ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-   作:緑餅 +上新粉

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 影胤サンが何故此処に居るのか?

 考えてみましょう。



 ........うーん、わからん。(すっとぼけ)




03.狂人

 茶けた柱の(かげ)から姿を現した影胤なる人物は、矢鱈と派手な赤い燕尾服を身に纏い、シルクハットまで被っている。

 ...いや、何より特筆すべきは、あの不気味な仮面だ。笑顔を象ってはいるが、その眼尻は必要以上に下がっており、切れ長な線を刻んでいる。口元も三日月のような鋭い形だった。

 ....これだけ揃えば、現在俺の目前に立つ人物がどれほど異様な存在であるか分かるだろう。────しかし、だ。

 

 

「お前、『普通』じゃないな」

 

「ヒヒッ、分かるかい?でも、君のその『普通じゃない』は私の身なりだけで判断しての言葉ではないだろう?...うん、実にいいね。君は()()()()()を持っている」

 

「....」

 

 

 その通りだ。確かにこの男、蛭子影胤は見た目の奇抜さだけで十二分に異常であると断じられる。当人も他人から抱かれる印象がそうであるように望んでいるのかもしれない。

 だが、その判断では完璧ではない。間違いではないが、完璧ではない。

 何故なら、この男は()()をするのではなく、完全な狂人としてそこに在るからだ。

 

   

「私を見た者はね。最初は驚愕、困惑、恐怖!そのどちらかしか顔に貼り付けたことがないんだよ。....ところが君はどうだ!『泰然』と来た!」

 

「随分と楽しそうだな」

 

「まぁね。こういった類の想定外なら喜んで受け入れるとも」

 

 

 まるで劇の一幕を演じるように、水際立った動きで両腕を拡げて見せる影胤。周囲が舞台なら拍手の一つでもするだろうが、ここは人世の終焉を象徴する外周区に建つショッピングセンターだ。

 付き合う道理も無いので、そろそろ『目的』を白状して貰わねばなるまい。それに対する俺の返答や態度如何によっては腰の武装を抜かれることになりそうだが、そうなれば飛那が帰ってくる前にさっさと片を付けてしまおう。

 

 

「蛭子影胤、だったか」

 

「うん?ああ、そうだとも」

 

「ここに来た目的はなんだ?」

 

 

 色をつけず、もったいぶらず、単刀直入に本題へと切り込む。過去に相応の話術が必要な手合いの人間との交渉事はあったので、ある程度の掛け合いには自信がある。

 だが、この男には必要ない。聞けば求める答えが返ってくるからだ。

 

 

「ふむ。君はこの東京の国家元首をどう思う?」

 

「....聖天子をか?」

 

「そう、聖天子だ。知性ある佇まいと美貌、そして弱者に対し手を差し伸べる姿勢。それら諸々によって民衆から絶対的支持を獲得した少女だよ」

 

 

 影胤から放たれた返答は、俺が投げかけた疑問の主旨とは大きく異なるものであったが、俺がした二度目の疑問のあとに続いた、彼の聖天子を評価する、いっそ甘言とまで言っていい言葉の羅列。

 それが気になった俺は、彼女の何が彼をこうまで()()()()()のかを考えてみる。

 

 ────聖天子とは、東京エリアの国家元首だ。

 若くしてその座に就いたにも関わらず、その美貌と愚直なまでの献身さで、瞬く間に民衆の支持を得た稀代のカリスマであり、人格者である。

 

 

「私は多くの指導者を見て来た。恐怖によって反抗を鎮める者、強権を振りかざし反乱の芽を摘む者、切り捨てることで栄華を保つ者....その全てが正道だった。生きる為の争いがあったからだ。だが、彼女の政治はどうだ?」

 

「........」

 

「何もかもが平等だ。生存競争と言う当たり前の概念がない。無能な人間が教唆する平和と言う悪性に組み敷かれ、この国に住む誰もが死の恐怖から遠ざかっている。...ああ、全く。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 俺は思わず閉口する。影胤は決して激昂している訳ではないため、怒気に気圧されてのことではないが、あまりに考え方が『手遅れ』すぎて返答に正解がないことを悟ったからだ。

 しかし、影胤の言わんとしていることも、少しは分かるのだ。...彼女はガストレアを、『戦争』を知らな過ぎる。

 

 

「だから変えるんだ。東京を、地獄にね」

 

「...それで、ガストレアの恐怖をもう一度世界に知らしめて、お前の言う無能な奴らに学んで貰おうってことか?」

 

「へぇ、勘が良いじゃないか。..まぁ、私の目的はそれで終わりじゃないんだがね」

 

 

 肩を竦めて見せながらそう言い終えると、影胤は唐突に名前と思われる言葉を発した。

 

 

小比奈(こひな)

 

 

 途端、背筋が粟立つような感覚がしたと同時に、後方にあったガストレアの死骸がブロック状に解体された。

 べちゃ!という肉の弾ける音が間近で聞こえ、その音源である下を見ると、四角くなった奴の一部が転がっていた。

 

 

「パパー、コイツじゃないよ?私たちが追っかけてるやつ」

 

「ああ。だけど、いいオマケが付いてきたよ、小比奈」

 

「...へぇー。あれ、斬ってイイの?」

 

 

 ....何だか雲行きが怪しくなって来たな。

 見間違いじゃなければ、影胤に小比奈と呼ばれた黒いドレスを着た少女が持っている二本の小太刀と、くりくりとした無邪気な両目はこちらを向いている。

 俺もあのガストレアみたく、綺麗に解体されるのだろうか....?

 

 

「うん、いいよ。だけど、余り汚し過ぎないようにね」

 

「はーい、パパ」

 

 

 どうやら、予想は確信となってしまったらしい。小比奈は黒光りする小太刀を両手に構え、風のような速さで突っ込んで来た。

 ...当然、何もしなかったら分断されて終わるので、丁度よく足元にあったガストレアの肉塊を彼女に向かって蹴り上げた。

 

 

「それ」

 

「ひゃ?!」

 

 

 小比奈は予想外の飛来物に驚き、思わずといった形で防御姿勢を取る。

 ...発現している生物種のモデルによって効果は上下するが、さしものイニシエーターと言えど、突発的な物事に対しては、その優れた思考や行動はある程度制限されてしまう。

 そう、そこは俺たち人間と同じだ。人型である以上、必ず共通の弱点は存在する。

 

 

「はっ」

 

「!」

 

 

 小比奈に十分な隙が出来たところで、間髪入れずに体重を乗せたアッパーカットを見舞う。だが、彼女は寸での所で防御を間に合わせた。

 常人ならまず対処不可能であったが、そこはイニシエーターの持つポテンシャルの為せる業か。

 不安定な体勢で受けたらしく、空中でバランスを崩しかけるも、弾かれた衝撃に逆らわずに後退。肩を押さえながら、切羽詰まった表情で隣の影胤を見やる。

 

 

「くっ!パパ、アイツ強い!」

 

「....ふむ、私が行こう」

 

 

 入れ替わるように飛び出した影胤は、ぬめった挙動で接近してくる。しかし....

 

 

「速いな」

 

 

 上半身を不規則に倒しながらの歩行は、相手へ緩慢な動作であるイメージを植え付ける。場合によってはプロの格闘家でも、あっという間に自分のリズムを狂わせてしまう動きだ。

 と、お互い両手が届く範囲に入ったところで、影胤がすぐさま貫き手を見舞って来た。...速度はかなりあったが、それだけだ。

 動きに()()()ていない俺は、合わせるように肘を下げ、それと対照的に膝を上げる。これで腕を挟み込み、動きを止めれば────

 

 

「残念」

 

 

 目と鼻の先にいる影胤は、腕を挟まれる寸前にそう言ったが、俺は構わず、ホッチキスで紙束を留めるように肘と膝の杭を打ち込み、貫き手を阻止した。

 多少滑った奴の手が、俺の腹に軽く当たり、止まる。....だが、その直後にカチリ、という金属音が鳴った。

 

 

「チェックメイト」

 

 

 貫き手はフェイク。本命は、この突きつけられた銃口だった、ということか。

 .....いやまぁ、知ってたけど。

 

 

「よっ」

 

「!なっ」

 

 

 予め構えて置いた片手の拳でインパクト。銃を上へ弾く。影胤の驚愕を聞くことなく、挟まれた手首を捻り、此方側へ巻き込むようにして半回転、地面へ引き倒した。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 初めて聞く苦悶の声を上げた影胤を見ず、直ぐに片足で先ほど弾いて地に落とした銃のグリップを踏み、跳ね上げる。

 俺が小比奈へ銃口を突きつけるのと、彼女が小太刀の刃を俺へ突き付けるのは、ほぼ同時だった。....のだが、すぐに小比奈は気付いたらしい。

 

 ────空いた俺の片手で、自身の小太刀の刀身が掴まれているのを。

 

 二人一緒に暫く同じ状態で固まるが、数秒経った所で彼女の眉が途端に下がる。

 

 

「....うーん、勝てない。パパ」

 

「はは。同感だね」

 

 

 こんな状態でも余裕な体を崩さない影胤へ密かに感心していると、小比奈の小太刀が降ろされた。そして、腰の鞘へ丁寧に仕舞ったところで、俺に向かってにんまりと笑った。

 

 

「私は蛭子小比奈。モデル....あれぇ?なんだっけ、パパ」

 

 

「『マンティス』。カマキリだよ、我が娘よ」

 

「うん、それそれ」

 

 

 二人の間抜けなやり取りで不覚にも笑いそうになったが、それを強引に押し込める。 .....この二人は間違いなく、本気で俺を殺そうとしていたからだ。

 小比奈は何処までも純粋な、影胤は蛇のように狡猾な、殺意で。しかも、それを愉悦に心躍らせながら発しているのだ。

 さきの戦いを見ている者がいたとしたら、十人中十人が狂っていると評するだろう。

 何が二人を此処まで壊してしまったのか本気で思案していると、肩や腕を軽く回しながら影胤が俺へ問いかけて来た。

 

 

「互いの命を取り合った仲だ。...取りあえずは、君の名前を教えて欲しいなぁ」

 

「ん?あぁ、美ヶ月樹万だ」

 

「あんまり強くなさそうな名前ー」

 

「ほっとけ」

 

 

 小比奈の白歯を覗かせた挑発には取り合わず、影胤へ持っていた銃を投げ渡す。

 すると、当の彼は片手を挙げるだけで器用にキャッチしながら、意外そうな声を上げた。

 

 

「へぇ、返してくれるのかい?」

 

「そんな趣味わりぃ銃をどうこうする気はねぇよ」

 

 

 彼の持っていたそれは、恐らくベレッタだ。色々後付け装備されており、お世辞にも見た目はよろしくない。

 よく見てみると、彼の腰にもう一挺かかっていたため、影胤は二挺拳銃(トゥーハンド)らしい。

 なんとなくで戦力の分析していると、前方から酷薄な笑い声が響いてきた。

 

 

「ヒヒ、中々に失礼だね....美ヶ月君っ!」

 

 

 突如、影胤が今し方返した....というよりしてやった銃を持ち上げ、発砲しようと構える。初弾は装填されているらしく、既にトリガーへ指をかけていた。

 かなりの脈絡の無さに驚きはしたが、撃たせる前に念のため手中へ残しておいた小石を素早く親指で弾く。

 俺が打ち出したその銃弾は、影胤によって向けられたベレッタの首を勢いよく跳ね上げた。

 直後、撃針が弾丸の雷管を打ち、聞きなれた銃の発砲音が響く。

 

 

「っ!」

 

 

 吐き出されたバラニウム弾はあらぬ方向へと打ち出され、天井に突きささってコンクリート片の雨を降らす。

 俺はその雨中で唖然としているだろう影胤の手を掴み、素早く捻転、背に手を当ててから足を払い、再度地面へ叩き付けた。

 

 

「がっ!....ッは」

 

「おおー」

 

 

 小比奈がすぐ隣で感心したように拍手をする。....やっぱ茶番劇かよ。

 呆れたように溜息を吐いていると、影胤は仰向けのままで低く笑った。

 

 

「クク....どれほど、君が不測の事態に強いか気になって、ね。....付き合ってくれたお礼に、良いモノを見せてあげよう」

 

 

 腕を取られ、更に寝腐っている状態で何が出来るというのか。甚だ疑問であったが、幸い直ぐに答えは出された。

 

 ....吹き飛ばされる衝撃と共に。

 

 宙へ投げ出された俺は、混乱状態へと陥る脳に慣れた挙動で冷や水を浴びせかけ、正常な思考を真っ先に手繰り寄せる。

 まずは危険な箇所からの落下を避ける為、空中でなんとか身体を捻って天地を確認。腕から肩に掛けて滑るような着地で、上手く衝撃を逃がそうと画策する。

 しかし、ゴギリ、という剣呑な音が内部から響き、首元辺りに痛みを感じた。が、それに気を向ける前に、鋭い銃声が俺の鼓膜を震わせた。

 

 

「飛那、か」

 

 

 腕を立てて階段の方を見ると、果たして段上から連続した発火光を瞬かせる飛那がいた。

 どうやら先ほどの一部始終を見ていたらしく、頭に血が昇っている...筈なのだが、みるみる内にその表情へ青ざめた色が差すのを見た。

 気になって影胤の方へ目を向けると、驚愕の光景が視界へ飛び込んで来る。

 

 

「凄いでしょ?あれ」

 

 

 いつの間に隣へ来ていたのか、小比奈が自慢げな声で同調を求めてきた。...いや、確かに凄い。何せ、己の周りに薄く半透明な膜を張り巡らし、それで銃弾をすべて弾いてしまっているからだ。

 一体何が起きているのか計りかねていると、やがて飛那が弾切れを起こし、放った数十発全てが『壁』に阻まれているのを見る。

 すると突然、彼女は小銃を捨て去って猛然と駆け出した。...手に持つのは、抜き身の小型ダガーナイフ。

 隣で小比奈が飛び出そうとしたが、やんわりとそれを押しとどめる。彼女は不満そうな顔をするが、渋々引き下がってくれた。

 俺は一つ頷くと、周りが完璧に見えなくなっている飛那と、丁度謎の壁を解除した影胤の間へ一息で割って入る。

 

 

「なっ!」

 

「おっと」

 

 

 制止を伝える声では止められそうにない事を悟った俺は、ナイフを突き出した飛那の腕へ己のそれを蛇のように絡ませる。

 ナイフの切っ先が頬を擦過する痛みに耐え、体当たりをするように飛び込んで来た飛那の腕を軽く捻り、強引に背を向けられたところで首に片手を回し、拘束した。

 

 

「ったく、本当俺のことになると、普段の落ち着きと冷静さが嘘みたいだな。ちっとは抑えろ」

 

「わ、分かりました!分かりましたから拘束を解いてくださいっ」

 

 

 力の入っていない片腕で腿あたりをタップされ、緩めにしておいた戒めを解いてやる。

 腕を擦りながら脹れっ面を作る飛那に謝っていると、何故か影胤が小比奈を連れて柱の裏へ隠れるのを見た。

 

 

「はぁ...こ、ここか..?」

 

「随分と厄介な所で───ん?...あぁ、やっと見つけたぜ」

 

 

 此方へ近づいてきたのは、俺たちの補佐役で警察側から派遣された二人の警官だ。彼らとは電話口でしか会話したことがないので、実際に顔を合わせるのは初めてだ。

 どうやら、影胤は連中の気配を察していたようだ。

 

 

「ガストレアならこの通りだ。ここの被害もあまりない」

 

「それを判断するのは俺たちだ。てめぇには聞いてねぇよ」

 

「うへぇ...何だこれ、サイコロみたいになってる...」

 

 

 先に声を掛けて来たケンカ腰の警官は、挑発するような口調と共に警棒で俺の胸をどつく。もう一方は、小比奈のライブ解体ショーによってバラバラにされたガストレアを見て顔を青くしていた。

 飛那は彼らへ目に見えて敵意を露わにしていたが、俺が前に出ることで視界へ入れさせないようにする。

 

 

「....じゃ、後はこっちで応援寄越させるから、てめぇらはさっさと帰れ。邪魔だ」

 

「へいへい」

 

 

 挑発するような口調には、敢えて真面に取り合わず生返事で流す。度が過ぎると手を出してくる可能性も出てくるが、片手に()()()()()()()()をチラつかせておいたので、その心配はないだろう。

 俺の態度が気に入らないらしい奴は、尚も何かを言いかけるが、盛大な舌打ちのみで手を打ったらしく、もう一人の警官を呼びつけると荒々しい足取りで階下へと消えて行った。....全く、余裕のない連中だ。

 

 

「目に余る態度ですね。そればかりか、ガストレアを倒した樹万に礼一つ言わないなんて....」

 

 

 飛那は先ほどのヤンキー警官へ噛みつかんばかりに憤慨し、ブツクサと文句を垂れている。

 ....警察の民警嫌いは今に始まった話ではないので、特に思う所はない。ちゃんと仕事して、あとは働いた分の報酬を出してくれればそれでいい。

 

 

「全く、君も物好きだねぇ。あんなゴミ屑を生かしておくなんて」

 

 

「私が斬ってこようか?タツマー」

 

 

 気楽な声調でどす黒い言葉を放ちながら、柱へ身を隠していた影胤と小比奈が姿を現す。

 それに対し、俺は片腕を回しながら冗談交じりに返答した。

 

 

「俺はお前らみたいに目立ちたがり屋じゃないんだよ。....あと飛那、銃を降ろしてくれ。そいつらは確かに悪党だが、今は話の分かる悪党だ」

 

「ですが!あの二人は樹万を殺そうとしました!」

 

「俺は奴らに姑息な手は使われてないし、殺されてもいない。...復讐するにはちと早くないか?」

 

 

 飛那は暫く唸ったあと、行き場の無い怒りを発散するためか、ガストレアの肉塊をwa2000で数個消し飛ばした。

 ...死にながらにして此処までいびられたガストレアは、恐らく過去類を見ないんじゃないだろうか...南無三。

 

 

「クフフ、中々威勢の良い御姫様じゃないか」

 

 

 影胤は顎を押さえながら低く笑い、吹き込んでくる風で燕尾服の裾をはためかせる。

 ほどなくして、空を裂くような音が此方へ近づいてきた。...そろそろ、回収用のヘリが到着するらしい。

 あの警官が言っていたように、俺たちが此処へとどまっていても邪魔になる、というのは本当のことだ。死骸の回収と合わせて、現場検証、鑑定まで行われるためである。

 早々に退散しようと飛那を呼んだ所で、影胤の口から(くら)く、地を這うような言葉が紡がれた。

 

 

「美ヶ月樹万。...私と共に来ないか?」

 

 

「........何でまた」

 

 

 提案の意図が掴めず、単純に理解できなかったので理由を問うた。

 すると、影胤は緩慢な動作で背を向ける。....どうやら、地平へ(そび)えたモノリスへと視線を合わせているらしい。

 

 

「....死合う前にも言ったがね、私はこの世界を滅ぼす。その思想の理解者が君にはピッタリだと思うんだよ」

 

「く...はははっ」

 

「?....何故笑う」

 

「いや、明らかな人選ミスだろ」

 

 

 俺は世界の破滅を望む程この世を、自分の生を悲観してはいない。『奪われた世代』ではあるが、もう過去との折り合いもつけた。

 にべもなく取り下げられた意見に納得できず、尚も説得を試みようと影胤は口を開きかけたようだが、此処で小比奈がタイムリミットを知らせた。

 

 

「パパ、もう無理。人が沢山くるよ」

 

「......いずれ君にも分かるよ、美ヶ月君。力を持つ者は、支配される側ではなく、する側に居るのが常であるとね」

 

 

 最後にそう言葉を溢すと、非常階段の縁へと足を掛け、飛び降りて行った。

 

 

「じゃあね、タツマ。また逢ったら、今度こそ斬るよ」

 

 

 小比奈も凄絶な笑顔を浮かべると、影胤と同じように飛び降りた。ここは地上から数えて五階なのだが、まぁ工夫はあるのだろう。

 

 そして、その後は少しの間、沈黙が蟠る。

 

 俺としては、影胤の話題をこれ以上出すべきかどうか迷っていたのだが....ヘリコプターのローター音がはっきりと聞こえ始めた時、飛那が最初の口火を切った。

 

 

「あまり...気にしない方がいいですよ」

 

 

 俺の片手を掴み、両手で包み込むようにして抱えると、そう上目遣いで懇願してくる。

 不器用ながらも、俺を精一杯励まそうとしてくれている飛那に胸が熱くなり、思わず抱きしめた。

 

 

「大丈夫だ。俺は自分がどういう生き物か、分かってるからな」

 

「ん」

 

 

 その言葉で安心したように微笑んだ飛那は、一層抱く手に力が入った。俺も彼女の頭を優しく撫でる....が、ここで俺はつい視線をこの階全体に向けてしまう。

 

 ...血肉が飛び散った場所でこの雰囲気って、俺たち完璧に危ない人なんじゃ...

 

 そんな考えが脳内を駆け巡ったが、吹いた風で運ばれた飛那の髪の香りで全部吹き飛んだ。

 

 .........恐るべし、イニシエーターの力。

 

 




 小比奈ちゃんヒロイン枠に入るかも。

 そうなったらご主人と全面戦争に発展しますね.....

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