせ俺とイ級はせっせと海底を掘り鉄鋼石を探す。
最初は妖精さんの手作業だったんだけど、今は俺がクラインフィールドで掘ってる。
砲撃が防げるんだからクラインフィールドをドリル状に展開すれば岩盤削れないかって冗談半分でやってみたら大正解。
まるで豆腐でも潰してるかのように楽々掘れるんだこれが。
なんだかんだで初めてチート機能が有事以外で大活躍した気がするよ
「アネゴ、ソロソロ」
「あ、そうだな」
いい感じに網が重たくなった辺りで選別していたイ級がそう呼び掛けたので一度上がることにする。
クラインフィールドでやりたい放題出来る俺には海底を掘るだけならたいした労力でもないが、掘り起こした原材料を持って浮上するとなれば限界がある。
最初に調子こいて一トン抱えたら海中で身動きが取れなくなり、三百キロ程で浮かび上がるには限界と学習した。
そんなところで掘り当てた鉄鋼石を持って浮かび上がると早速ワ級に乗ってる妖精さんが鉄鋼石を艤装に積み込んでいく。
明らかにワ級の体躯より大きくなった鉄鋼石が質量保存の法則なんて気にしたら負けだ。
因みにワ級の積載限界は原油で三トン。
精製すると燃料三千ぐらいになる。
こうやって苦労してみると大型建造の半端なさがよくわかるわ。
ついでにそれだけ注ぎ込むR戦闘機も半端ねえな。
おまけにこれを肉の味がする鋼材に加工する妖精さんは謎すぎるぞ。
それはさておき、これで本日の採掘は三回目。
単純に1、8トンぐらい積んだ計算になる。
どこにそんだけ積めるスペースがあるのかは怖いから考えない。
「さて、今日はこれぐらいにするか」
「マダ持テルヨ?」
「限界まで持つ必要は無いさ。
それに日も大分傾いて来た。
あんまりもたついてると帰りが危ないからな」
いくらヲ級が装甲空母姫と融合した結果鬼クラスの戦力となったとはいえ、カレークルーズ中の潜水艦なんかに出くわしたら笑えない展開が待っているのは明白。
「分カッタ」
頷くワ級を確認して俺達は島への航路を取った。
早めに切り上げたお陰か艦娘との接触が起きることもなく後半日という場所まで航海を続けた頃、哨戒の艦載機を飛ばしていたヲ級が呟いた。
「アレ?」
「どうした?」
もしかして借金の督促にタ級辺りが島に来てるのか?
「木曾ト北上ト千代田ト鳳翔ガ艦娘ト戦ッテル」
「は?」
戦う? それも艦娘と?
どういうことだ?
「相手は?」
「駆逐艦。
自立砲台二ツ着イテル」
その瞬間、俺とアルファが想定していた最悪の事態が起きているかもと全身が粟立つような恐怖が走る。
「ワ級、イ級。
お前達は急いで島に帰ってありったけの修復剤をチビ姫に載せて連れて来てくれ」
「ドウシタノ?」
「早く!!
木曾達が危ないかもしれないんだ!!」
怒鳴り散らす勢いでそう言うとワ級はやや怯えつつも頷き急いで島に向かう。
「ヲ級、B-29は出せるな?」
「大丈夫ダケド、必要ナノ?」
装甲空母姫が艤装と共にヲ級のために残した悪夢の残滓。
艤装に併せ小型化されたそれは装甲空母ヲ級の時の猛威こそ成りを潜めているが、撃墜が困難な凶悪さは変わっていない。
万が一の際の足止めにと持って来させていたが、本当に必要になるなんて思いもしなかった。
「無用だとは思いたいがいつでも爆撃が開始できるようにしておいてくれ」
「エエ」
承諾と同時に艤装の口が開き、有機的な深海棲艦の艦載機とは一線を画すかつての悪夢がプロペラを回転させ始める。
「修理と補給の目度は……最悪借金上乗せだな」
ヲ級と同時に超重力砲を展開させ、俺はその島風がバイドでないことを願いながら全力で走り出した。
〜〜〜〜
「常識とは簡単に覆るものなんですね」
夕食の仕込み…と言っても持ち込んだ調味料以外に塩田で採った塩と魚貝だけという食材で出来るもの等そう多くはなく、さっと終わらせた鳳翔は宛てがわれた元帥に送る報告書を認めていた。
「意志疎通はたやすく出来るようになりましたし、彼女等にも平穏を望む者はいる。
これまでの戦争とはなんだったのか、そう考えてしまいます」
この数日鳳翔はカルチャーショックだらけだった。
最初は駆逐棲鬼とワ級とヲ級以外の言語は全く解らなかったのに、たった一晩で全員と意志疎通は可能となった。
嗜好等もよく似通っていて美味しい食べ物のためなら畑仕事や漁も自ら買って出てくれる。
それにただ憎悪で戦っていると考えられていたのに、氷川丸の護衛をしているリ級達は強者との戦いこそが目的だと言い切っていた。
鳳翔も姫達が海域の占領以外の思惑があることはなんとなく知ってはいたが、末端とも言えるリ級達さえそれぞれの考えがあったことには驚かされた。
それに、長らく続きすぎたこの戦争は…
「鳳翔、いるかい?」
思考に没していた鳳翔は明石の呼びかけとノックの音に我に帰ると報告書を隠し返事をする。
「いいわよ」
応えると明石が部屋に入ってくる。
「どうしたの?」
「ちょっと聞きたいことがあってね」
イ級が居たら聞きづらくてさと言いながら明石は畳敷きの部屋に腰を降ろす。
「夏彦は本気で停戦が叶うと考えていると思うかい?」
驚く鳳翔に明石は苦笑する。
横須賀を離れ一人海をさ迷った明石は傍観者の立場からこの戦争を眺め続けた。
「私は政治屋でもアナリストでもないからはっきり解らないところもあるけど、この戦争で1番得をしているのは人間自身だということはなんとなく解ってるつもりだよ」
「……否定しません」
冷戦の終結で露と消えた第三次世界大戦。
その火種の燻りに惹かれたかのように深海棲艦は現れ、艦娘という存在もまた呼応するように現れた。
それらにより世界は人間同士で争う余力を失い、同時に妖精さん達により枯渇した数多の油田や鉱脈の復活と共に戦争景気の到来が多くの国を潤わせた。
戦争に因る平和。
唾棄すべき思想であるが、間違いなく今の世界を予測されていた終末から遠ざけ支えているのは深海棲艦との戦争なのだ。
「夏彦に報告するなら言っておいてくれ。
あんまりやらかして目を付けられないようにって」
「…気付いていたんですか?」
目を見開く鳳翔に明石は苦笑を返す。
「それぐらい夏彦と鳳翔の関係を知ってる奴なら簡単に気付けるよ」
金剛を筆頭とした提督Love勢が全員撃沈し長門大和さえ身を引くしかなかった二人だ。
そんな夏彦が鳳翔を捨て駒には使うはずがない。
「それはそれとして、あんな脅迫めいたことなんかしなくてもイ級は受け入れたと思うよ?」
ようやく本題とばかりに明石は肩を竦める。
しかし鳳翔はそれをよしとしない。
「そうは参りません」
どう言い繕おうが自分は図々しくも厚意に背いてしまったのだ。
素知らぬ顔でそれを見て見ぬ振りは出来ない。
「この数日で彼女の人となりは少しは解ったつもりですが、それをただ利用するのは咎めるのです」
「相変わらずだね」
昔と変わらぬ頑固さに苦笑が深くなる明石。
「あいつは艦娘が好きなだけのただの変な駆逐イ級だから、回りくどいことしないで素直に力を貸してくれって頼めば協力は惜しまない筈だよ」
北上が間宮羊羹食べたいと言い出した際、口では我慢しろと言いつつも影で間宮の巡回ルートを調べ、どう交渉しようかと本気で頭を悩ませていたぐらいだ。
艦娘が好きだというのも本気なのだろう。
「だからこそです」
艦娘に誠実なればこそ、ただ利用するわけに行かない。
「既に無理を言っているのです。
協力を仰ぐにも、通すべき筋は通してからです」
毅然と言い切る鳳翔に明石は頑固者と苦笑する。
「まあ、好きにすればいいさ。
今の生活はかなり気に入ってるんだ。
それを壊す気がないなら好きにやればいいよ」
そう言うと明石は立ち上がりふと気付く。
「……なんだ?」
なにやらバタバタと廊下を走る音が聞こえる。
「どうしたのでしょう?」
窓から外を見れば武装した木曾達が海に出ようとしているのが見えた。
「警戒になにか引っ掛かったみたいですね」
「イ級が戻る前にかたが着けばいいんだけどね」
そうごちる明石の前で鳳翔が立ち上がる。
「行くのかい?」
艦娘が相手かもしれないよとの問いに鳳翔はええと頷く。
「行動で表さねば信頼はありませんから」
そう言うと鳳翔は飛行甲板に手を伸ばす。
艤装を背負い合流した鳳翔に木曾は多少難色を示したが千代田に急かされ最後尾に付くよう指示した。
「それで、相手編成はどうなっているんですか?」
敢えて敵とは口にせず質問する鳳翔に海上を滑走しながら木曾は答える。
「南方距離700キロの地点に艦数計六。
状況は五隻対一隻だ。
ただし、どちらも艦娘だけどな」
「艦娘同士ですか?」
演習というには大分陸から距離が離れすぎているし、艦娘同士でというのもおかしい。
なによりそれだけ距離があるなら無理に関わる必要はなさそうに思えるのだが、木曾は笑う。
「あいつなら必ず首を突っ込むだろうからさ。
見て見ぬ振りは出来ない」
自分の事を省みないアイツなら、きっとこうすりだろうからと木曾は笑った。
「だねえ。
まあそんなイ級だから深海棲艦と協同生活してても居心地良いんだし、少しは手伝いしてあげなきゃね」
肩に担いだ甲標的を揺らしながら緩い笑みを浮かべ北上も笑う。
「そうですか」
彼等の信頼関係を理解した鳳翔はそれ以上問う必要は無いと弦の張りを確かめ矢を番える。
「彩雲を飛ばします」
そう宣い番えた矢を放つ。
矢は妖精さんの力で本来の姿を形作りプロペラ音を響かせながら飛翔。
数分の後に詳しい情報を齎す。
「報告来ました。
状況は駆逐艦島風が重巡摩耶、重巡羽黒、駆逐艦夕立、駆逐艦春雨、駆逐艦潮の五隻を追い詰めているようです。
それも五隻の損傷具合から演習ではなく実弾で交戦している模様です」
「え、それマジ?」
島風が強力な艦種とはいえ五体一で無双出来るほどの強さはないはず。
「相手の連度が低いだけじゃ…」
「それは考えられません」
きっぱり言い切る鳳翔。
「羽黒、夕立、潮の三隻は第二次改装が施されています。
最低でもアルフォンシーノ海域で安定して戦えるレベルかと」
「それって…」
島風が限界突破していてもありえない状況だと理解した千代田が呻く。
「考えるのは後だ」
悪くなった空気を振り払うよう木曾が言葉を発する。
「まずは戦いを止めさせるんだ。
どうしてそうなったのか、それは本人達に確かめればいい」
相手がどうだろうとやることは変わらないと毅然と言い切る木曾。
「それにだ。
イ級は装甲空母姫が率いた大艦隊に一人で立ち向かったんだ。
それに比べたらたいしたことはない」
木曾の言葉に千代田と北上はそうだねと苦笑する。
「装甲空母ヲ級みたいな怪物でもないんだから大丈夫だよね」
「あれはきつかった〜。
…あ、魚雷200発の一斉斉射思い出したらなんか疼いて来た」
「女の子なんですからはしたないで事を言ってはなりません」
ややに内股になる北上を窘める鳳翔。
「そろそろ向こうの警戒に引っ掛かるよ」
千代田の忠告に一同は気を引き締め直す。
そして、目視で姿を確認した木曾はどうしてと呻いた。
「あれは、俺を助けた島風じゃないか」
「マジ?」
驚く北上に木曾は怪訝そうに頷く。
「ああ。
琥珀色の目をした島風なんて他にいるとは思えない」
あの時の礼もまだちゃんと出来ていなかった木曾はいい機会だと気合いを入れ直し急ぎ海を蹴った。
クラインフィールドのやりたい放題については突っ込み不要で頂けるとありがたいです。←
ということで次回はバイド島風対艦娘編。
ついでにイ級はいつも綱渡り。