ゴッドイーターになれなかったけど、何とか生きてます。   作:ソン

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まさかの中編。区切りよくしようとしたらこうなりました。
次回こそ、終末捕喰編完結です。


思い出す

 

 セン・ディアンスが終末捕喰に飲み込まれてから、三十分が経過した。

 極東支部でのラウンジでは、榊とラケル、そしてブラッド隊に極東支部の主要メンバーが控えている。

 

「セン君が飲み込まれたと報告があってから凡そ三十分。終末捕喰は依然として増殖を続けている所を見ると……完全に彼の意志は消失したようだ」

「……そんな」

 

 空気が重い。

 作戦成功のカギはセン・ディアンスの存在だ。そんな彼が無力となったのだから、最早終末捕喰は避けられないと言ってもいい。

 寧ろ赤い雨で人々が死に至るのが先か。

 

「何か、何か手段は無いんですか。榊博士!」

「……すまない」

「ラケル博士」

「……ごめんなさい。……ノヴァの意志がある事を完全に失念してしまっていたわ」

 

 このまま死を待ち続ける。

 人類にはそれしか残されていない。――そんな無言の圧力が、全員にのしかかりつつあった。

 

「ラケル博士、センの意志は消失したと言う見解ですが、俺はそうは思いません」

「……ジュリウス?」

「寧ろ俺は、センの意志が初期化された――すなわち眠っている状態だと考えています」

「つまり、何らかの反応によってセン君の意識を呼び覚ますと言う事かい? だけど……――!」

 

 突如、榊が立ち上がる。

 まるで我慢しきれないと言った様子で、彼はジュリウスを見つめた。

 

「そうか……! 君達ブラッドが血の力で神機を呼び覚ますのと同じように、セン君の意志を血の力で覚醒させるのか!」

「はい。もう一度センがいれば、終末捕喰を止められるはずです。その間は――俺達ブラッドが死守します」

「……つまり俺達クレイドルの役割はさっきと同じだな。ブラッドの突入を援護し、そして退路を守り抜く」

 

 ――活気が戻って来る。

 希望があれば、活路があれば、例え死が九あろうとも生が一つでもあれば、人は望みをつなげることが出来る。

 

「ネル、悪いがもう一度指揮を頼む。今度こそ成功させるぞ」

「はい……!」

 

 セン・ディアンスを奪還し、終末捕喰を止める。

 届かない声なんて、きっとない。

 

 

 

 

 街はいつも通りだった。

 買い物に集う人々で溢れていて、誰もが楽しそうに笑っている。

 うん、いつもの見慣れた光景。

 

「……」

 

 だと言うのに、心は晴れない。

 ――さっきから胸が痛い。まるで何かを叫んでいるかのようだ。

 

「病気か、何かかな……」

 

 傍にあったベンチに座り休憩を取る。

 そういえば昔、こんな事を前にも――。

 ――あれ。

 

「何だ、今の」

 

 まるで何か無理やり掻き消されたかのような……。

 どこか釈然としない。何か落ち着かない。

 思い出せ、思い出せ。早く。

 

 ――僕はどうして、ここにいる。

 

 

 

 

 神機兵保管庫。そこに渦巻く終末捕喰は以前よりも強大となっていて、一種の大樹となっていた。

 既に雲を貫かんとする程にまで伸びた大樹はやがて世界その物を飲み込もうとするのだろう。

 止めなければならない。

 

「皆、準備はいい?」

 

 これからブラッド隊は終末捕喰を構成するオラクル細胞へブラッドアーツを繰り出す。そこから血の力を使い、感応現象を利用してセンの意識を覚醒させる。それまでが今回の目的である。

 それぞれが神機を構えた。

 

「届け――!」

 

 キュインと唸りを上げて神機に光が灯る。

 

「届け――!」

 

 届かない声なんて、きっとない。

 

「届け――!」

 

 証明して見せる。人々の意志の力を。

 

「届け――!」

 

 だからここで止まる訳にはいかない。終わるわけにも行かない。

 

「届け――!」

 

 彼を取り戻す。助けを待っているはずだから。

 

「届け――!」

 

 その場にいる者が確かに見た。

 いつもどこかに笑みを携えて、困ったように首を傾げている一人の少年を。

 その名を――叫ぶ。

 

「セン――!」

 

 

 

 

「!」

 

 今、強く誰かに呼ばれた。

 忘れてはならない筈の声に、名前を呼ばれたような気がした。

 思わず足を止める。

 空耳なんかじゃない。今のはっきりと聞こえた。

 

「っ」

 

 まただ、まだ何かに意識が掻き消されていく。

 ――けれど、まるで『喚起』されたかのように鼓動した。さきほどまでぼんやりとしていた意識が鮮明になっていく。

 だけど、何か足りない。まだ思い出せない。早く、早く。思い出せ。僕はどうしてここにいる。

 意識が散る。沈めるのが駄目なら、集中を拒んでやる――まるでそんな感覚がある。駄目だ、ここで掻き乱されたら――。

 

『セン! セン!』

 

 青年の声。頼りにしていたような気のする声だった。

 散らばっていた意識が集っていく。まるで乱れていた物が『統制』されるかのように一つになっていく。

 

「セン……。セン……」

 

 セン――何かの単語なのだろうか。理解が出来ない。けれど一番身近に感じていたような気がする。

 向き合え、向き合え。

 

『セン! 起きろよ! いくら何でも寝すぎだぞ!』

 

 先程までは異なる活発な青年の声がする。

 途端、言葉と『対話』出来たかのように、意味が理解出来た。

 

「セン……!」

 

 誰かの名前、だったような気がする。

 あぁ、クソ。まだ意識のどこかが引きずり込まれている。

 足りない。まだ足りない。

 

『セン、一人で食べてもおいしくないよ。こっちおいでよ』

 

 どこか呑気な少女の声。さっきから僕の頭を掻き乱していた物がどこかへ『誘引』されていく。

 これなら、何とか思考と意識を維持できる。

 けどまだ維持してるだけだ。せめて後一押しあれば。それさえあれば。

 

『セン、起きろ。待たされるのはもううんざりだ。ほら、帰ろうぜ』

 

 強い意志を秘めた青年の声。意識がさらに鮮明になる。

 魂が『鼓吹』されていくかのように、はっきりと形を持っていく。

 息を吐いて、周りを見た。さっきまで見えていた街は霧に覆われていて何も見えない。ただ白い霞があるだけだ。

 これじゃあ、さすがに時間が掛かる。何も見えなきゃ、どうしようもない。

 奥歯を噛み締める。ここまでようやく、皆と来れたのに。

 ――皆?

 思い出せ、思い出せ、あと一つだ。あと一つ。

 

『ラケル博士がお待ちしてますよ、セン博士。早く帰りましょう』

 

 玲瓏な少女の声。その途端、霞が何事も無かったかのように晴れていく――否、何があるかが『直感』で視えるようになった。

 

「――あ」

 

 ラケル博士。――ラケル博士。金色の髪の少女。僕をずっと見守ってくれた――。

 そして、僕の眼前には一人の少女がいて、泣いていた。長い黒髪の少女。

 知っている。僕はこの光景を知っている。

 その途端、僕の意識が暗転し、そこには一人の少女が立っていた。

 

 

 

 

 少年はただぼんやりとソレを眺めていた。実験とやらで廃棄処分とされた少年少女達が、一糸纏わぬ姿で山のように積み上げられている。

 何も思う事無く、その光景を見ながら少年はふと立ち上がる。

 

『だれかないてるの?』

 

 どこからか、女の子の泣き声が聞こえる。

 声を掛けても、その泣きじゃくるような声は変わらない。

 山の一部をどかすと、泣き声がよりはっきり聞こえて来た。何度も何度も山をどかす。

 

『どうして泣いてるの?』

 

 一人の少女が、山の中で泣いていた。

 長い黒髪の少女は、両目を真っ赤に腫らしながら少年を見る。

 

『ほら、こっちおいでよ。ひとりだとさびしいよ』

 

 そう声を掛けたけれど、少女はただ泣きじゃくるだけ。

 そして少年は少女の隣に座って、ずっとその手を握っていた。

 

『なまえはなんていうの?』

 

 少年の問いかけに、少女は顔を俯かせるようにして答えた。

 

『ネル。ネル・カーティス』

『ネル……ネルちゃんか。ネルティスって呼んでもいい?』

 

 その言葉に、少女はくすりと笑って少年を見た。

 

『うん』

 

 そういって笑う少女の表情は、ただ綺麗だった。

 

 

 

 

 少年と少女は二人そろって、施設から逃げ出した。アラガミの襲撃による混乱を利用した脱走でもある。

 少年が少女の手を引いて、ずっと走っていた。気が付けば、深い森の中にいて、どうやってここまで来られたのかも分からない。そこはまるで世界から隔離されたような場所だった。

 傍にあった倒木に腰かける。空は暗く、満月がただ鮮やかに輝いていた。

 

『ねぇ、ネルちゃん。やくそくしよう』

『やくそく?』

『うん』

『おとなになったら、いつかふたりでせかいをみよう』

 

 彼の言葉に少女は弾けるような笑顔を浮かべた。

 幼き日に交わした約束。

 

 

 

 

 雨が降る。冷たい雨が体を打つ。

 ――彼女は無事に逃げ切れたのだろうか。

 流れる血が止まらない。撃たれたのは胸だろうか。

 施設からの追手。少女を庇って、彼は撃たれた。

 

『片方は地下街まで逃げ込まれたそうです。この子供はどうします?』

『地下街の奴は放置。こっちはアラガミからの襲撃によって瀕死とでも報告しておけ』

『――よし、報告終わりました。にしても雨が酷いですね』

『あぁ、四季折々と言ってもこの雨は酷い』

 

 途端、獣の雄叫びが聞こえた。

 空気が振動し、木の葉が舞い落ちる。

 

『っ! アラガミ!?』

『マズい。ゴッドイーターの要請を――!』

 

 そう叫んだ一人が、突如現れた影に刻まれる。影――否、闇だ。

 明らかな敵意を以てそれは一人を殺した。

 

『何だコレ……!』

 

 ――巨体が凄まじい速さで迫り、もう一人を粉砕する。

 

『狐、だと!?』

 

 そこからは最早一方的な虐殺だった。立っていた者全ては、息もせぬ亡骸となって転がっている。

 アラガミは倒れている少年の下へ、ゆっくりと近づいていく。

 

『……あ』

 

 死ぬのだろうか。

 このまま、あの少女に再会する事無く。

 ――違う。

 そんな事は許さない。彼自身が許せない。

 彼女に会うために。そして共に世界を見るために。

 

“僕は――、僕は――”

 

 手に力が篭る。

 冷たい心が、徐々に熱くなっていく。

 

“――生きてやる”

 

 その日、少年は――人である事を拒んだ。

 

 

 

 

「貴方が、あの時の」

 

 その声に意識が引き戻される。

 僕の目の前にいる少女は、ただ真っ直ぐ僕を見ている。

 

「センさん、私の名前。貴方がくれたんですよ、ネルティスって」

 

 そう言って彼女は笑った。

 知っている。その表情も、その声も。

 

「私の本当の名前は、ネル・カーティス」

「ネル……カーティス」

 

 カチリと音がした。

 遠い昔、一人の少女と交わした約束。

 

「ずっと……っ、ずっとっ、探してたんですよっ……!」

「ネル……ちゃん」

 

 彼女はまた泣き出してしまった。

 それと共に僕は一つ理解する。僕は今、世界を選ぶ場所にいるのだと。

 彼女の手を拒み、このまま何もかも忘れ去れば、僕は平和な世界に戻れるだろう。ずっと夢に見ていた世界を。帰りたいと願っていた世界を。

 失った物を取り戻すことが出来る。もう戻らないと思っていた日常へ帰ることが出来る。アラガミに怯える事も無い、食事に餓える事も無い。僕の生まれた日常へ。

 だけどその時に――。

 

『――セン』

 

 僕が失うのは――。

 

『――セン』

 

 呼ぶ声がする。記憶を呼び覚まそうと、叫び続ける声がする。

 僕は彼女の世界の記憶を――

 

 

 


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