ゴッドイーターになれなかったけど、何とか生きてます。   作:ソン

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お久しぶりでございます、皆さま。社会人生活に振り回されながら、何とか生きております。
文章力が著しく低下してるのもあり、スランプ真っ只中です。
また少しずつですが、執筆はしております。こんな作者ですがどうか末永くお付き合いください。



RB編7 崩壊

 

 

 懐かしい夢を見た。

 ラケル博士とジュリウスやネルちゃん、ブラッドの皆と談笑している。

 必ず帰って来ようと決めた場所。――それは多分、叶わない。だって僕はもう、彼らの知る僕じゃ無くなってしまったから。

 きっと僕がそこに戻る時、もう僕は僕じゃ無くなっているでしょう。きっとこの世で、最も恐ろしい怪物に成り果てていて、殺される定めにあります。

 けれど僕はもう、それを受け入れる事にした。だから、その時はどうか、その手で僕を――。

 

 

 

 

「……! 生きて、る……?」

 

 見えたのは白い天井。首を回せば、見覚えのある室内が見える。

 体を動かしても、痛みは少ししか無く、血が僅かに滲む程度。どのくらい月日が経ったかは不明。だが、体をいくつも撃ち抜かれ、電撃、熱傷、凍傷、切創、打撲――ありとあらゆる傷を受けたのだ。

 季節が変わっていてもおかしくはない。

 

「……?」

 

 傍に合った電子時計の日付を見て唖然とする。

 例の死闘から、僅か二日しか経過していない――。だと言うのに、体中の傷はもう塞がり始めていた。

 

「そんな、馬鹿な……」

「――うむ、全くの同意見だよ」

 

 カーテンを開けて、榊が姿を現した。

 その表情はいつものように、相変わらず何を考えているか読み取れない。

 

「セン君――まずはお礼を言わせてくれ。ありがとう、君が赤いサリエルを倒してくれたのだろう? そのおかげで、極東支部の破滅を避ける事が出来た。

 言葉では余りにも安すぎるが。――本当に、ありがとう」

「……僕一人の力じゃないです。あの時、姉さんが僕に力を貸してくれました。

 そのおかげで、僕は今こうして生きています。全て、姉さんのおかげです」

「……そうか。なら、後でサラ君の墓前にも手を合わせておくよ。

 それより、セン君。君はあの後、自身の重症度を知っているかい?」

「ええっと、確か左肩と右大腿、右前腕、腹部に貫通。後は全身にありとあらゆる傷……って所でしょうか」

「あぁ。帰投中のヘリの中で、君に緊急治療、そして極東支部で緊急手術が行われた。医学的に、そして科学的に考えても、君が生きているのが不思議なくらいだった。

 ……ここから先は私個人の見解だ。下らない妄想だが、興味はあるかね?」

 

 黙って、頷いた。

 榊の見解は、下手な学説よりも信頼できる。

 

「……セン君、そもそも神機使いがアラガミに近い存在であると言う事は知っているね? 故にアラガミは神機でしか倒せないと言うのが通例である事も」

「はい」

「今の君は……神機使いではなく、アラガミになりつつある。数値上変わりはないが、この先、君がアラガミになる事自体いつ起きてもおかしくないと私は考えている」

「……それは、腕輪を壊されたゴッドイーターのように、ですか?」

「そこは分からない。けれど、もうそうであれば、数値に何らかの変化が出ているはずなんだよ。けど、それが無いから断定は出来ない。だから――私にはそれを止める術も知恵も無い」

「……」

「……何か相談があったらいつでも言ってくれ。ただし介錯なんて話は無しで頼むよ。今の君は、極東支部の立派な戦力の一人なんだ。

 そして、この世界でただ一人――二つの神機を何のペナルティもなく使えるのだからね」

 

 そう言って、榊は踵を返して行った。

 センは己の手を見る。この体がいつか、アラガミに成り果ててしまう時が来る。理性を失くしてしまった獣に。

 その時、自分はどこにいればいい? 今の状態で――この場所に、ましてや元の世界に戻るなんて事は出来ない。ネルやジュリウスに、殺してくれとでも懇願するつもりなのか。友人を殺したと言う罪を、彼らに背負わせるつもりか。

 でも他に、手段はない。進行するアラガミ化を止める術は存在しない。

 

「……どうする。このままじゃ……」

 

 感覚が何かを捉えた。扉の開く音がしたはずだが、辺りには誰もいない。見れば、反対側のカーテンに微かだが人影が写っている。

 長い黒髪の端が、見え隠れしていた。

 

「誰かいるの?」

「私。――えっと、その、入るわよ」

 

 遠慮がちに彼女がカーテンを開ける。

 体のあちこちに包帯や絆創膏があったが、彼女は軽傷で済んだ事に安堵した。

 

「……ここ、座るわよ」

「うん」

 

 沈黙が部屋を包む。それを裂くように彼女が言葉を切り出した。

 

「まず、本題に入らせて。――まずアイザック・フェルドマンが作戦を発表したわ。

 螺旋の樹開闢作戦。螺旋の樹に関しては?」

「ジュリウスが核になっている事くらいなら」

「それだけで充分。……ネモス・ミュトス襲撃。その事の発端が、螺旋の樹と言う事が判明した。

 ――あのカリギュラも、赤いサリエルも、近頃確認されている変異種も、全て螺旋の樹にほど近い場所で目撃されている。これから推察される結論は一つ」

「螺旋の樹自体が……アラガミを作り出している?」

 

 何かがピタリと当てはまった。ネモス・ミュトスの件ではアラガミの侵入口が不明であり、それ故にあの地域周辺は今も厳戒態勢が敷かれている。

 幾度となく、捜索及び原因追及が行われたが結局全てが不明のままだったのだ。

 

「えぇ、概ねその見解で一致した。このままアラガミと対峙した所で、私達が後手に回るだけ。だから、本陣を叩く事になったわ」

「……螺旋の樹の侵入は?」

「ブラッド隊に同行するリヴィ・コレットが活路を開く。その際、アラガミとの遭遇が予測されるから、私達でそれを叩く」

「リヴィ、か」

「えぇ、今彼女はジュリウスの神機に適合した。螺旋の樹はジュリウスの情報を元に構成されているから、道を開くには彼の神機が合理的だそうよ」

 

 リヴィ・コレット。顔だけなら見た事はある。情報局直属の神機使いで、アラガミ化した神機使いの介錯を専門にしていると。

 時間さえかければ、どの神機にも適合する事が出来る特性を持つ。

 

「……話が逸れたわ。

 で、安全の確保を確認した後、神機兵にて螺旋の樹内部に侵入。制御装置を設置して、調査を開始する。

 ま、ざっとこんな所。私達は先陣――要するに切り込みよ。正直な話、どんなアラガミと対峙するかは不明」

「――支援は」

「神機兵が三機。それだけね」

 

 戦力が手厳しいと言う事。守りにも重点を置かねば、ネモス・ミュトスの二の舞になるであろうことは、簡単に想像が付く。

 さすがにセンと言えども、それ以上口を挟む事は出来そうにない。

 

「……有人型?」

「えぇ。その内の一人はクジョウ博士よ」

「クジョウ博士? 神機兵の訓練はしてるのか?」

「一応、セミオートのを使うみたいよ。役に立つかは分からないわ。案山子にはならないでほしいけど」

「……決行日は」

「明後日。貴方が目覚めた後、ブリーフィングを行う予定よ。……ほら、行きましょ。体は動く?」

「うん、大丈夫」

 

 ネルの手を借りて、ベッドから起き上がる。

 骨が軋みを挙げるものの、体は痛まなかった。

 

「その、それと……ありがとう」

 

 彼女はそう、小さく呟いた。

 

 

 

 

 螺旋の樹――新たなる戦いの場。

 その根元フライア保管庫ではかつてブラッド隊とラケル・クラウディウスの産物が死闘を繰り広げた。

 今、その場に新生ブラッド隊は集結している。かつての彼らはそこで一人の青年を救う事が出来なかった。理想に殉ずるその背中を引き留められなかった。

 誰もが強い眼差しで、其れを見ている。

 リヴィ・コレットが、ジュリウスの神機を持ち静かに構える。それはまるで引き絞られる弦のように――。

 生じた亀裂が徐々に広がっていくと共に、機械が作動し、亀裂に無理やり突起物を押し込んで、亀裂を穴へと変えていく。

 

 ――来る。

 

 センの直感が何かを捉えた。何かが迫って来る足音。それに伴う僅かな振動。徐々に大きくなって来ている。

 

「迎撃準備! 大型が来るわ! 神機兵は背後に!」

 

 揺れがさらに強くなる。――だが、それが途端に消えた。聞こえていた筈の足音も消えている。

 

「散開ッ!」

 

 轟音、衝撃。

 見れば、目の前にはアラガミの姿がある。

 鎧の様な黄金の表皮と、今にも溢れ出さんとする黒炎を全身に纏う四足歩行型のアラガミ。

 雄叫びと共に、周囲から火柱が立ち上がる。仇為す者を焼き殺さんと言わんばかりの唸り声を挙げていた。

 その瞳がセンを捉える。玲瓏な刃の如き殺意――体が反射的に動いた。

 小さく力を込めて跳ぶ事でのステップ。殺意の火線から身を逸らす。

 攻守反転。それを弁える事から、既に戦いは始まっている。

 左手の神機を銃形態に切り替え、顔面目掛けて炸裂させる。纏っていた黒炎が、衝撃で掻き消されていく。

 右手の神機は剣形態のまま、薙ぎ払うように振るい無防備な顔面に、強烈な斬撃を叩き込んだ。

 

「――」

 

 感じたのは手堅い感触。一度の斬撃では、その身を断つに至らない。だが、削る事は出来た。

 アラガミはまだ怯んでいる最中。もう一撃ならば確実に。しかし二撃目を与えるならば相打ち覚悟になるだろう。

 銃形態の神機を剣に替え、二刀を右側に。救い上げるように繰り出す斬撃。

 ――斬撃が重なる。ネルが、センのタイミングに重なるようにして攻撃を合わせたのだ。

 思わぬ衝撃に、アラガミが再度大きくよろめき、更なる空隙が生まれる。

 

「ナナっ!」

「任せて!」

 

 センとネルがさらに踏み込み、アラガミの足を同時に斬り払う。不安定な姿勢で足を奪われれば――。

 

「そこっ!」

 

 ナナが跳躍し、ブーストハンマーを構えた。最大出力――溢れ出すオラクル細胞が生み出すのは、破壊力。それは文字通り大地を崩す程であった。

 叩き込まれた強烈な一撃。――それは引導を与えるに十分すぎる威力。

 

『対象沈黙を確認! 早い……!』

「……違うわ。コイツらはただ脆いだけ。街一つ破壊しかねない力を持つ癖にね」

 

 神融種の特徴。それは強力な力を持つが、極めて脆いと言う事。

 故にベテランの領域に達しているゴッドイーターならば対処は容易い。

 

『! また新たな反応です! これは……神機使いの……? いや、それにしては僅かなアラガミの反応が』

 

 

「中々に勘が良い。――だが、現実に正誤を求めるのは筋違いと言う物だよ」

 

 

 そんな声が響いた。枯れ果てた男の声。

 切り開かれた螺旋の樹。そこから一人の男が姿を現していた。

 その姿に、センは小さく息を吐く。

 

「……おや、余り驚かないのか。少しは期待してたんだが」

「いえ、正直な話今までは信じられなかった。でも、今貴方が目の前にいる。それだけで全てに納得が行きました。

 けれど、出来れば否定したかった。僕の、思い違いであってほしかった」

 

 ネモス・ミュトス支部長ロセル。

 そう呼ばれていた男がそこにいた。

 ロセル・エンミティ。ネモス・ミュトス支部長で、現在本部に出向中であった筈の男。

 その顔には貼り付けられた笑顔と、黒い雰囲気だけが立ち込めている。

 

「ロセル!? 何でここに……!」

「愚問だ、ギルバート・マクレイン。私はただここにいる。それだけだ」

「……単刀直入に聞くわ。アンタは敵? それとも味方?」

「さて、どうだろうな。お前達がどうするかでそれも変わるが。

 ただ――この状況で私が味方と考えるのなら、それは少しばかり楽観的だ」

 

 強い違和感。あの男には何かが欠けている。正気である事を証明する何かが。

 

『警戒してください! ロセル・エンミティはアラガミ化しています!』

 

 腕輪が無い。ゴッドイーターの命綱でもある其が、男には無い。

 

「手始めに大掃除を始めよう。――今、この時を以て、人の歴史を終わらせる」

 

 ロセルが右手を掲げ、指を鳴らした。

 ――途端、螺旋の樹が大きく振動し、次々と破裂していく。そうして生まれた穴から噴き出してくる大量の泥。――否、アレは泥では無い。

 

『アラガミ反応多数! 各地へ散らばりつつあります!』

「! それが、神機使いのする事ですか!」

「あぁ、そうだ。私の根幹はそこにある。

 それと、君達に返すモノがあったよ。返しておこう」

 

 赤いサリエルが、何かを抱えながらロセルの下まで降りていた。

 そうして置かれたのは一人の青年。かつてブラッドを率いて戦っていた者。彼らが、何よりも取り返したかったモノ。

 

「……ジュリウス?」

 

 ジュリウス・ヴィスコンティが傷だらけの体で、横たわっていた。

 

「一命は取り留めている。命に別状はないよ。医務室で寝かせておけば、自然と目を覚ますだろう」

「……読めない。お前は何が目的だ。ジュリウスがいなくなれば、螺旋の樹は崩壊するぞ」

「それは違う。螺旋の樹がまた動き出すだけだ。新たな指向を以て、世界すら変える願望機となる。

 ――まぁ、これで最後だ。少しばかり語るとしよう。まずは目的だったね」

「……別に言わなくてもいいわよ。後で吐いてもらうから」

「年長者は敬うモノだよ、ネル・カーティス。それに君達は一つ大きな勘違いをしている」

 

 瞬間、ロセルの姿が掻き消えた。

 轟音――ギルバートとナナの二人が、地面に叩きつけられていた。愚風――リヴィとシエルが投げつけられ、壁に激突した。

 ネルが振るった神機。ロセルはそれを左腕で容易く受け止めている。

 

「私の戦闘経験は、千を優に超えている。――その動きは、もう見慣れたモノだ」

「っ!」

「焦るな、セン。否、セン・ディアンス」

 

 ロセルの右腕がセンの首を捉えた。軽々と持ち上げられ、その力量差を見せつけられる。

 

「貴方、は!」

「あぁ、さっき聞いたばかりだった。まさか、君と彼女がな。道理で様子がおかしかった訳だ。

 ――お前がいなければ、彼女は死ななかった。全てのゴッドイーターが、生還したはずだった」

「そうか、そうか……! やはりあの一件は……! けど、どうして!」

 

 ネモス・ミュトス襲撃。その根幹にいたのは、間違いなくロセルと言う男。

 けれど理由が分からない。彼とてあの街に思い入れはあったと言うのに。

 

「知れた事。弱者を救う事に疲れただけだよ、私は」

「弱者……?」

「守られる事を当然と考え、防人を詰る。そんな者を命懸けで守る理由がどこにある。

 いくらでも替えの効くような連中に、何故全てを差し出す必要がある」

 

 冷たい声音だった。冷徹な、鋭利な、何物も寄せ付けないような。そんな声だった。

 

「だから、全てを殺す。神機使いが求められない世界を創る。

 ――彼らの生きた証を、私がこの世に刻んでいく」

「そんな事、させてたまるかっての……!」

「止めてどうする? また変わらない世界が続くだけだ。その体を傷つけ、心をすり減らし、その時間を日常と欺いて、ただ朽ちていく。

 そんな世界は、悪い夢だ。だから覚ますのさ」

「……狂ってるわね、アンタ!」

「そうとも。世界を変えるのはいつだって狂人だ。誰からも理解されない、孤独な存在だ」

 

 掌底がネルの腹部へ吸い込まれるように――センの放った蹴りが僅かに軌道を逸らす。

 だが、ロセルの強靭な体は蹴り一つで身じろぎはしない。

 

「ッ……!」

 

 ネルの体が藁屑のように吹き飛ばされ、そのまま動かなくなる。

 ブラッド隊が僅か数分足らずで全滅。ロセルの発言は決して脅しでは無かった。

 

「セン・ディアンス。君は良く足掻いた。右も左も分からないこの世界で、よく前に進む事が出来た。

 ――だが、それが命取りだった。君はあの時、あの場所で死んでおくべきだった。そうすれば彼女の目にも止まる事は無く。ジュリウスが不要になる事も無く、物語は進んでいただろう。

 君の強みこそが、君の過ちだった。もう遅かった。今更どうもがいたところで、この世界から生きては出られない。

 眠りたまえ、哀れな少年。それが、君に出来る最善だ」

 

 ロセルが取り出した注射器。それを首筋に打ち込まれた後、センの意識は闇に落ちていった。

 

 

「――これで、良いのだろう。ラケル・クラウディウス」

「えぇ、充分よ。彼の体さえあれば、全てが完成する。ジュリウスはその後、全てが終わってから出迎えるとします。

 まずは彼の自我を、少しずつゆっくりと、解体するとしましょう」

 

 

 

 

 声が、聞こえた。

 聞き覚えのある声が、聞こえた。

 

 

 

「――デフラグメーション、起動」

 

 

 

 これは一人の少年とその奇跡を否定した世界の話。

 

 

 

 










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