なんでこんなことになったんだ!?   作:サイキライカ

109 / 123
こちらも準備を始めようかな


さてさて

 夥しい数の紛い物達との激戦を終えたル級は生き残りを纏め予定していた撤退航路を走っていた。

 

「ヨンワリカ…。

 ソウテイヨリノコッタワネ」

 

 当初のル級の見立てでは自分を含め撤退出来るだろう殿隊の数は片手で数えられる程度。

 更にその内の半数以上は介錯することも叶わず紛い物に喰われるだろうと考えていた。

 だが日向の乱入によりその予想は良い方向に外れ、沈まなかった殆どが中大破しているものの殿の四割の艦の轟沈のみで下がりきることが出来た。

 沈んだ艦もそのおおよそが紛い物に食われる前に雷撃ないし砲撃で介錯してやれたので、遠からず復活してこれるだろう。

 望外の結果に安堵したル級だが、リーダーの信長の安否は今だ不明のまま。

 あの日向が信長と手を組み主犯を仕留めてくれたのなら最良だが、それがあまりに高望みだと分かっている。

 せめて日向が沈む前に信長の撤退かさもなくば介錯をしていてくれていることを願い、先ずは自分達の生還を目指しル級は生き残りの空母に艦載機を飛ばさせ策敵及び航路の確保を命じていると、バイドツリー方面の警戒を担当していた空母が報を届けた。

 

「テッタイスルスイキヲカクニン!!」

「…ホントウカ?」

 

 撤退したということは信長もまた敗走したということに他ならない。 追手の有無は間違っても誤認では済まされないとル級も生き残った水偵を飛ばして確認を行う。

 姫の要塞と同じ要領で水偵と視点を同期させると、映し出されたのは艤装の形状こそ変わっていたがそれは確かに信長本人であった。

 

「スイキダケデナクヤツモイキノコッタカ」

 

 安堵したル級は半壊した艤装で海を進む信長のその背に死に体の日向を背負っているのに気付いた。

 

「ムカエニイク。

 ナンセキカツイテキナサイ」

 

 すぐさま比較的損傷が軽く余力のある軽巡と重巡を選びル級は信長の下へと舵を切った。

 信長へと向かいながらル級は状況の確認のため水偵を介し会話を試みる。

 

「キコエマスカスイキ?」

『聞こえているわ。

 そちらはどうなの?』

「ダイブヤラレマシタガワタシヲフクメイキノコリノハイクバカハマダタタカエマス」

『そう。

 撤退状況は?』

「ヨテイドオリトハナッテマセンガ、トウショノシジドオリソンショウノオモイモノカラユウセンテキニヒメノカンタイニゴウリュウサセテマス」

『よし。

 私もすぐに合流…といきたいところだけど私はこのまま島に向かうわ』

「ソレハ、セナカノコウクウセンカンデスカ?」

『ええ。

 妖精の延命処置で一命は繋いでいるけどいつまで持つか……。

 経緯はともあれこのまま見殺しにするには惜しいわ』

「タシカニ」

 

 ただの強敵に留まらない好敵手として此ほどの逸材は久方ぶり。

 艦として正面からぶつかってみたいとル級は素直にそう思ったからこそ信長の我が儘に賛同した。

 そうしているうちに水偵を介さなくとも会話可能な距離まで接近したル級は改めて日向の容態を確認し眉をひそめた。

 

「コレハマタ、ズイブンヤラレタミタイデスネ」

 

 信長の羽織るマントの切れ端で止血された右腕と左足から先はなく、更に滑落した艤装の様子と合わせてみればなんでまだ生きているんだと感心するほど日向の負傷は重かった。

 

「ソイツハワタシガアズカリマス。

 スイキハヤツラニツイテショウサイノホウコクヲ」

「……分かったわ」

 

 奴等の脅威は戦った自分がより詳しく説明できるだろうと合理的な判断からル級の進言を受け入れ日向を預ける。

 

「エ? コレホントウニイキテルノ?」

「コレデマダイカソウダナンテヨウセイモエグイワネ」

 

 日向を受け取った二隻がその惨状にそう漏らしル級は叱咤を飛ばす。

 

「クチヲウゴカスマエニテヲウゴカシナサイ!!

 シナセタラキザンデヨウサイノエサニスルワヨ!!」

 

 ル級の脅しに二隻は身を竦ませシツレイシマシタ!!と謝罪をし折れた骨等の応急処置を始める。

 

「トリアエズオレタホネノコテイネ」

「チガタリナイワ。

 ……ワタシタチノチッテツカエルカナ?」

「トリアエズヤッテミマショウ」

 

 後ろでわりと洒落にならない会話がなされているのに気づかず信長はル級に言う。

 

「後は任せたわ」

「リョウカイ」

 

 日向をル級に預けた信長はそのまま撤退中の艦達と合流し彼女等を率いて撤退を支援している艦隊と合流を果たした。

 

「手酷くやられたわね」

「ええ」

 

 信長の姿を見た姫の感想に信長は苦い顔をする。

 

「それで、どうだったの?」

 

 何をと指さず問う言葉信長は正しく汲み答える。

 

「紛い物の姫の火力と装甲は確かに姫と同等程度だった。

 だけど自我の薄さが致命的。

 数に任せた蹂躙か拠点防衛に置くなら相応に危険だけど、戦略的な艦隊単位での運用に宛がわれても其れほどの脅威足りえない」

「……そう」

 

 戦場は常に変動を繰り返す巨大な生き物も同じ。

 その時々に直面する度柔軟な対応を可能とするは強靭な自意識と自我。

 それを持たぬ木偶など何を脅威とするべくか。

 日向というイレギュラーの介入に対し、ただ敵だから砲を向ける場当たり的な対応をした紛い物と、時間稼ぎが関の山であった処を即座に味方することで生存の活路を見出だしたル級達の結果がなによりの証左。

 

「紛い物は紛い物。

 恐れるに価せず…か」

 

 信長の報告に姫はつまらなそうに鼻を鳴らす。

 姫の感想に信長は首肯してから次いでただしと言う。

 

「ただし、水鬼は別格。

 傲慢は目に余るもそれを由とするだけの知と力を備えた猛者足る傑物。

 相対するつもりなら大和を想定して挑むぐらいの警戒は必要」

「…へぇ」 

 

 信長の注言に姫は一転して獰猛な笑みを浮かべる。

 

「よもやあの大和を想定させるとはね。

 そんなものを相手にしないとならない艦娘達は不憫ね」

 

 そう口にする姫だが、そこに浮かぶ表情は自分こそが打ち倒したいとそう言葉にしていた。

 

「何れにしろ、今は帰りましょう

 折角深化した艤装もそのままにしておくのは勿体無いわ」

 

 そう言って姫が舵を切るも、しかし信長はその言葉に僅かに影を差す。

 

「…よかったのだろうか?」

 

 信長にとって装甲空母姫は敬愛する上司であり、背中を預け戦地を駆けた戦友であり、戦場以外の日々の多くを共に過ごした姉であり、なにより自らを賭し自身の一部となってでも自分を生かそうとした母も同じ存在。

 その誰より慕う彼女から引き継いだ艤装を無自覚とはいえ自分のために改変した事は、信長にとって決して嬉しいものではなかった。

 呟きを聞きそんな心の機微を察した姫は苦笑を溢す。

 

「…馬鹿ねぇ。

 貴女が強くなって姫が悪しと思うと?

 姫は言っていたぞ。

 お前は何れ自分の後釜を担う船だとな。

 其れだけの期待を掛けていた姫が艤装を弄くられた程度で腹を立てるものか」

 

 あまり姫を舐めるな戯けと喝破する。

 

「お前の切った舵は何処へ向かおうとそれこそ姫の航路。

 姫を想うなら姫の期待に恥じぬ軌跡を残しなさい」

 

 そう告げる姫に信長は戸惑いながらも確かにはいと口にした。

 それを見届けた姫は一転して笑みを柔らかなものにする。

 

「それはそれとして、久し振りに姫の顔を見に行こうと思うんだけど、手土産は燃料で良いかしら?」

 

 気さくにそう訊ねる姫に信長は少し考え首を横に降った。

 

「多分工作艦が使い込んで消えると思います」

 

 明石の事だ。

 多量の燃料など与えた日にはイ級に仕置かれようと開発で溶かしてしまうだろう。

 それを聞いた姫は深く溜め息を吐いた。 

 

「部下の手綱も握れないなんてまだまだね」

 

 無難にラムネにしておきましょ。と、そう『南方棲戦姫』は呆れた様子でそう呟いた。

 

 

~~~~

 

 

「行ってこーい」

 

 そう言いながら俺は持ってきたドラム缶を引っくり返す。 

 逆さまになったドラム缶から蛸のようなうねうねした足を生やす深海棲艦が放たれ海流に乗って流されていく。

 気づいている奴は気づいている思うが今しがたドラム缶から放流したのは機雷型の深海棲艦。

 やってることは人類への明確な敵対行動だけど、呵責みたいな感覚は余り感じない。

 というのもこの機雷、当然船や艦娘が近付けば爆発して危険なんだが、寿命はざっと数ヵ月程度でこいつらの主食が海底に沈殿したプラスチックやら誰にも回収されない石油やらといった環境汚染に繋がる物質を好んで食す傾向があるため海からしたら有益だったりする。

 しかも寿命が尽きた奴からは燃料や鋼材等の艦隊運営に必需な資源を回収出来るといいことづくめ。

 人類の天敵であることに目をつぶれば正に益獣の鑑と言えるのがこの機雷型深海棲艦だった。

 潮の流れに乗って思い思いに散っていく機雷を見届けていた俺に、本日の遠征に伴った遼艦が声を掛けてきた。

 

「木曽、そっちは終わった?」

 

 その声に機雷から視線を外し俺は空になったドラム缶を親指で指しながら応える。

 

「ああ。

 この通り全部流し終えたよ」

 

 そう酒匂に言うと酒匂はじゃあ行こうと促し俺はそれにああと頷いた。

 因みに現在地はカレー洋の少し先。

 国で言えばドイツの領海に近い辺りだ。

 俺達が報酬を受け取るため移動を始めると少ししてから酒匂が俺に質問を投げ掛けた。

 

「ところでさ、木曾はこの遠征は平気なの?」

「…そうだな」

 

 改めて問われれば思うものがない訳じゃない。

 俺が放流した機雷が同じ艦娘や日本へと向かう輸送船に接雷し沈めてしまうかもしれないという現実は無視できないからだ。

 だけど、

 

「面白くはないが、食っていくためには仕方ないさ」

 

 結局のところ俺は日本とイ級を天秤に掛けてイ級を選んだ。

 だったら日本に害を成したくないと言う資格もなければ妨害工作に加担することを拒否する権利もない。

 当のイ級はしなくてもいいと言うだろうが、これは俺のけじめだ。

 なにより、移動時間含めて拘束時間がたった三日で終わるこの遠征の報酬が燃料500に鋼材300と破格であるのだからやらない手はない。

 

「ぴゃあ。木曾はちゃんと割り切ってるんだね」

「お前はどうなんだ?」

「酒匂? 酒匂は元々こっち側(・・・・)だし姉御が一番大好きだから、姉御と島の皆以外がどうなってもあんまり気にしないな」

 

 聞きようによってはイカれているとも聞こえる台詞だが、深海棲艦からの転成したために艦娘が普遍的に抱える愛国心が無いだけなんだと知っている俺は酒匂のそれがまだ純粋に大事なものとそれ以外に完全に別かれているからこその発言だと理解しているからそうかとだけいった。

  

「あ~あ。

 遠征も大事だけどやっばり酒匂も行きたかったなぁ」

「仕方ないだろ?

 春雨が出ていくって決めたんだから」

 

 愚痴る酒匂にそう嗜めると「分かってるよ」と不満そうに酒匂は言った。

 イ級が帰ってきたその夜から春雨は部屋に引きてしまった。

 そして三日目の朝、いい加減様子が気になり部屋に入るも春雨は自分の艦隊を作るという書き置きを残して島から姿を消していた。

 当然すぐにでも探すべきだと声が上がったが、『ゆうだち』が一緒に着いていったらしいことと自棄になったのではなく明確な目的を持って出ていったのなら止めるべきではないという意見から春雨が何時でも帰ってこれるようにしておくだけに止まる事にした。

 そのせいで南方棲戦姫の依頼に出る面子から俺と酒匂が外れたことは多少不満はあるが多くは言うまい。

 

「ぴゃん?」

 

 唐突に前を進んでいた酒匂が困った風に声を漏らた。

 

「どうした?」

「うん。

 今、一瞬だけなんだけど探信儀の針に反応があったの」

 

 その言葉に俺は意識を切り替える。

 

どっちだ(・・・・)?」

 

 深海棲艦なら問題ない。

 だが、艦娘なら…。

 万が一さっきの機雷散布の光景を見られていたら…最悪物理的に口封じしなきゃならないかもしれない。

 緊張を高める俺の傍で耳に手を当て策敵していた酒匂が八時の方向を指差し叫ぶ。

 

「そっち!」

「ストライダー!!」

 

 酒匂の言葉と同時に暖気を終えさせていたストライダーをカタパルトから飛ばす。

 放たれたストライダーはザイオングなんとかという名前の噴式機関から火を吹き水中へと飛び込んでいく。

 ストライダーが水中へと飛び込んで数秒後、水中からストライダーが放ったバリア波動砲のブロックが飛び出し同時にバリア波動砲に吹き飛ばされたらしい二隻の潜水艦娘が打ち上げられた。

 

「あれは…伊58と…」

 

 気絶しているらしくうつ伏せに浮かぶ桃色の髪の潜水艦娘は俺もよく知る艦娘だが、もう一隻の銀髪にプロテクターのようなライフジャケットを着る艦娘は俺が知らない艦娘だった。

 どちらも意識がないことを確認すると酒匂は主砲を構えつつ俺に問う。

 

「どうする?」

 

 殺ると言えば酒匂は容赦なく構えた主砲を二人にぶちこむだろう。

 そうなれば装甲なんて無いに等しい潜水艦は一撃で終わり。

 

「…一度近くの島に運ぼう」

 

 勘違いで殺すのは流石に気分が悪い。

 そう言うと酒匂は特に反論することもなく分かったと銀髪のほうを抱える。

 酒匂に続いて俺も伊58を拾いながら小さくごちた。

 

「面倒の予感がするな」

 

 痩せこけ明らかに軽すぎる伊58の体躯にその予感を半ば核心にしつつ近くの島を探すためストライダーに指示を飛ばした。




大変お待たせしました。

リアルのトラブルに加え書いては消え書き上がっても納得できないとか終いには番外溢れ話になってた等ひたすら悪戦苦闘しエタったと勘違いされかねないぐらい間が空きましたがようやく更新出来ました。

次回はハイアイア島に向かったイ級の話になる…筈。

後、番外溢れ話はここに投げときますね。



番外『とある変態企業のあれやこれ』

 シンクタンク『from』

 日本の某所に籍を置く技術供与機関であり本業はシステムエンジニアのスタッフ派遣業務だが、副業で一部のユーザーから熱狂的かつ狂信的な人気を有するゲームの発売等もやっているある意味謎の組織である。
 そんなfromが社を構えるビルの一室にて定時を告げる5時の鐘が鳴った。
 それと同時に一人の女性社員が勢いよく立ち上がる。

「淑女の時間は終わりよ!!」

 そう叫ぶなりタイムカードを握りへと駆け出す女性。
 そのままダンクシュートでもするつもりなのかと言いたくなる勢いでタイムカードをスキャナーに翳そうとするもその手は横から延びた手により阻まれた。

「りっちゃん!?」

 女性が自身を阻んだ者の名を口にするとりっちゃんと呼ばれた同年代と思われる女性は邪悪に聞こえる声で笑った。

「ンフフフフ。
 甘いわよまいこぅ~?」

 ねぶるような独特のイントネーションでまいこに語りかけるりっちゃん。

「この鬼畜デスマーチの中で一人だけ定時上がりをしようなんて、練乳マシマシ蜂蜜入りキャラメルフラペチーノマシュマロトッピングより甘いわ!」 

 そう罵るりっちゃんの目は完全に据わっており、目の下には化粧で誤魔化すことも出来そうにないほど濃い隈が浮かんでいた。

「アハハハハ。
 盛り上がってるねぇ~」

 そのまま掴み合いなるかというところで二人の間にバカにするような笑い声が割り込んできた。

「主任?
 どうしてここに!?」

 それはラバウルに出向している筈の逆吊であった。
 驚く二人に軽い調子で手を振る逆吊。

「どれどれ?
 おじさんも混ぜてよ? アハハハハ」

 短パンにアロハシャツといかにもな格好でエロ親父風に二人に近寄る逆吊だが、その歩みは後ろから飛んできた声に遮られた。

「主任。お戻りになられたのならこちらに報告していただかないと困ります」

 声からして出来る秘書官を彷彿とさせる冷徹な声の主はその想像を裏切る事ない美人であった。
 
「アハハハハ。
 キャロりんは相変わらず真面目だね」
「貴方は相変わらず軽薄そのものですね。
 それと私はキャロりんではなくキャロルです。
 何時になったらちゃんと名前を覚えて頂けるのですか?」

 ケタケタと笑う主任に軽く頭を押さえるキャロル。
 そんな様子のキャロルに逆吊は更にケタケタ笑う。

「アハハハハ。
 ごめんごめん。
 でさあキャロりん、あいつ(・・・)、いる?」

 然り気無くまいこからタイムカードを掏りりっちゃんのと合わせて退勤状態のスキャナーに押し付けながらそう訊ねる逆吊の顔は笑顔のまま目だけが笑っていなかった。

「……使(せしむ)常務でしたら現在会議室で社長と打ち合わせ中ですが」

 この男がそういう目をしている時は必ず碌でもない事が起きる(・・・・・・・・・・)と経験則から察したキャロルは素直に目的の人物がいる場所を告げる。

「あ、そうなんだぁ」

 キャロルの返答に逆吊は軽い調子で応じ二人に帰るよう言いながら会議室へと向かう。
 磨りガラスのパーティションで囲われた会議室に逆吊が入るとそこにはフォーマルなスーツ越しにもはっきり解る程鍛えられた筋肉の塊で構築された壮年の男性と、一目見ればホストクラブの店員かと勘違いされそうな鮮やかな赤髪に赤色のスーツを着こなす青年が話し合っていた。

「どうも~、三河屋どえすっ」

 入るなり冗談を噛ます逆吊に青年が不愉快そうに視線を向ける。

「なぜ貴様が此処に居る?」

 唾棄するかのように睨み付ける青年『天使(あまのせしむ)』の態度に逆吊は愉快そうに爆笑する。

「ギャハハハハ。
 使ちゃんったらぁ何をそんなにご機嫌なのかなぁ?」
「用件が有るなら早くしろ」

 真っ向から馬鹿にした態度に使は激昂する事なく不愉快そうに眉を更にしかめるも挑発を聞き流し内容を促す。

「……もう、使ちゃんってば真面目なんだから」

 そう唇を尖らせた逆吊は直後にいやらしく笑みを浮かべながら然れどその目に獰猛ななにか(・・・)を宿して口を開く。

「社長。
 ちょっとこいつ借りてきますね」

 その断りに社長からほどほどにしておきたまえというありがたい言葉を貰うと逆吊は使を促し人気のない喫煙所に場所を移す。

「それで、私の貴重な時間を割くだけの話とはなんだ?」

 触れれば指が落ちる銘刀に例えて表現しても障りないほど鋭い視線を向ける使に逆吊はニヤニヤと笑いながらその用件を口にした。

三人目の介入者(・・・・・・・)が来たぜ」
「……」

 そう嘯く逆吊に使は眉間の皺を緩め冷徹に見返す。

「介入は何時起きた?」
「やられたのは先月の終わり頃だね。
 といっても、送り込まれた異物はすぐに『例外』に捕って食われちゃったんだけどさぁ、いやぁあれはひっどいオチだったねぇ」

 無様な顛末を愉快そうに爆笑する逆吊。
 耳障りな笑い声にしかし使は意に介した風もなくそうかと呟く。

「秩序を乱すモノは恙無く排除された。
 ならば我等は監視を継続するのみ」
「と、思うじゃん?」
「何?」

 使の反応にしてやったりと言いたげな厭らしい笑みを浮かべながら逆吊は更に嘯く。

「どうやら奴さんの介入はただの囮だったみたいなんだよね」
「囮だと?」

 おおよその介入者による転生者を使う介入は世界の中心に居る特異点に介入させ混沌をもたらす愉快犯か、さもなくばその世界の特異点への当て馬として砕け散る様を観賞するための愉悦目的。
 中には致命的破綻を迎えた世界を救済するべく世界に過ぎた力を与え送り込んでくるケースもあるが、しかし逆吊の言うような捨て駒としての転生者の介入は聞いたことがない。
 二人が何故その様に外の事情について詳しいかというと、二人もまた転生者だからではなく、神と自称する上位存在の介在なくこの世界に流れ着いた『漂流者』であったためであり、そのため使と逆吊は『総意』からの接触を受け世界の理についてある程度の事情を知り得たからだった。

「その根拠は?」
「根拠も何も、介入を仕掛けてきたのが『ゲームキーパー』って時点でお察しだよ」
「ゲームキーパー…だと?」
 
 その名は使が知る限りでも最悪に部類される介入者の一人。
 彼の者の介入によりいくつもの世界が破滅したと聞き及ぶ悪辣な存在。

「其れが分かっていながら貴様は何故此処に居る?」

 掴み掛からん勢いで睨み付ける使に対し逆吊はニヤニヤと笑いを浮かべたまま言う。
 
「だってさあ、ゲームキーパーが何を仕掛けようとしてるかまではまだわかんないだもん。
 それに、そんなの俺達にはそもそも関係無いじゃん(・・・・・・・・・・・)
「……」

 粗か様な言葉に真意を図りかね押し黙る使に逆吊は言う。

「そも、俺達は本来人間が踏み外さないよう監視する(・・・・・・・・・・・・・・・)のが存在理由であって、他所からの介入で自滅するのを止めるような正義の味方(・・・・・)じゃないだろう?」

 逆吊の言わんとしている事は正しい。
 二人が元居た世界でも二人の役割は逆吊が言うように『人類を監視し秩序を以て致命的破綻を防ぐ』事が存在理由であって、難関辛苦に見舞われた際に手を差し伸べ救い上げることではなかった。
 最も、逆吊は自分達が生み出した秩序を打ち破り致命的破綻すら踏み越え混沌の果てまで歩み続ける事が出来ると証明されることが望みであったが。
 逆吊の意見を聞き終え、使はだからこそ理解できないと口にする。

「わざわざ元艦娘を妻とし家庭を築いておきながら、それが破壊される危険を放逐するのか?」

 使のその言葉にほんの僅かに間を置いてから逆吊は厭らしさを消した素の言葉を放つ。

「それでも見てみたいのさ。
 『例外』と、『例外』に率いられた『人間』の可能性を…な」
「……」
「それに、もしそうなっちゃたら今の(・・)俺達じゃどうしようもないんだし、だったら他にやることやんなきゃ」
「……確かに、今回ばかりは貴様のほうが合理的か」

 逆吊の考えのおおよそを聞き終え、使は結論を下す。

「いつでも動かせるよう『奴』にはトルコから戻るよう声を掛けておく。
 使うか否か一任する」

 その言葉に逆吊は再び笑みを浮かべる。

「流っ石使ちゃん。
 話が解るねぇ」
「当然だ。
 『彼』の移動費及び滞在費を含めた費用は全額貴様が払うのだからな」
「……あり?」

 さらりと告げられた言葉に逆吊の口許がひくつく。
 この御時世人一人とて大陸から日本に呼び寄せるとなれば莫大な旅費が掛かる。
 それこそ逆吊の年収が軽く吹き飛ぶほどの額がだ。

「いやいや、ちょっと?」
「それと貴様が壊してくれた私のビリヤード台の請求書は貴様の妻に送っておいた」

 畳み掛けて放たれたその言葉に今度こそ逆吊は固まった。

「そ、それは無いんじゃないかなぁ?
 ほら、一応俺妻帯者な訳で妻と子を養わなきゃいけない義務もあるわけだし…」

 色んな意味で不味い事態が進んでいたことを察した逆吊が打開策を提示しようとするも、タイミングよくエレベーターが到着したことを告げる電子音が響く。
 そして扉の開閉音に続き何かを引き摺るような音を伴う地獄からの使者の声が逆吊に突き刺さる。

「あなたぁ?」
「ゲッ」

 その声に慌てた様子で振り向いた先に居たのは栗色の髪をバレッタで纏めた女性。
 10人中10人が美人だと評価するだろう逆吊の細君である女性は綺麗ながら見た者の身を竦み上がらせる壮絶な笑顔を浮かべ片手で艦艇に使われている錨のミニチュアを引き摺りながら逆吊ににじり寄る。

「聞いたわよ?
 会社で警備の人達と酒盛りをした揚げ句、使さんが大事にしている特注のビリヤード台を壊しちゃったんですって?」

 罪状を口に出しながらゆっくり迫る姿に本気で逃げようと左右を見回すももうひとつの出口は使がしっかり塞いでいた。
 逃げ場のない状況で錨をバットに見立て構える妻の姿に逆吊は思わず茶化して振る舞ってしまう。

「これって大丈夫かな?」
「殺しはしないわ。
 体に聞くことがたくさんあるからね」

 死刑宣告の直後、まるで加速を付けた金属が対象を蹴り潰したかのような重打撃音が響き頭に錨が刺さった姿で逆吊は断末魔を漏らす。

「き、機体がダメージを受けてまぁす…ガクッ」

 最後までふざけた態度を崩さなかった逆吊を尻目に細君は使に頭を下げる。

「この度は主人が本当にご迷惑をお掛けしました」
「…いや、元を辿ればこちらの管理不手際が原因だ。
 貴君が頭を下げる道理は無い」
「そんなことはありません」

 そちらに非は無いという使の言葉を否定する。

「夫を支えるのは妻の役目。
 馬鹿をやれば一緒に泥を被るのもその一つです」

 聞きように因れば男尊女卑の古い考えと切り捨てられるだろう言葉だが、彼女の目は使にそれを言うことを躊躇わせる『強さ』があった。

「……そうか」

 最適解を思い付かなかった使はその謝罪を受けとると次善手を提示した。

「逆吊は数日後にまた出向してもらう事になっている。
 今日はそいつを連れて帰るといい」

 そう言うと細君はありがとうございます。と一礼してから錨を頭に刺したままこそこそ逃げようとしていた逆吊の首根っこを掴む。

「行きますよあなた」
「いやいや。これって連行だよね?」
「ちょうどサラダ油の安売りの日だから帰る前に買いに行くわよ」
「ねえちょっとは俺の話も聞いてほしいなぁ?」

 勝手気ままを地で行く逆吊を完全に手玉に取りながら細君がエレベーターに乗るのを見届けた使は下りていくエレベーターの数字を眺めながら小さく呟く。

「人間の可能性…か」

 かつてはそれを否定し、そしてそれに敗れた。
 そして廻り廻って今自分はこの世界にいる。

「……戻るか」

 考える必要の無い思考を始めた自分を打ちきり使は踵返した。
 そして直面していた問題に結論を下す。

「公王はやはり四人同時にしよう」

 つい先程社長と煮詰めていた難易度についてやはり殺す気でいくべきだろうと決意を新たにした。

 後日、社内の一角にて次回発売のゲームの跳ね上がった難易度にβテスター達が次々と「心が折れそうだ」と言い残し倒れ伏す光景が拡がることになる。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。