ゴッドイーターになれなかったけど、何とか生きてます。   作:ソン

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この作品はゴッドイーターです(目逸らし)


形無き断片

 

 

 僕が今、足を踏み入れているのは先のアラガミの侵攻によって壊滅した支部の中である。恐らく、アラガミの襲撃のため端末データベースのプロテクトは全て解除、或いは破壊されているはずだ。

 狙うのは、そこからフェンリル本部までのデータバンク。そこにアクセスする。まず広く浅く情報をコピーし、そこから気になったデータを改めて深く情報をコピーし直し、ネモス・ディアナまで帰還する。

 これが、僕の目的である。

 

「……にしても、これは酷いな」

 

 至る所に付着する血痕に、焦げた跡のある床。そして油が纏わりついたソファもある。

 アラガミに蹂躙された支部はこうなるのだろう。もし僕が一つ間違えていたら、極東支部もこうなっていたかもしれない。そう思うと背筋が震える。

 

『感度良好か、セン。そこは廃墟では無く戦場だ』

「分かっていますよ、教官」

 

 僕の服装は戦闘服である。黒を基調とした色調で、グローブにレガースもつけている。僕の来訪を事前に知っていた先輩達とラケル博士と榊博士、グレム局長が資金を出して作成してくれたのである。モデルはブラッド特装服だ。

 身体能力を格段に高めてくれるため、ゴッドイーターにも劣らない戦闘が可能である。――要するにパワードスーツ。だけど、あくまで装備のおかげで身体能力が向上するからアラガミとの戦闘では使えない。壊されたら終わりだし。

 そして僕の装備と言えば、この肉体だけだ。一応こう見えて、護身術の類は身に収めている。ラケル博士の実験から生還したこの体は伊達じゃない。

 ジュリウスとの組手や士官学生時代の戦闘訓練では散々な結果だったけれど、まぁ出来る事をするしかない。

 ウェルナーさんから教えられた付け焼刃で果たして、無事でいられるんだろうか。

 

「出来れば戦いは回避したいなぁ……」

『あぁ、存外ここの情報はすぐに入手できるかもしれんぞ』

「フラグ立てるの、やめてください教官」

『何、心配はいらん。あの装備もある、気楽に行け気楽に。この作戦は九割の確率で成功する』

 

 わざとやってるんだろう、アンタ。

 ちなみにもう一つの装備とは、今僕が持っている仮面である。顔全てを覆うフルフェイス型ではあるが、僕が見た第一印象は決して付けたくない、だ。

 仮面の柄は……ピエロが顔に付けるような道化師の表情である。要するにムカつく顔ってヤツだ。何より僕が付けたくない理由は、ダサいからである。しかも僕は黒のフード付きコートを羽織っている。それに仮面を付ければ、立派な不審者に違いない。

 今回、目的に向かう前にニーナさんから渡されたのである。

 

「せめて、狐のお面とかあったでしょうに……」

『狐では縁起が悪い。昔の御伽話でも仕掛け人は大体獣だが、最後には正体がバレて悲運な結末を辿るのがオチだ。それに何だ狐の面とか、夏祭りのつもりかセン。あれか、フライアか極東支部で彼女でも出来たのか。俺を差し置いて』

「ちょっと何言ってるかよくわからないです」

『ふん、その反応はあえて教えてるような物だ。そうだな……俺の見立てだと、髪は黒のストレートで、スタイルはボン・キュッ・ボンと言った所だろう。フン、爆ぜろ。そしてもげろ』

 

 言っておくが僕は断じてネルちゃんとはそういう関係では無い。

 と言うかネルちゃんも望んでいないだろうし、僕では彼女と似合わない。

 

「さ、早く済ませましょう。それで、端末はここからどれくらいですか」

『三階だ。二階は出撃ゲートになっている、引っかかるなよ』

 

 階段を上がり、三階まで一気に登る。

 目的の物はすぐに見つけた。他の端末は完全に破壊されてしまっているが、奇跡的に無傷な端末がある。

 

「後はコレを……」

 

 端末を起動させ、プログラムを検索させる。

 本部までのデータベース、さらにアーカイプまでアクセスまで。本来の支部ならアクセス権限の問題上不可能だ。

 榊博士ですら閲覧規制が掛かっている中枢まで――後僅か。

 

『セン、最優先はアニーリング計画だ。まずはそれを済ませてしまえ』

 

 アニーリング計画――今回、榊博士が耳に入れた話。アニーリング――遺伝子用語にも存在する言葉。

 恐らく何かの実験だとは思うけれど、榊博士でさえあまり深く知る事が出来なかったらしい。

 

「……あった!」

 

 該当データを全て、僕の所有する端末へコピーする。

 アニーリングが含まれるデータを全て――所要時間は五分。

 

『セン、耳を済ませろ。何か胸騒ぎがする』

「?」

 

 耳を澄ませた。

 何も感じな――否、誰かがいる。

 

『仮面を付けろ、セン。隠れるには遅すぎたな』

 

 教官の言葉に僕は持っていた仮面をつける。

 あれ? 体が勝手に――。

 

 

 

 

 アーサソール――フェンリル本部直属の新型神機部隊。

 アラガミ掃討の他に、暗殺などの汚れ仕事すら行う専門の戦闘組織。ゴッドイーターとしての力量だけでは無く、対人戦闘においても各々が高い技量を誇る。

 今回の役割は壊滅した支部の端末を全て破壊する事。もし一般人が紛れ込み、端末を扱ってしまえばフェンリルの特定機密すら知ることが出来てしまう。支部を放棄する段階で、全ての端末はプロテクトが解除されるのだ。フェンリルとして考えた対策がアーサソールによる破壊。

 元々破壊されつくした場所なのだ。そこで新たに死体が見つかろうとも、騒ぎにはならない。

 ――今回は、支部の端末破壊である。駆り出されたアーサソールの人数は九名。アラガミの撃破と紛れ込んだ一般人の暗殺も仕事として含まれている。

 彼らの前で、端末の前に立つ男が一人。黒のコートに身を包み、フードで髪を隠している。男だと分かったのは、その体格からだろう。

 ――途端、男の姿が消える。

 

「!」

「総員、奇襲に注意しろ! 死角から来るぞ!」

 

 全員が互いの背中を守るようにして、神機を構える。

 流れるは静寂のみ。――仲間が守るはずの背中から、トントンと床を叩くような音が聞こえた。

 

「背後――」

 

 言葉を強く出し切る前に、右膝が沈んだ。――左膝も同じように。

 そのまま視界が回転する。奇妙な浮遊感――途切れる意識の中でようやく投げられたのだと気が付いた。

 

「総員、戦闘態勢!」

 

 仮面を付けた男が、小首を傾げる。

 彼が行ったのは、背後から膝を蹴って屈曲させ姿勢が崩れた所を、そのまま放り投げた。その間、僅か三秒。残るは八名。

 アーサソールの一人が後退りした。だが逃亡までに至らないのは持ち前の精神力があればこそだ。

 目の前の男は、人の形をしたアラガミか或いはそれに類する存在。ならばその情報を本部に少しでも――。

 

「!」

 

 男が踏み込む。それと共に開いていたはずの間合いが一瞬にして詰められた。

 余りの光景と出来事に、体が動く事を拒む。――その時間など、男からすれば絶好の機会だ。

 腹部への掌底が炸裂し、一人が大きく吹き飛んだ。隊員の一人が神機を構える――が、男は瞬時に体勢を変えた。

 突き出した神機など、歯牙にもかけない。まるでそんな事でも言っているかのように、男は体を逸らして躱す。そこからさらに踏み込み、軌道すら霞むような速度で拳を振り抜いて隊員をさらに沈黙させた。

 残るは六名。その事態を飲み込む時間でさえ、男にとっては好機でしかない。

 足払いからの手刀で一人を撃破し、そのまま襟を掴んで残る二人目掛けて放り投げる。

 残るは三名。

 

“何だコイツは――! 一体、何なんだ!?”

 

 アーサソールはアラガミとの戦闘だけではなく、対人格闘術にも秀でた本部直属の汚れ仕事専門部隊である。個人個人が大型種のアラガミとほぼ同格の戦闘能力を持つ。

 それがたった個人に圧倒されつつある。腕輪すらつけていない――すなわちゴッドイーターではない人間に。まるで、ただ倒す事だけに特化した存在のように。

 一人が沈む。そしてまた一人。

 そうして男が最後に見たのは――ただ真っ直ぐ打ち出される拳だった。

 

 

 

 

 はっきり言おう。

 結構、今筋肉痛が来てます。

 

「……教官、もしかしてこの仮面」

『あぁ、ラケル博士から送られた物でな。何でも仮面の外的因子によってお前の特性を生存から戦闘に切り替えるようだ。

 他にも何種類か届いているぞ。帰ったらいくつか試してみるといい』

 

 ――つまりあの仮面は僕の意志すらも、戦闘に切り替えると言う事だ。

 ラケル博士なら……うん、やりかねない。

 自由になった腕を動かし、仮面を外す。正直な所、今すぐにでも叩き割りたいがコイツが無かったら、間違いなく苦戦を強いられていただろう。

 

「データベースのコピーも終わりました。今から帰投します」

『あぁ、ニーナが迎え酒を用意して待っているとの事だ』

 

 また酒かよ。

 

 

 

 

 ジュリウスは、腕組みをして己の右手に浮き出た紋様を見つめていた

 黒蛛病に罹患する。それがセンとラケルの二人から頼まれた事の一つでもある。

 期間は凡そ半月。それで全てが決着するとの事だった。

 

「……」

「あら、ジュリウス。どうかしましたか?」

 

 不敵に笑みを浮かべるラケル。その表情は相変わらず読み取れない。

 

「いえ、ただ待つと言うのも中々に歯痒い物だと」

「大丈夫。でも時が来れば、貴方達にはきちんと動いてもらいます。『審判の日』――私とセンの過去は全て、その時の為にあるのですから」

 

 審判の日――センとラケルがそう呼んでいる。

 終末捕喰ではなく、確実に人類を死に至らしめる洪水。赤い雨が濁流となって、地表全てを飲み込むと言う。

 そうして人類もアラガミも全てが消滅し、全てがゼロとなる。何もかもが原始の時に帰るのだと。

 そう言ったセンに対して、ジュリウスは尋ねた。

 

『ブラッドやフェンリル本部にも事情を説明し、協力を仰げないのか?』

 

 ごく当たり前の質問だ。これから彼らが対するのは地球と言うシステムの一環である。ならば人数は多ければ多いほどいい。

 彼の言葉に、センは苦笑していた。

 ――それもそうだね、と。

 

『けれど無理だ。極東支部を巻き込んだ以上、本部から来る情報管理局は必ず黙っていない筈。だからこそ、最小限の人数で本部に目的を悟られないようにしなくちゃいけない。

 本部に介入されたら確かに人員面では助かる。だけど、不確定要素はどうしても増えてしまうし、最悪の場合死者が出てしまうかもしれない。

そして、どれか一つでも果たす事が出来なければ、全てが終わってしまうんだよ。

 だからどうしても――どうしても、それだけは妥協する訳にはいかないんだ』

 

 だから内密に進めるのだと言う。手綱を構成する最後の一本が切れる寸前まで。

 ジュリウスがブラッドを抜けた名目は神機兵の教導と言う理由ではあるが、無論そんな事などしていない。

 特異点を作り上げ、意図的に終末捕喰を起こす。そこからセンが何とかするのだと言う。だがもしかするとゴッドイーター達の力を借りる必要があるかもしれない。

 打ち明けるなら、計画を実行する直前まで――それがセンとの約束の一つである。

 決めたのだ。

 彼との絆を示す誓約。ただその誓いを果たすのだと。

 

「博士、極東の様子は」

「えぇ、何も問題ないようです。ネル……いえ、ネルティスは隊長として異例の戦果を挙げつつあります」

「……」

「後悔しているのですか? ブラッドを騙した事と言う事に」

「……はい。ですが、覚悟は決めています」

「なら、それでいいのですよ、ジュリウス。大切なのは覚悟です――この世界に向き合う事」

「それもセンに教導してきた事の一つですか」

「いえ、センには気づいて貰わなくては困るのです。教えて意味がありません。センが、セン自身が辿り着き、自らが選んだ答えでなくては――飲み込まれてしまうのですから」

 

 

 

 

「……」

 

 僕はネモス・ディアナに戻った後、今回集めて来た情報を閲覧していた。

 アニーリング計画、その詳細が記されている内容をひたすら頭に叩き込んでいる。

 

『アニーリング計画:1』

『オラクル細胞を人間の細胞に組み込む事により、新たな偏食因子を生み出す事を目的とした計画。新たな偏食因子の開発に成功すれば、神機使いの戦闘能力が飛躍的に向上すると言われている』

 

「……何て馬鹿な事を」

 

 そんな事出来る訳が無い。火に腕を突っ込んで火に慣れろと言ってるような物だ。

 アラガミと神機使いでは、そもそも前提が異なり過ぎる。偏食因子による制御が無ければオラクル細胞は全てを食らい尽くすのだ。ゴッドイーター達に対し偏食因子の定期投与が義務付けられているのは、そういった理由があるからだ。

 適合なんてこの世界中を探しまくってようやく一人見つかるかどうか言った所じゃないか。

 項目を下にスライドする。

 

『アニーリング計画:2』

『この計画は新生児から幼児期までの民間人に行われた。そのほとんどがオラクル細胞に体を食われ失敗、その後廃棄された。アバドンと言うアラガミはこの計画によってアラガミ化した被験者ではないかと言う説もある』

 

「……っ」

 

 胸糞悪い。血液が沸騰する。意識が炸裂する。

 憎悪と怒りが渦巻く。魂ですら侵されそうになるほどの激情。

 僕が目を逸らさず、そして押し殺す事が出来たのはラケル博士の言葉――そして、ジュリウスの出生を思い出したからだった。

 

『アニーリング計画:3』

『尚、約二例に適合者がいたが脱走。一名は男児、もう一名は女児。男児の方は道中に倒れておりアラガミによる物と思われる重傷を負っていたため、助かる見込みは無いと判断され放棄。もう一名の女児を追ったが、地下街に逃げ込まれ追跡不可能となる。

 以上の事から、アニーリング計画は完全に失敗。計画廃棄となる。

 適合者リスト

 ■■・カ■ティス 行方不明

 ■■・■■■ン■ 瀕死。廃棄処分』

 

 頭が痛む。――高鳴りが煩い。

 思わず目頭を揉んだ。

 酷い既視感だ。あの屍の山は今でも忘れないだろうに。

 

「――あれ」

 

 待て、今僕は何と考えた。

 ――屍の山なんて、僕は知らない。記憶にない。

 どこで見た。一体、どこでそれを見た。

 思い出せ、思い出せ。僕の過去を。

 

「……!」

 

 そこまで考えたところで、ある文字が目に飛び込んできた。

 今までの疑問が、全て吹っ飛んでしまうくらいの衝撃が、頭を揺らした。

 

『アニーリング計画:4』

『尚、この大部分はマグノリア・コンパス及びラケル・クラウディウスの偏食因子投与実験を踏襲している。改善策として、今後はラケル・クラウディウスの計画参加が望まれている』

 

 ラケル博士が――アニーリング計画その物を知っていた?

 ――あれ、僕はそういえば。

 

「ラケル博士と、どこで会った?」

 

 フェンリル士官学校が初対面――――いや、決定的に違う。

 あの時の違和感は、まるで博士が僕を知っているかのようなあの目は――。

 

「――あれよりも前に、僕とラケル博士は会っていた?」

 

 思考がぐちゃぐちゃになった。

 ――後はデータを掘り出すだけと考えていたけれど、予定変更だ。

 明日、僕はフライア或いは極東支部に乗り込み、ラケル博士と出会わなければならない。

 彼女から、真実の手がかりを得なければ。

 審判の日まで時間が無い。明日を逃してしまうと、決定的な痛手になる。

 ラケル博士の予定を見る。――明日は極東支部で、榊博士と神機兵についての打ち合わせと言う辻褄になっている。

 ならば僕は、明日極東支部に乗り込む。恐らく警備兵及びゴッドイーターとの交戦は避けられないだろう。極東支部の警備は厳重――だから、仮面の力により強引に突破する他ない。

 ――まさかとは思うけれど、ラケル博士はこれを見越して仮面を作成し送ってくれていたのだろうか。

 

 




最初は双剣とか二挺拳銃とか槌とか考えてたんですが、完全に別ゲーになるのでやめました。
次のお話は大乱闘になる予定です。
分かりやすくと言うと、『血塗れの兄弟』みたいな感じの戦闘になるかもしれません。あ、殺生はしないんで大丈夫です。アンチ・ヘイトもないのでご安心を。

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