ゴッドイーターになれなかったけど、何とか生きてます。 作:ソン
僕には記憶が無い。
正確に言うのならば、欠片となった記憶だけ。だけど、それらを繋ぎ合わせようにも、どこがどこなのかすらも分からないから、やりようがない。
だけどもしも、もしもこの呪われた体の真実を手にすることが出来るのなら――その時、僕は一体何を得て、何を失うのだろうか。
「何だコレ」
思わず僕は文章を推敲し直してそう呟いた。今の心境を何となく心に綴ってみたのだけれど、何ていうか痒い。凄いむず痒い。これはきっちり焼却処分しておこう。レア博士の二の舞は御免だ。
極東到着まで後数時間ほどのため、暇潰し程度に書いてみたけど慣れない事はするもんじゃないね。
聞くところによると、現在極東にいると言われる最強のゴッドイーターは遠征に出ているらしい。一度お目に掛かってみたかったけど、まぁ仕方ない。
「日本か」
前の世界の僕は列記とした日本人である。だから世界は違うけども言うなれば、里帰りみたいな物なのだ。世界観も人物も情勢も、何もかも違ってしまったけれど、それでも故郷と同じ地名に行くと言うのは何と言うか感慨深い物がある。
「……さて、と」
僕が手にしたのは極東支部について記してある書類だ。記入者はペイラー・榊。極東支部の局長でもあり、僕があってみたい科学者の一人でもある。
極東支部――全支部の中でも、最も激戦地区と呼ばれる場所。強力なアラガミは皆、極東へ集うと言う。
これについては様々な仮説があるけど、まぁ置いておこう。言ったところで何の意味も無い。
極東で名を上げれば、それはもう超一流の証だ。他の支部でも十分活躍することが出来る。そのため、他支部で高い成績を持つゴッドイーターは極東へ行きさらに実力を高めるか、その支部に留まり続け不動の存在となるかのどちらかが選択できる。
だけど、出るアラガミの強さはけた違いだ。たまたま報告漏れで強力なアラガミが出たりすることもある。例えオウガテイルだけとミッションでもヴァジュラが我が物顔で歩き回っているとかだ。後は、鬼と呼ばれるほど強力な力を個体種も出ると聞く。
要するに魑魅魍魎が練り歩き、一足外に出ればいつ死んでもおかしくないのが極東支部なのだ。
――が、それは外部の話である。
極東支部と他支部を比べる時に必ず言われるのが、練度の違いだろう。その比較としてよく例に引きずり出されるのがヴァジュラである。
ヴァジュラ一体でも現れれば支部一つが総動員するのが他支部。これは極めて当然で、大型種だけで支部一つが壊滅した例だってある。無論、その被害も少なくは無く、歴戦のゴッドイーターが殉職する事だってあり得るのだ。
しかし極東は違った。ヴァジュラ一体を単独で倒せば一人前である。そう、支部一つを壊滅させる程の力を持つアラガミを単独で倒して、ようやく新兵と言う名前から解放されると言うのだ。何と言うブラック。と言うかこれただの戦闘狂だわ。
「……祖先の血が混じってるのかなぁ」
ゴッドイーター達の戦法やマニュアルだが、これもほとんどが極東支部で確立された物だ。さらに踏み込んでいえば、極東で通用しない戦法はマニュアル化されない。極東のアラガミは、他の地域に比べ、強化個体である事が多いからである。
ラケル博士とグレム局長が、極東行きを提案した理由は主に二つ。
まず一つ目はブラッド隊の強化。マルドゥーク一体とヴァジュラ三体と言う猛威を凌いだブラッドはある意味、成長するチャンスでもあるのだ。モチベーションが高い今、より経験を積ませることでさらに部隊を強化させる。
そして二つ目は、僕のアイテムの取引交渉でもある。これはグレム局長の案なのだが、戦闘映像の際ジュリウスがヴァジュラに対して使用したフォールトラップ。このアイテムが本部にとって疑問となったらしく、フライアに対して内容の申し出が来ているのだ。
これまたグレム局長が上手く考えたもので、極東支部に対して僕の開発したアイテムを市販するように頼み込んでいたらしい。その結果として極東支部の人達が興味を持ったらしく、僕が製作したアイテムの売り込みに行く。成功すれば極東支部は僕の使用するアイテムを使う代わりにフライアとの関係を強化すると言う取り決めで、本部からの追及は極東支部が防いでくれるようにすると言う訳だ。
元々極東支部は本部の意思とは余りそぐわない支部らしいので、そういった所をグレム局長は味方につけておきたいのだろう。
まぁ、僕としても激戦地区と言われる極東で、僕の作ったアイテムが使われるなら嬉しいことは無い。そのために作ったのだから。
「……」
だけど、本来の目的は別にある。僕とラケル博士の目的。
極東支部にしか閲覧不可能である資料の確認を行う事。要するスパイだ。
僕とラケル博士はそのために極東へ向かう。
無論、まずは榊博士へ会いに行く事が最優先だ。と言うよりもあの人には僕らの事情を説明しておく必要がある。
あの人の頭脳はラケル博士に匹敵するとも言われているし、僕も学生の頃は榊博士やヨハネス博士の文献を漁るように読んだ物だ。
だからあの人は何としてでもこちら側――と言うより事情を知る方に入ってもらいたい。そうすれば僕らの目的は、より果たしやすくなる。
そして僕は――
「――」
まぁ、その時まで。思い残す事が無いように過ごすだけだ。
フライアを降りて、外を見る。外観こそ全く異なるけど、その空気を僕は決して忘れはしない。
極東――日本へ帰って来たんだ。
「……ふう」
今いるのは僕一人で、僕が最後である。少しばかりデータとアイテムの整理をしていたため遅れてしまった。ジュリウス達はもう極東支部に入っている。
僕の姿を見て、衛兵の一人が敬礼の動作をした。こういう事をされるのは、珍しいので何だか真新しく思えてしまう。
「フェンリル極致化技術開発局セン・ディアンス博士ですね! お待ちしておりました!」
「はは……うん、お仕事頑張ってね」
「はっ!」
凄い真面目な人だ。
やはり極東は激戦地区だけあって、皆このような感じの人ばかりなのだろうか。
そういえば僕も昔は――。
「……あれ」
――思い出せない。
前の世界の事が、少し前までは部分的に思い出せていたのに今はほとんど。
「……!」
落ち着け。もう前の世界に固執するな。僕はここにいる。セン・ディアンスとしてここにいる。
そうだ、今思い出せないだけでもしかすると後々で何かに気づけるかもしれない。だから今必死に思い出す必要は無い。
無い、筈だ。
「? どうかされましたか」
「いや、何でもないよ大丈夫。心配してくれてありがとう」
極東支部の中は、当たり前だけれどフライアと全く異なる。
ロビーはフライアに比べ少し暗くて狭い。だがその分人の活気で溢れているように見えた。行きかうゴッドイーターの数もフライアとは桁違いだ。どこを見てもゴッドイーターが必ずいる。また表情から見るからに新人だ。
人々の行きかう活気と声が、ロビーのあちこちで木霊する。凄い喧騒だ。
「あっ、センさん」
「ネルちゃん、どうかした?」
人混みの中で、僕と目が合ったのかネルちゃんが走って来た。――とよく見れば服装が変わっている。
黒と青を基調とした服装―どうして胸元を開けているのか小一時間問い詰めたい―で、確か、ノッチェパティオと言う服だっただろうか。しかもネルちゃんも美少女である。男人気が出るのは当たり前だろう。
「今、歓迎会の途中なんですよ。あそこのラウンジに皆います」
「……」
我が儘を言えば僕が来るまで待っていてほしかったけど、仕方ない。遅れた理由は僕にあるんだから。この寂しさも仕方ないんだ。きっとそうだ。
と、そう思っているとネルちゃんが僕の手を取る。
「ほら、行きましょう!」
「え、ちょっと……!」
知っての通り、ネルちゃんはゴッドイーターである。ゴッドイーターの身体能力は常人を遥かに凌駕する力を秘めていて、日々その能力を以てアラガミに対抗しているのだ。
要するにネルちゃんの力が凄く強い訳であって。
「!!!」
僕の手が悲鳴を挙げてます。だけど叫んだらネルちゃんに申し訳ないから堪える。ラケル博士のお仕置きや頬抓り以上に痛いよコレ。
「ほら、ここが……? どうかしましたか?」
「何でもないよ……」
手首を回して、骨を鳴らす。うん、これで大丈夫。
顔を上げると、僕は思わず声を漏らした。
中央とその奥にはバーを意識した丸形のカウンター、片方にはビリヤードやソファが設置されていて、もう片方にはテレビなども用意されている。
フライアにもこういった設備があればいいのに。
「おぉー! セン、来たか!」
両手に皿を持ち、口には骨を加えたロミオが駆けよって来る。転んだら危ないよソレ。
ロミオの背後に、もう一人ゴッドイーターがいるのが見えた。オレンジ色の髪にバンダナを巻いた青年――。聞き覚えがある。
「コウタ先輩、セン博士っす!」
「へぇー結構若いね。俺さ、研究者って言うからもう少し年上だと思ってたよ」
コウタ――。その言葉でようやく思い出す。
現第一部隊隊長、旧型神機でありながら新型神機使いにも引けを取らない実力を持つ青年。そして、最強のゴッドイーターと呼ばれた神機使いとも同期。
「藤木コウタさん、ですか?」
「あぁ、極東支部へようこそ! セン博士!」
見ればラケル博士やレア博士、グレム局長の姿まである。どうやらしばらくは予定の事を考えなくていいらしい。
今は、極東の空気を懐かしむとしよう。
エリナちゃんや再会したエミール、カノンちゃん、ハルオミさんなどと軽く会話してから、僕はフロアの隅っこで休憩を取っていた。さすがに立ちっぱなしはキツい。
「セン博士ですね」
凛とした声に、振り返ると胸があった。そう胸があった。急いで目を逸らす。
赤い帽子をかぶった銀髪の少女―服装は何とかならんものか―は、鮮やかに一礼した。
「極東支部クレイドル所属、アリ――」
「おーい、アリサー!」
「……自己紹介しているんですから、後にしてください」
コウタさんが少女と共に僕を見た。
見るからに二人は戦友らしい。――と言うか僕は二人の事を知っているのだ。極東支部へ向かう際、その支部の有名なゴッドイーターの名前は必ずリサーチしておくからである。
「へへっ、よく考えて見りゃちゃんとした挨拶してなかったからな」
「全く……。隊長なんですからもっとシャキっとしてください。……あ、ごめんなさい」
「いえ、おかまいなく。アリサ・イリーニチナ・アミエーラさんと藤木コウタさんですよね。お二人のご活躍は僕も伺っています」
極東支部のゴッドイーターとして、この二人は必ず名前が挙がる。否、挙がらなくてはならない程の実力を持った人物である。
僕もオペレーター講義の資料として彼らの戦闘映像を見た事があるけど、本当に凄かった。連携が流れるようにスムーズで、僕から見ても文句のつけようが無い程鮮やかだったから。
ブラッドで言うならば、ジュリウスとギルの二人が彼らと並べる。前衛と後衛をどちらもこなす事が出来て、尚且つ判断能力と連携の打ち合わせも早い。ロミオとネルちゃんとナナちゃんは近距離アタッカー専門だし、シエルちゃんは長距離狙撃専門だ。
ブラッドとこの二人が連携をしたらどんな事になるのだろうか。――まぁ、少なくとも分かるのは、僕のオペレートなんて不要になる事だ。
「! 本当に噂通りですね……」
「……ちなみにどんな噂ですか」
マルドゥークの一件で無能と言うレッテルは大きく減少した。だけど固執する人もいるし、そんな連中によってまた余計な噂を流されたら溜まったモンじゃない。
アリサさんは、人差し指を立てると何かを思い出すように視線を上へ向けた。
「えっと……『研究者らしくない研究者』とか『変人の中の常識人』とか『ロリコン』……あっ、最後は違いますよ!」
おい、ロリコンって誰の事だ。ラケル博士? 博士は僕より歳上だぞゴルァ。
「ははは……」
「まー、そう気にするなって」
「そ、それでですね。少しセン博士にお頼みしたい事があって……」
「僕に、ですか?」
そういって、アリサさんは僕に何かの書類を手渡した。
これは……クレイドルの建設計画?
「榊博士から、ブラッドとの契約はお聞きしました。それでご協力をお願いしたいんです」
グレム局長、仕事早いな!
もう終わってたのか……。
「まず建設に必要なオラクルリソースの技術改良です」
「! どうしてそれを……」
「葦原那智さんから聞きました」
先輩――ネモス・ディアナの総統についている僕の恩人。
あの人にしか伝えていない事なのに……。
「ネモス・ディアナのオラクルリソースは、セン博士の理論を元に確立したと」
「……本当に実現させたんだ、先輩」
あくまで僕が語ったのは、まだ何の根拠も無い机上の空論でしかない。
だが先輩はそれを実現させたのだ。僕の言葉を、僕が諦めた事を。
それが凄く嬉しくて、思わず泣きそうになってしまう。
いけない、いけない。まだ話は終わっていない。
「極東支部でもこの技術のおかげで、生活水準は向上しています。ネモス・ディアナでも、より技術の改良が進められているそうです」
「……つまりフライアとネモス・ディアナと極東支部が合同で、技術開発を行うと?」
「はい。今のオラクルリソース技術がより改良されれば、人々の暮らしはもっと豊かになるはずなんです。お願い……出来ますか?」
うん、断れるわけない。あぁ、いやアリサさんが頼んでいるとか言う理由だけじゃなくて。
先輩が僕を信じて、技術を作り上げてくれた。ただそれだけの事が、こんなにも嬉しくて。
だから断れるはずがない。僕を信じてくれた人を、裏切るわけには。
「はい、僕でよければ」
「! ありがとうございます。それで二つ目何ですが……」
「アリサさーん! 外部居住区の人達が来てますー!」
「はい、すぐ行きます! コウタ、後は任せます」
そういってアリサさんは、ラウンジを出ていく。歓迎会の途中なのに大変そうだ。
けど笑顔が出ていた所を見ると、人々のために動けると言うのがとても楽しいのだろう。使命でも無く、運命でも無く、自分で選んだ道を進む事が。
「よっし、それで二つ目何だけど、緊急時のオペレーターを頼みたいんだ」
「……へ?」
それってつまり、僕が極東支部に移籍するって事?
僕の疑問を察したのか、コウタが手を振る。
「フライアにさ、極東専用の通信回線を用意するから極東支部に異動って事は無いよ」
「……あー何だ良かった。でも、極東支部は激戦地区って聞いたけど」
「うん、ヒバリさん一人だと手が回らない事があるから、よっぽどヤバい時だけセンにお願いしたいんだ」
まさかゲームで培った能力がここまで買われるとは……。
僕としては大変な微妙な気分である。
「そうだなぁ……。まずグレム局長の許可が無いといけないから難しいかも……」
「そっかー。……じゃあさ、こっちにいるときだけでいいから!」
「ははは、まぁ上に掛け合ってみるよ」
歓迎会が終わったのは、深夜の事だった。
料理はおいしいし、人々は皆活気に溢れてるし、僕としては本当に故郷を思い出しそうだった。
だから少しだけ、寂しくなった。
ズキリとまた頭が痛む。またあの時の感覚。世界そのものが崩れ落ちるような錯覚。
そこで見えたのは、人混みだった。行き交う人々が笑いながらどこかへ向かっている。
時計が見える。時刻は朝の8時くらいだろうか。あぁ、そうか。ならば通勤ラッシュで人が多い――いや、よく見れば家族連れもいるから日曜日の休暇を楽しんでいるのだろうか。まだ朝だと言うのに買い物袋をぶら下げて――。
“!”
そこでようやく正気に戻る。今見えたのは――見えたのは――何だ。
一体どこで? 前の世界? 前の世界にあのような光景があったのだろうか。
“あぁ、畜生”
僕は思い出さなきゃいけない。自分自身に何があったのか。
自分の事を、自分の全てを。あの時見えた少女も、今見た光景も全部。