なんでこんなことになったんだ!?   作:サイキライカ

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だが、奴なら或いは……


ありえんな。

 元帥から暫し席を外すよう言われた長門は何かあった際直ぐに飛び込めるよう扉の前で待機していると不意に懐かしい声を耳にした。

 

「あら?

 やっぱり長門じゃない」

 

 その声に長門が振り向くとそこには久しく見なかった姉妹の姿があった。

 

「陸奥か」

 

 ラバウルに異動した戦友であり血を分けた姉妹との10年ぶりの再会にも関わらず目線と声だけの対応に陸奥は苦笑を溢す。

 

「相変わらず外では固いわね」

「任務中だからな」

 

 無論長門とて望んでかのような冷たい態度を取っているわけではないが、扉一枚を挟んだ向こうで元帥が駆逐棲鬼と一対一で対話しているため気が抜けないのだ。

 

「ギャハハハハ!

 陸ったんのお姉ちゃんはクールだね」

 

 どう説明したものかと悩んでいた長門だが、それより先に何やら苛つかせる笑い声を上げながら割って入る者が陸奥の背後から現れた。

 

「あら主任?

 工廟の見学はもういいのかしら?」

「そうだねぇ。

 でもさ、こっちの方が面白そうじゃん」

「別になにもないと思うけど?」

 

 人差し指を顎に添えて軽く傾げる

陸奥。

 たったそれだけの仕草ながら横須賀の陸奥に比べ妙に色気を感じさせる。

 

「陸奥、そいつは?」

 

 陸奥の変化を不可思議に思いつつ二人の親しい様子にラバウルの職員なのかと辺りを付け確める長門。

 

「ああ、ごめんなさい長門。

 この人はラバウルに技術提携しているシンクタンク『from』から出向している技術顧問の逆吊氏よ。

 ラバウルでは『主任』と呼ばれているわ」

 

 陸奥の紹介に逆吊と呼ばれた男が挨拶をする。

 

「どもども。

 今ご紹介に与った主任です。

 まあ、今日の帰りに死んじゃうかもしんないけどね。

 アハハハハ!」

 

 何がおかしいのか全く理解できない長門を尻目に爆笑をする逆吊。

 

「あらやだ主任ってば、そうさせないために私達がいるんじゃない」

「そうだねぇ

 アハハハハ!」

「うふふふふ」

 

 爆笑する主任に釣られてか楽しそうに笑う陸奥。

 その様子は龍驤辺りならば「爆発しぃや!?」と血の涙を流して艦載機を叩き込みかねないほど仲睦ましげに見えた。

 

「……取り敢えずだ。

 私は今任務中なんだ。

 何か話があるというなら、後で時間を儲けるからその時にして貰いたい」

「あ、そうなんだ」

 

 殴っても許されそうなにやけ面を浮かべながらぼそりと呟く。

 

「まあ、今はこんなもんかな? まだ下っ端だし」

「何?」

 

 主任が何を言ったか聞き取れず問い質そうとするも主任はくるりと背を向ける。

 

「じゃあおじさんはここら辺で失礼するよ」

 

 まあ頑張ってねと最後までふざけた態度を崩さぬままその場を後にする。

 その背中が見えなくなると長門は軽く息を吐き陸奥に言う。

 

「…私が口を挟むべきではないと思うが、相手は選ぶべきじゃないか?」

 

 付き合うのは賛成しかねると遠回しに物申す長門に陸奥は違うわよと苦笑する。

 

「主任とは何もないわ。

 ああ見えてあの人愛妻家だし」

「……結婚できたのか?」

 

 アレ(・・)にそんな器用な真似が出来たのかと口が開いてしまう。

 気持ちは分かる陸奥はその様子に苦笑を溢しじゃあと踵返した。

 

「積もる話はまた後でね」

「ああ」

 

 そうお互いに約束を交わすと陸奥はその場を後にし長門も職務へと戻った。

 

 

~~~~

 

 

 深海棲艦化した艦は既に居ると告げたイ級の残酷な言葉にギシリと元帥の歯が軋む。

 

「……既に保護していたのだな?」

 

 感情を押し殺そうとして呻くように確認する元帥にイ級は追い討ちになると解っていたがそれでも事実を語る。

 

「二ヶ月ぐらい前か。

 南方棲戦姫が西から流れてきた春雨を拾ってきた。

 そいつは心身ともに壊れてた(・・・・)としか言いようもない状態だった」

 

 イ級はそこで一旦区切る。

 あの時の衝撃は今でも忘れようがない。

 直接手を伸ばすことか叶ったイ級でさえそうなのだから聞くことしか出来ない元帥の心中は察して余りあった。

 多少暈して表現したがそれでもきついようなら一服挟んだほうがいいと配慮を配るイ級に元帥は無言で首を降り続けるよう促した。

 

「はっきり言ってくれて構わん。

 春雨の容態はどうだったのだ?」

「……一番酷いのは大腿部から下の両足を丸々切り落とされていた事だが、他にも下腹部を中心に酷い暴行の形跡が幾つも確認できた。

 それらが直接の原因か正確なところはまだ解らないが、俺が姫に会わされた時点で春雨は『妖精さんの加護』を完全に失って深海棲艦化していた」

「……そうか」

 

 イ級の説明に対して元帥の答えはたった三文字だったが、ぶるぶると震える拳と岩のように硬く潜まった眉間の皺がその心情を雄弁に語っていた。

 

「それで、今は?」

「ほんの少し前に殻に閉じ籠ることを止めてくれたよ。

 下肢も明石が専用の艤装を造ることで移動に支障がないようにしてやってくれた。

 ただ、鬱も患っているみたいで大分不安定な状態は変わらない」

「で、あろうな」

 

 それが本人にとって良いことかは別だが、それでもほんの僅かにだが希望が見え元帥の眉間の皺が微かに緩む。

 

「その春雨に対し姫はなんと?」

「南方棲戦姫はよくわからないが戦艦棲姫は春雨を深海棲艦の姫級として擁立する心算があるように見えたな」

 

 明言こそしなかったが戦艦棲姫は春雨を『使えるようにしろ』と言った。

 それはつまり、何れ姫ないし鬼として運用するつもりなのだろう。

 海軍にとって不利益しかないその話だが、元帥はあろうことを口にした。

 

「そうなったのなら仕方あるまいな」

「……いいのかよ?」

 

 春雨が駆逐棲姫として牙を剥くのを容認するかのような言葉にそう問うてしまうイ級だが、元帥は何等揺るがぬ瞳で真っ直ぐ見返す。

 

「選ぶのは本人だ。

 申し訳無いが元艦娘であっても深海棲艦を大本営が擁護することは不可能だ。

 だからこそお主の所で春雨として生きることも姫達の下に降り駆逐棲姫として立ち塞がることも私には止められない」

 

 情けないことだがなと自虐する元帥は先程に比べて小さく見えた。

 

「……分かった。

 本人にもそう伝えておく」

「……」

 

 元帥は無言で頷くと更に尋ねた。

 

「春雨以外で保護した艦娘はおるか?」

「いや。

 だが、古鷹が深海棲艦化した阿賀野と翔鶴と戦ったそうだ。

 それと俺も深海棲艦を艤装として運用する高雄と愛宕の二隻と交戦している。

 胸糞悪いことにその誰もが人格に異常をきたしていた」

「……既にそれほどの数が…」

 

 知らないところで如月の魔手が際限なく広がっていたことが口惜しいと手袋ごと爪を噛む。

 

「それと、」

「まだあるのか?」

「これは南方棲戦姫から聞いただけで確認できていないが、おそらく元横須賀の大和も深海棲艦化している可能性がある」

「……やはりか」

 

 あの大和には建造時に深海棲艦を素材の一部に組み込まれていた。

 である故にその可能性は以前から憂慮されていた。

 

「驚かないんだな?」

「大和の建造過程は其ほどのものなのだよ」

「そうかい」

 

 イ級とてあの大和が普通に建造された艦だとは思っていなかった。

 そのためその想像が確定に変わっただけのことであり、その憎しみに何等変化もない。

 

「今のところ分かっていることは高雄達と翔鶴達は仲間ないし協調関係にあること。

 そして春雨を含めそれらは西から来た事か」

「だな」

 

 そうなると一つ疑問が挙がる。

 彼女達が西から来たということは如月もまた西側の何処かにいる可能性が高いということなのだが、そもそも深海棲艦が跳梁跋扈の限りを尽くす今の海をどうやって渡りきったのか?

 

「やはりアメリカが一枚噛んでいると考えるべきか?」

「そいつは少し無理があると思う」

「何故だ?」

 

 当然の帰結を否定するイ級にいかける元帥にイ級は答える。

 

「半年以上前の事だが、俺はアメリカの艦娘と会って少しだが向こうの事情を聞いたんだよ」

「ほう?」

 

 永らく知ることすら叶わなかったろうなかつての大国の今の現状とあり元帥は興味深いと食い付く。

 

「誰と会ったのだ?

 ミズーリか? それともやはりエンタープライズか?」

 

 アメリカの艦艇と言えば前から挙がるだろう二隻の名を挙げるもイ級はいやと首を振る。

 

「俺が会ったのはアルバコアだ」

「……成程」

 

 よく考えずとも今の状況で戦艦や空母が単艦で太平洋を横断するのは不可能だ。

 現在の太平洋の鬼門ハワイ島を抜けてきたというのであれば間違いなく大艦隊を編成した上での事だろうし、そうであればこちらが察知していない方がおかしい。

 でないなら、来たのが単艦で隠密性に優れた潜水艦なのは当たり前の結論と言える。

 

「しかしアルバコアか」

「やっぱり苦手か?」

 

 微妙な表情を作る元帥にそう問うイ級に元帥はいやと首を振る。

 

「私個人が苦手という事ではないのだが、満潮や曙といった姉妹を討たれた艦が異常に反応しないだろうかと思ってな」

「本人じゃなくてか?」

 

 アルバコアの名にリンガの天龍があらかさまに反応していた事を思い出して問うと元帥は試すように片目を閉じる。

 

「殺されることと目の前で失う痛み。

 お主はどちらが辛く憎い?」

「……そう…だな」

 

 大和への憎しみの原点(千歳と球磨の死)を思い出してイ級は絞り出すようにそう答える。

 

「確かに。

 俺だって似た者同士だったな」

「……」

 

 長門から何故イ級があの大和から逃げおおせたのか聞いていた元帥はその様子に少なくない後ろめたさを覚えたがそれを封じ話を戻す。

 

「して、アルバコアはなんと言っていたのだ?」

「……かなり胸糞悪い話さ」

 

 憎しみを再確認したイ級はその業火に蓋をしてかつて聞いた話をする。

 

「アメリカじゃ艦娘に人権はないらしくてな。

 毎日大量に建造されてそのまま戦場に放り込まれてるそうだ」

「……流石、世界一の工業力は伊達ではないようだ」

 

 資源に乏しい日本なら考えられないやり口にそう皮肉る。

 だが、同時にそれも仕方ないかとも考える。

 そもそもアメリカと日本ではその守備範囲が違う。

 日本は国土が小さな島国故に安全地帯は無いに等しいが、逆に言えばその小ささ故に防衛範囲は絞られている。

 それ自体は利点とは到底言えないが、しかしその利点を奇跡的に生かし活路を拓いたからこそアジアの多くに支持を得ることが叶い今の戦線を維持するまでに引き戻せた。

 一方でアメリカは合衆国のみならず隣国のカナダとメキシコまでを含んだ膨大な海面地域までが守備範囲となってしまったのだろう。

 大陸の全ての海岸線となれば幾ら数を投入しようと高錬度の艦娘を維持しきれるわけがなく、その結果建造した艦娘の成長を待つ暇もなく使い潰しに走らざるを選なかったのだろう。

 

「アルバコアは使い潰されたくないからって、ハワイを強行突破して此方に艦娘を投入する作戦に潜り込んでとんずらしたらしい」

「……その様な作戦は聞いたことがないな」

 

 その作戦が本当ならアメリカの艦娘をこちらが確認しているはず。

 全て失敗したため此方にまで情報が届かなかったのか…

 

「或いはその作戦そのものが虚言であったか」

「無いとは言わねえが…だったらアルバコアの目的は何だったんだ?」

「今はいないのか?」

「装甲空母ヲ級の時に帰っちまってな」

「何か言っておらなんだのか?」

「直接会った北上が言うには子供がどうとか言ってたらしい」

「子供?」

 

 何の事だと暫し頭を巡らせた元帥はふとある名に思い至るも直ぐにそれを否定する。

 

(……あり得ん。

 もしそうなら(・・・・)アメリカがとうに深海棲艦を滅ぼしている筈)

 

 故にそれだけ(・・・・)は有り得ないと頭を過った最悪の兵器(・・・・・)を否定した。

 

「ともあれだ。

 私の方でも如月に関与したものを拷問にかけ洗い出してみよう」

「…訊問じゃなくてか?」

 

 かなり物騒な単語が飛び出した事に若干引きつつそう問うと元帥はさらりといい放つ。

 

「拷問は提督の嗜みだ」

「聞いたことねえよ」

 

 当然だという元帥に呆れ混じりに返すイ級だが、そこにアルファまでもが口を挟む。

 

『地球連合軍デモ拷問ハ提督ノ嗜ミデシタガ?』

「怖すぎるわ!?」

 

 なんで世界を跨いで変な常識が蔓延っているんだと慄くイ級。

 

「ほほう?

 異世界の嗜み、非常に興味がそそられるな」

『然シテ変ワリハ無イカト。

 部屋ノ隣ガフォースノ調整室ダトイウ程度デショウ』

「いやいや。

 確かに拷問官が出来ることに大差はなかろうが此方には艦娘という独自性があるぞ」

『ホウ?

 彼女達モ参加スルト?』

「あまり直接は関わらんがな。

 余りに口が固いので食事を磯風の手料理にしてやったことがあったな」

『ソレハソレハ。

 胃カラ責メルノハヤハリ基本デスネ』

「うむ。

 その目の前で鳳翔手製のひつまぶしを食らってやるのは実に愉悦だ」

『ヨクワカリマスヨ』

 

 イ級が理解できないものを見る目をするのに構わず二人は楽しそうに拷問について語り合う。

 

「……え? 付いていけない俺がおかしいのか?」

 

 いつの間にのかおいてけぼりにそうごちるが、やはりそうじゃない筈と話を引き戻しに掛かる。

 

「ともかく、こっちも戻り次第ミッドウェーの姫にハワイ周辺からアメリカ側の深海情勢を聞いてみるから、例の件も含め纏まり次第結果を送る」

「そうしてくれ」

 

 少々もの足りげながら今後に関わる話を切り出され元帥はそう頷く。

 なんとか元に戻った流れの中元帥は階段の終わりを口にする。

 

「今回の結果がお互いにとって有意義なものになるようお互いに勤めよう」

 

 共通の敵と共通の目的を共有できた。

 この先どうなるかはまだわからないが、それだけは確かな手応えとして掴めた事で今回の会談は終了した。

 




ちょっと駆け足ですがいい加減にしないとということで会談は終わりです。

次回は島に帰れる……筈。

以下は投入しようとして没にしたネタ。




 イ級がまったく理解できない拷問のあれそれで話が沸くアルファと元帥だが、不意に元帥の様子に変化が現れた。

『?
 ドウシマシタ?』
「いやな。
 少々思い出したくない事を思い出し」

 脂汗を浮かべそう言った直後、突如元帥が錯乱した。

「待ってくれ鳳翔!?
 誤解なんだ!!
 確かに榛名の胸を触ったのは事実だが決してセクハラというんじゃない!!??」

 まるで目の前に笑顔でキレる鳳翔がいるかのように取り乱し弁明を重ねる元帥。

「もしかしてフラッシュバック?」
『デショウネ』

 どうしたもんかと途方に暮れる二人を尻目に一人ヒートアップしていく元帥。

「やめてくれ!?
 その艶々の白米にマヨネーズは無いから!?
 そんなジャンクフードをお前が食べないでくれ!!??」

 情けなく泣きながら詫びる元帥にイ級とアルファは落ち着くのをただ待つしかなかった……

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