ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-   作:緑餅 +上新粉

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この話で原作の第三次関東大戦とは異なる点が明らかになります。

異なるとはいっても、イージーになることだけは有り得ないと、何となく察してしまう方がいるでしょうけど......えぇまぁ、ハードモードですけど?(白目)


43.決起

 会場は急造だと思われたが、割としっかりしたひな壇が組まれており、焚かれた篝火がその場に集った大勢の民警たちを照らし出していた。

 俺たちも無論その一団の中におり、此度の戦争において東京エリア全土から召集された民警各位を束ねる、辣腕と噂の我堂長正の登場を待つ。これだけの大任を負う人物が、果たして壇上にて何を語り、どのような影響を俺たちに与えるのか。実に楽しみだ。

 

 ────我堂長正。序列二百七十五位。イニシエーターは壬生朝霞。年の頃は五十四。

 一瞬冗談かと疑うような年齢ではあるが、事実である。何度かメディアに顔を出しているところを見ていたので、その佇まいと巌のような雰囲気から、無為に年を重ねただけの老骨ではないことは見て取れた。

 そういった諸々の評価はあるが、この状況下でも寡黙な武人としての振舞を持ってくるのでは失格だ。ただ、本来荒くれ者である周囲の民警も一目置くほどなのだから、反抗や野次という点を心配している訳ではないことは事前にご理解願いたい。

 真に不安なところは....

 

 

「────おい、樹万。来たぞ....我堂だ」

 

 

 隣にいる蓮太郎の声に気付き、それまで下げていた視線を、舞台に上がって来た鎧姿の禿頭の男....我堂長正に向ける。そして、演説が始まった瞬間、彼が何故二百番台にまで躍進しているか理解し、先ほどの不安も霧散した。

 

 

「よくぞ集ってくれた!我らが領有する聖地に侵略せんとする、無法な蛮族どもを打倒する勇者諸君!」

 

 

 大気を震わせる一喝。意図せず背を伸ばして、居住まいを正してしまうような強制力すら感じる大声(たいせい)。隣の蓮太郎も細めていた目を見開いた直後、ほうと感嘆に近いつぶやきを漏らしていた。

 第一声で民警らの空気が一変したのを見逃さず、我堂は低く通る声を存分に振りかざし、握り拳を作りながら熱弁を披露する。それに次々と呑まれていく民警達は、いつのまにか彼の舌鋒鋭い演説に応える姿勢すら見せ始めていた。

 我堂の語っている内容は、決して難しいことではない。ただ、ガストレアは悪である。故に、その悪を打ち滅ぼさんと大挙する我ら民警は正義と成り得る。ということだけ。言葉の中で徹底的にガストレアを糾弾、弾劾し、戦争にて殺戮することを是とする叫びだ。それはあまりにも単純で極端で、明快な焚き付け方だろう。だが、単純で極端で、分かりやすいことを好む民警には効果抜群に相違ない。

 これなら、安心だ。我堂は殿として十全な働きを期待できるはず。

 

 

「この口振り、民警のことをよく分かってやがるな」

 

「ああ。確かにな」

 

 

 俺と同じ危惧を蓮太郎も持っていたようで、我堂の良采配を確認すると、表情から目に見えて安堵の色が滲んだ。隊の頭となれば、実質命を預ける相手とも取れるのだ。そんな要人が無能な人間だと分かれば、その後は絶望感しかないだろう。

 我らが民警の団長は、そんな不安を一挙に消し飛ばしてくれた。

 

 このような形で、存分に己の節を披露した我堂自身の所信表明は終わり、その後は今回の大規模戦闘....『第三次関東大戦』についての話に移行した。

 

 語られた内容は、戦争で行われる自衛隊と民警の連携がどのようなものかという説明だ。自衛隊は第二次関東大戦で大勝した経験を遺憾なく発揮した布陣に加え、実力派の民警も傘下に加えている。両者が手を組んでガストレアに当たれば、勝利は見えて来るかもしれない。

 そう思っていたのだが、我堂の口から語られる作戦内容は、顔が勝手に渋面を作ってしまう程におかしなものだった。

 端的に言ってしまえば、民警は戦争終盤で用兵する後詰めとして後方にて待機。序盤は前衛より交戦中の自衛隊から支援要請の入電があった場合のみ介入を認める。....大筋は大体こんなものだ。しかし、である。

 

 

「自衛隊が民警に支援要請したとして、戦地に派遣するまでの道のりはおよそ三キロ強。....どれだけ急いでも、普通の人間じゃ三、四十分くらいはかかるな」

 

「......樹万も、やっぱりおかしいと思うか」

 

「思わざるを得ない。これじゃ相互の連携が取れないだろうしな」

 

 

 

 そう。効果的な連携を取るには、自衛隊と民警との間の距離が離れすぎているのだ。既に聞いていた通り、やはり自衛隊が前衛に立ってガストレアを全て抹殺する腹積もりなのだろうか。それで片がついてしまうのなら悩むことはないのだが、どうも、このままではいけないような気がする。

 俺の不信感に同調を見せた蓮太郎も、淡々と感情を押し殺した言葉で作戦内容を口にし続ける我堂に不満を募らせているようで、眉間に深い皺を刻み込んでいる。蓮太郎を挟み、俺と反対側の位置にいる彰磨も、何処か諦めたような長い息を吐いていた。

 何故、自衛隊はこのような布陣を決めたのか。それは蓮太郎も彰磨も薄々勘付いているはずだ。

 

 

(国を守る、って栄誉ある職務に手を出されてることは、思ってたよりずっとお冠だったらしいな)

 

 

 原因はほぼ間違いなくこれだろう。ただでさえ民警は嫌われ者のイニシエーターを従えているのだ。現在の世論のお蔭で東京エリアの市民にまであまり良い顔をされていないのは確かであり、更には秩序の代名詞である警察すら、己の仕事を奪われるという苦境に身を置いているため、彼らの間では厄介者という印象しかない。

 これだけの人間に嫌悪されているにもかかわらず、『民警』という組織が未だ存在し続ける理由は、偏にガストレア討滅に群を抜いて貢献しているからである。

 

 そして────この第三次関東大戦でも、前述の考えは如実に現れてしまった。

 

 もし、自衛隊に有力な対抗手段がなければ、このようなあからさまな遠ざけ方はしなかったはずだが、彼らは第二次関東大戦でガストレアに完勝したという絶大な功績を持っている。仮に民警が口出ししようと、それらは全て『自分たちの方が上手くやれる』という言葉で切り捨てられてしまう。面倒なのが、それを否定できる余地が此方側にないことだ。

 我堂は一通りの説明を終えると、首を巡らしてから質問の有無を問いかける。すると、隣の蓮太郎が音も無く挙手した。

 

 

「ほう、若いな。そこの君、名は?」

 

「序列三百位、里見蓮太郎だ」

 

 

 蓮太郎が名乗った瞬間、周囲の民警たちが目に見えてどよめく。隣にいる俺としては、奇異の眼差しが被弾するなどいい迷惑なのだが。

 我堂の目もそれまでと変わって多少の感情の起伏が現れ、蓮太郎を興味深げに、しかし値踏みするような視線をぶつける。

 

 

「聞きたいことがある。さっきの自衛隊と民警の連携の話だ。アンタは俺たちが蔑ろにされてるの、分かってんだろ?」

 

「....そのような物言いでは語弊があるな。自衛隊は別命あるまで後方にて陣を設け、待機せよと命じただけだ」

 

 

 なるほど。どうやら我堂は、あくまでも自衛隊を貶めるような発言はしないよう努めるつもりらしい。それもそうだろう。ここで無用に自衛隊への不信感や不満を募らせる連中を煽っても、戦争に対しての障害にしかならない。

 それを知ってか知らずか、我堂の物言いに蓮太郎の苛立ちは目に見えて増加していた。

 

 

「アンタ....自衛隊からの応援要請、本当に来ると思ってんのか?」

 

「────」

 

 

 我堂のそれまでしていた好奇心が多分に含まれた目の色が変わり、剣呑な雰囲気が溢れる。蓮太郎の方はそれに対し一歩も引かず、真正面から睨めつけている。

 俺は危うい空気へと遷移していく場を察知して溜息を吐くと、緩慢とした動作で手を上げた。

 

 

「......君は?」

 

「序列八千百位、美ヶ月樹万。疑問ではないが、一つ提案がある」

 

「ほう、提案だと?なにかね」

 

 

 蓮太郎の持ち込んだ話題を続けたくなかった我堂は、俺がした挙手を見つけると、纏っていた剣呑な雰囲気を霧散させ、あっという間に身体ごと視線を動かして俺の方に関心を持った。蓮太郎はそれに納得いかなそうな顔をしていたが、背後にいた木更に釘を刺されていたので、一先ずそちらは安心だろう。

 口にした序列が原因か、蓮太郎が名乗った時と比べて奇異の視線は疎ら、更にはどこからか馬鹿にしたような嘲笑すら聞こえたことに遺憾を覚えつつも、幾ばくか和らいだ空気に安心してその提案を口にする。

 

 

「戦場での単独行動を許可して欲しい」

 

「なに?」

 

「勿論、常時という訳じゃない。あくまでも緊急時のみだ。アジュバント・システムという根底のルールは覆さない」

 

 

 よほど予想外の提案だったのだろう。我堂は赤い鎧型の外骨格(エクサスケルトン)を軋ませながら身体を一度揺らし、両目を瞑った。対し、それまで微動だにせずいた、同じく鎧姿の黒髪の少女、我堂のイニシエーターである壬生朝霞が切れ長の目を開き、こちらを見た。

 それから間もなくして、我堂は考えをまとめたか、俺を壇上へと上がるよう指示してくる。それにさして驚きを見せなかったのは、一も二もなく否定されることは、これまでの態度を鑑みるに可能性としては低いだろうという見当をつけていたのと合わせ、少なくともただで了承はしまい、とも鷹を括っていたからだ。故に、特段迷うことなく了解の意を伝えると、心配そうな視線を向けて来る仲間たちに手を振ってから、二人のいる壇上へ上がる。

 ここにきて改めて感じたが、この男と近距離で向き合うと、まさに『巌』という表現がぴったりだ。相手の気配に疎いと、何もしていないのに次の瞬間に恫喝が飛んできそうだと錯覚するのも、仕方ないとさえ思える。

 

 

「何故、単独行動を望む?」

 

「戦場に不測の事態はつきものだ。目前のことに注視し過ぎて背後を突かれる。こんな、もっともありがちでこちらにとって効果のある『不測』を潰すことが、単独行動を提案した理由だ。これをより効果的に遂行するに当たっては、現場に大穴が空く可能性のあるアジュバント単位で動くより、同チーム内に現場の戦闘行為を委任し、独断で動けるこちらのほうが安全かつ即時対応ができる」

 

「ふむ。アジュバントを抜けたことによる戦力、戦術の綻びは如何様にする?」

 

「俺がいないこと前提での戦術プランは、アジュバント内で複数立案してある。最上位のものなら、仮にステージⅢまでなら包囲されようと問題なく対処できる」

 

「....なるほど。足場は固めてある、ということか」

 

 

 我堂は淀みのない俺の返答に閉じていた目を開け、若干の感心を露わにする。

 こちらの一方的なワガママを通して貰うのだから、それ相応の手札は用意しておかねばならない。一方が特別扱いされてしまえば、通常の扱いのみに甘んじる人間は不平を訴えるわけで、それが連鎖すれば最早ルールなど意味を為さなくなる。俺が我堂に頼んでいるのは、そういう類の危険性を孕むものだ。

 挙げられた問題点に対し、自信を持って間断なく答えたことが奏を為したか、我堂は納得の素振りを見せる。

 しかし────そんな中で脈絡なく呟かれた言葉があった。

 

 

「では、君は死に直面したとき、恐怖をどれほど抑えられる?」

 

 

 瞬間。それまで『静』を徹底的なまでに貫いていた朝霞が動く。

 刀の鯉口を切る音、鞘走りの音、地面を蹴り滑る音、風を薙ぐ音。それら全てが同一の音となって、迫る外敵の情報を環境が一斉に知らせて来る。常人ではまず一つ一つを分けて認識できないそれを俺は一瞬で判別し、最適な回避法を弾き出す。

 自分の半身ほどしか身長のない少女でも、高速移動すればここまでの風圧が生まれるのだな。と、首に刀を当てられながら他人事のように思う俺は、朝霞の吶喊に対し対抗手段を編み出しつつも────何もしていなかった。

 どよめきが当たりを埋め尽くす。それは瞬きの間に数メートルの距離を詰め、かつ俺の首に刀の切っ先を当てた壬生朝霞の手腕にか、彼女の猛烈なまでの殺気と攻勢を受けておきながら、微動だにしなかった俺に対してか。....恐らく、大半は前者だろう。

 我堂は民警らの喧騒を意に介さず、俺の元にゆっくりとした所作で歩み寄ると、朝霞の刀が当てられていた辺りの首筋を見る。すると大きく頷き、笑みさえ湛えながら言った。

 

 

「よかろう。美ヶ月樹万、今作戦内での君の単独行動を認める。それによって発生した問題は、全てこの我堂長正が負うこととする。以上だ」

 

 

 有無をいわさぬ声でそう言った後、我堂は身を翻して壇上を去ってゆく。どうやら俺は認められたようだが、心臓に悪い度胸試しはこれきりにして貰いたい。

 押し寄せて来た疲労感に抗わず、溜息と共に肩を揉んでいると、刀を鞘に戻した朝霞が唐突に俺に向かって頭を下げてきた。同時に長い黒髪が肩から流れ、目の前の宙空に美しい清流を描く。

 

 

「え、どしたの?」

 

「私の殺意と御技を以てしても、一部の恐怖すら見せぬ佇まい。誠勝手な行いながら、感服致しました」

 

「ん、そうか。......でも、一つ間違いがあるから、それを正しておこう」

 

「はい?」

 

 

 このような返事がくるとは思っていなかったか、素に近いトーンでの疑問が朝霞の口から漏れだす。それを内心でこっそりと嬉しく思いながら、俺はさきほど刀が当てられた首の位置を人差し指で叩く。

 

 

「恐怖は、していたよ。そりゃ、真剣をこんな場所に突きつけられて置きながら、怖がらない人間はいない」

 

「....?では、なぜ恐怖したにもかかわらず身体を震わせた刀傷が首にないのでしょう?貴方の瞳には終始恐れなど無かった。恐怖を打倒したからこその自若とした態度でした」

 

「いいや、恐怖は普通打倒できないし、してはいけない。俺は上手い隠し方を覚えたに過ぎないんだよ。恐怖を失くしたら、そいつは人間じゃなくなる。死ぬことも、傷つくことも恐れないなんて異常だ。....間違っても、そんな在り方を目標にするな、壬生朝霞」

 

 

 朝霞が息を呑んだ気配を感じる。距離が近いからこそではあるが、細い目は僅かに見開かれ、刀を納めたときから握っていた柄が手のひらを介して震え、鎧と擦れて独特の金属音を奏でたことに気付いた。それが、今の彼女の心象を現していると思うのは……無粋か。

 

 俺は、恐怖を忘れてしまった人間を知っている。神父の恰好をして、かと思えば十字架も下げず、ひたすらにガストレアを殺戮した奴だ。そいつは恐怖に喘ぐ人間を愚図と吐き捨て、女だろうと子どもだろうと容赦なく切り捨てて行った怪物である。故に恐怖という感情を棄てた人間は、他人の抱く恐怖にも感知しなくなってしまう。

 出会ってものの数分ではあるが、俺は彼女にそうなってほしくは無かった。

 

 ともかく、当初の目的は達した。後はココに居ても悪目立ちするだけなので、さっさと退散することにしようと断じ、背中を向けながら、朝霞に恐怖を忘れないための釘をさしておく。

 

 

「我堂を守るんだろ?なら、それを為すために恐怖は覚えておけ。でないと、最適解を見失うぞ」

 

「────────っ」

 

 

 彼女の名誉のため、俺は振り返らずに壇上を降りた。

 

 

 

 

         ****

 

 

 

「全く、里見くんも美ヶ月さんも私の寿命を縮めたいのかしら」

 

「悪かったって木更さん。樹万の奴の意図ははっきりとはわからねぇけど、少なくとも俺は自衛隊の考えていることに対して、我堂の奴がどう思ってるのか知りたかったんだよ」

 

 

 出過ぎた真似をしたことは承知だ。それでも、周囲の民警らが抱いていた不信感を少しでも代弁したかった。....冷静になって考えると、当時はそんな考えより、単に自分が知りたいからという理由の方が大きかったことは否定できない気もするが。

 俺と木更さんはテントから少し離れ、三十二号モノリスに続く道をなんとなく歩いていた。この先には自衛隊の屯所もあり、東京エリアの国防を担う総戦力が結集しているのだろう。

 

 

「....俺たちは、人間はガストレアに勝てるのか?」

 

「勝てるわよ。そう思ってるから、私たちはここにいるんでしょ?」

 

「そう、だな」

 

 

 じゃり、という小石まじりの砂を踏む音を聞きながら、あてどなく深夜の路を歩く。きっと東京の中心部はこんなに静かではないはずで、それが今は嬉しく感じた。

 雑音が限りなく取り払われた宵闇の中で考える。アルデバランを伴って現れた二千ものガストレアに対し、固まっているこの時を機と見て先手を打ち、火炎の海で一網打尽にしようとした戦力が、謎の迎撃を受けて撃墜された原因を、考える。

 本来なら、この作戦は多くの効果を上げるに足ると思われた。密集しているガストレアに対し、イージス艦からの巡航ミサイルや対艦ミサイル、戦闘機が搭載したAAMやJDAMなどで、遠距離から何もかもを吹き飛ばせば終わりだと。

 

 

(だが、ミサイルは全て撃ち落とされ、戦闘機すら主翼を切り裂かれて墜落している。都合のいい手段は全て潰されちまった)

 

 

 謎なのは、音速に達する速度で移動するミサイルや戦闘機をどのような方法で捉え、撃墜したかだ。それらの候補を色々と考えてみたものの、どれも現実で起こった結果や過程と祖語が生まれてしまう。

 そんな風に考え込んでいると、隣にいる木更さんが不機嫌そうな声を漏らした。

 

 

「里見くん?もしかして、また変なこと考え込んでる?」

 

「またってなんだよ....。ただ、ちょっと妙なことがあって、それについて考えてただけだよ」

 

「妙なこと、ね。この戦争についてなら、ちょっと考えただけでも四つくらいはでてくるわ」

 

 

 そう。現状は妙なことだらけだ。何も、俺が考えていたミサイルや戦闘機撃墜の件だけが、一際特別という訳でもない。そもそも、この戦争の発端からして謎だ。何故ステージⅣのアルデバランがモノリスに取り付けた?何故東京エリアの、そして目前の夜空に輪郭を浮かばせる三十二号モノリスを狙った?....不可解なことなど、掘り返せばきりがない。

 

 

「そうね。今直近で妙だな、って思ってるのは、アルデバランがここ以外のモノリスを狙わない理由ね」

 

「....そうだな。それは、俺も妙だとは思った」

 

 

 木更さんが上げていた四つの指の内、親指だけを折って俺に言う。ついさっきまで自分が考えていた妙なことの内の一つと重なり、少し嬉しく思ったのもつかの間、木更さんは真剣味の増した顔で身体ごと俺に向き直る。

 

 

「アルデバランがモノリスの発する磁場の影響を受けない、もしくは軽減できるのだとしたら、ここだけでなく、他のモノリスにも侵食液を注入するはず。でも、政府によると実際は他のモノリスに影響はなかった。アルデバランにもその意思は見られていないのよ」

 

「もし、アルデバランにモノリスへ対抗できる有効な手段があるなら、既に東京エリアは滅んでるはずだ。....なら、ガストレア側の問題じゃなく、俺たち人間側の問題の方が近いかもしれないな」

 

「それは....どういうこと?」

 

「三十二号モノリスの作りに問題がある。────それが、アルデバランが取り付けた理由の確率としては高いんじゃないか?」

 

 

 思わずと言った形で歩を止めた木更さんは、夜の闇にも紛れないほどに漆黒の威容を見せるモノリスへ目を移す。その半分以上にまで白化現象は進んではいたが、未だ上空1.6キロにまで及ぶ巨大な壁は、見る者を圧倒する姿を保っている。

 

 いや────待て。半分以上だと?先に表面から白化が進み、深部までは時間がかかるとはいえ、いくらなんでも侵食が早すぎはしないか?

 

 過った不安を飲み下せずにいると、いつの間にか視線を俺のほうに戻していた木更さんが、隣で訝し気な顔をしていることに気が付く。それに慌ててなんでもないという旨を伝えようと思ったのだが、不意に響いてきた自動車の駆動音に遮られた。

 

 

「あれは....」

 

「恐らく、自衛隊の物資搬入じゃない?」

 

「いや、あれは軽トラだ。自衛隊が物資搬入するときは、普通輸送車を使うだろ」

 

「ということは......?」

 

 

 考えるより先に身体が動いていた。さきほど感じた嫌な予感もあり、このトラックが何らかのカギになるんじゃないかと考えてしまう。一つの疑問は際限の無い猜疑心を抱かせ、不審な物事は全て関連性があるように思える....まさに、人の持つ悪癖だ。

 それでも、行動しないで燻っているより、解決の糸口を探っていると思えた方が気が楽なのは確かである。そう結論し、俺は道路の中心に躍り出て、手を振り声を張り上げ、制止を求めた。それを見た木更さんは泡を食った表情になっていたが、悪路でそこまで速度を出していなかった軽トラは、目論見通り距離に余裕を持って停車してくれた。

 軽快なエンジン音を響かせる軽トラの運転席から顔を覗かせたのは、作業服を着た初老の男性だ。俺を見て不機嫌そうな顔を隠しもせずいる。

 

 

「なんだお前、轢かれたいのか?ったく、ここにいるってことは民警だろうが。せめて戦争で死んでくれ」

 

「勝手に俺を自殺願望者にすんじゃねぇ。....アンタに聞きたい事があるんだよ」

 

「なんだ」

 

 

 俺は会話をしながら、少し目を動かして軽トラを観察する。

 助手席に乗っている人間も、運転席に乗っている男と同じく作業服を着ている。何やら機器の操作をしているらしく、話に入ってこようとはしない。一方、荷台の方はカバーが掛けられており、外側から確認することはできないが、二人の服装から見て十中八九自衛隊への物資搬入の線は消えた。

 何故か先ほどの憶測が脳裏を掠め、内心で首を振る。....ここで妙な言動をすることは避けねばならない。あちらが俺たちを民警と察知してくれたおかげで、少なくともある程度の信用はあるはずなのだから。

 俺は意識して表情を繕いながら、しかし有無を言わせぬ語調で男に問いかける。

 

 

「これから、何をしにいく」

 

「......白化したモノリスの調査だ。聖天子様の命でな」

 

 

 男の返答に喉の奥が干上がる。言葉をつっかえさせないように唾を呑みこんで滑りを良くしてから、俺は至極当然の疑問をぶつけた。

 

 

「モノリスの調査....?それはもう終わってるんじゃないのか」

 

「それは俺も知らない。再調査ってことだから、おおよそ何らかの不備があったとかだろう?ってか、一応部外秘なんでな。あんまり喋らすんじゃねぇ」

 

「いや、もう十分喋ってるように思えるんだが?」

 

「だー、うるせぇ!もう行くからホレ、彼女の隣んとこまで戻りな!」

 

「か、彼女じゃねぇ!」

 

 

 男は俺の反論を無視し、お話はここまでだと言わんばかりにクラクションを鳴らすと、運転席の窓を閉め、さっさと走り去ってしまう。聞きたいことは大方聞けたが、とりあえず彼は今回の仕事に向いてはいないと思う。

 遠のいていく軽トラのテールランプを眺める俺に近づいてきた木更さんは、聞き耳だけはしっかりと立てていたようで、彼らがモノリスに何をしに行くか勘付いたかどうかを聞いて来る。

 

 

「....不備があっての再調査、か。もしかしたら、モノリス倒壊のシナリオが変わるかもしれないな」

 

「それは、倒壊までの期間が伸びる可能性もあるのかしら」

 

「........」

 

 

 木更さんの希望的観測を聞きながら、最後にチラと三十二号モノリスを流し見る。

 そして、何とか浮かばせた笑顔を貼り付けた俺は、言った。

 

 

「そうだと、いいな」

 

 

 

 

 翌日早朝。聖天子による緊急の報告が為される。

 

 ────その放送内で、モノリスの白化侵食は想定以上の速度で進んでいることが公表され、東京エリアは凍り付くこととなる。

 

 




我堂長正と壬生朝霞が身に着けていた外骨格(エクサスケルトン)とは、纏うことで筋力や防御力を上昇させることができる、俗にいうパワードスーツと呼ばれるものです。
従来のものは素材の関係上、耐久力の向上と共に重量が増し、実用化は困難とされていましたが、度重なる技術革新により加工のレベルが上がったことで、エクサスケルトンは運用可能なものになったそうです。
あと、とってもお高いらしいです。

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