黒煙を立ち上らせる泊地にたどり着いた俺と木曾。
しかし安心して休もうという気分にはなれなかった。
「随分酷い有様だな」
余程念入りに砲撃を受けたらしく、泊地というより廃墟というほうが正しいほど凄惨な光景に俺は漏らす。
辺りには焼夷弾の油に混じってきな臭い臭いが立ち込められており、アルファの言葉に間違いは無かったようだ。
唯一の救いは黒焦げになった艦娘だったものが見当たらないことぐらいか。
「おい木曾」
「……なんだよ」
声が硬いのは恐怖か怒りか、はたまた両方か。
俺は構わず尋ねる。
「此処に見覚えはあるか?」
「…いや」
「そうか」
帰還を果たしたら家が無くなっていたという事はなかったようで若干安堵しつつ俺は言う。
「ここでこうしていてても仕方ない。
とりあえず入渠設備を探して借りておこう」
酷薄に俺はそう提案する。
自分でも驚くぐらい冷静なのは、多分駆逐イ級となったからだろう。
少し悩んだ末、木曾は俺に問うてきた。
「…お前はどうするんだ?」
「俺は一応生存者がいないか確認してくる」
そう言うと木曾と別れる。
とはいえそんな者がいると本心から思わない。
俺はアルファに周辺の偵察を継続させ、まだ熱が残る施設の焼け跡を調べる。
「……やっぱりか」
最初に見た際、俺はこの焼け跡に違和感を感じていた。
被害に反してこの泊地は『綺麗』なのだ。
まるで丸ごと焼かれたような、そんな惨状と違和感に俺は一つの可能性に到った。
「『三式弾』か…?」
この泊地は艦娘の手に因って破壊された可能性が過ぎる。
そうであった場合、その理由が反乱か内部粛正かまでは不明だが、ともかく此処は長居できる場所ではなさそうだ。
どうでもいい事だが、この身体で陸に上がる際は地面から少しだけ浮かび上がって移動している。
理屈? 俺に聞くな。
燃料は消費しないので念力みたいなものかもしれない。
そんな事を考えながらついでに消費した燃料なんかも拝借しておこうと、この泊地で最も被害が少ない資材庫に向かう。
すると、資材庫の扉が開いていた。
「木曾か?」
アルファの索敵は完璧だとは思うが、万が一を警戒してレーダーを起動して中を確認してみる。
動体反応1、少し入った場所で何かを探しているような動きをしている。
十中八九木曾だろうと思い俺は声を掛ける。
「何をしているんだ?」
「っ!?」
その声に背を跳ねさせた木曾は手に持っていたらしきミニチュアサイズの鋼材と燃料を零しながら慌てて振り向く。
「……なんだ、お前か」
安堵したように息を吐く木曾に俺は半ば呆れながら言う。
「入渠設備は生きてたのか?」
「ああ」
そう言うと取りこぼした鋼材と燃料を拾い直す。
「お前こそここに用か?」
「まあな」
火事場泥棒しにきたと茶化す。
「笑えない冗談だな」
「確かにな」
そんな軽口を交わしてから俺は落ちていた燃料を拾う。
「……どう使うんだっけ?」
中身を飲むのか? それとも缶ごと丸呑み?
いや、本気で解らん?
アンソロジーとかだと食ったりしてたけど、マジでどう使うんだ?
「忘れたのか?」
「あ、ああ」
まごつく俺を見兼ねた木曾は燃料の一つを手に持ち、それを缶ジュースのように開け中身を飲んで見せた。
「くぅ〜!!
これだよこれ!」
旨そうに中身を飲み干した木曾に倣い俺も燃料の蓋を念力(多分)で蓋を開け中身を啜るが…
「……マズイ」
中身はビールだった。
艦娘にとって酒は燃料ですか?
「って、それは成人している艦娘用のやつだぞ」
「そうなのか?」
ってことは未成年用のジュースなんかもあるのか?
そんなことを考えていると木曾が蓋の色が違う燃料を渡してきた。
「ほら。
こいつなら大丈夫だろ」
見た目的には何も変わらないが、騙す理由も薄いとそれを受け取り飲んでみる。
「……イチゴミルク味か」
お子様=ミルク味か?
この世界の理屈が解らなくなって来た。
とりまビールよりはマシなのでそれを飲み干すと、使った分の燃料が補充されたことで若干身体が楽になる。
「じゃあな。
あんまり飲み過ぎるなよ」
そう忠告して木曾は鋼材とおそらく入渠用の燃料を手に資材庫を出ていく。
随分量が少なかったがあれで足りるのか?
そう考えたところでふと『捨て艦』という単語が頭を過ぎる。
「……まさかな」
もしそうだとしたら俺はどうするべきだ?
もとより一緒に居るわけにもいかないし、かといって見捨てるのも関わり過ぎた。
いや、今ならまだ間に合う。
木曾が入渠している隙に、さっさと此処を発って縁を切ってしまえば偶然出会う事がなければもう関わることもないだろう。
だけど…
「アルファ」
悩んだ末、俺は何個か燃料を背中に積んでから海岸に移動しアルファを呼ぶ。
呼ぶと一瞬でアルファが現れる。
「何か発見したか?」
『西方ヨリ泊地ニ進路ヲ取ル隊列を組ム人型物体ヲ確認』
「距離と数は?」
『彼我距離400キロ、6体』
この泊地の艦娘か、それとも…
「隠れるぞ」
万が一が起きないことを祈り俺は最後の世話がわりに見届けるため、海からは見えない位置に移動して身を隠す。
仮に電探を積んでいても、この時代のは動かなければ探索に引っ掛からなかった筈。
そうして待つこと3時間程。
先に入渠を済ませた木曾が現れ、俺がいないことにうなだれるのを見て胸が痛むが、しかし、俺は感情を殺し次に現れるだろう艦娘に神経を集中する。
そしてしばし待つと、泊地に6人の艦娘が接近して来た。
「金剛、榛名、夕張、加賀、瑞鳳、島風か?」
ゲームでは一度も手に入らなかったレアな艦娘の姿を生で拝み、ちょっとだけ嬉しくなってしまうが油断は禁物だ。
今の自分が見付かったら、にもなく潰されること請け合いなのだから。
木曾も相手を見付けたらしく、そちらに向かい岸へと歩いていく。
木曾は旗艦らしい金剛と相対すると二、三言葉を交わし、そして安堵の表情を浮かべ合流しようと海上に降りた瞬間、俺は気付いた。
背中を向けた木曾に対し、金剛の顔から笑みが消え艤装が砲門を稼動させ木曾を狙うのを。
「アルファ!!」
反射的に俺は怒鳴り、その意を汲み取ったアルファが音速を越えた速さを駆使し、一秒にも満たない一瞬で急上昇してから真下へと急降下し水面に身をたたき付け金剛と木曾の間に巨大な水柱を打ち立てた。
直後、金剛の火砲が火を噴くが、アルファが起こした水柱に海面が大きく揺れあらぬ方向へと飛んでいく。
「Shit!?」
何が起きたと混乱する艦娘達に俺は既に行動していた。
「逃げろ木曾!!」
機関を最大出力で稼動させ艦隊へと突撃を敢行。
「深海棲艦!?」
「っ!?」
最初に反応したのは驚愕の声を上げた榛名と即座に矢を番えた加賀。
加賀が数本の矢を纏めて放つと鏃が彗星に変じ自分へと魚雷を向けるが、そんなもの障害にすらならない。
「レシプロが、すっこんでいろ!!」
ファランクスを起動させ毎分3000発の弾幕が迫り来る彗星を全てたたき落とす。
「なっ!!??」
「凄っ!?」
一門の機銃に彗星が一度に撃墜され、その異常性に加賀が驚愕し夕張は好奇に目を輝かせる。
俺は更に加速すると砲門を回頭させる金剛を無視し木曾に体当たりを噛ます。
「ぐっ!? なんっ…!?」
「そのまま行け!!」
体当たりの勢いで吹き飛ばし、更にアルファに木曾を引っ張らせ逃がすとそのまま自分も離脱しようとするが、それを島風が阻む。
「貴方ってすごく速いのね?」
異常な速さに対抗心を掻き抱いた島風が猛然と俺に追随する。
「糞っ!?」
構っていられるかと俺はひたすら逃げる。
だが、この体に完全に慣れていないせいか、上手く海上を走れず島風との距離が僅かずつ詰められている。
こんなことなら最初の時点で燃料が尽きるまで走り回っときゃあよかった。
それに、島風だけに集中するわけにもいかない。
視界から外れてはいるがレーダーが他の五人も動いていることを伝えており、その動きは島風が自分を囲い入れるよう包囲網を形成しつつあるのだ。
このままじゃじり貧だが、逆に敢えて誘いに乗り交渉でこの場を乗り切るという手も……
「絶対ねえ」
よしんばこの場で処分されなくとも、鎮守府に連行されて実験動物として飼い殺しにされれば御の字。
普通に考えて生きたまま解剖した上でホルマリン漬けにされるのがオチだ。
と、余計な事を考えていたら島風が俺のすぐ側まで近付いてしまっていた。
「すっごく楽しかったよ。
じゃあね」
あどけない無邪気な笑顔は癒されるが、島風に追随する連装砲ちゃんの砲門がしっかりこっちを向いているのは背筋を凍らせる光景以外の何物でも無い。
天使のような悪魔の笑顔ってまさにこういうのだよな。
「だらぁっ!!??」
「おうっ!?」
俺は連装砲ちゃんの射線から逃れるため島風に体当たりを狙う。
だが、島風は一瞬驚くそぶりを見せるも、それを読んでいたとばかりに一気に減速して俺をやり過ごし、次いで連装砲ちゃんの弾幕が火を噴く。
「く、ら、え、る、か、よ!!??」
左右に蛇行し立て続けに着弾する至近弾を猛然と避け続ける。
と、その直後、今度は対空レーダーが上空に反応ありと伝えた。
「くぅ!?」
蛇行しながらもファランクスを構え必死にその姿を確認した俺は、確かに死を確信した。
「偵察機…!?」
忘れていた。
いくら対空性能が高かろうが『制空権』を支配することは出来ない。
そして、完全に支配された空に舞う偵察機が伝える事と言えば。
「…観測射撃!?」
慌てて金剛と榛名に視線を移すが、既に手遅れだった。
「これで、Finish!!」
避けることなんて不可能。
そうとしか思えない砲弾の雨に、俺は抵抗の手段すら思い浮かばず意識を無理矢理刈り取られた。
次回、道連れそのに登場。