配した私闘の結果に私は二つの理由から酷く落胆していた。
一つは姫のあまりの弱さ。
赤子のように泣きじゃくり艦娘に救いを請う姫の姿に、彼女の懸念も致し方ないのかと私はほとほと呆れ返るしかなかった。
自分が姫として些か浅慮であったのは事実だけれど、しかし、姫のあの惰弱っぷりは流石に目に余るものがある。
姫はあの娘をどう育てていたのか、一度窘めねばならないかもしれないわね。
そしてもう一つは彼女の甘さに。
殺しても構わない。
暗にあの主砲を使えとそう告げたにも関わらず、彼女は主砲である超重力砲を用いようとはせず、ばかりか私の肝を冷やした幾つもの戦術を何一つ持ち出しもしなかった。
砲については忘れているかもしれませんが、その件についても知る必要がありそうですね。
ともあれ姫が弱すぎて必要もなかったということを差し引いても過程はお粗末と言うしかない。
それに加え…
「アレは一体何なのかしら?」
醜悪な肉の塊と形容するしかない艦載機に私は漏らしてしまう。
姫はあの醜悪な姿をただ忌避していたせいで追い詰められたが、一度戦った私はアレの危険性の片鱗を理解しているつもりだ。
異常な速さと慣性すら捩伏せる立体機動を可能とする本体そのものは酷く脆弱だが、随伴する肉塊の異常な防御力…いえ、僅かに感じる飢えの感情からしてあれは触れたもの全てを喰らい尽くす暴食でしょうか?
外見からして危険と察せられるあの肉塊を武器として用いれば姫とて無事で済みはしないでしょう。
だけど、あの艦載機はそれをしない。
姫の用いた最新型さえ歯牙にも掛けないあの速さは余程の隙を狙わねば掠ることさえ叶わない悪夢のような性能の片鱗を見せるのに、実際あの艦載機が狙うのは艦載機や砲弾ばかり。
なんて甘い。
主人と同じか、それ以上に甘い艦載機に怒りさえ抱いてしまう。
と、観戦していた工作艦が艦載機が触手から変じた目玉を喰わせてから空間を波立たせて消し去った肉塊を指し小さくごちる。
「アルファのアレはなんだろう?」
ふむ?
この中では彼女と最も付き合いが長いはずだが、彼女さえあの肉塊は知らなかったのですか。
「知らないと?」
「え?
…ええ、まあ」
工作艦は困った様子で言う。
「最初に会ったときに多少身の上の話は少し聞いていたけど、来る時に武装は棄てたって聞いていたからさ」
さばけた口調でそう言う工作艦に、ふむと考えながら相変わらずですねと感心してしまう。
自分を私がその気になれば片手間で散らされる弱者だと開き直り、ならば普通に接しようとする胆力は彼女といい勝負です。
それにしても、来る時に(・・・・)ですか。
それはつまり、アレもまた『霧』と同じく異なる世界の存在だということですね。
「何処から来たのかは聞いているのですか?」
「聞いたけどよく分からなかったら身の上話と一緒に忘れちゃった」
「……そうですか」
そんなぞんざいな扱いでいいのですか?
もしかしたら嘘かもしれませんし、今の内に吐かせておくべきでしょうか?
「まったく、もう少し手加減ってものがあるじゃない」
そうして話していると、多少頭が冷えたらしい軽空が文句を言いながら姫を抱えた姿で戻って来ました。
少し遅れて戻って来た彼女も、疲れた様子ですがほぼ無傷です。
工作艦から聞き出す時間が無くなったのは少々惜しいですが、後で本人から聞き出せばいいでしょう。
「不様でしたが、勝ったようですね」
「不様は同意するが、アレが勝ちって言えるのか?」
不満そうに言う彼女に、確かにそうですねと思う。
「とはいえ姫を下したのは事実。
貴女の要望通り姫を連れていって構いません」
「………はぁ?」
何を言っているんだと呆けられてしまいました。
確かに、少し急な話でしたね。
「……なんで?」
「勝ったのですから禄を与えるのは当然でしょう?
貴女は目論みを達せられる。
私は姫の性根を叩き直す機会を得る。
相互に利益がある案ではありませんか」
「……そう…なのか……?」
戸惑う彼女の様子が可笑しくて笑いそうになりますが、それを抑える本気で食ってかかりかねない軽空に抱かれた姫に向く。
「いいですか姫。
貴女は負けたのだから、勝った彼女に従いなさい」
「はぁい」
不満そうに言う姫から視線を軽空に移す。
「姫の子守は引き続き任せますが、あまり甘やかしすぎないように」
「……このままのほうが可愛いのに」
小さくごちる姿に大概ですねと溜息を吐くしかない。
「まあとにかくだ。
取り敢えず明石、姫の艤装で例のプランがいけそうか確かめてくれ」
「はいよ」
「それとギアの傷みが激しいらしいから後で見てくれ」
「人使いが荒いねえ」
「悪い。
終わったら…」
と、言いかけた彼女が何やら頭を押さえたそうに頭を下げました。
「氷川丸やヌ級達の事忘れてた」
「あいつが来てるのか?」
姫が好きにさせていた病院船の事らしいけれど、工作艦も面識があったようですね。
「ああ。知り合いだったのか?」
「そこまで親しくはないけどね。
たまたま資材探してた時に会った事があるぐらいだよ」
それにしても、この工作艦の交友範囲もかなり謎ですね。
一抹の不安はありますが、後は彼女達に任せて私は休みましょう。
〜〜〜〜
あんまり思い出したくもないチビ姫との戦いの翌日、俺と明石は装備の調達も兼ねて島の様子見に向かっていた。
「自宅に戻るのも久しぶりだね」
「迷惑を掛けたのは悪いと思ってるよ」
「退屈しないからいいよ」
苦笑を返して来た明石に改めて迷惑を掛けてるなと思う。
そんなやり取りをしながら俺達は島に向かう。
装甲空母ヲ級と戦うに当たり、取り敢えず必要なのはB-29を破壊するのに必要な瑞鳳用の艦戦と北上の追加の魚雷発射管。
開発資材は氷川丸から10個ほど拝領していたから、悪くても一個づつぐらいは揃えられるはず。
それに置いて来てしまった俺の対空レーダーは絶対回収しないと……
「……あれは?」
島に近づいた辺りで海上に浮かぶ人間大の物体を発見した。
「アルファ」
『生体反応ハアリマセン』
アルファの答えに人に見える流木であることを願いながら向かってみるが、そんな願いはあっさり打ち砕かれた。
「こいつは酷いね」
艤装の浮力が残っていたために沈むことも出来ず漂っていたらしい艦娘の遺体に明石がそう呟いた。
あきつ丸の火傷に酷似した酷く焼け爛れた身体に俺は確信する。
「装甲空母ヲ級にやられたみたいだな」
「……そうなのか」
艤装は重巡らしいのだが、火傷が酷すぎて誰なのか判別すら出来ない。
辛うじて燃え残った服の切れ端から妙高型だろうと分かった程度だ。
「せめて陸で眠らせてやりたいんだが、いいか?」
「…ああ」
明石に許可を貰い遺体を背負うと妖精さんに艤装の中を調べて貰いながら島へと向かった俺達は絶句する光景に出くわした。
島には多数の艦娘が打ち上げられていたのだ。
どれも艤装は壊れ、生きているとは到底思えない姿でだ。
「近くでやりあったのか…?」
皮肉にも焼かれたせいで腐敗や水を吸って膨張を免れた遺体達はそれでも数日は経過しているらしく僅かに死体の臭いを発している。
「アネゴ!?」
明石と二人惨状を呆然と見ていた俺達に艤装を背負ったヌ級が呼び掛けた。
「ブジダッタンデスネ!?」
「あ、ああ。
それはそうと何があったんだ?」
そう尋ねるとヌ級は困惑した様子で答えた。
「カンムスガカイブツニテヲダシタミタイデス」
……やっぱりなのか。
「ソレト、ヒメモテキトミナサレテ タタカッテルッテジュウジュンガイッテタ」
「姫も?」
戦艦棲姫以外の姫も討伐に動いていたのか。
まあ、鎮守府からして仲良く共闘するなんてありえないし、おそらくどうしようもない三つ巴が展開されてんだろうな
……って、これから俺達もそれに首を突っ込まなきゃいけないんじゃないですかヤダー!?
「取り敢えずだ。
りっちゃん達はどうした?」
そんな状態なら氷川丸の巡回も一時中断しなきゃまずいだろうにと尋ねるとヌ級は言う。
「ジュウジュンタチハ、ヒメノシエンニデタワ。
ビョウインセンハ、ナガレツイタカンムスデ、イキテタノヲミテル」
生存者が居たのか?
「…そうか」
島の事を考えたら安堵しちゃいけないとは分かっているが、それでもこの惨状の中に生存者が居たことに少しだけ救いを感じてしまった。
「生存者は気になるが、まずはこいつらの弔いが先だな」
野曝しにしておいて腐るのを見たくはないし。
「明石、悪いが艤装は任せていいか?」
「ああ」
明石も気持ちは同じらしく、直ぐさま手近な遺体の艤装の取り外しに掛かる。
「艤装は後で解体するから適当に纏めといて頂戴」
一人目を手早く取り外し二人目に取り掛かりながらそう言う明石に応じ、俺は背負っていた遺体を下ろすとヌ級に確認する。
「遺体はここにあるだけか?」
「ハイ。
カンサイキヲトバシテサガシテマスガ、ココイガイニウチアガッテイルカンムスハイマセン。
ソレトコレマデノハシマノカザカミデヤイテマス」
「案内してくれ」
明石が艤装を取り外した遺体を抱えヌ級に道案内を頼む。
その後の事はあまり思い出したくはない。
ちゃんとした設備があるわけでもない焼却場に広がる臭いは二度と嗅ぎたくはないなとそう思わせるのに十分で、身体に着いた血と油が混ざった腐臭は生涯忘れたくても忘れられないものになるだろうなと、そう思わせるものだった。
そんなトラウマをがっつり刻んでくれた弔いの作業が一段落したのは、夕刻に入った頃だった。
「これで最後だな…」
最後の一人の分…何の因果か俺が連れて来た妙高型の本人のマストで作った即席の墓標を突き刺した俺は、壮観とさえ言える墓標の群れに小さく呟いた。
「深海棲艦が何をと思うだろうが、せめて眠りぐらいは安らかであることを祈るよ」
死者に出来ることなんて何も無いんだと改めて思い知りながらその場を後にし、ヌ級達が用意してくれた湯で身体を濯ごうと向かうと、ちょうど身体を洗っていたチ級と出くわす。
慣れない作業でへとへとに疲れ切った様子だしを労っておくか。
「今回の事、ありがとうな」
そう労うとチ級は畏まった様子で言った。
「アネゴノスミカノソウジグライトウゼンヨ」
……深海棲艦だからしょうがないのかもしれないけど、こいつらにとって今回の作業はただの掃除でしかなかったのか。
人間の価値観からしたら怒るべきなんだろうけど、こればっかりは押し付けても意味はないなと頭を切り替える。
「…そうか」
チ級と入れ代わりに身体を濯ぎながらこれからの事を考える。
艦娘の遺体を埋葬し終わってもまだ艤装の処理は残っている。
幸か不幸か艤装の中には魚雷発射管や艦載機もあったから、使えるものは使わせてもらうとしても艤装本体は解体するか改修素材に使うしかない。
だが、ゲームと違って大破した艤装の改修値は通常の半分以下にまで下がってしまう上に失敗する可能性も高いらしい。
そもそも艦娘の改修とは対象を食べる深海棲艦とは違い乗船している艤装の妖精さんを改修先の艤装に乗せ代える作業の事であり、改修し使った艤装が消えることはないそうだ。
妖精さんの加護を失った艤装は資材にも使えないジャンクになってしまうので、その処分を考えると素直に解体したほうが利益はあるんだけど明石の負担がマッハになっちまうんだよな。
「正に痛し痒しって奴だな」
身体を濯ぎを終え、やることも一段落したしなと氷川丸が建てた白いテントに向かう。
「氷川丸、俺だ。ちょっといいか?」
中に入ろうかとも考えたが、自分が深海棲艦なのを考え呼ぶことにした。
「ああ、君か。
ちょっと待っててくれ」
中のライトに映し出された氷川丸が立ち上がるとテントの入口から顔だけを見せる。
「久しぶりだけど、あんまり調子は良くなさそうだね」
「表の仕事をしたからな
それだけで大体を察してくれた氷川丸は微妙な困り顔になる。
「お疲れ様と、そう言えばいいかな?」
「俺の事はいい。
それよりも…」
促すと氷川丸は難しい顔になる。
「正直に言うけど、あの娘はもうだめだ」
そう言うと氷川丸は症状を簡潔に語る。
「深度三の熱症が全身の六割まで広がって、内臓まで炎症を起こして使い物にならなくなっている。
今は薬で痛みを抑えてあげているけど、明日の朝まで持てば奇跡と言っていい」
冷徹にそう言う氷川丸だが、言葉とは裏腹に悔しそうだ。
「…なんとかならないか?」
「私の設備全てを使えば命を救うだけなら出来なくはないわ。
使えなくなった四肢を切り落として中身の中身を全部機械で代用してあげれば命は保てる。
だけど、それは同時に艦娘どころか人としても生きてはいけない姿にするということよ。
四肢も無くしてろくに喋ることも出来なくなったあの娘が死ぬまでの一生を介護し続けられる?」
「それは…」
エゴで生かすなら責任を背負えと迫る氷川丸に俺は答えられない。
ただ死なせたくないなんて軽い気持ちでそう言うことがどれだけ残酷な事なのか、俺は嫌というほど知ってしまった。
『御主人』
身の程も弁えられなかった俺にアルファが語りかけた。
「どうした?」
『モウヒトツ、手段ガアリマス』
「…え?」
驚く俺達に向け、アルファは言った。
『私ノ一部ヲ移植シ、バイド化サセレバ或ハ』
アルファ君の爆弾発言入りました。
次回は量が増えたので先送りにした横鎮大和さんから入ります。