ゴッドイーターになれなかったけど、何とか生きてます。 作:ソン
アクションゲームで、リザルトで辿り着いた時やオペレーターからの労い。
その感覚が一番好きです。
エミールが神機を使えた理由。それは『強制解放剤』によるバースト化だ。
神機が眠っているのなら無理やり叩き起こせばいい。そんな博打のような考えだけど、僕はある種、確信だと考えていた。だけど、それを証明できなかったのは状況が無かったからだ。
感応種との対策マニュアルでは、撤退が主である。だから普通のゴッドイーターはそもそも戦おうとしないし、僕がオペレートする機会も無い。エミールが僕を信じてくれたのは本当に僥倖だった。
これで感応種に対しても、普通のゴッドイーターが対応できる方法が出来る事になる。
「ここからが本番……」
僕は改めて気合を入れ直す。
マルドゥークとの戦闘データはほとんどない。先ほど、エミールが打ち返した一撃。アレから推察するしかないのだ。
「――」
イメージを繰り返す。何度も何度も。
思い出せ、状況を覆すのはいつだって日々の積み重ねだ。僕には今、その積み重ねが確かにある。
情報を並べろ。
今、決定的な情報はマルドゥークの参戦。それと残った最後のヴァジュラ。それに対してこちらの戦力はまだ維持出来ているし、疲労による戦闘の影響も無い。エミールが戦闘可能となった今、寧ろ序盤よりも好条件が整っている。
攻撃の起点はネルに絞る。彼女の超攻撃的なスタイルは、相手側に取って驚異的な筈だ。潰すとすればまず彼女に違いない。
だけど、そうはさせない。全員のスキル一覧はもう頭に叩き込んである。
そんな時、ふと過ぎる。
「……」
どうして。どうして僕はいつも彼らの隣に――。
「……いや、やめよう。こんな事は後でいい」
そうだ、今僕にやるべき事を。
彼らを、ゴッドイーターを、生きて帰って来れるようサポートする事。
そのために僕はここにいる。
『エミール、マルドゥークに捕喰だけで持ちこたえて欲しい。ジュリウスとギルバートは彼の援護をお願い』
「任せてくれッ!」
「了解した」
「任せとけよ」
ジュリウスが後脚を狙う。反対側からギルがチャージグライドで一気に肉薄した。
マルドゥークが一度宙へ跳び――再度、反転して跳躍し、その包囲を突破する。
「コイツ! 早い!?」
ヴァジュラを超える機動力。その巨体から繰り出されるアクロバットな動きは熟練のゴッドイーターでなければ対応できない。
『エミール、着地を狙うんだ』
「騎士道ォォォッ!」
捕喰に成功したエミールがバースト化を維持。神機を銃形態へ変えて、ゴッドイーター達へ受け渡し弾を発射する。
残るヴァジュラを瞬殺すべく、ネルは凄まじい猛攻をヴァジュラへと掛けていた。前脚と後脚を同時に薙ぎ払い、数発の斬撃。そこからスライディングで胴部を切り裂きながら反対側へと潜り込む。 そこから再度、前脚と後脚を全力で薙ぎ払い、インパルスエッジでヴァジュラをダウンさせた。
「ネルッ! 任しとけよ!」
ロミオが神機を構えている。チャージクラッシュ――バスターと呼ばれる大型の神機だけが放てる最高の一撃。
その一撃がヴァジュラの顔面へと叩き込まれる――。
『二人とも、防御して!』
「!」
「ッ!」
ネルとロミオが攻撃を中断し、神機の装甲を展開。瞬間、電撃が炸裂し二人の装甲へ直撃した。
「危なー……」
「少し、油断してましたね……」
センの一言が無ければ確実に直撃していた。あの一撃をまともに受ければ二人は恐らく重傷だろう。その事実に肝を冷やす。
あのヴァジュラは瀕死寸前。だからこそ、死力を尽くしてゴッドイーター達へ向かってくる。
手負いの獣、言うなればまさしくそれだ。シエルの狙撃を回避し、ナナを寄せ付けない動きを行う。マルドゥークの指令など、耳を貸さない程の暴走だ。
『ヴァジュラを抑える事に専念して。まだ倒さなくていい』
マルドゥークの対処にジュリウスとギルの二人を送ったのはそのためだ。二人とも判断力と経験が並外れたベテランのゴッドイーターである。
だからこそ、二人にマルドゥークの相手を任せたのだ。二人ならば初見の攻撃にも対応できる。そう信じて。
「大した物ね、セン。神機が休眠しているのなら無理やり叩き起こす――。それを当然のように行ってしまうなんて」
ラケルはモニター画面を見ながら、微笑みを浮かべている。黒いベールの底に、妖しい何かが渦巻いていた。
「さすがね、セン。えぇ、本当に。私のセン、私だけのセン。あぁ、本当に素晴らしいわ」
「ラケル……」
セン・ディアンスはラケル・クラウディウスに依存している――二人を見る者はそういった考えを持つ事が多い。だが、レアはそれを違うと考えていた。
逆だ。寧ろ、ラケルこそがセンに依存している。二年間、二人を見て来たレアだからこそ知る事だ。
センの行く先にラケルがおり彼の世話を焼く。誰かがセンの陰口を告げればラケルがそれを問い質す。センの研究が否定されればラケルがそれを保護する。
「……」
歪んでいる。彼も彼女も。この世界も。
誰も気づこうとしない。誰も見ようとしない。彼は無能で、彼女は天才。そのくくりでしか物事を見ようとしない。幻影を実体と信じ切ってしまっている。
なら、気づいてしまった者はたった一人で背負うしかないのだ。
それが、今の彼女に出来る事なのだから。
『全員、アラガミバレットをヴァジュラに撃ち込んで!』
センの号令と共に、ロミオがスタングレネードを炸裂させた。眩い閃光がアラガミの視覚と聴力を阻害する。
全員が神機を銃形態へ変え、最後のヴァジュラへと発射した。
『これで残るはマルドゥークだけ。あと一息』
ヴァジュラが断末魔を上げて斃れる。弱点属性は炎。炎の能力を持つマルドゥークのバレットをまともに受けて無事でいられるはずがない。
後は感応種だけだ。
バースト化は全員に行き渡っており、既にレベル3――最高段階まで引き上げられている。
マルドゥークは防衛に徹していた。いずれバースト化は潰える。その時まで持ちこたえると。
だがそれすらもセンの想定の範囲内だ。エミールのスキル――受け渡しバーストは、自分と対象の二人を同時にバースト化させる。
渡された側はバースト化を維持しつつ、エミールは捕喰を行いアラガミバレットを他のメンバーに渡せばいい。つまりエミールがいれば、全員が最高の状態で戦い続ける事が出来るのだ。
防衛に徹した時点で、マルドゥークは既に追い込まれる道を辿っていた。
だが、それもこれまで。これから餓狼は攻勢に移る。ゴッドイーターを焼き尽くさんと灼熱の奔流を以て討ちに来る。
まずマルドゥークが狙いを定めたのは――ネルだ。
「――!」
右前足から繰り出された抉る一撃。それをバックステップで躱す。
スナイパーによる反撃の一発。それはマルドゥークの眉間に直撃した。
怯みによって生まれた隙。攻撃かそれとも回復か。
ネルがもう一度、背後へ跳び神機を剣へと切り替える。
態勢を立て直したマルドゥークが左前足を大きく振りかぶった。――薙ぎ払い。多くのアラガミが持ちその中でも、ゴッドイーターが最も被弾しやすく、そして重傷を負いやすい攻撃。
“回避――いや、もう見切られてる!”
背後へ跳べば、距離を詰めて。潜り抜けようとすればそのまま押し潰してくる。ならば残された選択は――。
薙ぎ払いに合わせ、ネルが神機を振った。迎撃――それが彼女の選択。
相殺とまでは行かなかったが、かろうじて直撃は免れた。しかし反動としてネルが大きく後ずさりし、体勢を僅かに崩す。
『ロミオっ!』
「おう!」
跳びかかろうとしたマルドゥーク。そこへロミオがステップで遮る。
瞬時の加速によって威力が増加したバスターでの叩き付け。その一撃がマルドゥークの頭部へと炸裂する。
横合いから思い切り殴りつけられたマルドゥークは吹き飛ぶも、すぐに宙へ体勢を整え着地する。
「……っ!」
「ロミオさん……!」
「ははっ、ネルお前スゲェよ」
ロミオの腕が僅かに震えている。
それは恐怖では無い。
「腕が痺れちまった……!」
マルドゥークの速度と外皮の装甲。その衝撃によって、ロミオの腕が麻痺を起こした。
奇跡的にネルが痺れを起こさなかったのは、彼女は背後へ跳んだ事と衝撃を受け流したためだ。しばらくロミオはマルドゥークへの行動を起こせない。
『! アイツ、まさかっ!』
瞬間、マルドゥークが跳んだ。崖の上へ跳び、そこからさらに高い地形へ。
無論、その狙いはネルだろう。だが、その行動から繰り出される攻撃は。
『ネル、物陰に隠れて!』
マルドゥークが壁を蹴り、凄まじい加速を以てネルへ体当たりを行う。その一撃は弾丸の如く直線的で、早い。
ネルの足では物陰にまで間に合わない。連続でステップをして隠れたとしても、その後のスタミナでは追撃を回避し切れない。
「――そこです」
スナイパーによる一撃がマルドゥークの眼球へ直撃し、体勢を崩す。
シエルの狙撃が、マルドゥークの軌道を逸らした。
着地の衝撃を殺しきれず、マルドゥークが地面へ横転した。
『……?』
ふとセンの思考に全体図が浮かぶ。マルドゥークの着地地点は、エリアの中心。その周辺にいるのは、シエルとナナとエミール。銃形態で援護していたジュリウスとギルバートが少し遠く、回避に徹していたネルはその二人よりも遠い。
そして、マルドゥークの火炎は時間と共に威力を増す。そしてその火炎による攻撃を、一度も行っていない。
何より――今のマルドゥークは手傷を負っており、生存本能によって威力がさらに倍増している。
『――全員、装甲展開!』
センの号令と共に、マルドゥークを中心とした業火が炸裂する。凄まじい衝撃と熱波がフィールド全体を駆け巡る。
その衝撃に耐えきれず、ナナとシエルとエミールの神機が持ち主の手から吹き飛ばされ、三人が地面を転がる。ロミオとギルバート、ジュリウスは装甲展開が間に合っており、距離による減衰のおかげかかろうじて耐え切る。ネルは完全に射程外まで逃れていた。
「――マズい!」
吹き飛ばされた三人が起き上がらない所を見ると気絶かあるいは――。
だがその前に彼らを安全な所へ。そうしなくては。
『ロミオ!』
「あぁ!」
再度、スタングレネードが炸裂する。その寸前にマルドゥークが勢いよく前足を振り下ろす。
瞬間、火炎による竜巻がマルドゥークを包み込み、閃光から防御した。
煌々と燃える輝きと相殺されたのだ。スタングレネードによる拘束はもう意味を為さない。
だがその僅かな隙で十分だ。ジュリウスとギルバート、ロミオの三人が気絶した彼らを抱える。
マルドゥークと彼らを遮るようにして、ネルが割り込んだ。
“もう大体の動きは読んだ……!”
既にネルは二つ、仮定を推察していた。
まずマルドゥークの火炎だが、これは前足を一度宙へ掲げ振り下ろした時。要するに一度、溜める時間がある。その隙に離脱してしまえばいい。これで火炎は完封できる。
もう一つは前足による薙ぎ払い。だがこれは簡単だ。間合いを保ちながら常にどちらか一方へ動くようにして立ち回ればいい。そうすればほとんど勘任せの薙ぎ払いになる。薙ぎ払いが見えれば、ステップからのスライディングかジャンプで回避する。
「やっぱり……!」
ネルの予想が確信へ変わる。ならば狙うは後脚。バックステップに巻き込まれないよう、接近し過ぎない距離を保てば――。
「――!」
ネルの足が沈んだ。長時間の激戦が彼女の体に与え続けていたダメージが、形となって現れたのだ。
それをマルドゥークが見過ごすわけが無い。繰り出される薙ぎ払いは――右足。
「っ!」
咄嗟に装甲を展開し、一撃を堪えるもふんばりが効かず吹き飛ばされた。
「ギル、カバー!」
「分かってる!」
ジュリウスとギルバートがマルドゥークを挟むようにして接近する。
マルドゥークは退かない。このままを二人を蹴散らし、ネルへ止めを刺すべく動くだろう。
ギルバートが宙へ跳ぶ。狙っていたかのように、マルドゥークが前脚を振り上げた。
「ハッ、ワリィがこっちも年期積んでんだ、よッ!」
前脚を踏み台にして、ギルバートが背後へ大きく跳躍する。マルドゥークの足を踏み台にしたバックフリップ。
その僅かな時間に、マルドゥークが気を取られる。それでいいと、ギルバートは笑う。チャージスピアは機動力に優れている。ならば、その役割は攻撃では無く、囮だ。
囮としての役割は、もう十分に果たした。
「余所見してるつもりか、分かりやすいな」
ジュリウスが踏み込み――そのままマルドゥークをすり抜けた。
それから数刻して、凄まじい数の斬撃がその巨体を切り刻む。
「っ! まだ倒れねぇのかよ!」
「ネル! 退避――」
しろ、と言おうとしてジュリウスは言葉を止めた。
ネルが構えている。神機を腰だめにして、姿勢を低く。剣形態の神機は、凄まじいオラクル細胞を練り上げていて、一つの巨大な剣となっていた。
――血の力。
マルドゥークがネルへ突撃する。だが、ジュリウスは視えていた。
彼女の一撃が、この餓狼を粉砕する姿が。
「あぁぁぁぁぁっ!」
跳躍し、地面ごと削り上げる薙ぎ払い。その一撃はマルドゥークの頭部を切り裂き、巨体を吹き飛ばす。
ブラッドが持つ血の力――ブラッドアーツが覚醒した。
地面を転がったマルドゥークはピクリとも動かない。それが何を意味するのか。
呆然と見守るジュリウスとギルバートが、着地し何とか地面へ座り込むネルが、気絶した三人の援護へ回っていたロミオが。拳を強く握りしめた。
『……感応種マルドゥークの撃破を確認』
通常任務を含めた激闘一時間半。大型種四体同時討伐に加え、感応種初討伐。それを制したブラッド隊に、言葉が贈られる。
『総員、バイタルに深刻な異常は無し。ミッション終了。皆、お疲れ様』
センの言葉と共に、全員がその拳を強い振り上げた。