艦娘と深海棲艦の混成部隊という奇妙奇天烈な部隊が海を行く。
といっても、端からは見たら鹵獲した艦娘を移送しているようにしか見えないだろうけどな。
ついこの前艦娘に護送されたばっかで、今度はその逆をするなんてどんな皮肉なんだか。
それにしてもだ。こいつらが本当に捨て艦だったのには驚いた。
正確には鳳翔以外はブルネイ放棄に際し運びきれない大量の資材を全部大型建造につぎ込んで建造された、主要部隊の撤退を支援する囮部隊の生き残りらしい。
囮部隊は全部で15人居たらしいが、装甲空母ヲ級のB-29による爆撃を最終的に生き延びたのは三人だけらしい。
「また、生き残ってしまいました」
史実の呉の空襲と同じように、空襲の難を逃れた空母は自分だけだったと言い表せない笑みを浮かべる鳳翔。
「……」
慰めの言葉も思い付かず、俺は改めて全員を見回してみる。
先頭を行くホ級とロ級は任せろと言わんばかりに揚々と前を行く。
リ級は後方を警戒するためと最後尾に付いて、時たま航路がズレそうになる山城に注意を発している。
注意と言っても深海棲艦の言葉は艦娘には通じないので俺が通訳しているが。
艦娘で1番足取りがしっかりしているのはやはり鳳翔だ。
飛行甲板は全損しているが艤装の損傷は三人の中で1番少ないことも理由だろう。
この人何気で指輪持ちでレベルカンストしてるんだからさもありなんとも言えるが。
ブルネイの空母部隊の教官だったらしいし、もしかしたらこの中で1番強いのこいつじゃね?
じゃなきゃ後ろのリ級。
今更だけど三人共改二ことフラグシップなんだよ。
しかもリ級に至ってはイベントで猛威を振るう改造型。
うん。対空対潜しか出来ない俺じゃ相性最悪。
こいつらがバの付くお人よしじゃなかったらマジ死んでたよ。
んで、山城と言えばさっきから「不幸だわ」と連呼してマジ原作そのまま。
左舷に不調を抱えているらしく何度も航路がズレそうになり、その度にリ級に注意されては自分だけが虐められていると勘違いまっしぐら。
お前は回りを見ろ。いや本当に。
1番損傷が酷い大和。
別人だとわかっちゃいるが、横須賀の大和と寸分違わぬ顔を見るとどうしても感情がざわついちまう。
「あの、」
だからなるべく見ないようにしていたのだが、何故か大和の方から話しかけて来た。
「気のせいなら申し訳ありませんが、私の事を避けていませんか?」
「……」
ええ。おもいっきり避けてらっしゃいますよ。
とはいえそれを直接言うのはどうかと思いはぐらかすことにしておく。
「…別に。
艦娘と深海棲艦と馴れ合っても、後が辛いだけだろ」
実際、戦場で出会えば艦娘と深海棲艦は殺し合う以外道は無い。
今そうならなっていないのは奇跡のような偶然の賜物だ。
「でも、貴方は私にだけ、その、鳳翔達とは違う目で見てらっしゃいますよね?」
「……」
そういうことを言うなよ。
言わなきゃいけねえのか?
言えば、止まらなくなるんだぞ?
「……ああ」
そう思っても、俺の口は勝手に喋っていた。
「横須賀の大和は知っているか?」
「……いえ」
建造されたばかりだから他の大和は知らないと首を横に振る。
「その、いい噂は聞かない方ですよね?」
聞こえていたらしく鳳翔がそう言った。
「一度お会いしたことがありますが、とても厳しい方と、そう思いました」
何十にもオブラートで包んだその言葉にリ級が騒ぐ。
「アノヤマトハアクマダ」
って、お前も会った事あるのかよ?
「アイツニハナカマガナンタイモコロサレタ。
ワタシタチダケジャナイ。
アイツハミカタモヤルヒドイヤツダ!」
喚くリ級にロ級とホ級も同意の声を発する。
「シンダヤツニホウヲウチコンデタ」
「ニクハクシタミカタヲマキコンデワラッテタ」
いや、幾らなんでもやり過ぎだろ…。
直接あの狂信的な考え方を見たせいで誇張に聞こえないあたりなんともな。
「あの、彼等はなんと?」
「…横須賀の大和が勝つために容赦しなかったって言ってるよ」
丸ごと言ってもよかったが、後がめんどくさいだろうと適当に濁す。
「彼女は深海棲艦からも怨まれているんですね」
大方を察した鳳翔が困った様子でそうごちる。
「因みにだ。
あれに匹敵する奴はいるのか?」
あんなのの同類なんて死んでも戦いたくないので、駄目元でそう尋ねると意外な事に鳳翔は答えてくれた。
「単身姫を撃破する大和に、純粋な戦力として敵う艦娘は流石にいません。
ですが、舞鶴の金剛四姉妹、呉の伊勢日向、宿毛湾の伊号四隻、大秦の空母機動部隊、佐世保の武蔵等は各人とも姫タイプに比肩する実力を持っています。
後は、」
本人したらただの善意なのだとは分かっている。
「こう言ってはなんですが、大和に隠れがちですが同じ横須賀の長門と球磨の二人も同等の実力を兼ね備えた方と有名ですね」
誇るように語る鳳翔だが、球磨の名に胸が締め付けられるような気持ちになる。
あいつは無事じゃ……ないよな。
そんな俺に誰も気付く事なくリ級がつまらなそうに呟いた。
「キシボシンハスデニイナイカ」
「なんだそりゃ?」
「シラナイノカ?
60ネングライマエニ、ヒメガミトメタカズスクナイカンムスダ」
「ふうん」
姫も評価する艦娘がいるのか。
しかも鬼子母神とか神に例えるなんてえらい褒め様だな。
「鳳翔、鬼子母神と呼ばれた艦娘って知ってるか?」
「え?
ええと…」
…あれ?
なんか、鳳翔の目が泳いでんだけど…?
「まさか…」
「…昔の事ですよ」
マジでお前の事かよ!?
いやいやいや。
つうか、この鳳翔60歳越えてんの!?
どう高く見ても30は言い過ぎってぐらい若いんですが!?
あれか? 艤装と妖精さんの不思議パワーで不老不死とかそういうのなの?
「…取り敢えずこいつらには内緒な」
「お願いします」
小声でそう言うといつの間にかハブられる形になった大和が困ったように尋ねて来た。
「あの…つまり、横須賀の大和との因縁があって私と話しづらいって事ですか?」
「……ああ」
はっきり言って、この大和はあそこでぶつくさ言ってる山城よりいい娘なのは分かってるんだ。
だけどな、
「正直お前の顔を見るのもキツい。
お前が悪いわけじゃないんだがな」
「……そうですか」
そう頷くと大和は少し船速を落とし隊列を俺の後ろに移す。
そういった気遣いが出来るところとか本当にいい娘だなとは思う。
だけど、この大和には本当に悪いと思うがこればかりはどうしようもない。
あの大和が死ぬ姿をこの目で見るまでは、この憎しみは一生消えないんだとそう思う。
その後、山城が相変わらず航路がズレるのにやきもきしながらも数日を掛け、俺達は恙無くオリョール近海に近付いた。
「コノアタリハモウナカマハイナイ。
オマエタチダケデダイジョウブダロウ」
リ級の言葉を伝え鳳翔達と放れると、別れ際に礼を述べられた。
「篤いご厚意の数々本当にありがとうございます」
「この御恩は忘れません」
「…一応、礼は言わせてもらうわ」
山城が二人に睨まれて気まずそうに目を反らすが、どっちか言えば山城の態度の方が正しいんだし、気にしなくていいか。
「ワタシタチハスキデヤッタダケ。
タタカイノバデハヨウシャハシナイ」
「恩に感じるなら、あの島の事は黙っていてくれ」
「はい」
そう言って俺達は来た航路を引き返し、鳳翔達はオリョールへと入って行った。
それを見届け、俺達もレイテに引き返す。
「オマエハドウスルンダ?」
最初のあれは嘘だとばれてるし、正直に言うか。
「あの島を拠点に鍛えようと思ってる。
大和もそうだが怪物にも縁があってな」
放って置けば姫か大和が潰すだろう。
だけど、俺はあいつの最期を見届けなきゃいけない気がする。
なんでかなんて全く分からないし本気で近付きたくないってのに、それだけは確信してるんだよな。
「先ずは身体を治すことが目的だな」
前回は明石が治してくれたけど、今回は自分でやんなきゃなんないんだよな。
「ナオス?
イチドシズンデアタラシイカラダナルホウガハヤイゾ?」
「そいつはノーサンキューで」
砲を向けるな魚雷もいらねえ。
しかもこれ、完全に善意なんだぜ?
好意で沈めるとかやっぱり深海棲艦の感覚はいまいち理解しがたい。
「ヒメミタイナコトヲイウヤツダナ。
ドウシテモッテナラ、シンカイセイカンタベルトナオセルゾ。
カイシュウモデキテオトク」
……共食いですか。
しかも近代化改修もそっちかよ。
「改修は限界までやってあるからそれ以外で」
「ワガママナヤツダ」
呆れられても嫌なもんは嫌なんだよ。
「アトハタクサンコウザイヲタベルカ、カンムスノシュウリシセツヲツカウイガイシラナイ」
鋼材食うならまだいいか。
馬鹿みたいに必要なのも知ってるからまあいい。
「鋼材か。
北方は遠いから西方のカレー洋辺りにでも行って掠って…」
と、唐突に妖精さんが騒ぎ始めた。
なにやら救難信号を拾ったらしい。
「ドウシタ?」
「救難信号らしいんだが、解析が上手くいかなくて」
そう答えるとリ級は首を捻る。
「キュウナンシンゴウナンテアブナイモノ、ツカウヤツガイルノカ?」
確かに。
普通の船なら艦娘の護衛もなく航海するなんてありえなさそうだし、出していたらもう深海棲艦に沈められちまう直前の苦肉の策だろう。
つうか、リ級の言い振りからして今の海で信号なんて発したら、それこそ変わらない吸引力並に深海棲艦ホイホイと化すんじゃないか?
「シュウハスウアワセタイ」
「ちょっと待ってくれ」
興味津々とロ級がそう言うので妖精さんに周波数を確認してそれを教える。
軍事機密とか今更だろうから気にしない方向で。
すると、俺より先に解析が終わったらしくホ級が大声を出した。
「ナンダッテ!?」
どっちかいうと無口系だと思ってたホ級の大声にびっくりする間もなく、ホ級が慌てて進路を変えて全速力で走り出した。
「ドウシタ?」
「コノキュウナンシンゴウハアノコカラダ!」
「ソレハタイヘンダ!?」
ホ級の言葉に大急ぎで後を追うリ級とロ級。
……って、誰?
「オマエモイソゲ!!」
「え、あ、ああ」
リ級のせっつきに思わず俺も走り出すが、俺はなによりも言いたいことが一つ。
「つうか、なんで俺まで?」
〜〜〜〜
彼等と別れた私達はすぐに燃料調達に従事していた潜水艦に発見され、すんなりとラバウルへと到着することが出来ました。
「君達だけか?」
「はい。
私達以外は全て沈みました」
「…そうか」
ブルネイの元司令官は鳳翔の報告に帽子を深く被り直す。
私自身、提督の判断は正しかったとそう考えています。
高い錬度を有した主力艦隊を確実に逃がすために私達囮部隊を捨て駒として切り捨てた判断は、指揮官として適切だったとそう考えています。
「彼女達の健闘に感謝を。
そして、君達の帰還を心から喜ばせてくれ」
提督からの献言に、私は心の中で皆の頑張りはちゃんと報われたよと深く想った。
そうしていると突然テーブルの古い黒電話が鳴り出しました。
「私です。
……そうですか。ありがとうございます」
提督は礼を述べると、電話を置き私達に言いました。
「入渠施設に空きが出来たそうだ。
修復剤は使わないからゆっくり疲れを癒してくれ」
「ありがとうございます司令」
礼を言う鳳翔に倣い私達も敬礼しました。
「戦艦大和。
提督の厚意に甘んじ入渠に入らせていただきます」
「ふふ、海の上よりドックのほうが居慣れているわ」
山城の卑屈さには困ったものです。
思わず私だけでなく提督と鳳翔からも軽い溜息が毀れてしまいました。
失礼しますと一礼してから私達は入渠に向かいました。
その途中、私は出会いました。
「あれは…」
私と全く同じ後ろ姿に戦艦大和だと、そう思考はそう考えるのに、どうしてか頭はそれを、
あちらの大和はこちらに気付いたようで、足を止め、こちらに振り向きました。
「っ」
「ひっ」
振り向いた大和のその顔に、私と山城は小さく悲鳴を上げてしまいました。
何故なら、あの大和は顔に顔全部を覆う真っ白な仮面を付けていたのです。
それだけでも恐怖を沸かせるに十分でしたが、なにより仮面の奥に見える瞳は憎しみに染まっていました。
その瞳を前にした私は、ブルネイの空襲の恐怖なんてとても生温いものだったと、もしかしたら沖の坊の血戦さえまだ優しかったのではないかとそう思ってしまうほどに恐ろしいものを感じてしまいました。
「もしや、横須賀の大和ですか?」
「ええ。
そういう貴女はブルネイに栄転した鳳翔ですね」
少しだけ篭ったその声は間違いなく私のものと同じ大和のものです。
あの目を前に全く物おじしない鳳翔を凄いと感服しながら私は二人の話に耳を傾けます。
「こちらにということは、ブルネイは落ちたのですね」
「遺憾ですが。
貴女は新種の深海棲艦の撃滅のためにここへ?」
「いいえ。
私は任務のためにラバウルへ赴いただけです。
ですが、正式な辞令が出れば出撃する所存です」
一見事務的な会話ですが、任務と申した際に一瞬殺気が膨れ上がったのを確かに感じました。
と、私の頭をあの駆逐イ級の事が過ぎりました。
もしかしたら、大和の任務とあの駆逐イ級には何か関係があるのでしょうか?
「大和」
いっそ尋ねてみようかと思った私ですが、口を開く前にあちらの大和を呼ぶ声に遮られてしまいました。
「そろそろ時間だ。
帰頭するぞ」
「分かりました」
長門の呼び掛けに大和は失礼しますと述べて私達に背を向けました。
だけど、一瞬だけ私を睨んでいた気がしたのは、気のせいだとそう思いたい。
大和の姿が消えると、私は一気に気が抜けへたりこみそうになってしまいました。
隣の山城は耐え切れなかったようでそのまま倒れ込んでいます。
「大丈夫?」
あの大和と接して普通に居られる鳳翔がとても大きく見えました。
「はい。
でも、怖かったです」
「私、粗相してない?」
力無くそう尋ねる山城ですが、私も同じようなものなので苦笑するしかありません。
「大丈夫よ」
「なんなのアレ?
深海棲艦より怖かったんだけど…」
私もそう思います。
山城の呟きに鳳翔は困った様子で窘めました。
「彼女を悪く言ってはなりません。
彼女も被害者なんです」
そう語る鳳翔の顔は、とても悲しそうでした。
鳳翔は何かを知っているのでしょうか?
だけど、例えそうだとしても私は彼女がとても怖い。
まるで艦娘の皮を被った深海棲艦のような、そんな得体の知れない恐怖を私は感じるのです。
いろいろありましたがいつも通り投稿いたします。
それと、横須賀の大和さんは顔の怪我を隠すために仮面を付けてます。
誰が付けたかは言うまでもないかと。
ということで次回はまたオリジナル艦娘の登場です。
分かったら僕とコラボ……は嘘ですごめんなさい。