なんでこんなことになったんだ!?   作:サイキライカ

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 ようやくここまで来たな。
 俺が見届けるのもこれが最後だ。
 やるだけやってみせろ。


俺は、もう諦めねえぞ!!

 慟哭の後に去来した感情、それは、『憎悪』だった。

 

「……殺シてやル」

 

 俺の口から、自分のものとは思えない声が零れた。

 思考はただただ憎しみ一色に染まり、俺の内に燻る激情がただ一点に引き絞られる。

 

「キサマダケハ、コロシテヤル!!

 ヤマトォォォオオオオオオ!!??」

 

 言葉にしたことで今までの全てがどうでもよくなり、ただ大和を殺すことだけが頭を埋め尽くす。

 これが深海棲艦になるということなら、上等だ。

 大和だけじゃない。

 あの化け物も、深海棲艦も、人間も、艦娘も、皆皆残らず駆逐してやる!!

 眠っていたなにか(・・・)が身を突き破ろうとする快感にも似た感覚が全身を支配しようとしたが、

 

「目を醒ますクマ!!??」

 

 球磨の声と同時にガコンと殴打音が響き、俺の憎しみに濁った視界が僅かに晴れる。

 

「球…マ…?」

 

 弾着射撃を切り抜けた球磨は艤装に傷を負いながら俺に言う。

 

「イ級、お前は先に逃げるクマ!」

「ざけんな!?」

 

 逃げろ?

 この憎しみを抱えたまま、どこに行けというんだ!?

 

「千歳を殺したあいつだけは絶対に殺す!!

 邪魔をす」

 

 言い終える前に、ガゴンッとさっきより激しく殴られた。

 

「思い上がるなクマ」

 

 はっきりと、怒りの篭った声を発する球磨。

 

「千歳が死んだのは、巻き込んだ球磨の責任クマ。

 なんでもかんでも背負えるなんて思うなクマ」

 

 千歳を死なせた罪は誰でもない自分のものだと言い張る球磨。

 

「だけど…」

 

 じゃあこの憎しみはどうしたらいいってんだよ?

 

「もし、本当に千歳に報いたいって思うなら、最後の願いを叶えるクマ」

 

 最後の…願い。

 

「…なんでだよ」

 

 千歳は俺に千代田を守ってくれと頼んだ。

 

「なんで、深海棲艦の俺に託すんだよ!?」

 

 俺が艦娘なら、人間ならまだいい。

 だけど、俺は深海棲艦なんだぞ?

 

「なんで、なんで皆俺を助けようとするんだよ!!??」

 

 千歳は俺に妹を託した。

 千歳だけじゃない。

 アルバコアはアメリカから逃げてきたのに俺を助けようと日本の艦娘に喧嘩を売った。

 北上達は俺達が平穏を取り戻すために身を差し出そうとした。

 あきつ丸は俺に木曾を護らせるために自分を犠牲にした。

 そして木曾は、あきつ丸に託された頼みを投げうって俺を助けた。

 そこに打算や利害の一致はあったのかもしれない。

 だけど、俺は深海棲艦で、なのに、艦娘は俺を助けようとする。

 それが、理解できなくて辛い。

 

「イ級は優しいクマ」

 

 そう球磨は言った。

 

「優しい?」

 

 …それだけなのか?

 それだけで、艦娘は俺を助けたったてのか?

 

「球磨達艦娘は艤装の魂を宿すために生み出されたクローンクマ。

 沈んでも代替の新しい艦娘を造れる、換えの利く量産品クマ」

 

 ……なんだよ、それ?

 クローン? 量産品?

 艦娘は、深海棲艦と同じ使い捨ての道具だってのか?

 

「ふっざけんな!!??」

 

 なにが『艦隊これくしょん』の世界だ!?

 こんな世界が、作られた命がただ戦争しているだけの、クソッタレな地獄のどこが艦これの世界なんだ!?

 

「だからなんだってんだ!?

 造られた命?

 だったらお前達の心なんていらねえじゃねえか!?

 俺は、認めねえ!!」

 

 認めない。

 俺が想像していた艦これの世界は、深海棲艦の脅威に脅かされていても、艦娘達が誇りを胸に深海棲艦の脅威から人を守って、人と一緒に泣いたり笑ったり出来る、そんな厳しくても残酷でも、優しい世界だ。

 

「造られた命だから使い捨てていいなんて俺は認めない!!

 何体球磨がいようが、俺を助けたいなんて思った球磨はお前だけじゃねえか!?

 北上だって、瑞鳳だって、千代田だって、あきつ丸だって、木曾だって、皆自分だけの心があるじゃねえか!?

 お前達の心は、量産なんか出来ないんだよ!!」

 

 そう感情のままに怒鳴り終えると、波が起てる小さな音だけが辺りを満たす中に球磨の声が発せられた。

 

「やっぱりイ級は優しいクマ」

 

 球磨は、嬉しそうに、綺麗な笑顔を浮かべていた。

 

「イ級は深海棲艦だけど、球磨達を本当に大事に想ってくれているクマ。

 だから、皆イ級の優しさに応えたくなったんだクマ」

 

 そう笑う球磨は、見惚れそうなほど綺麗な笑顔でそう言った。

 

「戯れ言です」

 

 そう俺達を切り捨てる声。

 

「……大和」

 

 沸き上がる憎しみを鎖で縛り上げ、数キロにまで接近した大和を睨み付けると、大和は俺達の全てを否定して言った。

 

「私達は提督の道具です。

 国を護り、深海棲艦を撃滅するために生み出された兵器です。

 そして、提督のための踏み台に過ぎません」

 

 全開に開いた深海棲艦の視界と聴覚が数キロ離れた大和の言葉を明瞭に拾い、一語一句正確に聞き取る。

 

「テメエ、なんで千歳を殺した?」

 

 飛び掛かりたい衝動を食いしばり堪えそう尋ねると、大和は薄く笑う。

 

「提督への裏切りは決して赦されません。

 海で死なせるのは、同じ艦娘としてのせめてもの手向けです」

 

 海没処分が手向けだと?

 ぐつぐつと沸き上がる憎悪から視界を残りの二人に向けると、阿武隈はガタガタと震え、長門は不快そうに僅かに顔を顰ていた。

 

「ですが、提督の手を患わせるなんて以っての外。

 彼女は、いえ、そこのもう一人も、貴方が沈めたと報告しておきますよ」

 

 ああ、そうかよ。

 

「勝手にしろよクソアマ。

 だがな、なんでもかんでも思い通りになると思うなよ?」

 

 怒りが限界を突破すると冷静になると言うが、それは本当らしい。

 

「球磨、こいつを」

 

 俺は大和が1番嫌がる展開に持ち込むために必要な手順を組み立てながら、木曾の眼帯を差し出す。

 

「それは…木曾のクマ?」

 

 問いに頷くと、球磨は眼帯を受け取り俺の右目のハンモックを外し木曾の眼帯を取り付けた。

 

「球磨?」

「これはイ級から返しておいて欲しいクマ」

 

 何を言っているんだ?

 木曾は、俺の目の前で…

 

「イ級、球磨からもお願いクマ。

 千代田達と一緒に、木曾も守ってあげてクマ」

 

 それが、どれだけ一縷の望みもないと分かっていて…いや、俺を生かすため、なのか?

 

「だったらお前も一緒に…」

 

 そう言うが、球磨は首を横に振る。

 

「さっきの弾着観測で球磨のスクリューは片方壊れたクマ。

 足手まといにはなりたくないクマ」

「…チクショウ」

 

 またかよ。

 また、俺は見捨てなきゃなんねえのかよ!?

 俺は何も出来ない弱い自分に怒り狂いながらも己に課された約束に尽くす。

 

「……そうかよ。

 だったら、後は勝手にしてくれ。

 俺も、勝手に約束を守らせてもらうからよ」

 

 そう、突き放すように俺は球磨から離れる。

 

「妹達をよろしく頼むクマ」

 

 これからどうなるか、わかっていながら球磨は笑っている。

 沸き上がる衝動を堪え、俺は缶の熱を最大に高めてから、最後の別れを切り出した。

 

「ありがとう。

 絶対に、守ってやるからな」

「信じてるクマ」

 

 俺はもう振り向かない。

 大和が何かほざいているが知ったことじゃない。

 俺は、約束を果たすだけだ。

 

 全てを振り切るため、俺は、駆け出した。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 島風以上の速さで走り出したその姿を見届け、球磨は大和達に向き直ったクマ。

 

「敵を逃すために命を捨てる。

 貴女は海軍としての誇りさえ失っていたようですね」

 

 誇り?

 最強の軍艦を生み出すために、かつて日本に蔓延した狂気に染められたお前が言うんじゃないクマ。

 

「球磨は球磨の誇りに従っただけクマ」

「笑わせないでください」

 

 それはこっちの台詞クマ。

 日本帝国が本当に目指したのは、欧米諸国が植民地化していた亜細亜の解放クマ。

 そのために戦った昔の球磨が居たから、今の球磨が居るんだクマ。

 お前みたいに幻想に縋っていなくちゃ立てない奴と一緒にするなクマ。

 

「私は貴女が気に入らない。

 提督の寵愛を一身に受ける貴女が気に入らない!」

 

 寵愛?

 …勘違いも甚だしいクマね。

 確かに球磨は提督が鎮守府に着任した頃から生き残っている数少ない艦娘クマ。

 それに球磨だけが提督から指輪を貰ってはいたけど、これは提督からの親愛の証。

 球磨は提督が大好きだけど、一度だって男と女の関係になんてならなかったクマ。

 

「これが気に入らないクマ?」

 

 そう見せびらかすように指輪を見せると、大和は歯を軋ませる。

 

「だったら、こうしてやるクマ」

 

 球磨は、自分の薬指を根本から噛み切ってやったクマ。

 

「ひっ!?」

「……」

 

 球磨のやったことに阿武隈が短い悲鳴を上げ長門が堂目したクマ。

 口の中に血の味が広がりすごく痛いけど、それがどうでもよくなるぐらい大和の顔が怒りに歪む様に気分が高揚したクマ。

 

「……貴女は!?」

 

 ペッと指ごと指輪を吐き捨てざまあみろと笑ってやるクマ。

 

「これで満足クマ?」

 

 薬指が掛けた指を見せてやると、大和はあらかさまに怒り狂い、阿武隈は血の気を引かせ、長門は目を閉じて目礼したクマ。

 阿武隈、嫌なものを見せて御免クマ。

 長門、 後は頼むクマ。

「二人共、潰しますよ」

 

 砲雷撃戦の口火を切ろうとするが、

 

「断る」

「なん…」

 

 睨み付ける大和を長門が真っすぐ見据えるクマ。

 

「私達の任務は深海棲艦の移送だ。

 離反者の捕縛ならまだしも、私刑に手を貸すほどビッグセブンの名は安くない」

 

 そう言うと長門は困惑する阿武隈をせっつき駆逐イ級の後を追い始めたクマ。

 

「……」

 

 茫然と見送る大和を球磨は改めて憐れな奴だと思うクマ。

 だけど、千歳の仇なのは変わらないし許す気もないクマ。

 

「千歳の仇、取らせてもらうクマ!!」

 

 そう言って球磨は大和に襲い掛かったクマ。

 

「っ、軽巡が戦艦に敵うと本気でぇ!?」

 

 慌てて反撃に出る大和に、球磨は刺し違える覚悟で言い返したクマ。

 

「球磨の戦艦撃破数は72クマ!!

 意外と優秀な球磨ちゃんを甘く見るなクマ!!」

 

 イ級、皆をお願いクマ。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 彼の地から遠く次元の壁を越えた暗黒の森。

 主たる『番犬』に護られたその森の奥深くでその身を癒し、『力』を手にしたアルファは全ての支度を終え、主の待つ世界に帰るためそっと森を離れようとしていた。

 

 −−イクノカ?

 

 と、アルファに語りかける『声』。

 

『ハイ。主人ノ助ケニイキマス』

 

 −−ソウカ。

 

 声の主は『番犬』のもの。

 かつて『R-13Aケルベロス』と呼ばれたそれは、とある悲劇に見舞われ地球に帰る術を失いバイドと成り果てこの森の主となった。

 

 −−サビシクナルナ。

 

 そう呟くケルベロス。

 似たような悲劇に見舞われ、同じくバイドと成り果てたアルファと共感したケルベロスは、アルファの要望に応える代わりに友人になってほしいと願いアルファもそれに応じた。

 

『マタ、アイニキマス』

 

 −−ソレハカナワナイ

 

 再会を約束しようとするアルファにケルベロスは言う。

 

 −−人類ガ、ヤット中枢ニ突入シタ。

 中枢ノ破壊ハソウトオクナイダロウ。

 

 中枢が破壊されれば全てのバイドは活動を停止する。

 それは暗黒の森の主であるケルベロスも例外ではない。

 アルファはケルベロスとは別の、数百万光年以上の距離が離れた場所に安住の地を得たジェイド・ロスを中枢とするため影響は無いが、二人が会う機会はこれが最後だろう。

 

『感謝シマス』

 

 −−コチラコソ。

 

 ケルベロスは足元に転がるR戦闘機の残骸を見て、言った。

 

 −−ワタシノヨウニ、ミチヲフミハズサナイコトヲネガッテイル。

 

 ケルベロスは道を間違えた。

 救いに来てくれた友人を敵としか見ることが叶わず、結果、友人が駆る『クロス・ザ・ルビコン』を友人ごと破壊した事で、自分が終わることのない悪夢に囚われていた事に漸く気付いた。

 終わることのない悪夢の中でケルベロスは友人に出会い、そして悪夢の終わりが近付いていることに満足していた。

 

『エエ』

 

 友人の言葉にアルファは応じる。

 

『ワタシハ、コノオワラナイアクムニトラワレズ、キボウトトモニアユミマス』

 

 得た『力』を使い、帰還するために次元の壁にゆらぎ(・・・)を生み出すアルファ。

 この揺らぎの遥か先に、アルファが主人と仰ぐ『彼』が居る。

 

『サヨウナラ』

 

 −−サヨウナラ。友ヨ。

 

 別れの言葉を交わし、アルファは次元の壁に突入した。

 




 第一部完。
 というのは半分冗談で、ようやくここまで来たと。
 次からイ級の本当の戦いが始まります。

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