北上のアレっぷりから他の皆も大惨事になっているんじゃないかと心配だったんだが、蓋を開けてみれはそんなことはなかった。
「オハヨウアネゴ。
ハツゴウチンノカンソウハ?」
尊氏を始め深海勢は復活すると確信していたから心配はすれど然程どうこうという事はなかったらしい。
「いやまあ、北上姉の錯乱っぷりが凄くて逆に冷静になれたんだよ」
俺が死んでる間に木曾と酒匂は艦娘だけでどうにかすべき事案に巻き込まれていたそうで疲れきった様子でそう語る。
何があったのか聞いても身内の恥だからと教えてくれないとか本当に何があったんだよ?
とはいえ島の中ではなにもなかったわけではないらしい。
俺が死ぬ一端を担ってしまった熊野と山城は相当落ち込んでいたそうだし修復材で形だけ元通りになっていた俺に北上が錯乱して全殺しにされかけたとか聞き捨てならない話もちらほら。
鳳翔いわく、双胴空母化した瑞鳳とR戦闘機が無かったら死人が出てたとか恐すぎるんだが…。
最後に、
「で、一体全体どういうことなんだ?」
なるべく視界から外してたんだが諦めてそちらを見る。
「さて姉よ。
可愛い妹のためにその回転翼機を譲ってくれる覚悟は出来たか?」
否と言われたら物理も辞さんという獰猛な気配を纏い自称山城の妹こと推定新たな厄ネタは言う。
「あんたねぇ…」
山城を姉と呼んだ簡素な義手と義足を装着した全身包帯まみれのショートカットの女性に山城は呆れとか諸々の感情を隠しもせず睨む。
因みに治療は長波の件で一足先に島を訪れていた氷川丸がやってくれたそうだ。
今は核爆弾の件もあって艤装のメンテナンスも兼ねて島で待機している。
「日向…でいいんだよな?」
とりあえず見た目の記憶を頼りに本人に確認を取るとそうだと頷く。
「ああ。
「……はい?」
なに言ってんだこいつ?
「いや、伊勢型戦艦だよな?」
「扶桑型航空戦艦だ」
俺の確認に力強く言い切る日向。
確かに伊勢型は改扶桑型とも言うべき船かもしんないけど、何故にそう名乗る?
困惑する俺を横に日向は山城に向き合い言う。
「姉が装備している回転翼機を譲ってくれるようお前からも言ってくれないか?」
「それが目的か」
どうやらMr.ヘリ欲しさにプライドを捨てたらしい。
「戦艦の誇りはどうした?」
「プライドで腹は膨れない。
ロクマルを越える至高のヘリのためなら足を舐めてもいい」
……うわぁ。
「日向って」
「そいつがおかしいだけだから」
皆まで言わずに木曾が否定する。
まあ、そうだよね。
いくら飛行機好きだからってそこまで言えちゃうのは変だよな。
だけどなぁ…
「戦艦ってなんかしら拗らせやすいのか?」
うちの山城もそうだし、可愛い物を前にするとながもん化する長門とか潜水艦ブッ血killな金剛とか喪女大和とかおおよそはまともなんだけど、でもどっかしら変な方向に歪んじゃってる奴らばっかり見てるせいでそんな気がしてしまうんだが。
今のところまともだったのはリンガの連中ぐらいか?
いや、金剛はリンガ所属だし榛名と霧島はともかく武蔵がバトルジャンキーだったか。
「そんなことは…」
鳳翔がフォローしようとしたが、本人にも思い当たる節があるらしく最後まで言う前に黙りこくってしまう。
お艦が匙を投げたのならどうしようもねえな。
「まあいいや」
戦艦の云々よりも優先することがあるわけで、今はそっちを優先する。
「で、だ。ル級。
日向をどうしてほしいんだ?」
日向を連れてきた信長の副艦のル級に訊ねる。
「トクニカンガエテナカッタワ」
「おい」
「オニノコトダカラ、ツレテクレバチリョウモフクメドウニカシテクレルト」
肩を竦めしれっとそう言うル級。
「変な信頼すんなし」
そりゃあ治療すれば助かる艦娘を見付けたら何とかするよ?
だけどさ、今はもう誰彼構わずって訳にもいかねえんだよ。
「兎も角だ。
信長はなんて?」
「シナスニハオシイコウテキシュダカラマタタタカイタイト。
ワタシモドウイケンヨ」
ああ、つまりそういうやつなのね。
件の主犯の意見を確認した俺は本気で山城の足を舐めようとして全力で抵抗されている日向に訊ねる。
「さて、真面目に聞きたいんだがいいか?」
「む?」
水を向けると取っ組み合いを中断して日向は俺に向き直る。
「信長からの頼みだから完治するまでは特に何かをと言うつもりはないし、必要なら明石に頼んで艤装とリンクする義手と義足を用意もする」
バイドを制御する技術と深海棲艦の生体艤装の知識を得たお陰で艤装兼用神経接続型義肢なんつうオーバーテクノロジーに片足突っ込んだ道具もうちの明石ならそれほど難しいものでもないらしい。
春雨の艤装がその試作品だったことを今の今まで黙っていた事については後でOHANASIする予定だ。
「それは助かる。
奴に借りを返せる機会が手にはいると言うなら是非もない」
そう笑う日向の顔に一瞬だが戦いに愉悦する羅刹の貌が映り混むのを見た。
あ、こいつも真性のあ艦やつだ。
「それで、その対価にお前の傘下に加われと?」
「いや」
その質問に俺はきっぱりと否と言う。
「端からは一勢力みたいに思われてるみたいだが、はっきり言っちまえばうちはどっち付かずの俺の仲間だと付いてきてくれる奇矯な奴等の集まりでしかない。
だからこそ仲間が世話になったなら可能な限り礼はするし、逆に仲間を害するなら悪夢の奈落に叩き落としてやる」
特に千代田に良からぬ真似をしようなんて輩は考えた時点で潰す。
もちろん他の奴らにだってどうこうしようなんて実行しようとしただけで有罪判決を下す。
バイドとバルムンクは控えるが死なせるなんて生温い事はしないでR戦闘機と『霧』で絶対に癒えないトラウマを刻み込んでやる。
「そんな俺達だからこそ訊くぞ。
お前はどうする気だ?」
「どう、とは?」
「言葉通りだ。
所属している泊地なり鎮守府なりに帰ると言うなら怪我が治ってから安全圏まで護送してやる。
何等かの目的のために残ると言うならそれも構わない。
ただしどちらを選んでもこれだけは約束しろ」
俺は意識的に殺意を込めて告げる。
「この島に手を出すな」
殺気を向けたら何故か日向は嬉しそうに笑い問い返した。
「深海棲艦のいう事を聞けと?」
「米内元帥と話がついていてもか?」
そう言うと日向は意外そうに目を開く。
そして低く笑った。
「……証拠は?」
「そこの鳳翔は元々元帥の指揮下に居た艦だ。
今は俺達の監督として協力関係にある」
そう言うと今度こそ日向は驚いた。
「元帥指揮下ということは、『米内三羽烏』の鳳翔か?」
「また懐かしい渾名を……」
耳まで真っ赤にして顔を覆っちまう鳳翔さん。
「いやぁ鳳翔は鬼子母神といい、格好いい二つ名がいっぱいあるみたいだね」
「後で覚えてなさい」
ニヤニヤ笑いながら北上が弄りに走ったけどか細く突き立てられた死刑宣告をくらい冷や汗を垂らしているのを横目に話を戻す。
「まあ、とにかくだ。
帰るか残るかはどちらでも構わないがなるべく早く決めてくれ」
そう言い切ると日向は「治り次第呉に帰る」と即答した。
「私は艦だ。
戦場で砲を奮い沈めたり沈められたりすることこそ本懐。
お前の所で自由にやるのに魅力を感じなくはないが、同時に軍艦とは国の旗の下で戦う事にこそ拘うべきだと私はそう考えている。
だからといって、鳳翔以外の艦娘達に何があってそして何を思って此処に居るのか、それを問うつもりも詰るつもりもない。
私とお前達との道は交差する以上に交わらなかったというだけだ」
そう冷淡な程にしっかりと己の考えを宣った。
「わかった。
なら、氷川丸が了承するまでの滞在というわけでいいな?」
「ああ」
「因みに義肢はともかくMr.ヘリっつうかR戦闘機は仲間以外には渡せないからそのつもりで」
「地獄の果てまで御供します」
いっそ清々しい掌返しを見せて膝を折り忠誠を誓う日向。
「舌の根も乾かない内にそれかよ」
「冗談だ」
木曾の呆れにくすりと笑い立ち上がると日向は述べる。
「この手足でまた戦えるようにしてくれると言うんだ、回転翼機は殺してでも奪い取りたいがそこは我慢しよう」
ネタなのかマジなのか…いや、あの目はマジだな。
ともあれ、これ以上資源の穀潰もとい艦娘側の戦力が増えなかったのはバランスを取ることを考えたら良かったと考えておく。
「明石、義肢はどのぐらいで完成するんだ?」
「寸法はもう取ってあるから、製作に掛かりっきりにさせてもらえるなら一週間も貰えれば完璧なのを仕上げられるよ」
「解った。
すぐに始めて構わない」
あの黒い糞女と事を構えるとなれば、クソ野郎のあの様からしておそらくバイドの時より危険な戦いになる。
本音を言えば俺とアルファだけでどうにかしてやりたいところだが、それを素直になんて誰も聞かないだろう。
俺の雰囲気からこれから始まる話の内容を察してくれた明石は義肢の調整をと日向を促し退室する。
そうして日向が居なくなった途端、空気の温度が下がったように感じる。
「…先ずは確認な。
アメリカへの報復に反対する奴は手を挙げてくれ」
あり得ないなと思いつつ一人ぐらいはとそう願って聞いてみるも、誰一人として動かない。
「…宗谷もか?」
「今回だけは流石に黙っていられないよ」
苦笑するけど、そこに込められているのは間違いなく怒りだ。
「イ級はさっき言ったよね?
仲間を害するなら奈落の底に叩き落としてやるって。
それは私達も同じなんだよ?」
「…分かってるさ」
自分が思う以上に俺は仲間に大事に思われているってのはレ級の時よりよく分かってる。
「大本営は今回の件を重く捉えています。
アメリカ並びにロシアの核兵器を再び無力化していただけるのなら、水面下でまでに留まるも可能な支援は惜しまないと閣下から承っています」
俺達が動けば日本も蚊帳の外じゃなくなると鳳翔に問うより先に本人が大本営のスタンスを語った。
日本まで動くってならいよいよなにもしないとは言えないな…。
「アルファ、お前も腹案を抱えていたりするか?」
『既ニ準備ヲ進メテイマス』
まさかバイドまで持ち出す気か?
「……内容を聞かせてくれ」
『今件ノ制裁ニ向ケ現在地下室ニテ電子生命体型バイド『グリッドロック』ト大型宇宙戦艦『グリーン・インフェルノ』ノ建造ヲ進メテイマス』
この時点で嫌な予感しかしないんだが。
「そいつらをどうすんだ?」
『ネットワークト上空カラノ二正面カラ強襲サセマス。
凡ソ三日モアレバアメリカトロシアハノ電子情報機能全テト主要都市ハ更地二出来ルカト』
いくらなんでも滅ぼすのはやりすぎだ!!
「でしたら序でに中国もやっていただけますか?」
「鳳翔!?」
よりにもよって何を言い出してるんだ!?
「過去の遺恨は晴らしておくべきかと」
「お前が言っていい台詞じゃないだろ!?」
渾身のキメ顔で言うなよ!?
そこまでの恨みってあれか!? 元帥が言ってた艦娘拉致事件の件なのか!?
「とにかく!! アメリカは糞女に操られてるだけだから滅ぼすのは無し!!」
「糞女?
姉御、誰それ?」
「俺を殺した核を持ち込んだ犯人だよ。
あの屑レ級を送り込んだのもそいつの仕業だったらしいぞ」
そう言うと部屋の温度が更に下がった。
一応南国に位置する筈なのにまるで冷凍庫にいるかのような寒気を感じる。
「……へぇ、そうなんだ」
そう発したのはチビ姫。
紅玉の瞳をドロリと濁らせ呟く様は憎悪に狂う深海棲艦という負のイメージをそなまま顕したかのように恐ろしいものだった。
「くちく、そいつ、ころしていいんだよね?
だめでもころすけど」
「お、おう」
抑揚が一切無いチビ姫の台詞についびびって了解してしまう。
恐え。
何が恐いって全部としか言えないとこが恐え。
あんまりな変貌に堪らず瑞鳳が不安げに声をかけてしまう。
「姫ちゃん?」
「だいじょうぶたよまま」
瑞鳳の呼び掛けに一転して普段の駄々甘えっぷりを発揮し瑞鳳に抱き付くチビ姫。
「ままにはみぎてとどうたいのこしてあげるからいっしょにすりつぶそうね」
「姫ちゃん!?」
無垢な笑顔で猟奇的私刑を一緒にやろうと誘うチビ姫に必死になって引き戻そうとする瑞鳳だが、そこに更なる可燃剤がぶちこまれた。
「駄目だよ。
そいつは私がバブル波動砲で生きたまま溶かして回天に載せるんだから」
闇堕ちしてるとしか思えない濁りきった瞳でそう言い放つ北上。
「ちょっ、お前もか!?」
頼むから深海棲艦よろしく金のオーラに身を包み殺意をたぎらせるな!?
「きたかみ、わたしのじゃまするの?
ころしていいの?」
「早い者勝ちだっていうだけだよ」
「お前らいい加減にしろ!!」
先ずはこいつから殺すかと言わんげに殺意をぶつけ合う二人に木曾が声を張り上げる。
流石親友、この混沌で救いはお前だけ…
「回天に載せるとか擂り潰すとか、最期はバルムンクで焼き尽くすに決まってるだろうが!!」
お 前 も か ! ?
「もうやだこいつら」
怒りに身を任せるのを咎める資格は無いけど歯止めの無い暴走ってあまりに酷すぎる。
「人の事言えないでしょ?」
「知ってるし分かってるし」
古参の中で唯一冷静な千代田の突っ込みに心底そう思う。
瑞鳳? チビ姫がグレたって膝抱えて使いもんになんないし。
古鷹? アルファに賛同してグリーン・インフェルノに搭載するバイドをどうするか話し合ってるよ。
「これがこの島の闇なんだ…」
ある意味最も蚊帳の外にいる鈴谷がそう漏らすも山城から「でも私達も同じ穴の狢なのよね」と言われなにも言えず乾いた笑いを溢した。
「宗谷……お前はあそこまでは考えてないよな?」
「だ、大丈夫だよイ級」
お前まで闇堕ちしたら磨り減りきった心が本気で砕け散るとすがれば宗谷は頬を引きつらせながらも普段通りに微笑んでくれた。
「イ級がちゃんと皆が納得するように落とし前をつけてくれるんでしょ?
私はそれで納得するから」
それはつまり、生半可な真似は認めないということでせうか?
「ね?」
「アッ、ハイ」
念を押す宗谷に二もなく頷く俺。
下手な事を言えば宗谷まで闇堕ちさせてしまうかもという恐怖が俺の背中を撫でる中、先ずは混沌と化した場の集束に向かう。
「はい、注目!」
手っ取り早く爆竹を放り込んで吃驚させた所で俺は大声で宣う。
「俺達がやることを明確にするぞ!
先ずは首謀者である糞女を引きずり出すこと。
糞女が持ち込んだ核兵器の処理はその次だ」
組織というより群れに近い俺達だからこそ最初に目的を明確にすれば各々が最善を模索しそこに向かい走るだけで済む。
逆に段取りを適当にすると今みたいにやりたい放題で収集がつかなくなってしまう。
案の定、優先順位を明確にした途端異が挟まれる。
「手っ取り早く両方同時にやっちゃダメなの?」
「ダメだ。
今はまだアメリカとロシアだけで済んでるが、欲を掻いて泳ぐ暇を与えるような真似をすればイランとかインドとか外の地雷まで手を伸ばされる可能性もある。
そうなる前に何とかしなきゃ最悪、事態解決のために日本も含めた全人類の鏖殺なんて真似をしなけりゃなんなくなる」
「全人類の鏖殺って、いくらなんでも大袈裟すぎでは?」
「糞女の目的は世界を滅茶苦茶にした上で滅ぼすことだそうだ。
そうやっていくつもの世界を滅茶苦茶にしやがったというのが俺を送り込んだ野郎の弁だ」
鳳翔の懐疑にそう理由を語ると熊野が挙手する。
「貴女を送り込んだ者というのは?」
「そいつに着いては後で話す。
とりあえず糞女に胸をぶっ刺されるぐらいには敵対しているから今回だけは其なりに信用していいと思う」
「胸を刺されたって、大丈夫なのか?」
「さあな。
少なくとも人間と同じに考えても無駄だと思うし確かめる方法なんざ知らんから放置で」
質問は他に無いなと確認を取るも特に疑問は無いと返される。
「それじゃあ先ずは糞女の居場所を突き止めるとこからだな」
アルファを始めとしたR戦闘機をフル稼働させれば見付けられないということもない筈。
そう指示を出そうとした直前、話し合いに割って入る声が上がる。
「ちょっといいかしら?」
「南方棲戦姫?」
黒いレザージャケットにホットパンツと一見南方棲姫にみえる南方棲戦姫だった。
「なんか、ハイアイアイ島が無くなっちゃったって聞いたんだけど何か聞いてない?」
そうなんともなしにそう訊ねる南方棲戦姫に木曾と北上が殺気立つ。
「あら?
良い殺気だけど、そんな風に向けられる理由が思い付かないわね?」
「タイミングが悪かったね」
「全くだ」
俺が核に焼かれる原因となったとはいってもそいつは偶然なんだからと嗜めようとしたんだが……
「成程。
これは実に不愉快な事態ね」
そう発せられた声に俺達は耳を疑うはめになった。
「貴様、名を名乗りなさい」
目を見開き驚く信長の隣で木曾達のそれと遜色ない怒気と殺気を放つ『南方悽戦姫』がそこに居た。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
次回は本物当て。