ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-   作:緑餅 +上新粉

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更新、遅くなりました!
もはや申し訳ないと言葉にするだけではどうしようもないほど期間が空いてしまいましたが、これからの本編で何とか巻き返しを図って行きたいと思います。


41.武人

 破滅へのカウントダウンは既に始まっている。酷く暗い闇の中で牙を研いでいたどうしようもない真実という化物は、陽の光が上がってくるにつれてその輪郭を露わにする。それを知らずにいた人たちも、陽が上昇するにつれ、己の享受する平穏が、切り取ったかのような化物の影で覆われていることを悟るだろう。

 そして、今回は特に分かりやすい。何故なら、その平穏の象徴が変調をきたしているのだから。

 

 

「......お前の近隣の街の様子は?」

 

「すでに徒党を組んで聖天子様の批判をしている連中がそこらにいる。落ち着いてる奴なんて殆どいねぇ。が、聖天子様がやったことは間違ってないと思う」

 

 

 支給されたテントを設置しながら、俺が所属するアジュバントのリーダーである里見蓮太郎と会話を交わす。その内容は決して明るいものでは無く、周囲の喧騒とはかけ離れた、今まさに未来への希望を失いつつあるこの国を憂えるものだ。事前に聖天子から伝えられ、俺たちが危惧していた災厄は、もう目前にまで迫っている。

 俺は釘を打つ手を止め、滲んだ汗を手の甲で拭いながら空を見上げる。そこには、確実に阿鼻叫喚となるだろう四日後のことなど、まるで感じさせないほど澄み切った青空があった。

 ...昨夜、モノリスの白化がついに一般住民層に露見した。報道各社は一斉にこの話題を取り上げ、今まで隠匿されていた腹いせのように東京エリアの危機を声高に叫んだ。そのときに空撮されたモノリス外にひしめくガストレアは、未だ状況を呑みこめずにいた無知蒙昧な人間たちに、逃れようのない危機が迫っている現実を知らせるには十分だった。

 住民たちの理解が絶大な混乱に繋がるというその直前に、政府から正式なモノリス倒壊の事実を伝えられた。その内容に一切の脚色はなく、圧倒的なまでの脅威が間近にあることをありのままに告白したのだ。

 無論、絶望だけをぶちまけて後は終わり、ということはなく、恐怖と狂乱の波に呑まれるだろう民衆へ希望と言う防波堤を築き、また地下に敷設されたシェルターへ収容される人間の名簿が公表された。

 

 

「間違ってない....そう思える人間は、今の東京エリアにどれくらいいるんだろうな」

 

 

 シェルターへ避難できる者は、コンピューターによってランダムに選ばれている。東京エリアに住む凡そ30%が収容可能ということだったが、ただでさえあぶれた残り70%の住民から不満の声が上がる事は避けられないというのに、聖天子は、前述の避難できる人員のなかに、呪われた子どもたちの名前も含んでいたのだ。これには激しい非難の声が相次ぎ、今朝も各地でデモ行進が行われていた。

 時期があまりにも悪すぎる。彼女たち、呪われた子どもたちの社会的地位を向上させるという法案が、苛烈な反対によって破り棄てられたのは記憶に新しい。そのほとぼりが完全には冷めていない中で、この行いを堂々と敢行する聖天子の蛮勇さは、愚かしいという評価すら生ぬるい。だが、蓮太郎はそんな判断を下した彼女が責められることに....否、火急の事態だからという言い訳のもと、地位や人種を盾に己が身を守ろうとする人間に怒りを燻らせる。

 

 

「自分の命が脅かされてる状況だからって、弱い立場にいる誰かを脅かして生存権を略奪する行為が肯定されるのかよ?」

 

「確かに、それはそうだ。だが、そうすることでしか、武器を携え立ち上がることもできない人間は恐怖を消化することができない。現状の打開に直接的な影響を与えられる俺たちのするべきことは、住民の弾劾じゃなく、戦争を無事に終わらせることだけだ」

 

 

 俺の冷静な言葉に歯を噛み締めて俯く蓮太郎。握る金鎚に力が籠められ、その先端が少し揺れる。それでも、俺は今言った言葉を訂正する気はない。戦争において武器を取り命がけで戦う人間と、それをせず己が身を守る人間は、もはや別種の存在なのだ。命を捨てる覚悟を持った人間と、命を必ず守り抜く覚悟を持った人間....価値観が致命的にすれ違う者同士の対話が、成立するはずはない。

 俺は再び青空を仰ぎながら、周囲の喧騒を耳に入れて思う。....ある意味、現在のこの東京エリアで最も希望を持つ人間が集まっているのは、俺たちのいるここなのではないだろうか、と。

 明確な目的があり、それを達成すれば皆が助かる。その難度はともかく、俺たちの前には分かりやすい答えが提示されており、今やるべきことがはっきりとしているのだから。

 

 

「戦争を終わらせる....か。なぁ樹万、俺たちチーム全員、生きて帰れると思うか?」

 

「リーダーが弱気でどうするよ。士気を上げるのも下げるのもお前次第なんだぞ」

 

「けどよ、敵は四桁を悠に超える化物集団だ。正直、そんなのと正面から当たるのは想像もつかねぇ」

 

 

 蓮太郎の感想がごく一般的であるのは否めない。仮に蟻で見立ててみても、目前に並べれば千以上と言うと圧巻の様相となるだろう。それが、一体につき自動車以上を誇る大きさで、ヒトを容易に食い殺すガストレアとなると、最早地獄絵図だ。にもかかわらず、此処にいる多くの民警達が、気の抜けた表情で食い物の屋台やら武器を並べた露店を歩き回っているのは理由がある。それは...

 

 

「その化物集団と真っ先に正面から当たってくれるのは自衛隊だ。勝敗は知らんが」

 

「ああ...そうだったな」

 

 

 第二次関東大戦時、多大な戦果を上げた自衛隊。この事実は住民にも広く知られており、実力に対する信頼も厚い。そんな彼らが徹底抗戦の姿勢を表していると同時、その背後に民警まで陣を敷いているという状況だ。東京エリアの住民たちのみならず、民警の間でも、『もしかしたら自衛隊がやってくれるんじゃないか』という期待を抱いている。

 俺も、できればそうなってほしいとは思う。だが、なぜだろうか。敵がそんな俺たちの浅薄な思考を全て見通しているような気がしてならないのは。隣の蓮太郎も、俺の返答に頷きながらも、どこか納得のいかない表情を貼りつかせていた。

 取り敢えず、あるかもないかもわからない事に一々頭を悩ませていては、悪戯にストレスを蓄積するだけだ。気分転換の意も込めて一旦休憩し、飲み物でも口に含もうかと立ち上がりかけたとき、背中に一、二、三とリズムよく誰かが体当たりしてきて、再び腰を落とす羽目になる。そして、続けて同僚の一人である片桐玉樹の声が降ってきた。

 

 

「ったく、辛気臭ぇツラしてんなよ。特にそこの不幸顔、テメェ俺っちと旦那にまでアンラッキーを伝染すつもりか?」

 

「テントの設営サボって喰い歩きしてたテメェにだけは言われたくねぇ」

 

「んだとコラ!俺っちは旦那に言われた情報収集とバディ探ししてたけだ!」

 

「兄貴、歯に青のりついてる」

 

 

 蓮太郎と取っ組み合いを始めた玉樹は取りあえず放っておこう。弓月の言った通り歯に青のりついてるし、どうやら未遂ではなく既遂なのは確実だ。成果はあまり期待しない方がいいだろう。実はこうなることを半ば予想しており、彼とは別にもう一個小隊を派遣していたのだ。そして、その大本命である派遣要員は、今し方背中にのしかかって来た彼女たちだ。

 俺はその三人...飛那、夏世、ティナを地面へ降ろしたあとに向き直る。

 

 

「うし、ご苦労だった、三人とも。それで、周りの雰囲気はどうだった?」

 

「えと、樹万の言う危険な人は見当たりませんでしたよ。とはいっても、全員見た訳ではないので100%保証できるわけではありませんが」

 

「残念ですが、現行のフリーの民警の方々はお世辞にも私たちと肩を並べて戦える実力ではありませんでした。樹万さんが望むなら、更に当たってみますよ」

 

 

 飛那に頼んでいたのは、危険人物の事前リサーチだ。こういう人が密集している場では、稀に人を殺したいがために紛れ込む狂人がいるので、その調査を頼んでいた。何故、よりにもよってこんな時期に?と思われがちだが、こういう時期だからこそ、気が触れて凶行に走る者も出てしまう。

 『どうせ、皆死んでいなくなる』。こういう生に対する打算的な思考が過った瞬間、心の中で無意識に飼っていた悪魔に魅入られることがままある。それを危惧していたのだが、今のところはその心配はなさそうだった。

 次に、夏世に頼んでいたのは、新たな戦力の発見だ。現状の里見蓮太郎率いるアジュバントの要員は、俺と玉樹だけ。俺は前線で思い切った実力をだせないため、このままでは純粋に戦力が足りない恐れがある。最低限あと一組は欲しいところなのだが、今更あぶれている連中は相当な下位か嫌われ者だろう。言葉は悪いが、入れても水増し要員にしかならないばかりか、下手をすれば足手まといとなり、戦地での柔軟な対応力を欠く可能性が高い。

 俺は夏世と同じく戦力探しを頼んでいたティナに、一縷の希望を乗せた視線を送る。

 

 

「すみません。私の方も感触はイマイチでした」

 

「そ、そうか....いや、いいんだ。まだチャンスがない訳じゃないしな」

 

 

 そう言いつつ、落胆の色は隠せていなかったのだろう。ティナは少し励ますような口調でもう一言付け足した。

 

 

「ですが、向こうで少し気になる騒ぎを見つけましたよ」

 

 

 

          ****

 

 

 

 勧誘なら俺も行く、リーダーの顔があった方が何かと便利だろ?と言いつつ、テントの中で居眠りしていた延珠を起こして俺とティナについてきた蓮太郎は、やはり俺と同じく、人が足りないことを危険視しているようだ。

 そんな中でも、しっかりと人選は行わなければならない。蓮太郎とてそのことは理解しているだろうし、ある程度のことには目を瞑るとはいえ、必要な点はきっちりと抑えて来るだろう。その御眼鏡に適うかどうかの保証は出来ないが、少なくともティナは、チンピラ同士の諍いなどを気にかけるはずはない。

 

 

(協力的でも実力が伴わなければボツ、実力があっても協力的でなければボツ。こんな言い方するとワガママだと吐き捨てられかねないが、実力面では民警の中でも平均より少し上、精神面では人間として平均レベルでいい。この際、贅沢はいってられないからな)

 

 

 ステージⅤガストレアのスコーピオンを退けた東京エリアの英雄。強さを示す肩書きとしてはこれ以上ないほどのものだが、受け取った当人が里見蓮太郎であるという点で、多くの同業者から反感を買ってしまっている。現状、人が集まらない理由の大半がこれだろう。

だからといって、蓮太郎を謗るのは甚だ見当違いだ。悪いのは彼ではなく、年長者というつまらないプライドで己が身の自尊心を守る、どうしようもない民警達だ。蓮太郎の行いは正しく英雄であり、評価されることはあっても、誰かに中傷されるいわれはない。

 そんなことを考えているうちに、目的の場所に到着する。その場所には人だかりが出来ているものの、ざわめきようから察するに、ことは済んでいるようである。しかし、集まった野次馬の輪が崩れていないので、恐らく渦中の人物は未だ中心にいるはずだ。

 無理矢理にでも踏み込んで姿を確認するか、出てくるまで待つか。その選択に頭を捻っているうちに、向こう側で先んじて動きがあった。

 

 

「お、出て来るみたいだぜ」

 

「ふぁ....何がでてくるのだ?れんたろーの友達か?」

 

「そうなってくれそうヤツならいいんだがな」

 

 

 半覚醒状態の延珠が呑気に欠伸をかます。いっそのこと、彼女の言う通り蓮太郎の顔見知りだったら話が早いのだが、彼のような気遣いを悪態の内に隠す面倒な性質に付き合う、有体に言えば『友人』と呼べる者は極々少数に限られるだろう。相当人間が出来ていなければ、表層の部分のみを受け取って気分を一方的に悪くし、関係は悪化するのみだ。

 そういったことから、『蓮太郎の友達である可能性』は、碌に審議もせず丸めてゴミ箱にポイし、初対面であるという前提のもとで会話の工程を組み立てていく。やはり事は現実的に見て進めるのがいちば....

 

 

「む....そこにいるのは里見か?」

 

「な!まさか彰磨兄(しょうまに)ぃ....なのか!?」

 

「?!」

 

 

 思考が一瞬空白を生む。今、蓮太郎の口から何という言葉が飛び出た?大体の人の名前を目上目下問わず、乱暴に呼ぶコイツが、『彰磨兄ぃ』だと?

 そんな内心の動揺を隠し、蓮太郎の元へ歩み寄る謎の男を観察する。まず、目元には深くかけたバイザーだ。日光を遮る半透明の樹脂板から覗く瞳は、数多の死線を潜り抜けた証左である、無駄を一切省いたような色の抜けた眼光を備える。そして、コートを纏う長身から立ち昇る、未だ冷めやらぬ闘気。鋭利な剣めいたそれは、彼が実力者であることを克明に現すものだ。....これらの要素を総合すると、間違いなくこの男は只者ではない。

 輪を作っていた野次運たちの目が、輪の内側から親し気に言葉を交わす謎のバイザーの男と蓮太郎の方に移る。その時に動いた人の波の隙間から、いかにも舐められたら食って掛かりそうなモヒカン男と、相棒であるイニシエーターが大の字で目を回しているのが目に入る。一体どのような手並みでこうなったのか非常に気になるところだが...と、そんな風に別のところへ行っていた意識が、ジャケットの裾を控えめに引っ張って来たティナによって戻される。

 

 

「彼が、私の見つけた『気になる騒ぎ』の渦中にいた人物です。樹万さんなら、言わずとも気付いているでしょうけど」

 

「ああ。確かに、これは下手すりゃそこいらの千番台よりとんでもないかもしれん」    

 

 

 こうして他者と話している間も隙が無い。それも、長年にわたって洗練されてきたらしく、無理して周囲を警戒しているような素振りは一切なく、あくまで自然体に極力近づけ、しかし拳の間合いに入るものすべてを瞬時に迎撃できるだけの予備動作を、既に肉体の内に内包している。

 ティナが気がかりに思うのも仕方ない。アレは並みの武芸者では辿り着けない極地に足を踏み入れた者ができる技だ。それは武と称することすら憚れる、行き過ぎた暴力ともいえる。俺やオッサンもそうで、小石の投擲で対戦車ライフル同然の一撃、拳打一撃で鉄骨をへし折るなど、恐ろしい技の数々がある。尤も、オッサンはそれすら超える人外なのだが。

 と、蓮太郎が俺の方を指さしてから歩き出し、バイザーの男を手招きしている。どうやら紹介してくれるらしいので、俺も彼らの方へ向かおうと足を動かす途中、男が今まで左半身を向けていた身体を正面に向けた時、彼の右半身に何かが取り付いていることに気が付いた。

 

 

「君が里見のアジュバントの一人か。俺の名は薙沢彰磨(なぎさわしょうま)。天童の家に居た頃、里見とは共に技の練度を高めた関係だ。そして、」

 

「え、えと。彰磨さんのイニシエーター、も、モデル・キャット、布施翠(ふせみどり)でっしゅ!よ、よろしくおねがい、します....はぅ」

 

 

 バイザーの男....彰磨に優しく背中を叩かれた彼の右端に取り付いていたものは、カチコチとした挙動で俺とティナの前に立つと、同じくカチコチの声で自己紹介した。重度の人見知りらしく、言葉が終わるや否やパタパタと移動し、主人の背中に隠れ、とんがり帽子の乗った頭だけをこちらにそろりと出してくる。

 彰磨の隣に立っていた蓮太郎は自己紹介が済むと同時に、少し得意げな顔で彼の肩に手を乗せると、

 

 

「彰磨兄ぃは天童式戦闘術八段の腕前で、天童流の俺の兄弟子だ。実力は折り紙付きだぜ」

 

 

 あの蓮太郎が嫌味なしに実力を認めるか。これまでの彼の隙が無い一挙手一投足と、この評価。どうやら、存外に彼の人脈は侮れないらしい。

 




現実感かなりあるのに、さらっとブラブレって人技越えてるキャラ多いですよね。

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