「……ん?」
気が付いたら見たことのない場所にいた。
「いやほんとに何処だ此処?」
湯舟に沈んでるから風呂場っぽいけど、そもそも俺は…
「…思い出した」
戦艦棲姫相手に使える手は全部使って挑んだんだった。
なんだが…
「記憶がねえ」
アルファの違う位相を通過することであらゆる物体を通過する次元航行とかいうトンデモ機能を駆使して零距離照明弾投下と探照灯直当てで視界を潰してファランクスを叩き込んだ所までは覚えているんだが、その後の事がすっぱり無い。
と、そこで俺は探照灯を埋め込んだ右目以外の損傷が全部消えていることに気付いた。
「前にも似たような事があったな」
とすれば此処は入渠施設か。
でも、一体誰が?
「アルファ」
『ハイ』
呼び掛けてみると返事があった。
無事な事を安心しつつ俺は尋ねた。
「何があったか教えてくれ」
アルファなら把握しているだろうと思い尋ねてみるが、返って来た答えは分からないだった。
『戦艦棲姫ノ深海棲艦型艤装ニ潰サレタマデハ覚エテイマスガ、意識ガ回復スルマデ再生シタノハ数分前デス』
つまりほぼ同時に目が覚めたって事か。
「俺達、負けちまったんだよな」
『オソラクハ』
あれだけ大見え切ってやれることは殆どやり尽くしても届かなかった。
「…悔しいな」
『ハイ』
泣けないことを少しだけありがたく思いながらなんともなしに尋ねる。
「どこだろうな此処?」
『ワカリマセン。
座標計カラ海底ラシイトイウコトハ判明シマシタ』
海底?
だけどここ、空気があるよな。
「潜水艦か?」
『移動シテミテハドウデスカ?
私ハ修復中ノタメ行動出来マセンノデアシカラズ』
「…そうかい」
探照灯は欠けた目に埋め込んだからスロット消費しなくて済んだけど、照明弾はスロットに積むために代わりにレーダーを外したのが裏目に出たなと思いつつ湯舟から上がり扉を出る。
「あれ、もう起きたんだ?」
潜水艦というより戦艦みたいな内装に聞き覚えのある声がした。
「…北上」
どこか芋っぽい田舎娘という感じのする少女。
俺を知っている様子から俺が助けたあの北上のようだ。
「お前が居るって事は、此処は戦艦棲姫の所有地なのか?」
「まあ、そんな感じだね」
へらへらと笑うその笑顔は俺が思っていた北上のそれだった。
「久しぶりだな。
元気だったか?」
「ん〜。
艦娘的にはあんまりそうって言っちゃいけない気もするけど、元気にやってたよ」
「そうか…」
戦艦棲姫の言葉は本当だったらしい。
「他の皆も此処にいるのか?」
「いるよ。
あ、でもアルバコアはアメリカに帰っちゃったけどね」
「え?」
アメリカから逃げたアルバコアがなんで?
理由を尋ねようとする前に北上は呆れ気味に肩を竦める。
「小さい子供がどうとか早口でよくわかんなかったんだけど、なんかポケモン見に行くんだって出て行っちゃった」
「はぁ?」
なんでポケモン?
つうか、こっちにもポケモンあるのかよ。
それに、見るなら本家の日本のほうが…ってあいつ日本語話せるけど読めないんだったな。
「よく姫が許したな」
「そうだねぇ」
よく解らないらしく北上も首を傾げている。
さて、皆無事と分かったなら、千代田にあの事を伝えないと。
「千代田はどこに?」
「今は会わないほうがいいよ。
アンタに何があったか、もう知ってるからさ」
「……」
それはつまり、千歳の事を…。
「…そうか」
球磨は千歳の死を背負うなと言ったけど、やっぱり駄目だな。
「千代田も解ってるんだけど、やっぱり感情って簡単に納得出来ないからさ」
「いや、それでいい」
赦されるより、憎んでくれたほうが気が楽だ。
「前から思ってたけど、あんたって堅いね。
そんなんじゃ、すぐに折れちゃうよ?」
肩を竦める北上に苦笑を返しておく。
「気をつけるよ」
折れるとしたら、千代田を守れなかった時だ。
だから、絶対に折れるわけにはいかない。
「お前はいいのか?」
「球磨の事なら気にしてないってこともないけど、まあ、球磨がそうしたくてああなったんだからしょうがないよ」
球磨…やっぱり、死んだんだな。
「そうか」
憎まないとそう言うならさっさと話題を変えたほうがいい。
「で、ここは何処なんだ?」
「戦艦武蔵の中だよ。
正確に言うと、戦艦棲姫が武蔵を模造して作った拠点なんだって」
やっぱり戦艦かよ。
「って、なんで武蔵なんだよ?」
武蔵御殿とか言われるぐらい居住性は良かったらしいけど、わざわざ戦艦を家にする必要があるのか?
「さあ?
でも、姫の住居は大体軍艦や基地を模してるらしいよ」
「ふうん」
そういや戦艦棲姫の報酬は武蔵だったし、その辺りも理由なのかねえ?
突っ立てても仕方ないと食堂に向かう北上に着いていく。
「今までどうしてたんだ?」
「姫に拉致されてからずっと軟禁状態だったよ。
艤装に触っちゃいけないとか制約もあって退屈は退屈だったけど、部屋はエアコン完備で酒保に行けばお菓子や漫画もあるし、ご飯もちゃんとしててアイス食べ放題とか待遇は良かったから不満はなかったね」
お菓子とかアイスの食材とかどうしたんだと激しく疑問は多いんだけど、深く突っ込んじゃいけない気がしたのでそこは流しておこう。
食堂に着くと、そこには燃料を飲む俺とは少し違う後期型の駆逐イ級のグループと少し離れた場所で食事を前に力無くへたれる瑞鳳とそれを介護するワ級の姿があった。
「イ級」
俺に気付いたワ級が瑞鳳を放り捨てて俺に抱き着く。
艤装がないのでほぼ全裸状態の人型のワ級は普通に柔らかいのでいろいろと困るんだが。
というか、元々の俺の性別いい加減はっきりしてほしい。
口調とか柔らかい胸部タンクとか当たると嬉しいとか思う辺り男みたいなんだけど、別に見たいとか触りたいとか極端な劣情はないし以前風呂で見てしまった木曾の裸を見てもなんとも思わなかった上、ヌ級達から姐御と呼ばれて訂正しようと思わない辺り男と言うのも怪しいんだよな。
うん、ホント周りが困るんだよね。
「って、誰がだよ?」
突然の思考に思わず突っ込んでからワ級に放すよう言う。
「無事デ良カッタ」
「そっちこそ、無事でなによりだよ」
と、よく見ればワ級に少し違和感があった。
「なんか、前と少し感じが違うがなにかあったのか?」
「ワタシ、エリートニナッタ」
顔がアレなので表情は判らないが、嬉しそうなのは確かだ。
「凄いじゃないか。
随分頑張ったんだな」
「イ級ノ役ニタチタカッタカラ、ワタシ、頑張ッタ」
顔がアレとかそんなものどうでもよくなるぐらい癒されるんだけど。
なに? この娘マジ天使なの?
手があったら光沢が出るまで丹念にいい子いい子して磨いてやるのにと思いながら荒んだ心に潤いを補充する。
千代田とは別ベクトルで必ず守ろうと硬く誓いながら癒されていると、捨て置かれた瑞鳳がうめき声を漏らした。
「わ、ワ級、お願いだから途中で止めないで…」
「ゴメンズイホウ」
疲労困憊という体で助けを求める瑞鳳の介護に戻るワ級。
「何があったんだ?」
深海棲艦に介護されながらご飯を食べる艦娘という目を疑うほどシュールな光景に、北上は疲れきった様子で言う。
「瑞鳳ってば、あの娘にすっごい気に入られちゃって寝ずに相手をしているんだよね」
「あの娘?」
一体誰だと尋ねようとしたが、それより前に俺を一体のタ級が呼んだ。
「クチク、オマエヒメニアイサツシタカ?」
「いや、まだだけど…」
なんとなく俺な気がしたので答えると、タ級は呆れたように腰に手を当てた。
「ハヤクイキナサイ」
「えっと、何処?」
戦艦の内部構造なんてしらねえし、そもそも何処にいるのかさえ知らないんだよ。
「シラナイナンテオカシナヤツネ。
マアイイワ。ツイテキナサイ」
そう案内を買って出るタ級に、俺はまた後でなと北上達に言い着いていく。
わりと迷路みたいな通路を暫く付いていくと、艦首側の甲板に日傘を差して寛ぐ戦艦棲姫の所に着いたのだが、
「なにがあったんだ?」
何故か姫の艤装こと巨大ト級の頭が二つ潰れた状態で、姫も片腕を吊った状態にあった。
ここまで姫を追い詰めるって、誰がやったんだ?
「ヒメ、ツレテキタ」
「御苦労。下がっていいわ」
戦艦棲姫の言葉に一礼して下がるタ級。
タ級がいなくなると、戦艦棲姫は俺に話しかけた。
「気分はどうですか?」
「上々だよ。
皆の無事も確認出来たしな」
「そうですか」
まるで品定めをするような戦艦棲姫の目に微妙に居心地の悪さを感じつつ俺は尋ねる。
「俺が此処に居るって事は、認めてもらえたって事なんだよな?」
そう尋ねると、何故か戦艦棲姫は訝るように目を細める。
「覚えていないのですね?」
「…何を?」
え? もしかしてその怪我は俺がやらかしたの?
「ならいいいです」
地雷原に足を踏み入れたような恐怖を感じつつそれ以上は問わないでいると、姫は話を切り出した。
「貴方に頼みたいことがあります」
「頼み?」
チート性能だけど所詮駆逐艦の俺に姫が何を頼むってんだ?
「堕ちた姫、貴方が『装甲空母ヲ級』と呼ぶ憐れな存在、それを倒して貰いたいのです」
「……」
あいつを、俺が?
「いやいやいや。
駆逐艦一隻でアレをどうやって倒せと?」
アルファとファランクスがあれば制空権ぐらいならなんとかなるかもしれないけど、倒すのは無理だぜ?
そんな俺の思いとは裏腹に姫は言う。
「出来なければ、また忌まわしい兵器の台頭が始まるでしょう。
だけでなく、それ以上に貴方の目的も叶わなくなるのでは?」
「……」
それはつまりよう…
「人質は継続か?」
「そう受け取ってもらって構いません。
語るまでもなく奴を倒せば全員解放します。
望むなら報奨も与えましょう。
例えば、貴方が固執するあの島への同朋と艦娘の出入りを貴方の許可なきものは叶わぬようにするということも可能です」
悪くない、いや、破格過ぎる程の好条件だ。
だけど、それ以上に疑問が浮かぶ。
「どうして俺なんだ?」
何度も言うが、どこまでいっても俺は駆逐艦。
アルファのお陰で対空性能と索敵なら空母にだって負けないだろうけど、素の対潜は軽巡に劣るし装甲だって改装出来ないから最終的に重巡には負ける。
なにより、俺は砲や魚雷を持ってないんだから戦闘になれば役に立つ事は囮ぐらいなもんだ。
俺の質問に戦艦棲姫は答える。
「貴方はとても興味深い」
そういや堕ちる前の装甲空母姫が他の姫も興味津々で観察してるって前に言ってたな。
「貴方があの狂った姫を降すことが出来るか、それを私は見てみたい」
なんつう無茶振りだよ。
だけどこれ、断ったら千代田達が危ないんだし、やらないって訳にもいかないよな。
「…条件というか、やるに当たりいくつか頼んでいいか?」
「可能であればなんなりと」
「一つ、俺一人じゃ勝ち目が見えないからあいつらに加え何人か戦力を貸してくれ」
「認めましょう」
「二つ、万が一負けて俺が消えても千代田だけは見逃してくれ」
「…いいでしょう」
「それと、あるだけ情報くれ。
対策を練る時間も欲しい」
「分かりました。
ですが、残された時間は差ほど多くない事は留意しておきなさい」
意外や意外。全部オッケー貰ったよ。
なんでも取り敢えず言ってみるもんだね。
「じゃあ早速、」
「待ちなさい」
作戦を練ろうとした俺を呼び止める戦艦棲姫。
振り向くと、姫は俺に質問した。
「貴方は、深海棲艦でありながら艦娘を善く想っているようですが、それは何故ですか?」
「……」
それは、言っていいのだろうか?
「たいした理由じゃないよ」
だけど、この姫に嘘を吐くのもなんか嫌だったので俺は正直に答えた。
「艦娘は可愛いから。
よく言うだろ?『可愛いは正義』って」
深海棲艦にもワ級とかリ級みたいに良い奴は沢山居るって知れた。
それにこの身体だから木曾達にも逢えたんだ。
あながち、この身体も悪くない。
「俺はあんたも美人だから正義だと思ってるよ」
茶化すようにそう言うと俺はその場を後にした。
やっと怪物退治に入ります。
随分ご無沙汰なアルバコアたんですが、装甲空母ヲ級戦後にスポットライトが当たるのでもうしばらくお待ちください。