ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-   作:緑餅 +上新粉

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やっと更新できた....お仕事辛い。
毎度毎度お待たせして本当に申し訳ないです。年末が近くなれば仕事の方も少し落ち着いてくると思うので、頑張って更新頻度は増やして行こうと思います。


49.戦火

「なん....だよ、これ」

 

 

 俺は目の前で起こっていることの全容が全く掴めていなかった。何故、何が、どうして。そういった至極真っ当な疑問に対する答えが見つからない。

 

 だというのに、その銀槍が上空から降り注ぐたび、確実に一人以上の仲間が殺されている。

 

 ただでさえ、俺たちは前線でガストレアの大群を押しとどめている一団なのだ。上に気を向けているヒマなどなく、謎の砲撃が始まってから数分で、あっさりと数十人の屍が戦場に転がった。

 このまま傍観していれば全滅は確実。どうする?動揺は後方で援護を行う軍団にも波及していることだろう。ここで俺たちが理性を手放せば、前後共々崩れて────

 

 

「蓮太郎ッ!しっかりするのだっ!あれを放っておいたら皆死んじゃう!」

 

「!─────スマン、延珠。そうだよな、今ここで考えるのはそういうことじゃない....!」

 

 

 延珠の鋭い叱責を受けて、どうにも固くなってしまっていた脳味噌の思考回路を切り替える。....情けない。冷静になっているようで全く周りが見えていないのでは、思考する行為に意味などないのに。

 犯人はどういった敵性生物なのか、どういったものを使った攻撃なのか、現時点での被害状況はどうか、といった考えはまず、捨てる。ここで己が真っ先に取るべき行動をこそ思考しろ────。

 

 

「こ、ころされる!逃げるんだ、早く!逃げろぉっ!」

 

 

 戦場でガストレアと交戦している民警達が、まるで路傍の蟻が如く潰され、バラバラになっていく光景を見ていた我堂中隊長が、くしゃくしゃになった紙みたく顔を歪ませ、悲痛な叫びを上げる。

 その恐慌に触発された民警の一人が手にしていた銃を放り出して遁走を始めるが、背を向けていなければ目視できていたはずの銀槍に穿たれ、跡形もなく消え去った。

 我堂中隊長の言い方はアレだが、最適解の大筋は逃走に変わりないため、彼の逃げろ、と言う発言を全否定はしない。ただ、これだけは間違えないで欲しい。

 

 

「一旦下がるぞ!砲撃の被害を少しでも抑えるために、二人一組で固まらずに散ってくれ!一人は上空の警戒、もう一人は前方のガストレアを警戒だ!いいか、絶対に背中を見せて逃げるな!互いに援護をしあいながら、少しでも前線からの帰投人数を増やすんだ!」

 

 

 敵わないと自ら心を折り、手に握った武器を放り出して逃走するのではなく。窮地だからこそ結束し、恐怖も絶望も呑みこんで生きることを渇望するのだ。

 今は生存こそが最善。幾ら絶望のなかでも戦う意志があろうと、一人や二人で数千のガストレアに挑むことなど不可能だ。ここは被害を最小限に抑え、我堂団長が取る次手の策の幅を広げることに腐心する。

 方針は決まった。であれば、俺の仲間に告げる言葉は決まっている。

 

 

「前線に出て他の民警の撤退を支援するぞ!それに合わせて、今の作戦を方々へ伝えることも忘れないでくれ!....くれぐれも、無理はするなよ!」

 

『了解!』

 

 

 誰一人異を唱えることの無い二つ返事の了承に、火急の事態の中でも知らず顔がほころんだ。ここには俺と同じ考えを持って共に戦ってくれる仲間がいる。そう思うだけで、心強い。

 俺は各所に散っていく彼らの姿を見送ったあと、最も危険そうな戦闘エリアを確認しようとした矢先、

 

 

「!─────我堂中隊長ッ!」

 

「は?」

 

 

 とぼけた声を上げる我堂中隊長の頭上には、銀の槍が煌めく。それに気づいていないのか、呆然自失とした顔をこちらに向ける。そんな彼に倣うように、傍らに控えるイニシエーターも一向に動く気配はない。

 くそ!俺の足じゃ間に合わない!危険だが、恐らくこの距離なら!

 

 

「延珠!」

 

「うむ!任されたぞ蓮太郎!」

 

 

 一声で俺の考えを把握してくれた延珠は、壮絶な踏み込みで地面を抉ると、我堂中隊長の所まで跳躍する。俺の目ではそれ以降を捉えることはできなかったが、銀槍が破壊の嵐を撒き散らす直前に、その射程範囲から外れた場所へ三人纏めて転がり込む姿が映った。

 

 

「っく、なんつー威力だ......!延珠!無事か!?」

 

「ふぅ....今回は流石の妾もヒヤッとしたぞ」

 

「すまん。無茶させたな。────おい、我堂中隊長」

 

 

 ヒヤッとした割には笑顔の延珠の頭を撫でてから、これからの俺と我堂とのやり取りを見せないためにも、周囲の警戒を頼んでおく。そして、その隣で放心している我堂英彦に鋭い声をかけた。それにびくりと肩をすくませて反応を返した彼は、色を失った顔でこちらを見る。

 あまりこういう精神状態の人間に追い打ちをかけるのは良くないのだが、延珠を危険な目に合わせる一因を作った彼に対し、怒りという私情が挟まってしまうのは道理だろう。何せ、それを彼女に命じるしか他に方法を思いつかなかった自分自身に対しても、激しい憤りを感じているのだから。

 

 

「なに諦めてんだ、お前」

 

「....は、はは。馬鹿な。君は『アレ』を見ても、まだ希望を持てるのかい?里見リーダー」

 

「『アレ』....銀色の槍か」

 

 

 曇天から降り注ぐ銀の光槍。その規模の大きさから、まるで天罰のような印象すら受ける。また、大元の原因の姿が見えないことも、その印象に拍車をかける要因になっているのだろう。....人は、あれに抗ってはならないのではないか、と。

 馬鹿馬鹿しい。まさか、あの銀の槍が神によって創り出されたものだとでも言うのか。人間を見放したが故の、拒絶という意志の表れだと。

 

 

「持てるに決まってんだろ。アレを発射してる砲台を潰せば解決だ」

 

「ッ....君は、出来もしないことを簡単に!」

 

「じゃあここで死ぬのか?テメェの勝手な答えの結果に、お前の大切なパートナーも巻き込むのかよ」

 

「───、─────」

 

 

 その言葉で、隣に佇む、自身と同様に土と泥にまみれた少女へ目を移す。それで────我堂英彦の瞳に色が、感情の起伏が戻った。

 彼は彼女の小さな手を震える両手で握り、懺悔するかの如く蹲り嗚咽を響かせる。激しい感情が渦巻く坩堝と化した痩身は、しかし口にする言葉を悲しみとも、怒りとも、苦しみともせず、ただ『心音』という少女の名を選んだ。

 

 

「死にたくない....死んでいい筈がない!この子を、心音を残して!僕が死ねるはずがないだろう!畜生!!」

 

 

 初めて見る、我堂英彦という男の芯からの激昂。理不尽に対する真っ当な憤怒。

 それで、俺は安堵した。この男は、戦場に立つ理由を己と同じく、『誰かを守るため』という意志で占めている。であれば、もう死という答えが間違いであることなど明白。真の答えは、

 

 

「なら立てよ、我堂中隊長。俺も同じだ。誰かを死なせたくないからここに立って銃を握っている。守るものがあるから、絶望の中でも手を震わせず、敵を撃ち抜ける」

 

「里見、リーダー。君も?」

 

「ああ、そうだ。いいか、この地獄では自分の身を守るので誰もが精一杯だ。中には自分の身すら守るのが嫌になって死ぬ人間もいる。....そして、お前のように抗った末に守るべきものを殺され、失意の中で死ぬより、無抵抗のまま守るべきものを抱えて、共に死ぬことを選ぶ人間もいる。だがな────そんなことをする奴はクソッタレだ」

 

 

 我堂英彦の手に力が戻ってくる。少女の手を通して、守るべきものが確かに在ることを実感しているのだろう。そして、その手が失われればどうなるかも、恐らく。

 かくいう俺も、藍原延珠が無くなった世界を許容できない。俺と我堂英彦は、その一点。互いに()()()()()()()()()()()()()()()()を理解しているからこそ、外れた道の間違いを正せるのだ。

 

 

「そいつの終わりをテメエが勝手に決めてんじゃねぇよ。そいつを守れるたった一人の人間が、守る役目を放棄してどうする。俺は延珠を意地でも守る。まだ全然足りねぇんだよ、アイツの笑顔が、幸せが。ここで終わりなんて、絶対に許せねぇ!」

 

「───────あぁ」

 

 

 今度こそ、明確に心音の手を握る腕に力が漲る。それは彼女を害するために込めたものではなく、彼女を守ると決めた決意の証だ。

 彼は短く息を吐くと、掛けていた眼鏡をゆっくりと外し、懐へ仕舞う。その手で代わりにホルスターから取り出したのは、S&W M&Pだ。

 

 

「覚悟は、決めたよ。まだ死ぬのは恐ろしいけどね。....でも、心音を失う方が、僕はよっぽど恐ろしい。だから、君と共に戦う。生きて、生きて生き残って、戦争が終わった世で、この子の幸せを探すよ」

 

「ああ」

 

 

 我堂は慣れない操作で弾倉を挿し込み、上部フレームをスライドさせ、初弾を装填する。その顔は強張り、手は震え、呼気も浅い。仲間として頼もしいかどうかを問われれば、まず首を縦には振るまい。

 だが、彼は俺と同じ道を歩むと決めた。なら、共にこの死地を潜り抜けよう。その渦中で、緊張も手の震えも時期におさまるだろう。

 

 

「里見リーダーッ!僕が上空を警戒しながら支援する!弾の装填の時は交代だ!いいね!?」

 

「おうッ!その作戦でいくぞ!我堂中隊長!」

 

 

 

 

           ****

 

 

 

 謎の砲台ガストレアの沈黙を確認してから直ぐに我堂団長の元へ向かったが、大量のガストレアが包囲網を敷いており、そう易々とは進ませてくれそうも無かった。中にはステージⅣと推定される大物もおり、正攻法でぶつかれば苦戦を強いられるどころか死にかねない。

 なので、必然的に方法は一つに絞られる。

 

 

「オッサン直伝────『嵐が来れば大火は収まる(スサノオノカミ)』!」

 

 

 轟音を響かせ、拳を置いた位置から前方へ向かい、扇状に気圧の断層が発生。巻き込まれた大小さまざまなガストレア群が小間切れとなり宙を舞う。

 脈絡のない大量殺戮に、生き残ったガストレアたちの目が俺を見るも、本当にこんな男1人がやったことなのか、と自問しているかの如く動きを止めている。その答えが出るまで待ってやる義理も無いので、開けた道を突っ走って抜け、アルデバランの元へ急ぐ。

 天を突かんばかりの巨躯を誇るアルデバランは、その身体から縦横無尽に触手を伸ばし、足元にいる何者かと交戦している。目測で数百はある触手だが、実際に戦闘に使っているのは、そのうちの数十本ほどだ。手を抜いていることは自明の理だが、それを抜いても常人との差は歴然と言える。

 

 

「なんせ、触手視えないからな。速すぎて」

 

 

 今日まで戦った敵の中で、速度が売りのガストレアは数えるのが億劫なほど多かった。故に、対応と対策の捻出はそれなりに慣れているが、どれも一体一体が速いだけで、それだけに注意すれば大層な策など必要ない。が、アレは数百もの『速い物体』を携えている。

 動く物体が一つだけなら、視えなくてもある程度の対策はとれる。身体の大きさや攻撃に使う部位などを把握してさえいれば、避けること自体は容易いのだ。しかし、数百もあるとなれば話は別。視界すべてを埋めるほどの物量が一緒くたに襲い来るとすれば、ミリ単位の回避精度が必要だ。聴覚だけに頼っては精度が粗くなるため、やはり視えなくては話にならない。

 

 

「我堂はアレとやってるのか。何か対策が無ければ常人じゃ即死だが、いまだに攻撃の手が緩んでないってことは生きてるってことだよな。どうやって─────ああ、強化外装(エクサスケルトン)、か」

 

 

 我堂が着こんでいた鎧型の強化外装。その高い防御力で耐えている説が濃厚か。

 だが、最新鋭の強化外装でさえ、恐らくは音速に達するほどの一撃を貰い続ければただではすむまい。鎧自体は無事でも、中身まで確実に衝撃は届くのだ。実際、現代の先端技術を駆使しても、衝撃の軽減率は上げることはできるが、未だに無効化は達成できていない。

 俺は道を阻むガストレアを拳で穿ちながら疾走し、やがて森を抜け、少し開けた草原へと踊り出る。これを機と読み、足を動かしながら自身の内へと意識を飛ばす。

 

 

開始(スタート)、ステージⅢ。形象崩壊のプロセスを介さず体内組成変換。指定因子からの遺伝子情報共有完了。単因子....モデル・キャット』

 

 

 猫の遺伝子情報を持つガストレアウイルスによる自身の遺伝子の一部上書き(オーバーライド)が完了し、視界に映る情報が一変する。その中で最も衝撃的な変化といえば、景色から色が無くなったことだ。

 思わず顔を顰めてしまうが、猫の視認性の良さを手に入れるためには避けられない代償だ。森の中で体内組成の変化を試みれば、この色覚を失ったショックで障害物に激突しかねないため、開けた場所でこれをする必要があった。

 

 

「....よし。慣れたな」

 

 

 赤目にネコ目とはある意味マッチしているな、と妙なことを考えながら跳躍し、十メートル以上の木々を飛び越えて移動する。ステージⅠではここまでの運動能力は到底発現できないが、Ⅲともなればこれほどのレベルにまで至れるのだ。

 俺は樹木の頂点を足場に高速移動しながら、アルデバランとの距離を凄まじい勢いで詰めていく。この時点で気付かれる可能性も考えられたが、それはないだろう。奴は我堂団長とのお遊戯に首ったけで、周りが見えていない。あと少しはこの方法で接近を続けても良さそうだ。

 時短のため、このまま更に速度を上げようかと考えた矢先、夜目にも優れた猫の目が、木々の闇間に隠れたガストレア数体の姿を映す。それだけなら特に気にせず通過するのだが、その数体のガストレアに囲まれた、何者かの姿も一緒に映してしまった。

 

 

「ち────スマンが寄り道だ!持ってくれよ!我堂団長!」

 

 

 次の足場にしようとした樹木の頂点を軸に進路変更し、下方への跳躍を行う。それによる目的地への高速落下をする最中、腰のホルスターに差してあるバレットナイフを抜き、バラニウムナイフのロックを解除。間もなく直下にまで迫ったガストレアの一匹へ向かい発砲する。

 爆裂音とともに身体を穿たれた甲虫型のガストレアに対し、今度はブーツの先端をナイフが着弾した裂傷へねじ込み、落下の慣性も手伝って体内へと己が身を滑り込ませる。その後は両拳を左右へ思い切りつき出し、件のガストレアを爆散させた。次にバレットナイフを立て続けに発砲し、他三体のガストレアの頭部を撃ち抜く。

 あっという間に制圧を完了し、何が起きたのか全く分からない様子の少女....壬生朝霞に対し、努めて爽やかな笑顔を向ける。

 

 

「うん、無事でよかったよ」

 

「は、はい。どういたしまして....?」

 

 

 状況が呑みこめていない朝霞は、この場において何をするのが最適解かを伺うように、身体を案じた俺に向かって折り目正しく頭を下げてくる。これで彼女からの礼を受け取るのは二回目か。

 最初は如何に不測の事態でも冷静に対処できる類の稀有な少女だと思ったが、どうやらこういった状況に置かれると、流石の彼女でも慌ててしまうらしい。....いや、誰でもこんな状況に遭遇したら慌てるだろう、という至極当然のツッコミは無しの方向で。

 いかん、意識を真面目な側面へ戻そう。―――さて、改めて彼女の姿を見てみると、綺麗だったはずの強化外装はあちこち歪み、欠け、罅割れていた。それだけの衝撃を受けたということは、肉体へのダメージも相当なものであると想像できる。

 そう思っていた瞬間、朝霞は唐突に辛そうなうめき声をあげ、その場に倒れ込んでしまった。

 

 

「っ!おい、大丈夫か?」

 

「う....心配は、無用です。これしきの痛みで、ご迷惑をかける訳には....あぐっ!」

 

「右足だな?ちょっと見せてみろ」

 

 

 朝霞は抵抗する素振りを見せたが、痛みで身体が言うことを聞かぬらしく、多少良心が痛んだものの、鎧と衣服をはぎ取って右足を外気に晒す。それで、痛みの原因は直ぐに分かった。

 激しい痛みの原因は実に単純。骨が折れているからだ。寧ろ、よく今まで立っていられたものだと、彼女の気概に舌を巻く思いだ。なまじ相当な衝撃を受けたのか、もう少しで解放骨折に至るところまできているのだから。

 

 

「ったく、これじゃ痛いに決まってるだろ。....ほれ、コレ噛んでろ」

 

「?」

 

「よし、噛んだな?じゃ、ちょっと痛いけど我慢してくれ。......よっ!」

 

「?!~~~~~ッ!!!」

 

「お、声出さなかったな。大の大人でも音を上げるのに。偉いぞ」

 

 

 ずれた骨の位置を手で探ってから大体の位置を掴み、元の位置まで戻す整復を行った。本当はレントゲンを取り、正確な位置や折れた部位の状況を把握してから行うのだが、この場ではそんな贅沢は言ってられない。あとは彼女自身の自然回復力に賭けよう。

 俺は涙を目尻に溜めて唸る彼女の口から布を取ると、それで鎧の一部とを縛って簡単なギプスを作成し、患部へ当てて固定する。

 

 

「....慣れているのですね」

 

「ん。自分もそうだが、誰かにも施すことは多かったからな」

 

「成程........ッ!美ヶ月様。このようなところで油を売ってる場合じゃありません!長正様が!」

 

 

 やはり、彼女も我堂団長の状況は知っているのか。しかし、何故彼は朝霞を戦場から引き離したのだろう。これでは、元から低い勝率を更に下げる判断にしかならないはず。仮に彼のアジュバントのメンバーが数人、もしくは全て残るとしても、同じく朝霞を遠ざける意味がわからない。

 歴戦の猛者であり、殿である彼が、アルデバランとの最初の激突でその事実を悟れない事など考えられない。であれば....あるいは。

 

 

「ああ、分かってる。アレと戦ってるんだろう?......よし、応急処置はこれでいい。じゃ行くか」

 

「私のことなど放っておいて構いません!それより長正様を!」

 

「ここでお前さんを置いていったら治療した意味ないだろうに。ほれ行くぞ、肩に乗ってくれ」

 

「わわ、言葉ではお願いしてる癖に貴方が乗せるのですか?!」

 

「結構揺れるからしっかり掴まってろ。あと舌噛むなよー」

 

「話を聞いてください!?」

 

 

 朝霞の抗議の大半を右から左へ流し、猫の跳躍力で地面を蹴る。それであっという間に先ほどまでの景色を後方へ置き去りにし、木々の合間を最小限の左右移動で縫って駆ける。

 朝霞は恐らく俺の移動速度に愕然としているのだろう。抗議の声はぴたりと止み、黙って俺に身体を預けている。

 こんな細身で刀を握り、あれほどの巨躯を持つガストレアと血生臭い戦闘を繰り広げているとは思えないが、俺たちが彼女のようなイニシエーターの力を頼りにしているのは、最早偽りようのない事実。それでも、精神は少女のままなのだ。力があるからと言って、その心まで強靭であると決めつけるなど、勝手が過ぎる。

 

 ────そんな思考は、目と鼻の先にまで迫った灰色の触手を目視した瞬間、コンマ1秒で蒸発した。

 

 

「ッおぁ!」

 

 

 驚きの声と共に拳を振り上げ、間一髪で直撃を回避。次にバレットナイフを抜き、三発撃発。それらは全て伸びた触手の半ばに着弾し、まさか反撃されるとは思っていなかったのか、驚くように森の中へ引っ込んだ。

 どうやら、先方にこちらの存在が気取られてしまったらしい。当初に立てていた予想より少し早めだが、これからの方針に大きな変化はないだろう。反して、完璧な想定外は背中にいる壬生朝霞の存在なのだが....

 

 

「美ヶ月様!御無事ですか?!」

 

「ああ、なんてことはない。しかし、ここからは奴のテリトリーだ。今まで以上に動くから気を付けてくれ」

 

「待って下さい!負傷した私など背負っていては戦闘の邪魔にしかなりません!どうか降ろしてください!」

 

「はは。なぁに、丁度いいハンデだ!」

 

 

 俺は笑みを浮かべ、必死に制止を求める朝霞を無視して前方への疾走を再開。直後に二本の触手が風を切って迫るが、猫の目で捉えたそれらはスローモーションに等しい。バレットナイフを構え、それぞれに三発ずつ叩き込む。

 

 

「攻撃する側ばかりで、受ける側の気持ちなんて知らんだろ。....俺が教えてやるよ」

 

 

 俺はホルスターからオールバラニウムの弾倉を取り出し、口に咥える。

 さて、戦闘法としては背後の朝霞のこともあるので、出来れば徒手空拳での戦いは避けたいところだ。そのためには必然、銃での応戦が基本となってくるだろう。激しい動作をなるべく抑え、迎撃を行うには最適だ。

 しかし、アルデバランの抱く俺への危険意識が高まり、触手の本数が増えると不味い。銃での応戦では間に合わなくなり、足での回避か、拳での迎撃を視野に入れざるを得なくなる。だが、そうなると背にしがみつくだけの朝霞が無事では済まない。

 故に、なるべく早くアルデバランの元へ辿り着き、我堂団長を回収し撤退ルートに入りたい。

 

 

「ち、また増えてやがる。今度は八本か」

 

 

 俺は真っ先に肉薄してきた二本へ二発ずつ叩き込んで引っ込ませ、次に出てこようとした三本へ牽制のため一発ずつ発砲。それを最後に残弾ゼロとなった弾倉を口に咥えた新しい弾倉の突端に引っ掛けて抜き、それで弾かれて宙を舞う新しいものが頭を横に向けた瞬間を狙い、腕を水平に振る動作のみで挿し込み、照準をつけるのと並行して跳ねたレバーを引き、初弾装填を行う。

 瞬間、炸裂。三本の触手は二発ずつ喰らって痛みに仰け反り、慌てて引っ込む。残りの三本も(いとま)を与えるまいと殺到するが、後方へ下がりながら一発ずつ速射。それで動きが鈍ったところへ、更に二度ずつ発砲。外殻に穴を空けた触手は同様に撤退していく。

 

 

(あと10本ぐらいが、銃で応戦できる限界ってところか)

 

 

 このペースで行けば、間もなくアルデバランのところへ辿り着けるだろう。鳴き声も足音も、身体の芯まで響くほど近いのだから。だが、応戦のために少し後方へ引いている分、距離はさほど予想より詰められていない。

 それを差し引いたとしても、恐らくは道中あと一回の交戦だろう。それで確実に森を抜ける。

 俺は疾走しつつ腰のホルスターから三つの弾倉を一気に取り出し、手中に収めながらその時を待つ。とはいえ、幾ら速さに目がついて行けるからといって、コレが上手くいく補償はない。バレットナイフ自体も、人の域を超えた速射に耐えられるかわからない。

 などと弱音を吐いていても仕方ないのだ。何故なら────

 

 

(あー、その数推定.....15!)

 

 

 先の数の二倍近くを持ってきたか。我堂はまだ持ってるみたいだが、アルデバランの意識は確実にこっちへ向き始めているな。....早々に片を付けないと、共倒れになりかねないか。

 嫌な想像を振り払ったのと入れ替わるように、サッケードを長時間続けている弊害で痛み始めた頭に舌打ちする。そろそろ来るかと予想自体はしていたが、あともう少し後にして欲しかったのが本音だ。

 

 

(ったく、文句吐いても....状況は変わらんだろうに!)

 

 

 思考の最中で距離感を掴んだ俺は、先ず手に持っていた弾倉三つを天高くまで放り投げる。次にバレットナイフで触手四本へ続けざまに照準を合わせ、水平移動しながら三発ずつ弾をぶち込む。うち一本が妙に粘ったので二発追加。途中に動き出しそうだった五本目に牽制の一発。

 それで残弾ゼロになった弾倉を移動途中に樹木の幹に引っ掛けてリリース、丁度上から振って来た新しい弾倉を銃本体でキャッチ。予め掛けて置いた指で跳ねたコッキングレバーを引き、初弾装填。ここまでの行為の最中に着けていた照準に合わせ、銃身を横に倒したまま発砲。一息に五本の触手に向かい三発の弾丸をめり込ませた。

 

 

(横打ちはバレルの位置が変わるから命中精度下がるし、反動も腕で吸収しにくくなるしでいいトコ無しなんだが、今回に限っては当たりさえすればいいからな)

 

 

 空になった弾倉を再び移動途中にすれ違った樹木を使ってリリースし、元の───弾薬を込めてある弾倉を上方に投擲した地点へ戻ると、降って来た二つ目を再び銃でキャッチ。薬室に弾を送り込み、二秒と待たずに迎撃再開。それをもう一度繰り返し、15全ての触手を撃退した。

 

 

「み....見事な手腕です」

 

「ありがとさん」

 

 

 背負う朝霞が掠れた声で絞り出した称賛に礼を言いながらも走る。マガジンには二発の弾丸が残っていたが、戦闘開始直後の弾切れは危険なので、特にためらいもせずリリースし、新しい弾倉を詰める。それが終わったと同時に───森を抜けた。

 出たのは小高い丘の上だった。目前にはアルデバランの首があり、すぐに俺たちの存在を察したのだろう。途端に伸びて来た無数の触手のうち数本をすぐさま銃撃で撃退。全てを相手にする理由などないので、朝霞に断ってから高速移動し、森の中へ一度戻ってから場所を変え、もう一度丘へ踏み込む。

 

 そして、ついに俺たちは、探し求めていたその人物との邂逅を果たす。

 

 

「ッ────あれは」

 

 

 

 我堂長正は、いた。確かにそこに居たのだ。

 

 ただし。無数の触手に、その体躯を貫かれた状態で。

 

 

「───────長正様ッ!!」

 

 

 壬生朝霞の悲痛な絶叫が、宵の森に木霊した。

 




バレットナイフにはマガジンリリースのボタンないんですよね。不便。

強化型アルデバランは原作の通常アルデバランと比べ、触手(原作では触椀ですが)の数が半端なく増えてます。
これには我堂団長も真っ青です。

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