なんでこんなことになったんだ!?   作:サイキライカ

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だったら、やってやろうじゃないか!


ああ、そうかよ

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!」

 

 この世のものとも思えぬ音と出来ぬ怨嗟の咆哮。

 憎悪と悲哀とがない混ぜになった負の感情そのものを放つのは、乱喰歯が列ぶ巨大な鋼の顎と、怪物より身を生やす鮓か空想の宇宙生物を彷彿とさせる傘にも似た異形と、その異形を頭に乗せる少女。

 三つの口が咆哮する度に巨大な顎と異形の鮓から空を切り裂く破壊の権化が空へと飛び立ち破壊を撒き散らす。

 

「狂うのも大概にしろ姫ぇぇええ!!??」

 

 怒号を放った南方棲戦姫は徒として率いる浮遊要塞に指示を下し、無差別な破壊を齎すB-29(狂気)を打ち落とさんとVT伸管を搭載した砲弾を打ち上げる。

 打ち上がった砲弾がB-29の近くで炸裂し、激しい衝撃に揚力を失したB-29が墜落するが、打ち上がる砲弾よりも装甲空母ヲ級が発艦させるB-29の方が多く、南方棲戦姫の猛攻の隙間を縫って数機のB-29が獲物を求め飛び立った。

 

「チッ…!」

 

 装甲空母ヲ級の討伐を開始して早二十日。

 初めは元姫であっても、相手は理性を失したケダモノ故に一日と掛からず仕留められるとたかを括っていた南方棲戦姫だが、装甲空母ヲ級は理性を失した代わりに馬鹿げた耐久性と防御力を兼ね備えた堅牢な要塞と化しており、更に無尽蔵に放たれる艦載機の群れに想像していたより遥かに苦戦を強いられていた。

 単純な火力ではこちらが勝っていた。

 しかし、その分厚い防御力は直撃弾でさえ多少の傷を与えるに留まり、更にはいくら損傷を与えようとも装甲空母ヲ級は浮遊要塞を召喚し、それを餌として回復してしまうのだ。

 無論、隙が無いわけでは無い。

 装甲空母ヲ級は異常なほど損傷を気にするため、少しでもダメージを与えれば状況を無視して回復しようとする。

 その隙に回復量を上回るダメージを与えればいい。

 しかし、それだけの砲撃を絶え間無く続けるには、南方棲戦姫と手駒の浮遊要塞だけでは手数が足りない。

 他所から引っ張ってこようにも、装甲空母ヲ級が吐き出すB-29を初めとする爆撃機と奴に従属する浮遊要塞によって悪戯に被害を増やすだけなのは最初に引き連れて来た手勢の壊滅と引き換えに骨身に刻んでいる。

 浮遊要塞の砲撃と爆撃に耐え反撃に移るだけの実力が無ければ、どれだけ数を揃えようと菊水作戦より悲惨な末路が待っているのは日を見るより明らか。

 

「分が悪い…」

 

 ただの海戦であれば並の艦娘百隻を相手取り一月は耐え凌いだ事も幾度となくあった南方棲戦姫だが、とにかく相性が悪い。

 例えるなら蜂の巣穴に飛び込み幾千の蜂を相手取りながら女王を狩れという孤立無援の消耗戦。

 無尽蔵に手駒を使える泊地タイプの姫ならば如何様にも手は打てるだろうが、正面からの真っ向勝負を本懐と一撃の威力に特化した南方棲戦姫には殊更不利な状況だった。

 改めて『総意』をして『イレギュラー』と呼ぶ怪物の力を目の当たりにした南方棲戦姫は結論に達する。

 

「今回は私の負けだ『イレギュラー』。

 だが、この決着は必ず着ける」

 

 全てを埋め尽くさんばかりに艦載機を展開する装甲空母ヲ級に捨て台詞を残し、南方棲戦姫は海面に身を没する。

 捨て身になり相打つ覚悟ならば目もあろうが、それをするに値する相手だと南方棲戦姫には思えなかった。

 

「奴が理性を失していることが残念だ」

 

 力だけならそれに値するが、しかし奴は志無きケダモノ。

 己を打倒するに足る戦士の到来こそ、南方棲戦姫の確固足る願いなのだった。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 氷川丸の護送に付き合いレイテの近海の人が住む陸地に医療品の搬送や病人の治療なんかの赤十字っぽい活動の支援を行ってから数日。

 海路の都合がいいからと氷川丸は補給に寄った明石の島を中継地としたいと言い出し、持ち主が戻ってくるまでという条件で俺は妥協した結果、リ級とヌ級達の拠点にもなりいつの間にか深海棲艦のたまり場となってしまった。

 

「明石に申し訳がたたねえ…」

 

 たまり場とするのは自分が良しとしたリ級達三人とヌ級達五人だけだが、どこで噂を聞き付けたのか領域争いに敗れたニュービー共が再起の場として奪いに来るようになったのだ。

 噂の内容は「臆病風に吹かれて艦娘に手を貸すヘタレ共がこの島に根を張っている」という、実に根も葉も無くはない噂である。

 お陰でおちおち休んでる暇もなく、燃料と弾薬を詰め込んではニュービーを返り討ちにして追い返し、ヌ級達が遠征して拾ってくる資材を溜め込み、氷川丸達が戻って来たら溜め込んだ資材と引き換えに時折拾うダメコンなんかの貴重なアイテムを貰う相互協力の体制が成立していた。

 ニュービーって大体が駆逐と軽巡の集まりで、強くても軽空と重巡が混ざってるぐらいだから俺一人でも対処できるレベルなんだよね。

 経験値が雀の涙程度なのさえなんとかなればいい鍛練の的になるんだよなぁ。

 どうでもいいんだけどさ、氷川丸って拾ってくる装備に武器が無いんだよね。

 その代わり、大発とかダメコンとかドラム缶とか希少だったり価値の高いものだからいいんだけどさ。

 あ、因みに普通の深海棲艦は艦娘の装備は使えないそうだ。

 なんでも妖精さんの加護が掛かった装備は深海棲艦と相性が悪く、相性を無視して妖精さんの加護を受けた装備を使える俺はかなり異端らしい。

 お陰でヌ級達の尊敬はうなぎ登りに上がり、尊敬から崇拝に近い扱いを受けるようになった。

 お陰で扱いやすいこと扱いやすいこと。

 自発的に遠征に出てくれるから重点的に必要な資材を言うだけでいいし、間が合えば追い払う手伝いをしてくれる。

 といってもまだまだ艦隊行動も拙いので俺が指示を下さなきゃなんないんだけど、俺が指揮するときはニュービーぐらいなら中破するかどうか程度に被害を抑えられるようになった。

 人間にとって厄介な存在を育成しているとか言うな。

 こっちだって生き続けるために死に物狂いなんだよ。

 いつ来るかも分からない装甲空母ヲ級のB-29に警戒しながら拠点にしたがるニュービー共から島を守るには、後の問題とか考えてるだけの余裕は無いんだよ。

 昼の哨戒を終え、ヌ級達が調達してくれた鋼材をかじる。

 少しだけだが損傷も治り始め、船体のペイントも塗り直したから元の姿に戻るのも時間の問題だろう。

 後は、明石達を見付ける事か。

 ニュービーのヌ級達は当然だが、ル級達も明石の行方は知らなかった。

 それを疑問に思った俺の質問に、深海棲艦の索敵範囲には大きなムラがあり、姫>空母>潜水艦>重巡>軽巡>戦艦>雷巡>駆逐とおおよそに範囲は小さくなるそうだ。

 戦艦の方が小さい理由は燃費を気にして行動範囲が狭いから。

 時代は変わっても空母に比べ戦艦は肩身が狭いらしく切ない話だ。

 姫ならば知っているかもしれないが、生憎接触した唯一の姫は怪物へと堕ち、哨戒の合間にアルファを飛ばして探しながらヌ級達にも情報を漁るよう頼んでいる。

 だが、その足取りは全く掴めていない。

 本格的な探索を始めたばかりだから仕方ないけれど、やっぱりじれったいことには代わらない。

 とにかく今は雌伏の時だと逸る気持ちを抑え鋼材をがりがりかじる。

 因みに鋼材って肉の味。

 臭みが無いから多分豚かな?

 弾薬は甘味というより野菜的な甘さなんだが、ボーキサイトだけはよく分からない。

 ヌ級に聞いても美味いとしか言わないし、詳しく聞こうにも人間の菓子とか食ったこと無いから例えられないって言われた。

 瑞鳳見付けたら聞いてみるかと考えながらジャーキー感覚で鋼材をかじる。

 そういや深海棲艦は同じ深海棲艦に食われると復活出来ないらしい。

 食った相手に取り込まれて相手の力にされるそうだ。

 その話と今まで知り得た深海棲艦の特徴を重ね合わせると、姫はなんでヲ級の復活を待たずに自分を素材としてまで無理矢理蘇らせようとしたのか疑問なんだよな。

 もしかしたら装甲空母姫は何か別の、深海棲艦の常識や根幹さえ覆してしまう何かを知っていて、そのために復活を待つことが出来なかったのか?

 それともただ気が動転して怒りにその事を忘れていただけだったのか?

 はたまた特攻兵器に深海棲艦の復活を封じる力があって、そのため復活出来ないと知っていたのか。

 いずれにしろ、答えは装甲空母姫が装甲空母ヲ級へて変じたことで闇の中。

 いつか答えは解るかもしれないけど、今は暇を潰す手慰みに考えるぐらいにしとかないとな。

 そんなことを考えつつ俺は新しい鋼材にかじりつく。

 この身体は空腹感を感じない代わりに満腹感も感じないが、一定量を食べるともう食べたいと思わなくなるのでそれを満腹として鋼材を七ツほど食ってから今日の分は終わりにしておく。

 この後は特に予定もないのでどうしようか?

 というより、そもそも予定もなければやることもない。

 アルファの索敵が凄まじ過ぎて俺がやる哨戒は実際自主的な運動みたいなものだし、島を守ろうとすれば遠出もあまり出来ず、結果、情報を待ち敵が来ないか警戒して待機を続けるのが1番効率がいい。

 ……端から見たら引きこもりじゃねえか。

 こうなると大和ホテルとか笑えないな。

 

『御主人』

「敵か?」

 

 アルファの通信に俺はファランクスの調子を確かめ問い返すとアルファは応えた。

 

『リ級達ガコチラニ戻ッテキテイマス』

 

 予定だと次に立ち寄るのは三日後の筈。

 なにかあったのか?

 

「氷川丸は?」

『全員確認シマシタガ損傷ハ見受ケラレマセン』

 

 ますます奇妙だな。

 

「取り敢えず周辺の警戒に戻ってくれ」

『了解。

 索敵ニ戻リマス』

 

 なんにしろ警戒だけはしておこう。

 海に出て暫く待つと、リ級達の姿が見えて来た。

 

「予定よりずいぶん早いな?

 何か問題が起きたのか?」

 

 そう尋ねるとリ級は困った様子で言う。

 

「オマエトアイタイトイウヤツガイル」

「俺と?」

 

 会いたいって、誰だ?

 深海棲艦なら向こうからやってくる筈だし。

 傾げる首が無いから仕方なく何もしないで相手を問うてみる。

 

「誰だ?」

「ヒメダ」

 

 姫かよ!?

 というか、どの姫?

 

「…解った。

 場所は?」

 

 今までで1番頭を押さえる手がないことを悔やみながらそう尋ねると、リ級は北を指した。

 

「ムコウデマッテイル。

 ハヤクイッタホウガイイ」

「解った」

 

 そう言うと俺は急いで北を目指す。

 全速力で数時間走ると相手の姿が見えて来た。

 

「…まぁじで?」

 

 青空ではっきりと見える黒髪に額に角を有した深海棲艦の姿に、俺はなんでだと叫びたくなった。

 黒髪の深海棲艦なんて、俺が知る限りただ一人。

 南方棲戦姫と対を成す戦艦棲姫だけだ。

 勿論相性は最悪。

 アルファが戦えるようになったと言ってもアルファが武器とするフォースは深海棲艦に直接当てると寄生してバイド化を引き起こし、最終的にネズミ講式にバイド汚染が拡大、地球がバイドの星に成り果ててしまうという話を聞きその使用を皆で禁じているので、実質制空権を確保する艦戦も出来る水上偵察機に留まっている。

 切り札の波動砲なら平気だそうだが、チャージが足りないからまだ使えない。

 頼むから穏便にあちらの用件が終わってくれと思いながら、話が出来るまでに近付いたところで俺は声を掛けた。

 

「俺に用事とのことだけど、誰かと間違えていないか?」

 

 そう尋ねると、黒と白のコントラストが素晴らしい戦艦棲姫は艤装という名の巨大な軽巡ト級の手に腰掛けたままいいえと言った。

 

「深海棲艦でありながら艦娘と同様の加護を受けられる貴方に間違いありません」

 

 間違いであってほしかったよ畜生。

 って、戦艦棲姫は俺が妖精さんを乗せていることを知っている?

 それに気付いた瞬間警戒が一気にレッドまで引き上がる。

 しかし、戦艦棲姫は静かな口調で言った。

 

「私に戦う意志はまだないわ。

 そんな、鼠のように警戒しても無意味よ」

 

 まだ(・・)、ね。

 それって、戦う可能性高いってことじゃないですがヤダー。

 

「まずは招待に応じてもらい礼を言うべきかしら?」

「いやいや。

 戦艦棲姫様のご招待に招かれて断るわけにも行きませんよ」

 

 そう言うと何故か戦艦棲姫は眉を潜めた。

 

「貴様、何故私を『戦艦棲姫』と呼んだ?」

 

 もしかして、マズッた?

 

「答えよ」

 

 戦艦棲姫の言葉と同時に艤装という名の巨大なト級がぐるぐると喉を鳴らす。

 

「…区別しやすいよう、懇意にしていた艦娘の呼び名を使わせてもらいました」

 

 慌ててそう答える俺に、納得してくれたのかト級が大人しくなる。

 

「ふむ。

 あの工作艦か」

 

 明石を知っているのか?

 逸る気持ちを必死に押さえ付け俺は質問をする。

 

「あの、今回の呼び出しの内容は?」

「さして難しいことではないわ」

 

 そう言う戦艦棲姫だけど…

 

「私と一度砲を交えなさい」

 

 無茶振りじゃないですかヤダー!?

 

「あの、俺、駆逐艦なんですが?」

 

 しかも砲すらもってない防空専門の囮要員ですよ?

 

「力を見せなさい」

 

 ざざぁとか音を立てて海の中から浮遊要塞まで飛び出してきましたよ。

 もうこれ完全に無理ゲー。

 難易度で言ったらコジマ禁止ランスタン縛りのカーパルス占拠やOW無しジャンク縛りの黒栗戦より酷い。

 

「あの、断ったら?」

 

 無駄な足掻きだよなぁなんて思いながら一応尋ねてみる。

 

「それならそれでもいいわ」

 

 すると、戦艦棲姫はあっさりそう言って…

 

「ただし、貴方が守ろうとしている水上機母艦が海の藻屑となるわ」

「……」

 

 ぷっつんと、頭の中で何かが切れる音がした。

 

「千代田を、居場所を知っているのか?」

 

 さっきまでの恐怖を始めとする忌避感がまるごと消え去り、代わりにぐつぐつと煮え滾る戦意が身を包む。

 

「彼女達は私が回収しました。

 水上機母艦だけではないわ。

 軽母も、雷巡も、工作艦も、輸送も私の庇護の下に穏やかに過ごしているわ。

 だけど、貴方の答え次第でその平穏は終わることになるわ」

「……そうかい」

 

 探す手間が省けた。

 ついでに、引くわけにも、負けるわけにも行かなくなっちまったな。

 

「力を見せろっていったな?」

「応じるのですね」

「ああ」

 

 俺の答えに合わせるように戦艦棲姫がト級の手から水面に立ち、浮遊要塞が口を開く。

 俺もいつでも始められるようにアルファを発艦させ、缶の熱をフルに引き上げファランクスと爆雷の発射準備に入る。

 

「ところでだ、力を見せるのは構わねえんだが…」

 

 自分に言い聞かせるように俺は宣う。

 

「別に、勝っちまってもいいんだよな?」

「……」

 

 そう宣うと戦艦棲姫は驚いたように目を開いてから愉快そうに綻んだ。

 

「それが出来るのなら、やってみせなさい」

 

 オーライ戦艦棲姫様。

 

「駆逐イ級、推して参る!!」

 

 負けられない戦いに向け、俺は吶喊した。

 




 姫様マジ姫様。
 自分のイメージで姫様はかなりキャラが変わりかねませんがこのまま行きます。
 次回は久しぶりのまともな戦闘。
 ……まともな?

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