例の投下物、おそらく核の類いだろう兵器の爆発の余波が収まった頃を見計らい私は亜空間から通常空間へと帰還した。
『御主人!!
返事ヲシテクダサイ御主人!!??』
核の爆発により放射線が荒れ狂う海域の中を私は御主人の姿を求め飛び回っていた。
生身であれば数時間で塩基配列が破壊され生物として致命的な欠損を負うだろう量の放射線だが、宇宙を飛び交う放射線量に比べれば可愛いものでしかなくそもそもからして核の放射線程度おやつ感覚でエネルギー源としてみなせるバイドの身に悪影響を与える事はまずあり得ない。
滅多になくバイドの身になった事への感謝を一瞬抱き、然して私は視界の端に過る元凶に憎悪を猛せた。
『ヨクモ…』
来た方角へと引き返す
『殺ス』
御主人は艦娘のために躊躇った。
だが、その判断がこの結果を引き起こした。
ならば、今からでもやり直そう。
奴等を殲滅し、放った者も産み出した全てのモノを鏖殺してやる。
コロセコロセと叫ぶ
増殖した細胞を切り離すと細胞は更に複数に別れそれぞれエネルギー源を求め周囲の放射線を喰らい更に自己増殖を繰り返し変態していく。
周囲の放射線を粗方食らい尽くし幾度も変態を重ねた細胞はそれでも足りないと共食いを始め、最初に産み出した10の細胞から生き残ったのはたったの二つ。
片方は表面が鱗状に変質させながら一機のR戦闘機へと変貌し、もう片方は肉塊とも見えるパウ・アーマーへと変化した。
『『アーヴァンク』ト『腐れパウ』カ』
戦力としては少々物足りないが、行く先で幾らでも新たなバイドを産み出すための
青い単眼の赤い鰐とも見える狂暴さが全面に押し出されたR戦闘機と赤い肉で出来たパウに私は憎悪を込め命ずる。
『行クゾ』
先ずはあの雲蚊を貪りバイドの存在を知らしめその恐怖を刻み込んでやる。
何も気付かず悠々と飛び去ろうとしている奴等に向け機首を向けスラスターに火を溜め込み其れを解き放とうとした刹那…
…あ…る……ファ………
聴覚が捉えた聞き馴染んだ御主人の掠れた呼び掛けの声に私の意識はそちらに集中した。
『御主人!!??』
漸く手に掴んだそのか細い糸を決して手放してはならないと慎重に手繰ろうとしたが、それを敵を殺し喰らえと憎悪のまま絶叫するバイドの本能が邪魔をした。
『黙レ!! 私ハ
御主人の、駆逐イ級の艦載 機
なおも狂乱するバイドの本能にむけそれ以上の憤怒を以て黙らせた私はアーヴァンクとパウに命ずる。
『近クニ居ルハズダ!
探セ!! 海水ノ粒子ヲ砕イテデモ見ツケダセ!!』
命令を受けアーヴァンクと腐れパウが散り私も全速力で探索に走る。
途中で御主人が張ったクラインフィールドにより保護され身動きがとれない熊野と山城をアーヴァンクが発見したのでついでに確保させておく。
そして一度は見失った御主人の弱々しい波動を再び捉え私は遂に御主人を見付け出した。
『御主人!!』
見付け出した御主人は正に死に体と言うしか無い状態だった。
核の熱波に焼かれた体表は黒く焼け爛れ多くを失った身体はその体積の半分を無くし塗装も焦げて黒ずんだせいでまるで黒い茹で卵のように成り果てていた。
しかしそれでも御主人はまだ生きていた。
宗谷から貰った女神が御主人を現世に繋ぎ止めていた。
だが、逆に言えば即死を防ぎあらゆる法則に反逆し所持者を万全の状態に引き戻す女神でさえあの核兵器からの損傷は治しきれないという証左でもあるのだ。
『高速修復材ヲ回収シテコイ!』
パウにそう命じ私は御主人に呼び掛ける。
『御主人!!』
何度か呼び掛けると御主人は絞り出すような微かな声を発した。
「アル…ファ……無事…か……?
目が………見え…ないんだ…」
自分が九死に陥ってなお貴女は…
『…私ハ問題アリマセン。
熊野ト山城モ御主人ノオ陰デ怪我ヒトツシテマセン』
叫びそうになる己を律し私はなるべく抑えて御主人の懸念を晴らす。
すると御主人は嬉しそうにそうかと言った。
「アルファ……俺は……少し…ねむい……。
二人を…島に……頼む…」
『御主人モ一緒デス』
「ああ……そう………だ…………」
最後まで言うことも出来ず御主人は沈黙してしまった。
『御主人…』
思わず激昂しかけるが御主人に取り付き修繕を計る女神の姿に意識が落ちただけでまだ生きていると沸き上がる恐怖を飲み下し気を鎮めると、改めてこの惨事を引き起こした元凶への激しい憎悪が溢れ出てくる。
だが、その感情に浸るつもりはない。
私は
本能のままに暴れ狂う
この落とし前を必ず着けさせると固く誓い私はフォースを目印兼護衛に残して先ずは熊野と山城の回収に向かった。
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ハイアイア諸島消滅から二日後。
横須賀の大本営にて元帥は飛び込んできた報に深い失望を覚えたいた。
「閣下…」
「言うな大淀」
言わんとしていることを制し元帥は嘆を吐く。
「何があろうと人は変わらぬということだったのだ」
だが、それもただの延命に過ぎなかったのでは?
齎された報はそんな諦めにも似た想いを元帥に植え付けるものであった。
「おそらく後数年でこの戦争も終わるだろう」
それも、元帥が想像し得る中でも最悪に近い形でだ。
元帥が何を感じているか付き合いの長さから察した大淀も落胆の感情を秘めたまま頷く。
「…はい」
重苦しい空気が漂う中で元帥はそれでもまだだと机の下で拳を握る。
(手は、手はまだある)
まだ極一部にしか知れ渡っていないバイドの驚異。
此れを撃滅し得る現状唯一の手段たるR戦闘機を運用出来るのは艦娘を於いて他になく、それを利用して今後の艦娘の運用価値の確保と一定の保全は計れる。
しかしそれを行えば延いてはアルファを敵に回すも同じ。
(私の首ひとつで済ませなければ)
地獄に堕ちようと日本の、いや、艦娘達の未来を守る。
それが元帥の唯一絶対の信念。
腹の中で覚悟を決めた元帥が口を開こうとした直後、空間に波紋が広がりそこから悪魔の如き異形の艦載機が姿を表した。
「…貴様か」
かつて意味の無い話しに興じた時とは一変した、背骨が塩の柱にでもされたような冷気を纏いアルファは告げる。
『不躾ニ失礼。
急ヲ要スル話ガアル』
拒否は許さないと圧力を孕む声に其ほどまでに感情を抑えねばならない何かがあったのだと察し、是非もなしと元帥も正面から挑む。
「丁度良かった。
私もまた、君に告げねばならない話があったのだ」
そう言いながら元帥は先手を打ち降ってくるだろうアルファからの害意を我が身に集中させるか、それとも先手を打たせ一度溜飲の元を明らかにさせるかを練り後者を選ぶ。
「とはいえだ。
済まぬが急を要する事案が起きていてな。
手短に話してもらえるかね?」
『……』
その言葉にアルファは一度の沈黙を挟み、そして告げた。
『御主人ガアメリカノ核兵器ニ焼カレタ』
「……なんと」
「そんな……」
その宣告に元帥は一瞬、頭が真っ白に染まる。
「……それは、間違いなくアメリカの手によるものなのか?」
鳳翔は無事なのか!?
そう掴み掛かり喚き散らしたい己を寸でで律し、それでも声を震わせる事を抑えられずに確認を取るとアルファは圧力を更に強めながらも淡々と語る。
『核兵器ヲ投下シタ輸送機並ビニ直衛機ハ全テアメリカ製ノモノダッタコトト奴等東方面カラ飛来シタ二点ノ理由カラ確率ハ高イ』
「……そうか」
深海棲艦が現れる前ならば隠蔽工作の可能性もあるだろうが、今の時勢でそれを出来る国家は存在しえない。
「ふ、ふふふ……」
力なく椅子に身を預けた元帥はつかれた様子で突如笑い出した。
「閣下…」
その心中を察した大淀が俯き事情を知らないアルファが不可思議に思い問い質すより先に元帥は疲れきったまま溢した。
「
いよいよ以て人の世も終わりが近いようだ」
『……ナニ?』
燃え尽きたようにそう吐き捨てた元帥の言葉にアルファは違和感を感じた。
『元帥。
ロシアガ核ヲ完成サセタノハ何時ダ?』
「それを聞いてどうする?」
『アメリカガ核ヲ落トシタノハ二日前。
オカシイトハ思ワナイカ?』
此方に赴かずただ怒りに身を任せアメリカを滅していたら気付かずに終わっただろうが、もしそうであるならばイ級が核に焼かれたことまでその者の思惑の内かもしれない。
そうであるならばただではおかない。
地獄ですら楽園に感じられるでバイドの深淵に叩き落としてくれる。
「………」
内心で誓うアルファにそう言われ元帥は確かにと思う。
かつて世界の頂点に座そうとした二つの国がほぼ同時に核兵器の開発に成功したなど偶然にしても出来すぎている。
その違和感は諦観に沈みかけた元帥の思考を再び浮上させる。
「つまり、二つの国で同時に核兵器が完成するよう裏で糸を引いたものが居ると、そう言いたいのかね?」
『可能性ハ高イト』
だとしたら首謀者は誰なのか?
『如月牛星』
「否。奴ならもっと効率よくえげつない手段を打つ」
唯一アルファが思い当たる可能性を無いと切り捨てる元帥。
「ともあれこのまま静観していれば冷戦の二の舞…いや、米露による第三次世界大戦が始まるだろう」
そうなれば日本とて蚊帳の外にいれるわけもなく、その時尖兵に立つのは安易な量産が効き強力な兵力となる艦娘達だ。
一度はもはやこれまでと折れかけたが、防ぐ可能性が微塵にでもあるならそれを目指す以外無い。
「ところでだ。
駆逐棲鬼が焼かれたとは聞いたが他に巻き込まれた者おるのか?」
然り気無く鳳翔の安否を確かる元帥の問いにアルファは敢えて意地の悪い返しを行う。
『ソレハ公人トシテノ問イカ?』
「両方だ」
速答にアルファは苦笑を溢しその懸念を晴らしておく。
『当時ソノ場ニ居合ワセタノハ御主人ノ他ニ熊野ト山城ノ二名ダケ。
ソノ二人モ御主人ガ自身ヲ睹シテ守リキッテミセタ』
「……そうか」
聞いて話してみて駆逐棲鬼が本当に艦娘を大事にしていることは知っていたが、まさかそこまで出来るとはとその評価を元帥は改める。
「大淀、見舞いに女神を一つ、いや、三つほど包んで渡してやれ」
「…宜しいのですか?」
鎮守府の総本山たる大本営だ。
報奨用にと抱えた女神の在庫も多いとは言いがたくも二つ三つ譲ったところでそれほど懐は痛まないが、然りとて深海棲艦の見舞いという理由で渡して良いものか?
組織としての意見を口にする大淀に元帥は戯けと述べる。
「奴は死も厭わず信念を通した。
奴が大和魂を魅せたのならこちらが讃えずして何が日本人よ」
黴の生えた古い考えと笑いたければ笑えばいい。
だが、此度の事案に対抗するにはそんな黴の生えた思想こそ最後の縁になると元帥は感じていた。
「ならばこう言おう。
今奴に崩れてもらっては困る。
奴にはアメリカに痛い目に遇わせてもらわねばならないのだからな」
「畏まりました」
戦略的価値からの論破を計られては最早大淀に反論の目はない。
言われたものを用意するため退室した大淀を見送り改めて元帥はアルファに言う。
「ロシアは此方で抑えておく。
だが持って半年、いや2ヶ月が精々か。
其までにアメリカをどうにか出来るか?」
『笑止』
元帥の問いにアルファは堂々と宣う。
『核兵器ゴトキ、バイドガ本気ヲ見セレバ一日デ無力化シテミセヨウ』
「………その方法を聞いても?」
『勿論構ワナイ』
現段階で最終兵器と謳われる核を一日で処理できると言い切り、そしてその手段を語るアルファに元帥は改めてバイドと敵対する恐ろしさを知るのだった。
と言うことで世界はあわや大戦突入となりかけました。
アルファがイ級を発見した状況と絶望を解りやすく言うと貧民の薔薇に焼かれたメルエムの図が一番適当だと思われます。
次回は再びイ級です。