ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-   作:緑餅 +上新粉

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前回と内容繋がっているので、勢いがついたお蔭で完成が早まりました。

話は変わりますが、バトルは燃えますね。


40.蜘蛛

 玉樹はイイ場所があるというや否や俺たちを事務所から連れ出すと、近場の市民体育館まで移動した。中では子どもたちがボールなどを投げて運んでの遊戯に興じていたが、彼は迷うことなくその渦中に踏み込み、出て行けガキどもと容赦なく一喝。その後は手をジャケットに突っ込みながら腰を折り、ワザと大股に歩いてガンを飛ばすなどして、理不尽な人払いは終わりを告げた。

 体育館はここの他にもう二つほど存在し、玉樹が強奪したこの第三体育館は、その中でも比較的小さいものだが、それでも体育館という銘を打っているだけあって、天井は高く、四方は広い。その端々には追いやられた子どもたちや騒ぎを聞きつけた人たちが、遊び場を奪われた腹いせ混じりにせめて何をやるのかくらいは見届けようと続々と集まり、ギャラリーを形成しつつあった。

 

 

「よっし。で?俺っちたちとバトるのは美ヶ月のアンちゃんと、そのイニシエーターでいいのか?」

 

「いや、ここはリーダーである俺が戦うべきだろ」

 

「って言ってもよボーイ、お前さんの相棒は小うるさいバニーガールなんじゃねぇのかよ?」

 

「む....」

 

 

 そうだ。蓮太郎はここに延珠を連れてきていない。敵はプロモーターとイニシエーターとのタッグでのバトルを所望しているのだから、必然イニシエーターが同行していない蓮太郎の参加は難しい。

 一応、ティナと即興コンビを組む手もあるが、連携がうまく取れないんじゃ勝利自体が危うくなる。ここは俺とティナのコンビで出るのが順当だろう。とはいえ、俺とて彼女との連携がうまくとれる補償などないが。

 

 

「すまんがリーダー、今日は俺たちに譲ってくれ。...大丈夫だ、やるからには勝つ」

 

「ああ。そこは心配してない。派手な怪我はさせないでやってくれよ」

 

「おう、任せとけ。...ティナ、いいか?」

 

「無論です。お兄さんがそう望むのなら、私はその命に従います」

 

 

 確認するまでもないと暗に示唆するような言葉と笑顔で俺を見上げるティナ。よし。これで役者はそろった。後は対峙し、戦い、勝利するのみ。一方、歩み出て来た俺とティナを認めた玉樹は、みるみるうちにその口角を吊り上げ、実に楽しそうな表情となる。

 

 

「何だ、俺たちが出て来て安心したか」

 

「ったりめーよ!あれだけコケにされたんだからな!このケンカできっちり利子つけて返さねぇと腹が収まんねぇ!」

 

 

 玉樹は拳を胸の前で打ち付け、ガァン!という重い金属音を響かせる。それは広い箱型の体育館の中だという事もあって、音が大きく反響し、獣の鳴き声を思わせた。

 無論、生身の人間がどれほど強く拳を打ち合わせようと、そんな恐ろしい音は出ない。では何故、玉樹の拳からはそんな音が出たか?理由は単純、バラニウム製のナックルダスターを両手拳に巻いているからだ。彼の筋力と合わせ、あんなもので思い切り殴打されれば、ガストレアとて容易く骨は砕けよう。

 

 

「んじゃ、いっちょ名乗らせて貰うぜ!序列千八百二十位、片桐玉樹だ!」

 

「あの変態を合法的に蹴り飛ばせる機会が無くなったのはちょっと残念だけど...まぁいいわ。同じく序列千八百二十位、片桐弓月よ」

 

「...序列八千百位、美ヶ月樹万」

 

「私はティナ・スプラウト。現在序列は剥奪中なのでありません」

 

『え!?』

 

 

 ティナの序列剥奪というワードに片桐兄妹はそろって驚愕を呈する。それもそうだろう。序列剥奪など、素行の悪い輩の掃きだめである民警でも早々ならないのだから。影胤のように、ガストレアよりも人間の殺しを優先的に行うような目に余る殺戮者でもなければ、恐らく序列、民警ライセンスの剥奪とはならない。

 一度は動揺を見せたものの、二人は戦闘態勢に移行した俺たちを見て気の弛みを引き締める。しかし、ティナがドレスから取り出した黒い球体を飛行させた瞬間、再び驚きの声が上がる。

 

 

「へっへ、実に面白いショーを見せてくれるじゃねぇの。じゃあまぁ、こっちもそれ相応の見世物をしねぇとな!行くぜ弓月ッ!」

 

「分かってる!」

 

 

 俺は弾倉をセットしていない、ナイフのみを装着したバレットナイフを取り出し、構える。一方のティナは、回る黒い球体...シェンフィールド三機に何やら命令らしき言葉を与えて頭上に待機させ、片手に手袋を嵌めた。と、それを終えたと同時に片桐兄妹は突貫、と思いきや弓月が玉樹の肩を踏み台に跳躍し、背後に降り立つ。

 なるほど、挟撃か。そう呟くと、俺は短く息を吐いて暫し己の体内に意識を向ける。

 

 

開始(スタート)。ステージⅡ、形象崩壊を抑制し発現。適正因子からの遺伝子情報共有、完了。単因子、モデル・キャット』

 

 

 あまりガチガチの強化だとアレなので、身体能力の総合的な向上が見込める猫の因子をぶち込んだ。自動車を持ち上げるとか銃弾に耐えるとかいう凄まじいことはできないが、瞬発力は大幅に上昇しただろう。しかし、一転し視力は大幅に減退。進行度は抑えたが、それでも猫の能力を発揮するには避けられないデメリットだ。そして、それを対価に得たメリットは──────

 

 

「!なにっ?」

 

「────遅いぜ」

 

「ぬっ、ぐぉふ!」

 

 

 一気に距離を詰めて放って来た拳打を上半身の動きのみで避け、胸と腹にカウンターの掌底をめり込ませる。...いや、手ごたえがない。どうやら踏み込みが元々浅かったらしい。玉樹は反撃を貰うとすぐさまバックステップで後退し、体勢を立て直している。今のは様子見か。

 ここで弓月が攻勢に動いた。兄のした攻撃をカウンターで撃退した動作から抜けきらぬうちに、すぐさま俺の右横に移動していた彼女が体育館の床を蹴り抜き、凄まじい勢いの飛び蹴りを敢行する。しかし、俺がその行動を逐次説明できているように、彼女の動きは既に捉えていた。

 

 

「ふんッ!」

 

「うそっ?コイツ視えてる?!」

 

 

 弓月のした一連の行動を逃さず瞳で追っていた俺は、下方から打ち上げた右腕で彼女のブーツを打つ。それでバランスを大きく崩したところへ、風の如く割り込んで来たティナのアッパーと掌底が顎、腹部に続けて決まり、乾いた音を響かせた後に吹き飛んだ。

 

 猫はサッケードという、素早く動き回るものを絶えず捉え続ける能力を持つ。サッケード時の猫の目の動きは上下左右にカチカチと瞬時に移動しているため、その速度は人間とは比にならない程のスピードを誇り、結果狩りの成功率を飛躍的に高めている。俺はそれをガストレアウイルスの働きで更に高めているため、弓月の疾風のような動きにも対応できた。ちなみに、これをステージⅣで使おうものなら、降る雨や飛ぶ鳥は静止して見える。

 ここで、ティナは攻撃的な型に入る。思わぬ反撃を貰って動揺したはずの弓月を追撃するためだ。しかし、派手に吹き飛んだはずの彼女が体育館の壁に激突することは無かった。

 

 

「!」

 

 

 何故なら、弓月の矮躯はまるで不可視の網に掛かったかのように速度を緩め、そして高速で跳ね返って来たからである。

 今度は此方が驚愕する番だ。謎の斥力を経て再び繰り出される蹴りの標的となったティナは、それでもシェンフィールドという全方位警戒システムで絶大なバックアップを得ているため、辛くも回避を成功させる。が、そちらに注意が釘つけとなってしまった俺は別だった。

 

 

「そらそら!余所見なんて馬鹿がすることだ、ぜッ!」

 

「ッ!ヤベ...ぐはっ!」

 

 

 肉を叩く鈍重な音とともに、腹部から過剰に伝達された電気信号を受け取った俺の脳内は、一瞬で激痛という二文字の単語で埋め尽くされる。それの突端を知覚するより前に直前の光景を思い起こし、他のなによりも優先して身体を屈め、利き足で床に杭を打つと同時、両手も動員してブレーキを掛ける。ほどなくして後方へ動く俺の身体は運動エネルギーを失い、速力もそれに伴い減退した。だが、入れ替わるように湧きあがってきた腹の痛みに噎せ、想定外の衝撃で乱れた呼気を整える。

 もしあのまま吹き飛ばされていたら、背中にあの不可視の網が当たり、猛烈な反発を受けて強制的に前方へ射出されたはず。その後は、足を動かす必要もなく、戻ってくる対象を思い切り殴打するだけの玉樹の追撃が待っていた訳だ。彼の拳とは全く逆ベクトルへ高速移動している分、その威力は絶大となるだろう。

 

 

「ほう、よく気付いたな。でも、そのままにしてりゃ楽にイけたのによ!」

 

「ち」

 

 

 先方は俺が衝撃から立ち直る前に勝負を決めるつもりらしく、インファイターとなって迷わず突貫してくる。それに舌打ちしてから、屈んだまま片手を突き、逆立ちとなったあとに跳び上がって玉樹のタックルを回避した。

 彼はすぐに背後へ移動した標的を補足し、頭で考えるより直感で放ったような挙動の回し蹴りが繰り出される。その靴底をバレットナイフの柄頭で受け止め、真上に払った峰でふくらはぎを強かに打ち抜く。玉樹はその激痛に堪らず足を引っ込めるが、歯を食い縛りながら無事な方の片足で踏み込み、尚も漆黒の拳打を振るう。俺はそれをバレットナイフで受け止め、多少押し込まれながらも弾いて距離を取る。

 

 

「クッソ、峰撃ちでこの一撃たぁ、ナイフの癖してえげつねぇな!」

 

「まぁ、なるべく痛くなるようにしたからな」

 

 

 俺の答えに、んな努力してんじゃねぇよ!と至極真っ当なお返事を頂くが、それを無視してこの状況...まともに動きまわることが困難な場を作り上げた元凶だと思われる弓月を横目で追う。幸い玉樹は先ほどの攻防で一時的に動きが鈍っている。現状を打開するタイミングは、恐らくここしかない。

 

 

「.....ッ、あれは」

 

 

 弓月が凄まじい脚力で跳躍し、体育館の露出した骨組みに足を掛けた時に気付いた。体育館の窓から差し込む太陽の入射光に照らされて輝く、彼女の後を追うように走った何か細い糸状のものが。

 

 アレは────もしや、蜘蛛糸か。

 

 過った確信に近い憶測を吟味しようとしたとき、俺を呼ぶティナの声で素早く顔を上げ、目前に迫った玉樹のナックルダスターを横に転がって回避し、続けて追って来た裏拳をバレットナイフの刀身で受ける。その衝撃を相殺しきれずに蹈鞴(たたら)を踏んだ拍子、背中に弓月の張った糸の感触が走る。それで完璧に片桐兄妹の戦法が見えた。

 

 

「ったく、すばしっこい野郎だ。男なら真正面からぶつかってこそだろ?」

 

「確かに、その意見には同意したいところだが。コッチにゃ戦法も何もあったもんじゃないんでね」

 

「ケッ、じゃあオレっちたちの戦法は分かったってのか?」

 

「さぁ?どうだかな」

 

 

 俺は呼吸を整え、ティナと弓月の方の戦況を流し見る。...大丈夫そうだ。既に二人の戦い方を分かってるな。

 確認を終えると、俺は先方の進言に敢えて従い、真正面から挑み出る。それが罠だと分かっていても、男の沽券に関わるのならやらない訳にはいかない。言葉を借りるが、俺もバカにされたままで腹が収まるタイプではないのだ。一方のそれを見た玉樹は笑みを濃くし、一転して逃げるような横への移動を開始し始めた。

 さて、ここいらでプロモーター同士の戦闘には片を付けさせてもらうか。俺は玉樹の後を追いながらそう呟くと、一際強く踏み込む前に己の聴覚へ意識を集中させる。室内であるため多少難儀するが、決して『風』がない訳ではない。なら、張り巡らされた蜘蛛糸によって、それが変わる向きは分かるはずだ。

 やがて、集積した風の音と向きの情報を元に周囲の状況をイメージすると、網膜の裏に白く細い糸が何本も浮かび上がってくる。...なるほど、玉樹が誘い込もうとしているエリアは、言うなれば蜘蛛の狩場といったところか。それでも視えてさえしまえば、所詮タネの明かされたトリックのような子供騙しだ。

 

 

「...ここか」

 

「────な、に?」

 

 

 玉樹から驚愕の声が上がる。その反応に聞くに、どうやら見えないはずの蜘蛛糸を避けられたらしい。というのも、俺は聴覚から受け取る事が出来る情報量を最大限増加し、また素早く必要なもののみを精査する効率も上昇させるため、目を閉じて視覚からもたらされる不要な情報を一切合切遮断している。

 そう。どうやっても視ることができないのなら、糸を知覚することが出来る五感の一つに全てを任せたほうがいい。一切の無駄を省くことができれば、それだけ己が必要とするものの解像度は増すのだから。だが、聴覚だけで視覚からもたらされる最低限の情報を補える人間はごく少数に限られる。耳から聞こえる音だけで周囲の状況を掴み、歩き続けるのは難しい。

 この戦況を見るギャラリー側からすれば、俺は何もない空間を無意味な動作で通過する奇人に見えるだろう。だが、その意味が分かっている標的は、文字通り蜘蛛の巣を搔い潜ってやってくる天敵としか認識できないはずだ。事実、最後の罠を抜けて目を開いた瞬間に飛び込んで来たのは、戦慄に強張った玉樹の顔だった。

 

 

「.....く、そったれがぁ!!」

 

 

 既に何度も見た玉樹の正拳突き。それが攻撃として放たれる機序はとうに把握済みだ。───故に、猫の能力を使わずとも見切れる。

 俺は玉樹の拳を最低限の動作で避け、伸びた上腕を下方から掴み、もう片方の手を十字に交差させる形で彼の顎に伸ばして掴むと、足を払った瞬間に垂直落下させる。その威力はガストレアウイルスでブーストした筋力によって激増しているため、一撃のもとに体育館の床は派手な音を立てて陥没し、彼の上半身は丸ごと地上から消失する。

 その有様を見た俺は、自分でやったにも関わらず、それきりピクリとも動かなくなった玉樹の安否が怪しくなってきて、後頭部を掻きながら思わず息を詰まらせる。

 

 

「やべ、力加減ミスったか?......っとぉ!」

 

「アンタやり過ぎ!兄貴の頭がこれ以上悪くなったらどうしてくれんの!?」

 

「ええ?!心配するとこソコかよ!」

 

 

 衝撃音に気付いたらしい弓月はティナとの攻防を抜け、空中から飛んで俺に鋭い蹴りをかます。それを飛び退いて避け、ひとまずはこんな風になっても無事らしい玉樹に向かって安堵の息を漏らす。貴重な戦力を早々に病院送りにしたくはないからな。

 埋まった玉樹を引き上げるか迷っていると、弓月との戦いの場にいるティナから声がかかる。

 

 

「お兄さん、お腹大丈夫ですか?」

 

「おう、問題ないぞ。で、さっきまでの戦いはやっぱり?」

 

「はい。決める気はありませんでした」

 

「ティナ先生はスパルタだなぁ」

 

 

 ことのあらましはこうだ。本格的な戦闘に入る前にティナから提案があり、それは『今まで教えた対人戦闘術を駆使し、片桐兄妹を実質俺一人で撃退しろ』とのことだった。正直気は進まなかったが、面目躍如の場はやはりここしかないと思い、ティナをあくまでバックアップとし、二人が取る戦術の打開と勝敗の決め手は俺が担うこととなった。

 恐らく、初回はプロモーター同士とイニシエーター同士でそれぞれ土俵をつくるだろうと思っており、実際にそれが現実となったため良かったが、二人してプロモーターを先に潰し、後に残ったイニシエーターを結託して確実に倒すという戦法だと危うかった。

 

 

「やはり、一番の効果を望むには実戦ですから。でも、先の戦いを見て確信しました」

 

「?...何をだ」

 

「お兄さんはちゃんと相手の型を読んでいました。でなければ、あのような投げは決まりませんから」

 

「お、おお...そうか」

 

 

 どうやら期せずして目的はしっかりと果たされていたらしい。確かに、決める間際に玉樹の殴打を分析し、その癖と型を弾き出してはいたが、ほとんど無意識だった。故に精度を上げようだとか、カウンターの動きをどうしようだとか考えているヒマはなかったのだが、むしろそれが最適解だったのかもしれない。

 久方ぶりの達成感を感じていると、隣で新しい手袋をつけ直すティナから予想外の言葉が発せられる。

 

 

「なので、あとは私に任せて下さい」

 

「え、いいのか?」

 

「はい。改めて思うと、イニシエーターがプロモーターに倒されるなんて、彼女の心を折りかねませんから」

 

 

 普通は無理ですけど、お兄さんは特別ですからね。といって微笑むと、ティナは改めて俺の対面にいる弓月へ挑戦的な視線を飛ばす。それを真正面から受け止める蜘蛛の因子を持つ少女は、余裕の笑みを浮かばせる。

 

 

「随分と面白いことを言うじゃないの。でも、イニシエーターであるアンタがその様じゃ、ただの冗談だわ」

 

 

 弓月の『最早勝負は決した』ともとれる発言に、俺はどういうことだと訝しむ。そんなところへ頭に木くずを乗せた玉樹が歩いて来て、罅割れたサングラスを手渡してきた。促されるままにかけてみると、なるほど、ティナが置かれている状況と合わせ、彼が何故妹の張った包囲網に掛からなかったのかが同時に理解できた。

 

 

「糸が...見えるな」

 

「だろ?なら、お前さんのイニシエーターが勝ち目ねぇこともわかる筈だ」

 

「.......」

 

 

 ティナの周囲を囲うようにして、その糸は縦横無尽に張り巡らされている。あれでは腕を振り上げても、回避行動を取ろうとしても捕縛されてしまう。玉樹の言っている通り、これでは勝ち目など見えようはずもない。

 一時はそう思ったが、肝心の渦中にいるティナは動揺も焦燥もなく、ただ微動だにせず弓月を視線で射抜くのみだ。ここから先何が起ころうと、それに対する対応はできる。という自信すら言外に感じられる。そんな俺と同じ意をティナから汲んだか、弓月は眉を顰めてギリリと歯を鳴らすと、即座に張った自分の糸を足場に天井近くまで昇っていく。

 玉樹と一緒になってその後を視線で追い、首を持ち上げると、天井に張り付いて逆さになった弓月が見えた。

 

 

「降参するなら今のうちよ!次の攻撃、痛いじゃすまないだかんね!」

 

「.......」

 

「いいわ。...なら!」

 

 

 弓月は怒りより疑問の表情を一瞬浮かばせるが、構わず片手を下方のティナに向け、大量の糸を展開する。それは瞬く間に上に上に引き絞られ、対照的に下へいくごとにその密度を高め、膨張していく。その威容はまるで────

 

 

「ハンマー、みたいになっちまったな」

 

「オイオイ弓月、あんなもんぶつけたら流石のイニシエーターもヤベェんじゃねぇのか?」

 

 

 白い鎚と化した糸塊を携えた弓月は、手繰る手を動かして鎚を大きく振り子運動させ、前方へ高く振られた瞬間に天上に着けていた足を離して自由落下をはじめる。それから間もなく、白い流星がティナのいる場所に激しく衝突し、体育館を大きく振動させた。木端が派手に舞い上がり、ギャラリーから悲鳴と歓声が上がる。一方の弓月は少し遅れて、爆心地より幾分か離れたところに降り立つ。

 玉樹はあちゃー、やっちまった。と呟いてバツが悪そうに頭を掻いているが、俺はといえばティナの張った策に未だに瞠目している状態だ。これは仕方ない。弓月も、相手が悪かったと割り切るしかなかろう。

 

 勝利を確信した弓月が、鎚と繋がった手元の糸を手前に引っ張る。それで返って来るはずの重い手応えと音は無く、戻って来たのはただの糸くずだった。────否。それは、鎚と繋がっていたはずの()の部分。

 

 直後、弓月の勝利に湧く体育館に、場違いなほど滑らかな声が響く。

 

 

「今の一手、なかなか驚かされました」

 

「..........どう、やって?」

 

「貴女が明確に私を拘束し始める前に、あらかじめ頭上へ束ねたワイヤを仕込んでいました。高純度バラニウム製なので、強固な蜘蛛糸とといえど、切れてしまうでしょう。結果、落下地点がずれた」

 

「はは...どうりで、何かに引っかかったような感触があったわけね」

 

 

 硬直した弓月の背後からその首に手刀を当てたティナは、己の勝因をあっさりと種明かしする。あの場から動かず、わざと敵の包囲網にかかったのはこのためだったのだ。つまり、戦術的に嵌められたのはティナではなく、完璧に弓月の方だった。それを理解した彼女は、膝から崩れ落ちて悔しさに呻く。

 

 

「アタシは、イニシエーターとしても二流、三流なのね。こんなんじゃ、人間としても、イニシエーターとしても必要とされるわけない...ッ!」

 

「そんなことはありませんよ。...だから顔を上げて下さい、弓月さん」

 

 

 俯く弓月の隣に片膝をついて視線を合わせ、優しく諭すように言葉をかけるティナ。差し伸べられた手は、しかし手に取られない。が、ティナは尚も笑顔を浮かばせて賛辞を贈る。

 

 

「私に与えられていた元々の序列は九十八。そんな手合いの者と弓月さんは戦い、あれだけの善戦を見せたんです。私が保証します。貴女は決して、二流、三流のイニシエーターなどではありませんよ」

 

「きゅ、きゅうじゅうはち!??」

 

 

 バッ!ともの凄い勢いで顔をあげてティナを見て、頷いたのを確認すると、今度は俺に視線が移る。その意図は、『この子が序列九十八位なんて本当なの?』といったところだろう。本当なので俺は素直に頷いておく。隣で玉樹が聞いてねぇぞと肩を揺らしてくるが、言って無いので知ってるはずもなかろう。

 

 

「彼の戦争では貴女の力が必要です。どうかこの手をお取りください。共にお兄さんを守りましょう」

 

「~っ!守る、守る!アタシ、ティナやんを守るために戦う!」

 

「ふあっ?」

 

 

 予想と違った返答に戸惑いながら、上気した表情で飛びついてきた弓月を受け止めるティナ。まぁ、俺を守るために戦えなんて、恐らく身内三人くらいしか承諾しないだろう。それが普通なのは分かっているはずだが、どこか釈然としない。

 と、ここで俺を呼ぶ蓮太郎の声に振り返り、掲げられた手に応えてハイタッチする。期待通りの働きができたようで、こちらとしてもなによりだ。

 

 

「結構ヒヤヒヤしたぜ?樹万。でも、これで約束通り俺のアジュバントに入ってくれんだよな?片桐社長」

 

「おういいぜ。だがな、ボーイ。俺ぁお前の実力を認めて入るわけじゃねぇ。美ヶ月のダンナの実力を買って参入するんだ。それが悔しかったら、実戦で活躍してみせろや」

 

「へ、言われなくてもそのつもりだ」

 

 

 俺と蓮太郎、玉樹の三人で結束の証として腕をぶつけ合うと、その一部始終をみていたギャラリーから喝采が響き渡り、健闘を讃える声までもが飛び交う。やがて体育館の端まで喧騒は広がり、『民警は嫌われ者』という周知の事実を暫しの間忘れることができた。

 




弓月、ティナ戦の決着むちゃくちゃ悩みました。原作通りだと味気ないので、どうしてもオリジナルにしたいと試行錯誤を重ねた結果、ナゲナワグモの存在を思い出し、じゃあいっそのこと糸をメテオにして、ぶちかまそうという感じになりました。無理矢理感あったらゴメンなさい...

対するティナの持っていた高純度バラニウム製ワイヤ。あれは原作にはありませんでしたが、タツマのバラニウムナイフをドクターの手によってワイヤに加工したものだとお考えください。

あと、タツマがガストレアの能力を解放すると、イニシエーターと同じように赤目になってしまうのですが、特殊なカラーコンタクトレンズを仕込むことによって黒目を維持しています。

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