ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-   作:緑餅 +上新粉

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 アニメとかの主人公って、一目で「強い!」って思える武器を持ってることが多いですよね...

 なので、本作品は敢えてメンドクサイものを持たせてみました。


05.暗躍

「三日前に依頼が来たばかりなのに、もう次の仕事ですか」

 

「何だ、いつもは働けって言うのに」

 

「いえ、やっとその気になってくれたのかと」

 

「そりゃないな」

 

 

 飛那と他愛ない会話をしながら、外周区まで足を運ぶ。そして、その更に先へ進むと未踏査領域───モノリス外の、ガストレアが蔓延る場所───へと行き着く。そこは、中途半端な覚悟で踏み入ったが最後、生息するガストレアに骨まで残さず食い散らかされるだろう魔境だ。

 

 周囲は遮るモノなど殆どなく、吹き抜ける風はひたすら荒涼としていた。...しかし、今回は晴れているため、度が過ぎるほどの厚着をしては汗を吸った衣服がまとわりつき、動作が鈍る。

 司馬重工が開発した身体の機能性を損なわない強化繊維のシャツとジーンズを着込む飛那は、時折路傍の石に乗り上げて跳ねる、じゃじゃ馬なアタッシュケースを引っ張りながら俺を見上げて言った。

 

 

「今回受けたのは、随分と重要な依頼なんですよね?......やはり、危険なのでしょうか」

 

「あぁ、だろうな」

 

 

 既にあれだけの『闇』を見たのだ。今更楽観視しろなど、強制されても出来はしない。

 

 ────しかし一方で、良かったとも思えるのも確かである。

 

 暗躍する何者かの思惑は、きっと碌なことではないだろう。何せ聖居関連の人間が、人をあれほど無理なやり方で消しているのだ。東京エリア全体が危機的状況に陥る何事かを仕出かそうと企んでいてもおかしくはない。

 それを()が阻止するのなら、聖居の持っている自分の情報を確かめられるチャンスだ。この際、最大限利用させてもらおう。

 

 

「『相手の持つ手札と行動は、ケンカになる程凝視してけ』....か」

 

「?」

 

 

 ふと、常に鼻孔を刺激しているはずの人の営みの匂いが消えた瞬間、口を衝いて出た言葉。それは絶望に唾棄し、悲嘆を笑い飛ばしていた者の零していたものだった。

 懐かしき姿と声を脳裏から掘り出しながら、俺は寂寞(せきばく)の思いと共に晴天を見上げた。

 

 

 

          ****

 

 

 

 ────結構奥まった所まで歩いて来た。周りは一転して木々が多い茂る場へと様変わりしており、時々聞こえて来る鳥たちのさえずる声が耳に優しい。

 そして、マイク付きイヤホンと一緒に渡された地図の終着点は.....

 

 

「あの、廃墟か」

 

 

 何らかの工場だったのだろうか。しかし、見当が付けられないほど劣化が激しいため、らしき物、としか形容できない。

 気は進まないが、まるで血を浴びせかけたかのような赤錆だらけの廃工場に飛那とともに近づき、開いていた観音開きの戸の隙間を抜ける。日中だというのに中は薄暗く、扉から漏れる陽光以外の光は総じて頼りない。

 

 

「うう....何でこんな場所を集合地にしたのでしょうか....」

 

 

 飛那が俺の袖を摘みながら文句を言う。しかし声は震えており、これでは寧ろ相手の保護欲を掻き立ててしまうだろう。

 ....普段から一緒にいる筈の俺でさえそうなのだから、間違いない。と、怖がる飛那の頭を撫でながら、ほとんど諦めたような考えを巡らす。

 

 ────こんなことへ現を抜かしていたからこそ、背後から迫る魔手に気付くのが遅れた。

 

 

「っ、樹万!」

 

 

 飛那の声が耳に届くが、遅い。その時にはもう後方から伸びた腕に後頭部を掴まれ、地面へと叩き付けられていた。

 

 

「っがぁ....!」

 

 

 額を強打したことで、激しく視界が揺れる。しかし、インパクトの寸前に辛うじて手を着いたため、脳震盪で意識を失う事は避けられた。

 

 

 

「く、ははははは!どうだテメェら、これで俺の全勝だぜ!」

 

「ちっ!ザケんなよクソ野郎、何で雑魚ばっか寄越すんだ!」

 

「だから言っただろうが!止めとけってよォ!」

 

 

 俺がコンクリートへ叩き付けられた音が消えてから直ぐに、多方向から複数の男の嗤い声が響き渡った。....そうだ。低ランカーばかりが集められるのだから、こういう事も事前に予期しておくべきだったな。

 軽く舌打ちしてから首だけを動かして辺りを見渡すと、俺と同様に奴らに()()られたらしい民警たちが倒れており、そのイニシエーターも傷を負っていた。

 

 

「......お?随分といいモン連れてんじゃねえか」

 

「へぇ。確かに、こりゃ的にしちまうには勿体ねぇぜ」

 

「俺ぁ鬱憤溜まってんだ、多少痛くしても問題ねぇよなぁ?」

 

 

 男達の視線が俺から飛那へ移ると、色めき立ちながら爪先を向け始める。一方、俺を地面に叩きつけた男は銃を取り出し、頭を掴んだ状態のまま背に片膝を立て、後頭部に銃口を押し付けてきた。飛那に対する脅し、ということか。

 飛那にも銃口が突きつけられた状態なので、少しでも動けば足を撃たれるだろう。とはいえ、低ランカーのイニシエーターということで舐めているのか、もしくはこうされた彼女たちは総じて混乱してしまったのか定かではないが、男たち全員は隙だらけだ。これなら彼女は一息で銃を奪い、立場を逆にすることも十分可能だろう。

 

 

「..........」

 

 

 さて、何故俺は飛那を助けに動かないのか、飛那は近づいて来る男共へ反撃に出ないのか。

 

 ────その答えは、間もなく目前で証明される。

 

 突如、爆撃にも似た大音響が頭上から降り注ぎ、周囲の闇より色濃い漆黒の鉄槌が落とされた。完全に飛那へ意識を傾けていたアホの一人はそれの下敷きとなり、内容物全てを地に塗布され即死する。

 壮絶な衝撃と風圧に煽られた後ろの二人は、尻もちをつきながらもようやく異常に気付くが、もう遅い。奴等から見て後方の壁を突き破り、横滑りしてきたもう一本の槌に二人纏めて弾かれた。

 一人は勢いよく上方へ打ち上げられて天井のシミとなり、もう一人は直撃したらしく、衝撃の一分も受け流せず身体の内側から破裂、赤い霧となってしまった。

 一部始終を確認し次第、俺はすぐに自分に乗っている銃口を突きつけていた男を転がって振り落とし、わき腹に蹴りを一発。もんどりうっているうちに腕を掴んで投げ、扉側へ落としておく。

 

 

「飛那!ソコらで伸びてる奴等を全員避難させてくれ!」

 

「樹万は!?」

 

「誰かがコイツを止めなきゃ、全滅だろ!」

 

 

 ────多くの人間は、この判断に驚愕するだろう。

 普通、こういった場面ではガストレアと戦うべく身体能力を向上させた、イニシエーターが前衛へ出るべきだからだ。ただの人間が対峙していいのは、ステージⅠの最も再生レベルが低いガストレアまで。それも、バラニウムで武装した者に限られる。

 しかし、飛那は互いに姿を晒しての白兵戦には向かない。一応、大抵の戦闘法はオールラウンドにこなせるが、そもそも今回の敵は....

 

 

「恐らく、ステージⅣ....」

 

 

 このクラスになると、体調が数十メートル級を越す個体が殆どとなる。何らかの大型兵器を使用しなければ、いくら高い戦闘力を持ちうるイニシエーターでも太刀打ちできない。

 考えている最中に、襲撃を成功させたガストレアは天井を突き破った足を動かし、周りのトタン屋根を剥がしながらその顔を覗かせた。

 

 ────瞬間、俺の思考は暫しの空白を生む。

 

 

「樹万っ、避けて!」

 

 

「っ、は!」

 

 

 飛那の叫びで何とか我を取り戻し、上空から迫るガストレアの前脚を回避した。

 着弾時の爆風で数度転がるが、足でブレーキをかけて停止。そして、今一度首を動かし、見間違いではないかと自問しながら、その敵を視界へ映す。だが、

 

 

「お前は────」

 

 

 ここまで全容を捉えてしまえば、今更間違えようもない。現れたガストレアは、あの時、俺の全てを奪って行った化物だった。

 鋭利な爪を凝り固めたような前脚を引いた奴は、時間にして数秒、その視線を俺と交錯させた。するとおもむろに、その時は血に染まっていた口を開け、土気色の瘴気を吐き出す。

 

 

 ミ、ツ、ケ、タ。

 

 

 そんな声が、聞こえた気がした。

 

 俺は腹に手を置きながら、もう片方の手で己の『牙』を抜く。

 恨みや憎しみは、ない。そんなものはあの男と出会った時に全てその場へ置いて来てしまった。あの日の俺はとうに死に、今の俺が持つのは(他人)が殺された光景と、全てを亡くしたという事実だけ。奴に抱くのは『人を殺すガストレアは殺さねば』という、有象無象の敵と同様の感情に過ぎない。

 

 それに、ここへ辿り着くまでに経た戦場で────()()()()()()()()()()()()()

 

 

「再会が遅くなったな。残念だろうが、俺はお前を()()()()()()()

 

 

 駆け出しざまに一閃。

 太陽光を反射し、煌めくのは細見の刀身。刀や剣と比べると余りにも脆弱で、短い。しかし、全く届かない筈の刃は、甲高い破裂音を響かせ、数メートル先にある奴の片目を容易に穿った。

 

 俺が手に持つのは、取り付けた刃を高速で射出可能な大型のタクティカルナイフだ。

 射出方法は一般の銃などと同様で、大量の火薬を使って打ち出すため威力は申し分ない。しかし、自動排莢を可能とするエキストラクターやエジェクター等は取り付けられていないので、装弾や排莢は手動で行う。

 更に、銃弾の役割をするバラニウム製ナイフも、その都度取り付けなければならない。常人から見れば非常識極まりない武器である。

 

 

「あの時の俺は弱かったな。....だが、今は」

 

 

 しかし、火薬を入れる為のマガジンへ普通の弾丸を込める事が出来る。多少の制約はあれど、一つで何役もこなす万能さがあるのだ。

 後は、己の腕で全てが決まる.....!

 

 

「────俺の方が、強い」

 

 

 虎のような顔を苦痛で歪ませている頭部へ、装弾したバラニウム弾を撃ち込む。発射後は着弾を確認せず、疾走しながらすぐさま排莢し、ホルスターから予備の刀身と火薬を引き抜き装着、装弾。手を引っ込めるついでに撃鉄を起こす。

 ナイフ本体へ刀身を装着する際、射出する以外はロックを掛けなければ、刀身は簡単に外れてしまう。だが、俺は敢えてロックを掛けずに奴の顎へ刃を突き刺し、引き金を引く。

 

 直後、火薬の爆破推進によって打ち上げられた刀身が、面妖な顔面を縦に引き裂いた。

 

 俺は血と断末魔を浴びながらも、暴れまわる首を全力の蹴りで打ち抜いた。

バゴッ!!と響いた肉を叩く音と共に、続く痛打を受けたガストレアは堪らず横倒しになる。数十メートルの巨体が倒れた振動と衝撃で、廃工場は見る影もないほどに崩れてしまった。

 

 

「はあ、は、ぁ」

 

 

 上がった息を整えながら、先ほどの攻防で使用した火薬の空薬莢を取り除く。そして、新しい火薬と刀身を装着しようと腰へ手を伸ばした所で、視界の端に映ったモノに左半身を打たれ、急速に視界がぶれる。

 

 

「ごはっ!」

 

 

 此処へ来た時にあの民警にやられたものとは、比べ物にならない程の一撃。

 弾き飛ばされる最中に見えたが、あの細長く(しな)るモノ。どうやら尻尾らしい。初めて会った時はあんなのはついていなかったが、恐らく身体を進化させる過程で手に入れたものだろう。

 そうやって考えている内にも樹木を何本も突き抜け、名も知らぬ大木に背中から激突し、やっと制止する。途端に痛覚の許容値を超える程の電気信号が駆け抜け、脳が焼き切れそうになるが、耐えた。

 

 

「グボッ、あ..グ....」

 

 

 血を大量に吐いてから、改めて自分の身体を見てみる。.....思わず、笑い声が漏れた。

 

 

「はは....左手、左足は旅行に出かけちまったか。有給休暇の申請は、受けてねぇぞ」

 

 

 生きているのは、右半分だけ。...絶望的だ。もう戦う事はおろか、歩く事すらままならないだろう。視線を上げると、前方の樹木の枝にひしゃげた自分の左腕がぶら下がっているのが見え、更に笑いを誘う。

 しかし、その直後に目を覆うような閃光がガストレアのいる方向から迸り、視界を白で塗り潰されたであろうバカの絶叫が聞こえて来た。一方の俺は右手で遮ろうとしたが、走った激痛で対応が遅れ、己もバカの一員となってしまった。

 悪態を吐きながらも、何とか痛みに抗って腕を動かそうと足掻いていたが、響いてきた声に意識を全て奪われる。

 

 

「たつ、ま....!?そんなッ!」

 

「おう....飛那、か」

 

 

 出来れば見られたくは無かったが、彼女が突然消えた俺を探さない訳がない。

 少しずつ回復してきた片側の視界は、ノイズを走らせながらも、泣きそうな飛那の顔だけはしっかりと映し出した。

 

 

「すまねぇ。バカ、やっちまった」

 

「ま、まだ....まだ助かります!大丈夫ですから!」

 

「は、は.....こっから生き返ったら俺、人外だろ」

 

「そうです、樹万は人外です!だから....だからッ」

 

 

 何気に酷いことを言われているが、まぁ別にいい。これは、遅かれ早かれいつの日か来るべきである、俺と共に生きる決意をした飛那の辛い運命なのだ。

 俺は死に行く半身に鞭打ち、右腕を持ち上げて飛那の肩に置く。そして、努めて優しく、残酷なその言葉を放った。

 

 

「逃げてくれ」

 

「っ.....」

 

 

 ビクッと大きく震えた飛那は、ゆっくりと持ち上げた首で俺の顔を見たあと、涙を零しながら肩に置かれる俺の手を持ち上げ、額を押し付けた。

 

 

「そんなこと....そんなこと言わないで、下さい...!」

 

「逃げて、くれ....頼む」

 

 

「嫌ですッ!!貴方が居なければ、私は生きている意味がありません!!」

 

 

 ────ああ。やはり、同じだったのか。

 飛那は、過去の経験からずっと安息の地を求めていた。そして、俺も生まれてからずっと心の底から信じられる人が欲しかった。その互いの心を埋め合えるという存在認識は、強烈な依存という形で、今ここに現れてしまっている。

 

 .....全く、何とも勝手な事だ。

 

 仮にこれが逆の立場であれば、俺はどんな手を使ってでも飛那を救おうととするだろうに。助かって欲しいから、生きていて欲しいから。そんな自分勝手な意見で、彼女の心からの懇願を無下にしようとしている。

 そう。俺は飛那へ、この世で最愛の人間を見捨てろ、と言っているのだ。

 

 

「.........」

 

 

 頭を冷やす。...もう時間が無い。彼女には決断して貰わなければ。そうしなければ、()()()()()()()()()()

 俺は深呼吸し、上がってくる血液を何度も嚥下しながら言葉を紡ぐ。

 

 

「助けなきゃならない奴等が...いる」

 

「....え?」

 

「あそこで寝てる民警と、そのイニシエーターたちだ」

 

「あ..ぁ......」

 

 

 飛那は今度こそ、絶望した声を漏らす。俺一人の命と、顔も知らぬ人間数十人。理性で判断すれば、天秤にかけられた秤は後者に傾くのは道理だ。

 

 そう、それでいい。彼らを見捨てて逃げる訳にはいかない。このままでは、皆なにも知らずに死なせてしまう。それだけは避けねばならない。

 俺は葛藤を投げ捨て、敢えて突き放すような口調で続ける。

 

 

「行け、飛那。....俺は此処に残って、奴を殺しきるまで戦う。....お前が、皆を助けるんだ」

 

「ぅ....く...」

 

「恐らく、外周区内で起きた騒ぎでも、そろそろ聖居の連中は気付き始める。そうなれば、俺たちは残らず影武者に殺されちまう」

 

 

 その人物は、どこかで俺たちを監視している筈だ。既にここへ来るまで三人ほど確認してあるが、気配が薄いことを鑑みるに、例のガストレアとの交戦に巻き込まれないよう距離を取っているのだろう。

 先ほどの善戦っぷりには肝を冷やしただろうが、こんなザマになった俺を見て安心しているのではなかろうか。

 精々そこで踏ん反り返ってろ。これからが本番なんだからな。

 

 

「......樹万。一つ、約束してください」

 

「ん?何だ...ゴホッ!」

 

 

 飛那へ返事をしたところで、喉を緩めた隙を見て駆け上がって来た血を吐き散らす。今の所は何とか普通を装って喋ることができているが、口の端からはとめどなく血が溢れているのだ。

 俺が腰を下ろしている地面も、深く、鮮やかな赤色に染まっている。

 

 ────飛那はもう、泣いていなかった。

 

 

 

「ガストレアには、ならないで。私は、樹万を撃ちたくないから」

 

「..........ああ。わかったよ」

 

 

 上手く作れたらしい俺の笑顔を見た飛那は満足げに頷くと、懐を漁って何かを取り出した。それは....一発のバラニウム弾をチェーンでつなげたペンダントだ。

 受け取ってからよく見てみると、俺と飛那の名前が彫られていた。お世辞にも綺麗とはいえない文字の形から予想するに、自分で彫ったのだろう。

 

 

「私、頑張りますから。頑張って、この世を受け入れますから」

 

「....はは、その意気だ」

 

 

 あくまでも笑顔を浮かべ続ける俺に対し、飛那は何かを堪えるような表情をしたあと、此方へ背を向けた。我慢しているのだろうが、明らかにその背中が震えている。

 ....こんな時まで気を使わせるとは、何ともプロモーター使いの荒いお姫様だ。

 

 

「ありがとな。また、逢おうぜ」

 

 

 その言葉に背中を押されたか、彼女は遂に駆け出した。

 大木の陰から抜け、晴天の下を走り去る飛那は、明るい世界へ飛び立って行く。奇しくも、暗い陰に沈む俺を見捨てるかのような形で.....

 

 

「っは、アホらし」

 

 

 一度大きく咳き込むと、一目で致死量だと明白な程の血液を吐き出した。それを無視し、離さなかったタクティカルナイフを持ち直すと、ホルスターから火薬を取り出してマガジンへ押し込む。

 もうすぐ死ぬだろう俺は、しかし笑みを絶やさない。....理由は簡単だ。俺は此処で死ぬ気など毛頭無いからである。

 

 

「さ、て....と。丁度向こうさんも立ち直ったようだし、こっちも()()()()とするか。久しぶりだから加減できるか分からんが」

 

 

 全身から血液を滴らせながらゆっくりと立ち上がる。すると、木々の向こうで高らかに吼えるガストレアが見えた。

 ....試運転も兼ねて、先ずは小手調べだ。

 

 

「―――――――――――――開始(スタート)。ステージⅡ」

 

 

 

 

 

          ****

 

 

 

 

「ステージⅣですって....!?」

 

「はい!今し方確認されました!」

 

「何故侵入されているのです...?モノリスを抜けられるのは、ステージⅤ(ゾディアック)のみのはず.....ッ」

 

 

 ────いや、焦るな。いつもの泰然とした自分に切り替えろ。

 今ここで我を忘れて恐慌してしまえば、この場は間違いなく混乱する。先ずは落ち着いて、盤石の構えを崩さない事が重要だ。

 そう内心で繰り返し、熱を取り去った思考で、現在、今後の起きうる状況を整理していく。結果、納得のいく答えは幾つか捻出できた。

 

 取りあえず、早急な討伐のために自衛隊を動かして────

 

 と、ここで私の肩へそっと手が置かれた。

 

 

「聖天子様、心配なさる必要は有りませぬ。この天童菊之丞(きくのじょう)、既に策を廻らせて御座います」

 

「.....聞きましょう」

 

 

 背後に立ち、頼もしい言葉を掛けてくれたのは、私の補佐官である天童菊之丞だ。

 今まであらゆる執務を請け負ってくれた彼は、今や国家政策の一部を担う程の存在である。そんな菊之丞が直接指揮を執るのだから、その策に何ら問題はないだろう。

 

 

「この事態には、複数の民間警備会社から協力を仰ぎ、当たらせております」

 

 

 だからこそ、彼の言ったあまりにも簡素で、異常な答えに驚愕した。

 

 

「な....民警の方々のみに対処をさせるのですか?!」

 

「問題は御座いませぬ。敵は図体のみでステージⅢからⅣへ格上げされた、名も与えていないガストレアです。....十分、民警でも屠る事は可能でしょう」

 

「....そう、ですか」

 

 

 ────納得は、行かなかった。

 何故なら、いつもの菊之丞は原因の核心を刀で真っ直ぐ両断するような判断を陳ずるからだ。しかし、今回は未曽有の事態にも関わらず、その解決手段が明らかに不明瞭。周囲に散らばる不確定要素を、拾いきれていない。

 

 

「私の、取り越し苦労だといいのですが....」

 

 

 

 その数時間後、ステージⅣガストレア撃滅の報告がされた。

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

「何?斃された、だと」

 

 

『えぇ、それはもう見事に』

 

 

 (にわ)かには信じがたい。あれは十分都市一個を破壊し尽くすぐらいの個体だった筈。

 まさか、彼奴を興奮させるだけに投入した、序列十万以上の何者かが殺したとでもいうのか。

 

 

「監視の者はどうした?」

 

『残らず殺されていたよ。数人はガストレアの暴挙で踏みつぶされていたけどね。ヒヒ』

 

「ちっ」

 

 

 危ない橋を渡ったにも関わらず此方は痛手を受け、策を頓挫させた敵の正体まで掴めなかった。完全なる敗北だ。

 ....やはり、アレを敢行するしかあるまいか。今まで以上に危険な試みだが、この男がいつまでもこちらの与えた仮面を被り続けるか分からないのだ。

 

 

「策を変える」

 

 

『やるのかい?あの方法を』

 

「此方から遣いを送る。回収次第、指定のポイントへ移動して貰おう」

 

 

 奴がした確認の声へ返答せず、口頭で説明を終わらせる。

 すると、耳に当てた携帯電話の内臓スピーカーから、くぐもった笑い声が聞こえて来た。

 

 

『クク....貴方も中々、狂ってますねぇ』

 

「....黙れ、若造。その狂った誘いに乗った貴様も大概だろうに」

 

 

 狂っていられるのならまだいい。生きている間永久に続く、この苦しみを感じずに済むのだから。

 だが、もう遅い。己の憎しみは、その狂気すら食い物にこの身体を動かし始めている。

 

 

「ガストレアも、呪われた子供たちも、この世には存在してはならぬのだ」

 

 

 もし、奴等を皆殺しに出来る方法や、力が手に入るのなら。

 

 喩えこの身を裂かれようとも手中に収めよう。

 

 

 

          ****

 

 

 

「.....やれやれ、面倒なことになったねぇ。最初は遊び半分だったが、これはそうも言ってられなくなってきたかな」

 

 

 もの言わぬ機械の塊となった携帯電話を耳から離し、両手を広げて大仰に(かぶり)を振って見せる。

 そんな私の様子を訝しく思ったか、己が愛娘たる小比奈は顔を顰めた。

 

 

「どうなったのー?パパ」

 

「どっかの誰かさんがね、私たちが苦労して此処まで連れて来たガストレアを殺したんだ」

 

「えぇー?」

 

 

 あまり面白くなさそうな声と表情で首を傾けると、小比奈はむぅむぅと唸り始めてしまった。

 私はそれを見て笑うと、元々は工場だった瓦礫の山から飛び降り、手に乗せた携帯電話を一廻ししてから仕舞う。....そのまま頭上の晴天を見上げると、幾分か気分が晴れた。

 

 

「もしアレが上手く行けば、東京エリアは間違いなく滅びるねぇ」

 

 

 雲一つない青い世界は、深々とした木々が茂るこの場とよくマッチしていた。

 近距離に聳える漆黒の壁さえなければ、もっとロケーションは良かったと言えるだろう。

 

 ────そして、濃い血臭も。

 

 

 

「さて、どうするかね?美ヶ月樹万くん」

 

 

 

 私は、背後の木陰で血の海に沈む友へ問いかける。

 

 

 返事は無論、無かった。

 

 




 原作読んでる人なら、何故『あの二人』が繋がっているか分かってしまう筈。

 次話辺りから原作入りするかも。

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