「……何処だ此処?」
気が付いたら真っ暗闇の中に居た。
「また超展開かよ」
以前ならうろたえまくってたんだろうけど、結構落ち着いてる。
慣れって怖いよね。
けどさ、マジでここは何処だ?
つうか、そもそも俺は装甲空母ヲ級に喰われて完全に消滅した筈。
「妖精さん」
気配は感じるから何か知ってるんじゃないかと呼びかけてみるが、誰も俺の呼び掛けに答えてくれない。
「どうしたもんかね?」
右目の探照灯を試してみても着かず、こんな暗闇じゃ自分の状態もわかりはしない。
「こういう時は無闇に歩き回らないで目が馴れるのを待つのがいいんだっけ?」
手掛かりもないのでとりあえず大人しくしてみるが、全然目は馴れない。
「……どうしよ?」
いや、本当にどうすりゃいいんだ?
待ってても目が馴れないなら動いてみるしかないか?
まあ、他に思い付かないし。
そういうわけで移動してみるんだけど、うん。
「本当に移動してるのか?」
視界が動かないせいで移動してる感覚が無い。
ついでに歩いてるって言ってもこの身体になってからは比喩と感覚だから地面の振動なんて感じないからマジで前に進んでるかも怪しい。
「……ふぅ」
こうしてなんの指針もなくただひたすら前に進むだけだと木曾達の事ばかり考えてしまう。
あいつらちゃんと逃げてくれたのか?
特に木曾は俺が喰われたショックで特攻とかしてそうで本気で心配だよ。
南方棲戦姫とタ級は…まあ大丈夫だろうな。
深海棲艦なんだからいざとなれば海中に潜って離脱出来るし。
タ級は戦艦棲姫に情報持ち帰んなきゃなんないだろうから確実に離脱するだろう。
後は、ワ級と千代田か。
姫が面倒を見てくれるって約束してくれたから離脱してくれる事を願うばかりだな。
明石はまあうまくやるだろ。
ヌ級達も心配は心配だが基礎は出来るようになってたし、それほど心配はしていない。
こうやって考えてみると、なんだかんだで結構知り合いが増えてたんだな。
その殆どが戦いでってのは艦娘と深海棲艦だからしゃあないけど、やっぱり殺伐としてるな…。
「ん?」
取り留めもなく今まで会った艦娘を思い出していると、不意に聴覚に小さく振動を捉えた。
「これは…?」
微か過ぎて判然としないが、間違いなくなにかの音だ。
意識を集中して音の出所を探ると、どうやら前かららしい。
「……」
罠かもしれない。
だけど、漠然と歩き続けるよりずっとマシじゃないかと俺は思い、そちらに向かい前に進む。
相変わらず何も見えない暗闇の中でその微かな音は確実に大きくなる。
「歌…なのか……?」
音とも呼べない微かな振動が確かに音だと認識できる程に大きくなると、それが確かに歌のそれも子守唄のような旋律を奏でていた。
「……なんか、悲しくなってきた」
聞いたことが無い曲だけど凄く優しい声なのに、それ以上に胸が締め付けられるような気持ちになる。
邪魔をしないよう近付いちゃいけないとそう思うが、行く当てもない俺は引き寄せられるように声の聞こえる方角に向かう。
そうして暫く進み続けると、なにやら暗闇の中に薄い輪郭を見付けた。
「あれは…?」
まだ遠くて正体ははっきりしないが、どうやらアレが歌っているらしい。
「……」
どうするべきか?
迷ってみてもしかたないとすぐに俺は近付いてみる。
「…お前は!?」
そして、はっきりと姿が見える位置まで近付いた俺はその姿に驚いた。
そこに居たのは装甲空母姫と空母ヲ級だった。
〜〜〜〜
南方棲戦姫の支援を受けた木曾と北上は目論見通り装甲空母ヲ級の甲板に乗り込むことに成功した。
「くたばりやがれ!!??」
猛々しく吠えカトラスを装甲空母ヲ級の生身の部分に突き立てる木曾。
振り下ろされた刃はずぐりと肉を切り裂く感触を木曾に伝えるが、切り傷からは血の一滴も零さず巨体過ぎるその身にはさしたる痛痒も与えたようには見えない。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!??」
しかし、直接斬られたことが気に障ったのか装甲空母ヲ級は物理攻撃に等しい衝撃を纏う咆哮を上げ、ヲ級の部分から艦載機を飛ばして木曾に狙いを付ける。
「やられるかぁあ!!」
咆哮で悲鳴を上げる鼓膜を叩き直すように吠え返し、急降下爆撃を敢行する艦載機に木曾は広角砲を全基稼動させ叩き落とすと再び切り掛かる。
「あー、もう。
本当にやってらんないよ!!」
北上も持っていた単装砲で艦載機を迎撃するも、木曾ほどの対空性能が高くない北上は大分苦戦させられていた。
「北上姉!?」
広角砲で援護する木曾だが、北上はそれを叱咤する。
「私を気にしてないでやりな!!」
「っ、済まない!!」
一言詫び木曾がカトラスを目茶苦茶に振り回すのを確認して北上は苦笑する。
「全く、駄目なお姉ちゃんだね!!」
足手まといになりたくはないが、現実に自分の対空性能の低さがもろに木曾の足を引っ張っている。
対空性能だけじゃ無い。
雷撃と運なら引けは取らないがそれ以外に勝っている要素は史実で生き残った事ぐらい。
それも、ろくな活躍などしてこなかった故の結果論。
「羨ましいねぇ」
姉より勝る妹はいないなんていうけど、船舶たる自分達にはそれは当て嵌まらない。
寧ろ、姉の欠点を改善して更に良くなるのが常だ。
「だからってさ、お姉ちゃんにも意地があるんだよね!!」
空いている手に予備の魚雷を掴みそれを雲蚊のように群がる艦載機に投げ付ける。
投げられた魚雷は時限伸管により炸裂。
爆風で艦載機の群れを吹き散らす。
「まあなんていうの?
こういう小細工は工作艦経験の賜物だしね」
思いつきで試した即席手榴弾の効果ににんまり笑う北上だが、次の瞬間、生き残った艦載機の体当たりをもろに喰らってしまった。
「ゲフッ!?」
艦載機の自爆特攻に北上が吹き飛びそのままごろごろと転がり艦僑から落ちていく。
「北上姉!!??」
「やっぱりアレだね?
アレを使った因果応報ってやつ?」
そう苦笑しながら水面に叩き付けられた。
「この野郎!!??」
自分一人に殺到する艦載機にありったけの弾薬を注ぎ込み木曾はカトラスを握り直して駆ける。
狙うは首。
せめて一太刀喰らわせてやると胴体を駆け上がる木曾。
しかし、死角から伸びた装甲空母鬼の拳に北上同様海に叩き落とされた。
「カハッ!!??」
コンクリートの地面にたたき付けられたような衝撃が肺から無理矢理空気を押し出す。
とどめとばかりに装甲空母鬼の拳が振り上げられ木曾に放たれた。
「こ…のおぉぉおおおおおお!!」
最期まで抵抗する意志とカトラスを突き出す木曾。
しかし、その拳が不自然に停止した。
「なに…が……?」
訝しむ木曾が辺りを見回すが、装甲空母ヲ級だけでなく浮遊要塞もが動きを止めていた。
「一体何が?」
艤装中に弾痕を刻んだ南方棲戦姫達がそう漏らした直撃、装甲空母ヲ級が吠えた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」
びりびりと空気が振動する凄まじい咆哮だが、違う。
「泣いて…いる……?」
その咆哮には今までの身の毛もよだつような不快感は一切感じられない。
どころか、まるで悼み嘆くような慟哭のように聞こえた。
そして、
『GAAAAAAAaaaaaAAAAAAAAAA!!!!』
装甲空母ヲ級の慟哭を掻き消すほどの咆哮が轟き、装甲空母ヲ級から黒い光が天を貫いた。
〜〜〜〜
ヲ級は帽子を外した姿で子守唄を歌い、装甲空母を膝の上に頭を乗せている。
「……おい」
意を決し呼びかけてみると、ヲ級は子守唄を止めて俺に振り向いた。
「オ前ハ?」
「俺は…」
駆逐イ級と言いかけたが、なんとなく違う気がしてごまかした。
「わからない」
「…ソウ」
ヲ級は装甲空母姫に目を落とすと静かに口を開いた。
「貴方、姫ニ似テイル」
「……」
「姫、自分ガ誰カワカラナイッテ言ッテタ」
自分が解らない?
「姫、昔、自分ハ深海棲艦ジャナカッタッテ言ッテタ」
「それは…」
まさか、こいつは…
「違ウ世界カラ来タッテ言ッテタ」
「姫が、俺と同じ…?」
あの糞野郎。
俺以外にも転生させてたってのか?
次会ったらぜってえぶん殴る。
怒りをふつふつと煮えたぎらせているとヲ級は聞き捨てならない台詞を口にした。
「姫、私ガ沈ムノ嫌ダッテ無理シチャッタ。
ダカラ、私ハ姫ト一緒ニ艤装ニ閉ジ込メラレタ」
「此処が…艤装の中?」
え?
つまり俺、現在進行形で艤装に取り込まれてるのか?
……それって大ピンチじゃねえか。
つうか俺もそうだけど妖精さんがヤバすぎる!!??
「だ、脱出する方法は!?」
俺だけならまだしも道連れなんか作りたくなくてそう問い質すと、ヲ級は困った様子で言う。
「ヒトツダケ、アル」
「本当か!?」
希望が見えたとそう思った直後、ヲ級は言った。
「私達ヲ貴方ガ取リ込ムコト。
ソウスレバ、艤装ハ貴方ノ支配下ニ入ル」
「取り込むって…それは…」
答えを言いたくない俺にヲ級は答えを口にした。
「私達ヲ食ベルノ」
「……」
やっぱりかよ。
助かる道は本当にそれしか無いのか?
「他に手は…」
ヲ級は首を横に振る。
「私ガイル限リ姫ノ艤装ハ制御ヲ取リ戻セナイ。
ヒトツノ艤装デフタツ以上ノ魂ヲ受ケ止メル事ハ出来ナイ」
だけどとヲ級は姫に目を落とす。
「私ハ姫ヲ食ベタクナイ。
姫モ私ヲ食ベテクレナイ。
ダカラ、私達ハズットデラレナイ」
そう言うヲ級だけど、そこに悲壮感は無い。
多分この二人はどこであっても、二人一緒ならそれで満ち足りているからなのだろう。
「……」
お前達はそれでもいいのかもしれない。
だけどさ、暴走し続ける艤装は山のように被害を拡大させているんだよ。
きっと木曾や姫は今も戦ってる。
今なら間に合うかもしれない。
俺が二人を喰らえば皆を助けられる。
だったら…
「……クソッ」
ああ、やりたくなんかねえ。
こんなに幸せそうな二人の幸福を壊さなきゃ皆を守れないって分かっていても、やっぱりやりたくないんだよ。
だけど、それでも俺は、
「……許しは乞わない」
怨まれたって、憎まれたって、殺されたって構わない。
俺は北上を、瑞鳳を、明石を、ワ級を、千代田を、木曾を守りたいんだ。
「ウン。
私ハ、私達ハ貴方ヲ赦サナイ」
そう言ったヲ級は、それでも笑顔だった。