ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-   作:緑餅 +上新粉

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 遂に原作キャラもう二人初登場です。

 あと、この話でようやく主人公の序列が明らかとなりますよー


04.依頼

「ん。ほう、新しいのが届いたか」

 

「そうらしいが、まとめて俺に運ばせるのは止めてくれよ先生...」

 

「軟弱な言葉を吐くな。キリキリ働きたまえ、助手くん」

 

 

 訳の分からないモノを口に咥えながら姿を現した先生は、俺の持つ大きな木箱を見ると、会社の上司宜しくパイプ椅子に座り、足を組みながら檄を飛ばし始める。

 恐らく今の俺の顔は、疲労と理不尽さと格差社会のままならなさと、その他諸々のマイナスな感情によって酷く歪んでいるに違いない。

 

 

「ふぅ。先生、これが、最後だぞっ」

 

 

 ドスンと重厚な音を立てた木箱を重ね終え、それが終わった途端にひっくり返る。

 仰向けに寝そべった俺を見た先生は、欠伸を噛み殺し、その辺を漁って取り出した煎餅を齧りながら言った。

 

 

「むぐ、全く....君は栄えある民警の一人だろうに。こんな雑務で音を上げているようでは、延珠(えんじゅ)ちゃんを任せられんぞ?里見(さとみ)蓮太郎(れんたろう)くん」

 

「辛いもんは辛いって....てか何入ってんだよ、重すぎんだろ」

 

 

 ようやく身体を起こせるまでに回復すると、先生は木箱の一つを開け終えた所だったらしく、中から真空パック詰めになった赤黒い何かを取り出していた。

 詰め方からして明らかにガストレアの遺骸だが、こうまで原型を留めていない奴もいるのか。殺した民警は相当な人格者である事が伺える。

 

 

「...ふむ、珍しいな。彼がガストレアをこんな風に殺したのは」

 

「え?知ってるのか、先生」

 

「ああ、彼らは───っと、電話か....」

 

 

 口を開きかけた所で無機質なバイブ音が遮り、先生は仕方なさそうに傍らにあった携帯電話を手に取った。

 

 

「....私だ」

 

 

 耳に当てている最中も不機嫌そうな顔を止めず、空いた片手で机を忙しなく叩いている。....しかし、あるタイミングから急に豹変し、椅子を弾き飛ばしながら立ち上がった。背後で何かが割れるような音が響いたが、まぁ大丈夫だろう。

 

 

「そうか、わかった。また頼むよ....それじゃ」

 

「.....で、先生?一体何処の誰だったんだよ。何か良い知らせでもあったのか?」

 

 

 頭を垂れた状態では、長い髪が邪魔をしていて表情が読めない。...筈なのだが、何故か大体わかってしまう己が恐ろしい。

 果たして顔を上げた先生の目は、飢えた肉食獣すら泣いて逃げるほど爛々と輝いていた。

 

 

「里見くん。今すぐ出て行ってくれたまえ」

 

「な、なんでだ?」

 

「私はこれから、想い人との逢瀬をするのだ。邪魔をするのなら手段は選ばん....」

 

 

 両手をワキワキさせながら暗い笑みをこちらへ向ける先生だが、こんなんでも世界に数えるほどしかいない天才なのだ。

 ...過去、ガストレアとの激しい戦争の最中、数々の兵器開発、発明を行った日本の『頭脳』。『新人類創造計画』の元最高責任者、室戸(むろと)(すみれ)

 しかし、彼女はかつての己の行いを悔いており、その多くを語らない。

 先ほどみたく、ここに居るとこき使われてばかりだが、俺には先生へ返すべき恩がある。到底己の一生分では不可能なくらいの、だ。

 と、考えている最中に簀巻きにされかけていたので、モルモットとなる前に退散を決め込む。

 ....あ、待てよ?

 

 

「そ、そういや先生、あのガストレアを倒した民警ペアって、結局どんな奴らなんだ?」

 

「ん?あぁ....彼らは美ヶ月民間警備会社に所属していてね。───少し待っていてくれ」

 

 

 どこを見ても大体雑多なこの研究室にしては珍しく、ちゃんと整理がされている本棚の前に立ち、分厚いファイルから一枚の紙を取り出して俺へ見せた。

 

 

「写真はないが、社長である美ヶ月樹万は堕落を極めたような目をしていたな。その隣に記してあるのが、いかにも君が好きそうな銀髪ロリっ娘で、会社唯一の社員兼美ヶ月社長のイニシエーター、高島飛那だよ」

 

「...所々入る変な補足説明さえなければ十分だったよ先生。....にしても、これじゃ分からないな」

 

 

 そう。このペアがガストレアを惨殺したかどうかが結局分からない。

 ....一応、社長の目は死んでいるらしいが、それだけでは確証とできない。写真が無いのは痛いな。

 

 

「先生、二人のIP序列は?」

 

「ん.....む、序列は別紙のようだね」

 

 

 IP序列とは、世界各地に散らばる民警たちの実力を示す、いわばレベルのようなものだ。

 千番台に上がれば晴れて上位ランカーの仲間入り、百番台は国や世界の英雄級、十番台は....神の領域、とでも言っておこうか。

 ちなみに俺は十二万。イニシエーターである藍原(あいはら)延珠の実力は確かなのだが、己が足を引っ張ってしまっているため、中々順位が上がらない。お陰でウチの社長から何度「お馬鹿」というお怒りの声を頂いたか....

 一人で暗鬱な思考を垂れ流していると、先生は俺の前へ一枚の紙を差し出してきた。....どうやら、IP序列はこれに書かれているらしい。

 

 

「....序列、約十五万位....?そんな馬鹿な」

 

 

 思わず呻くが、これが事実だ。IP序列が実力の指標という言葉をそのまま鵜呑みにして評価するのだとすれば、彼等は下の下、ということになってしまう。

 そんな人間が、ガストレアをあそこまで無惨に解体できる戦闘技術を持つのかと問われれば、疑問しかない。

 一方の先生は、さも当然であるかのように俺へ言った。

 

 

「彼らは余り闘争を好としないんだよ。それでも、時折二人の名義で運び込まれるガストレアは綺麗だったからね、覚えているんだ」

 

 

 話の内容としては、もう少し嬉しそうに語って良いもののはずだが....紙をファイルに戻しながら長い息を吐く先生の横顔には、どこか陰が差しているように見えた。

 俺はそんな先生へ、どんな風に答えを返したら正解なのか、終ぞ分からなかった。

 

 

 

          ****

 

 

 

「ぶあーっくしゅっ!」

 

 

「ひぁっ!?だ、大丈夫ですか、樹万?」

 

「あ、ああ。誰かが俺の噂でもしてんのかね....」

 

 

 いや、そんなはずはない。俺と飛那の序列は十五万。誰も歯牙に掛けない程の低ランカーだ。

 しかし、元より戦闘好きではない俺にとっては、世界が決めたランク付けなどどーだっていい。生活が困窮しない程度に働けば、怠け者だと他の民警から後ろ指を指されながらでも、生きては行ける。

 

 

「はい、樹万」

 

「ん?....おお、毛布か」

 

「風邪を引いてはいけませんからね。もしそうなっても、私が看病してあげますけど」

 

 

 飛那の持ってきたそれを受け取り、ソファに寝そべって自分の身体を覆うように掛ける。と、漂うのは微かなオンナノコの香り。自分の掛け布団を持ってきたなコイツめ。

 だが、匂いを嗅がなくても隣で人差し指を突き合わせ、もじもじしている飛那を見れば瞭然だ。こんなにも理不尽かつ痛烈な攻撃(ご褒美)を貰ったとなれば、反撃(お礼)もやぶさかではない。

 俺は毛布の端を掴み、持ち上げてから言った。

 

 

「....一緒に寝るか?」

 

「!はいっ」

 

 

 途端に両腕を広げて凄まじい勢いで走り出し、頭から毛布が作った穴へ飛び込む。すると、俺の眼前には尻を突き出して蠢く飛那の滑稽な姿が作りだされる。

 ....成程、これが頭隠して尻隠さずという諺の起源なのだなと、俺は昔日の折に生み出された言葉の原点を辿っていた。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ─────何かが、聞こえる。

 

 呻き声、叫び声、そのどちらとも取れるような....

 

 否、違う。これは、笑声だ。

 無力な俺を嘲笑い、半身を無くしても尚生きようと地面を這いつくばる、あの時の俺を見下す笑声。

 

 茫洋とした視線の先には、確かに。

 

 己と、己の大切な物を喰らって行った化物がいた。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「....ッは!」

 

 

 力一杯瞼を開き、纏わりついた闇を振り払うかのように飛び起きる。

 今まで眠っていたというのに、全力疾走したような、荒く、浅い呼吸が続く。身体も珠のような汗でぐっしょりと湿っていた。

 

 俺は深く深呼吸をしてから顔を片手で覆い、光と闇の曖昧な境界線上に佇んでいたガストレアを思い出す。

 

 

「ったく.....あまりにも、リアル過ぎだろが」

 

 

 今でも、その姿は思い出せる。ヤツは四足歩行で爪が鋭く、体表はまるで岩のようだった。そのくせに身軽で素早く、俺が追われている最中にも、家屋を踏み潰し、蹴破り、罪のない人間たちを轢き殺した。

 ....そして、俺を─────

 

 

「っぐぅ!....く、そ」

 

 

 喉奥から上がって来た酸っぱいモノを無理やり押し込め、過去の記憶ごと蓋をする。軽く嘔吐いてしまうが、背をソファへ預けて上を向くことで何とか収拾をつけた。

 

 ....こんなザマは飛那に見せられないな。

 

 俺以上に傷付く事を恐れる少女は、今や身近な人がそうなる事すら恐れるようになってしまった。

 だからこそ、彼女の前でだけは絶対に弱音は吐かない。そして、いつか来るその時までは、俺は人間でいるのだ。

 

 

「....うし、大丈夫だ」

 

 

 飛那を起こさないようにソファから立ち上がり、足早に駆け込んだ洗面台で顔を洗う。

 冷たい水の恩恵で熱暴走しかけていた思考は平常に戻り、他の事を考えられる程度には精神的余裕が生まれた。

 と、此処へ来たついでに寝汗をかいた身体を洗おうと思い立ち、シャツの裾に手を掛けた....所で、玄関の方から呼び鈴の音が鳴った。

 

 

「何だ...?」

 

 

 時は既に夕刻に差し掛かろうとかといった所だ。誰かが訪ねてくるには遅い時間だろう。

 いやそもそも、この寂れた会社を見初めて訪ねて来るような依頼人はいるのだろうか。

 

 ....少なくとも、俺だったらもっと信頼の置けそうなトコへ依頼するな。

 

 俺は一つ溜息を吐くと、最初から依頼人と決めつけて話を進めている己の思考に終止符を打つ。そして、後頭部を掻きながら、敢えて複雑な表情を浮かべたままで扉を開け放つ。

 

 

「あの、ウチはそういうのいいんで....、ッ?」

 

 

「────────」

 

 

「....なんだ、アンタ?」

 

 

 依頼人でないのなら、あとに残るのはセールスか何かだろうと踏み、開口一番常套句を並べ立てようとしたが....目前に佇んでいたのは、黒いスーツを着た大男だった。

 俺は尋常ならざる雰囲気を察し、後ろ手で扉を閉めてから手持ちの鍵で施錠、立ちはだかるような位置に立つ。

 

 

「君は、美ヶ月民間警備会社の社長だな?」

 

 

 男が野太い声で言い放った問いかけに、俺は無言で頷く。

 すると、彼は左手に持っていたビジネスバッグから、一枚の紙を差し出してきた。

 

 

「明日、外周区郊外にてガストレア掃討作戦が行われる。指定の民警ペアは、これに参加するよう言い渡された」

 

 

「な、何....?」

 

「聖天子様の許可も頂いている。些か性急ではあるが、正式な依頼書だ」

 

 

 にわかには信じられず、男から紙をひったくって見てみるが、間違いなく聖天子のみが持つ判子の朱印が押されていた。

 

 ...いや、あの善人を象徴するような人間が、まさかこんな事を許すはずがない。

 

 必ず事前に通達を行い、下手をすれば一週間の準備期間を置いた上で、更に参加の可否を問う事すらしそうだ。

 良く言うのなら、他人の意見を尊重する、といった所か。....ならば、異常は明らかである。

 

 

「お前ら、何を企んでやがる。悪戯にしちゃ手が込み過ぎてるぞ」

 

「悪戯か否かはそちらで判断して貰おう。いずれにせよ、逆らえば聖天子様の威を借りし我らの権限で、お前の民警ライセンスを永久に剥奪させて貰う」

 

「!っち....」

 

 

 何となく分かってはいたが、こうなった以上選択の余地は無いという事らしい。用意が良いことだ。

 無論、民警ライセンスを奪われる訳にはいかないので、俺は紙へ了承のサインを書き殴り、男へ突き返してやる。対する彼はそれを大人しく受け取ると、代わりに小さいマイク付きイヤホンを渡してきた。

 

 

「これは、本作戦に参加する他の民警と情報の交信を行う為の機器だ。お前のイニシエーターにも渡しておけ。...それと、それには小型ICチップが埋め込まれている。逃げられはせんぞ」

 

「はっは....どれだけの人間が裏で動いてんだ?こいつは」

 

「明日で死ぬお前には、知る必要のない事だ」

 

 

 それだけ言うと、奴は地面に置いた鞄を持ち上げた。その隙間から見えたのは、元々複数の資料が入っていたと思われるファイル、ケースの類だ。いずれも空であり、恐らく俺が最後の依頼人、ということなのだろう。

 

 これ以上の会話は無駄だ、と男は暗に俺へ告げているのか、無言のまま顎で背後の扉を示した。さっさと戻れということらしい。

 

 俺は男の意に従って施錠を外し、家に戻る。が、彼が玄関を抜けたところを見計らって再度外に出る。そして先の曲がり角を抜けた直後に駆け、音も無く角の家の塀に張り付いた。

 

 それから直ぐに車の停車音が聞こえ、さきほどの男の狼狽したような声が響いて来る。そんな男の発言に応える声は無く、代わりにサイレンサーがついた銃の発砲音が二三こちらの耳に届いた。

 

 撃ち殺されたであろう男は車に詰め込まれたらしく、バタンとスライドドアが閉まる音が聞こえ、直後にエンジンがかかる。位置的には俺が隠れる塀は車の進行方向なので、このまま留まっていてはバックミラー等を通して気付かれる可能性が高い。

 

 俺は身を翻して壁伝いに移動し、丁度暗殺者連中にとっては塀向こうの家で死角になる位置で跳躍し、頂点に手を着いて塀の内側に己が身を滑り込ませる。

 それから間もなくして、車は静かなエンジン音を奏でながら現場を去っていった。塀の隙間から見たが、アレは()()が保有している専用車だ。

 

 

「犯人は聖居関連の人間。しかも下層への情報漏洩を潰すためには人殺しもやる、か....これは、結構ヤバいことに片足突っ込んでる状態かもな」

 

 

 俺以外に選ばれた民警は、ほぼ確実に低ランカーだろう。敵の詳細な規模は分からないが、この作戦で生き残りは出さない為だ。....まさか、目立たなかったことが裏目に出るとは思わなかった。

 ────だが、分からない。そんな事をして、一体誰に何の得があるのか。

 

 

「分からないんなら探るまでだ、ってね」

 

 

 他人様の家の領地に入るのは不法侵入だ。通報されれば御縄になってしまうので、さっさとその場を退散する。しかし、久しぶりに()()()()の時のような動きをしたからか、少し身体が驚いているな。

 俺は歩きながらポケットから鍵を取り出し、数分前に閉めたばかりの質素な扉を開ける。

 

 ....この予備の鍵は、飛那に渡しておくかな。

 

 そう決めると、俺は玄関に置こうと伸ばした手を引っ込めた。

 




 急展開です。

 次話はもっと急展開になる筈。

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