ゴッドイーターになれなかったけど、何とか生きてます。 作:ソン
螺旋の樹の異変と共に、極東支部とネモス・ミュトス双方がアラガミの襲撃に遭遇した。
ネモス・ミュトス崩壊。一夜の惨劇。
突然のアラガミの襲撃によって、一つの支部が滅んだ。民間人とフェンリル職員はほぼ全滅。
アイザック・フェルドマンの演説のため、ゴッドイーター達が警備に配置され、もぬけの殻となっていた所を突如現れたアラガミが強襲。この戦闘によって、ネモス・ミュトス副支部長サラ・ディアンスの死亡が確認された。
民間人及びフェンリル職員ほぼ全滅に加え、ゴッドイーターの戦死。その責任を取り、ロゼル・エンミティは支部長を辞任。本部へ出向。生還したゴッドイーターは皆、極東支部に吸収される形となった。
生き残った民間人は、生還したと言う事実に苦しめられ、一部がその命を絶った。神機使い以外の最終的な生存者は、最早一握りしかいない。
後になって極東支部の部隊が駆けつけた時、最早街は灰と血の海だったと言う。
「……成程。やはり君がゴッドイーターになる事を志願したのは、彼らの敵討ちのためなんだね。――セン君」
榊の前にいるのは、数少ないネモス・ミュトスからの生還者であるセン。
だが、その瞳は酷く濁っていた。まるで深い闇を閉じ込めたかのように、ただどこまでも黒い。
「……はい。
ゴッドイーターとしての適性は申し分ない。
あのサラ・ディアンスとほとんど数値が同じなのだ。肉親でも数値が同じ、と言うのは全く前例が無い。
「配置はどこを希望する? 君の適性ならばどこでもこなせるよ」
「……を」
「……」
その声に、榊は小さく頷いた。
どうか彼の心が、少しでも救われるようにと。
「――ブラッドを希望します」
ブラッドに新しいゴッドイーターが配属される。
その噂が流れるまで、然程時間はかからなかった。ネモス・ミュトス消滅の報せは、全てのフェンリル支部にとって神機使いの強化を促す焦りをもたらす事になったのだ。
また極東支部はネモス・ミュトスにも近いため、次のアラガミ強襲があるとすれば――間違いなく、そこだ。
一夜の惨劇は、極東支部だけではなく、フェンリル全体に大きな影響を及ぼしつつあった。
センはただ、己の腕を見る。そこに付けられたのは黒い腕輪。ブラッドの証。
求めていた物を手にしたと言うのに、心は少し変わらない。
「……姉さん」
もし一緒に戦えていたら、あんな事にはならなかったのだろうか。
そんな後悔と、胸に残る仄かな温もり。それを抱いて生きていく。
「今度は俺も、戦うよ」
「――なら、精々死なないように頼むわ。ホント、そういうの嫌だから」
聞き覚えのある声に振り返る。黒く長い髪に、覚えのある顔立ち。
懐かしい声音が生み出した言葉は、小さな齟齬を生んだ。
「……ネル、ちゃん?」
「……はぁ、アンタ初対面の人間にちゃん付けって何? まぁ、いいわ」
思わず気を疑う。目の前にいる少女は果たして、そんな言葉遣いだっただろうか。
「ブラッド隊隊長、ネル・カーティス。
生き残りだからって、特別扱いはしないわ。役に立たないと思ったら、すぐに除名するから、そのつもりで」
「……了解」
獣の様な鋭い目に、剣呑な雰囲気。出る言葉は辛辣な物。
――また一つ、懐かしい記憶が遠ざかっていく。
「――後、血の力なんて求めようとしないで。そんなものに頼る前に、まず自分を強くしなさい」
そう言って、ネルは踵を返して行く。
胸の中を這いずる鬱屈を、溜息で追い出すように、彼は椅子に座り込んだ。
「君が、例の生き残りか」
「……貴方は」
聞こえて来た声にまた立ち上がり、センは一人の男を見る。
モニターから見たその相貌が繋がり、すぐに名を思い出す。
「フェルドマン局長……」
「……楽にしてくれ。君に声を掛けたのは、私個人の謝罪だからだ」
「謝罪……?」
「あぁ。……私がネモス・ミュトスの人員まで警備に出さなければ、あそこまでの害を被る事は無かった筈だ。
初動が遅れ、極東支部周囲の掃討で手詰まりになり、ネモス・ミュトスの通信がそもそも遮断されている事まで見落とし……。これは私の失態に他ならない。
済まなかった、セン」
正直な所を言えば、口を荒げて罵りたかった。あの人を返せと、吼えたかった。
だが、それは個人の我が儘でしかない。フェルドマンはあの時、己に出来ることをした。極東支部周囲の被害が軽微なのは彼の迅速な対応によるモノだ。
何より、彼があの悲劇を起こしたのではない。だから、彼を責めるのは全くの筋違いだ。
死者は蘇らない――その事実をただ、受け止めるしかない。
震える声を、彼は胸の奥から絞り出した。
「……いえ、気にしてない……と言うのは嘘になりますけど。でもあの時、誰もが必死だった。誰もが自分に出来る事をした。
助ける事が出来なかった僕に、誰かを紛糾する資格は、ないです」
迫るはオウガテイルとサイゴート。まず突進してくるオウガテイルへ斬撃を加え、怯ませる。間髪入れずに、サイゴートの女体部を掴み地面に叩きつけ神機を突き刺して処理。先のオウガテイル事、纏めて両断する。
途端、背後から雄叫びを上げ、オウガテイルがもう一体跳躍した。
「――ッ!」
薙ぐ。全身全霊を以て打ち払ったその一撃は、オウガテイルを切り裂いた。真っ二つに裂かれたその隙間から、コンゴウの姿が見える。
その速度を保ち、神機を投擲――。狙うは眉間。吸い込まれるようにして、直線の軌道をなぞる神機は、コンゴウの頭部へ直撃し、先端の刃が突き刺さっている。
「邪魔――」
コンゴウがよろめいている。刀身が空を見上げていた。
そこから跳躍する。神機の柄へ、渾身の力を込めて踵落としを叩き込んだ。
「だッ――!」
大地が陥没する。――それと共にアラガミが砕け散り、残滓へと還っていく。
彼は神機を持ち、刃を払う。
「……今日も、いないか」
あの赤いサリエル。サラ・ディアンスに致命傷を与え、彼女が落命する事になった原因の一つ。
調査の結果、ニュクス・アルヴァとは異なる過程の進化を遂げた感応種であると言う事が判明した。そしてレーダーには映らないと言う事。つまり、いつ乱入するか、いつ姿を現すかなどが分からない。即ち――任務中はいつ、襲われてもおかしくないのだ。
彼、センは瓦礫に座り込んで、空を見上げた。
「……待っててくれ、姉さん。貴方の仇は、俺が必ず」
荒ぶる神々よ、忘れるな。
執念が果たされるその時まで、この憎悪は獄の底を覆い尽くす。
ゴッドイーターとしてアラガミを屠り続けて、数日。最初は慣れなかった神機の扱いも徐々に身に染みている。
大型種のアラガミも単身で対処とは行かないものの、それなりに渡り合えるようになりつつあった。
センとて、ただ安穏と過ごしてきたわけでは無い。幾度となく、ゴッドイーター達の背中を見て来た。彼らの雄姿を、咆哮を――そして、悲劇を。
「あの、センさん」
「はい?」
任務の同行者であったシエルが、申し訳なさそうな表情をしていた。
何かマズい事でもしただろうか、と言う不安が浮かぶ。
「隊長なんですけど、実は最初からああ言った辛辣な態度では無かったんです」
「……最初から?」
「はい、私が入隊してきた時はとてもよく笑う方で、まだ右も左も分からない私に気さくに接してくれました」
それはセンの記憶にあるネルとも一致する。
なら、どうして彼女は態度が豹変したのか。
「……ロミオさんが戦死した、と言う話はご存じですか?」
「数ヵ月前に、マルドゥークに襲われてと言う事は」
「それからです、最初は隊長も無理して笑ってくれてました。ジュリウス……前隊長が脱退した後も、私達の前で必死に。そこまでは、まだ良かったのかもしれません。
隊長が任務に同行したゴッドイーターは血の力に目覚めると言うのは?」
「……まさか、その後も」
「……はい。あの後も、隊長と同行したゴッドイーターは戦死していきました。
隊長の実力が高く、大型種に単身で渡り合えるのはあの人しかいない。……血の力に目がくらんだ者が、無理に同行しようとして……。日に日に隊長は笑わなくなっていって……。
今、あの人が何て呼ばれてるか、知っていますか」
「……」
「――死神、です。神だけではなく、人まで喰い殺す。
そんな筈は無い。ブラッドやクレイドルの方は気にしていませんが……。
私達は、気づけなかったんです。隊長が苦しんでると言う事に」
――苦しそうだ。
それがセンから見たネルの第一印象。彼女は一人で抱え込もうとし過ぎたのか。
詳しい理由と、何かが彼女を変える引き金になったのかは分からない。
でも、助けなくてはならない。
助けられた命。生き残ってしまった存在。だからこそ、他の人の為に生きなくては。
「分かりました。ありがとうございます、シエルさん」