………うわぁ
ちび姫の巨大艤装の見張り台に値するだろう高い場所からみえるルルイエまたはル・リエーの頭がおかしくなるような異様に俺はそれしか言えなくなっていた。
いやだってルルイエだよ?
浮上しただけで世界中に発狂者と自殺者を量産しまくったとか言われたSAN値直送の狂気都市の代表格だよ?
唯一の救いは発見の報を受け即座にアルファを日本に遣るも原作にあったような自殺者の増加や精神病棟への急患が増大したなんて二次被害が無かった事か。
まあ奴からしたらそんな余録なんかなくても核による深海棲艦殲滅からの第二次冷戦を経た第三次世界大戦とやるつもりなだけなんだろう。
「イ級、バルムンクを撃つのか?」
「まだだ」
隣でルルイエのおぞましさに顔をしかめていた木曾からの提案に俺は否と言う。
「あのヤロウの事だ。
ルルイエを消し飛ばした所で二の手三の手とか仕掛けてくるに決まってやがる。
本気で行きたかないが乗り込んで手札を全部晒させてからその上でバルムンクで消し飛ばす」
バルムンクはストライダーに搭載させてきたがバルムンクを補給出来るパウ・アーマーは島の防護にと置いてきた。
文字通り一発限りの切り札を無駄撃ちになんかしてたらやってられねえ。
つうかヤロウの事だからバルムンクを無駄撃ちさせて悔しがる様を愉しもうとしてるに決まってる。
だかこっちだってR戦闘機以外の装備も充実させてきたんだ。
木曾と北上の酸素魚雷は五連装から試製六連装に換装し千代田達の瑞雲は試製晴嵐に載せ換え更には艤装にダメコンを追加装備させる増設補強を施した。
増設補強の資材もそうだし知らないうちに増えていた試製六連装酸素魚雷と晴嵐なんてどっから調達したのか聞いてもはぐらかされたんだが、ホントになにやって来たんだか。
他にも既存の兵装もチューニングを施してきたから仮にアルファ達R戦闘機を何らかの手段で封じようがそうそう好きにはさせねえ筈。
現在地はルルイエから約60キロほど。
航空基地を敷くには少々近いがあまり遠すぎても拠点として意味がなくなるしここいらが頃合いの地点だろう。
木曾と共に見張り台から降りながらちび姫に指示を飛ばす。
「ちび姫! 投錨して艤装を固定しろ!」
「わかった!!」
応答と同時に泊地型艤装の四方から錨が投下され艤装が固定される。
そのまま事前の打ち合わせの通り先発調査と基地防衛の二手に別れる。
「行くぞ木曾、北上」
「応!」
「あいあいさー」
俺に続き木曾と北上が抜錨し30ノットの巡航速度まで加速しながらルルイエへと向かう。
「ところでさイ級。
イ級はクトゥルフ神話に詳しいけど一番好きな話ってあるの?」
片道2時間の道程を進んでいると不意に北上がそう訪ねた。
「まあ、あるっちゃああるが今聞くことか?」
「今だから聞いときたいんだよ」
「そんなもんか?」
どうせ着けば雑談の暇もないし時間潰しに丁度いいか。
「そうだな……」
作者ごとにこれって作品は多いが一作のみを挙げるならやはり全ての始まりのラブクラフトの著作だろう。
とはいえラブクラフトの作品は幅が広い。
クトゥルフ神話にしてもクトゥルフを始めとしたコズミックホラーからSFにオカルトととにかく幅広い作風は一概にどれが至高とは言わせてくれない。
そして忘れちゃいけないのは特徴的なキャラクター達。
ラブクラフトの写し身であるランドルフ・カーターやチャールズ・ウォードンも捨てがたいし狂人枠のアブドゥル・アルハザードやハーバード・ウェスト博士やムニョス博士の足跡はゾクゾクさせられる。
「イ級?」
……いかんいかん。
つい没頭しちまった。
どうやら前世の俺は重度のラブクラフトマニアだったらしい。
ともあれいい加減結論を出さねば。
「難しいけど、敢えて言うなら『アウトサイダー』だな」
あの作品の衝撃は記憶を無くした今でも忘れてはいない。
「どんな話なんだ?」
「読め。
と言いたいとこだけど簡単に説明すると産まれてからずっと暗闇の中に居た主人公が外に出てこの世のものとは思えない化物と出会い邪悪を奉じる狂人に墜ちるって話だ」
あの最期は秀逸とそれしか言えない。
なんだけど、二人とも理解できないと言いたげに変な顔していた。
「それの何処が面白いの?」
「オチもなんか微妙だな」
「む」
そう言われてカチンと来た。
とはいえ今の説明だと解りづらいのも確かか。
いや仕方ない。
今回の件が片付いたら元帥経由でラブクラフト全集を取り寄せようと固く誓いながら俺は言う。
「この話の一番面白いところは化物の正体なんだ」
「なんなの?」
余裕綽々なのも今のうち。
さあ、聞いて慄け。
「そいつの正体は、鏡に写った自分自身だったんだよ」
ふふふ、怖いか?
渾身のドヤ顔(のつもり)で振り返った俺だが…
「「……」」
二人は目を見開き絶句していた。
……あれ? 期待してた反応となんか違う。
なんつうか、好奇心で手を出したけどやらなければよかったみたいなそんな気まずい空気を感じるんだが?
「どうした?」
「っ、なんでもない」
何か言いかけてだけど木曾はそう言い直すと北上を掴んで前に出た。
「おい?」
「悪い。
向こうに着くまで前を任せてくれ」
「いやまあ構わないけど」
なんなんだ?
多分聞いてもはぐらかされるだろうから何も聞かないが唐突すぎんぞ。
つうか、今の何が琴線に引っ掛かったんだろうか?
『ヨモヤ無自覚トハ』
「アルファ、解るのか?」
『……マア、アナガチ他人事デモナイデスシ』
「?」
一体なんの事だ?
皆が何を思ったのか解らずモヤモヤしたもんを抱えながら俺たちはルルイエに到着した。
「遠目でも大概だったけど、ホント、イカレた島だね」
人間が建造しようなんて微塵も考えないだろう構造物郡を眺め北上がそうごちる。
「油断しないでくれ北上姉。
磁場のせいかレーダーが全く効いてないんだ。
何時、何が出てくるか警戒してくれ」
カトラスの柄を握り周りを警戒する木曾の注言に俺達は気を引き締め直す。
「アルファ、亜空間で待機してくれ」
『了解』
本当は先行してもらいたいが離れたところを狙われたら笑えないため発艦だけはさせといて全員で固まって行動する。
そうして建造物により感覚が狂いそうになるのを耐えながらルルイエの探索を続けているとザリッと石を踏みしめる音が聞こえた。
「待て、誰か居る」
俺の呼び掛けに二人も足を止めそれぞれの兵装を稼動させる。
「奴か?」
「分からない」
混沌の手先かそれとも迷い込んだ某か……
コツリコツリと近付いてくる足音に警戒を最大限に高めていた俺たちだったが、現れたその者に今度こそ絶句した。
「お前達は……?」
背に巨大な艤装を背負い手に傘とも槍ともつかない長物を携えた深海棲艦特有の白い肌を持つその顔は、絶対に忘れないと誓った
「ヤァァァマァァァァァァァァアトオオオォォォオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
頭が沸騰した。
木曾が何か言った気がするが聞こえない。
目の前に奴がいる。
北上達を追い詰めあきつ丸が死ぬ原因を産み出し千歳と球磨を殺した
「くぅぅたぁばぁぁぁあれぇぇぇぇぇえええええ!!!!!!」
クラインフィールドで衝角を造りそのまま突き立てようと俺は跳んだ。
「ッ、チィッ!?」
しかし大和は金属製の手でそれを受け止めやがった。
そんなもので終わると思うな!?
大和が何か言ったが俺は無視して衝角を高速回転させながら更にロケットブースターを形成し燃料をぶちこみ加速する。
ギャリギャリと義手から火花を散らしながら大和が俺の産み出す推力に押し負け下がる。
「ガァァァァアアアアアアッ!!!!」
「なんて出鱈目っ!?」
そのまま俺は更に推力を加圧し俺諸共大和を海まで叩き出した。
~~~~
「イ級!?」
制する間もなく深海棲艦に堕ちた大和を見た途端イ級は全身を黒いオーラで漆黒に染め大和へと突撃しそのまま姿を消してしまった。
「戦艦さん!?」
同時に吹き飛ばされた大和が来た方向から聞き覚えのある悲鳴が響く。
「春雨!?」
それは島を飛び出した春雨であった。
声の発された先に向かうと見たことのない深海棲艦の横でオロオロする春雨がいた。
「春雨!」
「木曾さん?
なんでこんなところに!?」
「それはこっちの台詞だ。
なんでお前があの大和と一緒に居るんだ?」
予期せぬ再会に混乱する二人だがそこにあきれた様子で春雨の隣に居た深海棲艦が言う。
「それはそうとさ、戦艦と駆逐をヤバイ顔で追っかけた雷巡はほっといていいの?」
「なんだって!?」
その指摘に後ろに居た筈の北上を確認するが北上の影も形もない。
「北上姉!?」
イ級だけでなく北上まで暴走していたことに青ざめた木曾ははたと気付く。
「アルファ!?
返事をしろアルファ!?」
亜空間に入ってからアルファが一言も発していないことに気付き、嫌な予感を走らせた木曾が叫ぶもアルファが答えることはない。
「無駄だよ。
彼には少しばかり席を外してもらっているからね」
突如降りかかる声に顔を上げるとそこに一人の女が居た。
「折角の努力の御褒美に出逢えるよう手を回してあげたけど、僕を忘れるぐらい熱烈だったなんて妬けるじゃないか」
そう嘲笑うのは黒い髪を後ろで束ね赤い瞳に眼鏡を装着した絶世の美女と言うに相応しい美貌を擁する黒いパンツスーツの女。
体躯は細身なのだが大きく開いたスーツの胸元からははち切れそうな双球が収まりきらず僅かに顔を覗かせており、そのアンバランスさがストイックとエロティックを兼ね備えさせていた。
「人間……じゃないね。
なんなのさアレは?」
一つ一つならまだしもそれら全てが一つの肉体を構成しているとなればそれは異様だ。
見るだけで引き込まれそうなその美貌にしかし深海棲艦の少女は存在が不快だと言いたそうにそう尋ねる。
「敵だ。
色んな意味でな」
それだけ答え木曾は女と向き合う。
「それがお前の本当の体か『這い寄る混沌』!」
「そいつは正しくない。
僕に『本当』なんてモノはない。
全てが偽りであり全てが本物だ」
そう諭すように嘲笑するように緩やかに嘲笑いながら『混沌』はそう告げる。
「この姿もそう。
数多の混沌の中からもっとも多くに望まれた『ナイア』の姿を象ったにすぎない。
彼等の希望に沿ってあげた理由はファンサービスの一環さ」
「意味の分からないことを。
アルファをどうした!?」
理解できないことは切り捨て木曾はアルファの行方を問いただす。
「彼には亜空間内で僕が用意したティンダロスの猟犬とバイアクヘーに戯れてもらっているよ。
彼からすれば然したるものではないだろうけど、早々出ては来れない筈だよ」
イ級が居ればそれがどんな存在か分かっただろうがそのイ級は大和と殺し合いに行ってしまっている。
状況が奴の思うままになっている事に歯噛みする木曾と訳が解らず立ち往生する春雨に変わり深海棲艦の少女が問いを発する。
「さっき出逢えるよう手を回したって言ったけどさ、あの駆逐と戦艦になんの因縁があるっていうのさ?」
「部外者は黙っていてもらいたいところだけど、今は君も立派な参加者だ。
ゲームキーパーとして教えてあげよう」
「っ、止めろ!?」
木曾が制止の声と共に広角砲で頭を撃ち抜くが『混沌』は頭を砕かれてなお残った下顎と舌でイ級の古傷を抉り曝した。
「君達と共に居たあの大和はイ級を助けようとした球磨と千歳を目の前で殺したのさ」
「ひっ!?」
「…へぇ」
頭が吹き飛ばされても平然と語る『混沌』のグロテスクさとその言葉に恐怖し絶句する春雨を尻目に少女は冷めた反応を返す。
「おや?
もう少し驚いてくれてもいいんじゃない買い?」
「
「ふふふ、確かにこのままというのはよろしくないね」
少女の言に『混沌』は顔があった位置に手を翳し僅かの間隠すと次の瞬間には元に戻っていた。
「…化物が」
無駄撃ちを覚悟でバルムンクを投入するか考えながら吐き捨てる木曾に『混沌』はやれやれと肩を竦める。
「酷い言い種だね。
僕が手引きしていなきゃ今頃はそこの二人は大和に殺されていたんだよ?」
「嘘です!!」
反射的に春雨は『混沌』の言葉を否定する。
「戦艦さんは海で出会ってからずっと私達を何度も助けてくれました!!
私達を殺すつもりなら助けるなんてありえません!!」
大和には何度も手を焼かされた。
航路は勝手に決めるし艦を見つければ問答無用で沈めて蹴散らしてしまうしと艦隊作りに大きな差し支えがあったのは確かだったが、撃ち漏らした艦載機から放たれた爆撃や敵砲撃の射線に自ら割り込み二人が被弾するのを何度も防いでくれたのだ。
木曾の態度から大和がイ級の怨敵なのは確かなのだろうとしても、それだけは違うと胸を張って言いきれる。
「あの大和が他人を助けた…?」
「なんで木曾さんがそこで驚くんですか!?」
仇とはいえ味方から上がった猜疑の声に思わず反応をしてしまう。
「ふふっ、だけど事実さ。
大和が君達を守ったのは善意でも誠意でもない。
君達の死体を横須賀に運ぶ手間を惜しんだからだ。
大和は最初から君達を利用していたんだよ」
「信じません!!」
大和の悪意を語る『混沌』に真っ直ぐな否定を向ける春雨。
「たとえ最初はそうだったとしても私は戦艦さんの、大和さんを信じます!!」
春雨は大和が艦隊に加わってから自分が『ゆうだち』や最初に艦隊に加わってくれた駆逐艦の少女と話しているのを時折羨むように盗み見ているのに気付いた。
自分も加わりたいのかと話しかけてもけんもほろろに袖にされてしまったが、その後も幾度か同じように自分達を少し離れたところで眺め見ていた。
その時の大和の目はとても寂しそうで、まるで自分は輪に入る資格はないんだと諦めているように見えた。
仇を擁護する春雨に複雑な表情を向ける木曾を愉悦に満ちた笑みで眺めた『混沌』は嘲笑する。
「君が信頼を裏切られ絶望する様が愉しみだ」
「そんな事にはなりません」
嘲笑を力強く否定すると突然ルルイエが揺れた。
「地震!?」
「このまま三人の殺し合いが終わるのを待つのも良いけれど、折角用意したルルイエを置物にするのも気に入らないからね」
そう言いながら『混沌』は身体から沸き上がり始めた闇に身を沈める。
『クライマックスフェイズを始めよう!!
魂が砕け散るまで踊り狂って僕を愉しませてくれ!!』
その宣言と同時に闇が晴れ、『混沌』は深海棲艦と思わしき異形へと姿を変えた。
…なぜか始まった春雨の主人公ムーヴ
まじでなんでこんなことになったんだ?
ちなみにナイアにしたのは感想欄で旧神夫妻コールがすごかったからです。
それと変貌したのはこの世界に存在しない中枢棲姫・壊です。
そしてやっぱり四つ巴まで届いてないって言うね。
次いでにイ級と北上はバーサクしとります。
次回は精神鑑定とエクストリームカオス