ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線- 作:緑餅 +上新粉
今後も度々こういうことがあるかもしれませんので、どうかご了承下さい。
ティナとの模擬訓練を終え、現在は公園から所変わって電車に揺られている。その車内は平日の昼頃ということもあってか、座っている人が俺たちを除き二人ほどで疎らだ。
俺の右隣にティナ、左隣に蓮太郎と並んで席に腰かけており、事情を知らぬ人間が今の俺たちを見れば、恐らく妹と友人を連れて外出でもしているのか、と思うことだろう。多少妹や友人の辺りが別の単語に変わりそうではあるが、それを加味しても大多数の人間はこの光景に驚くなんてことはしないはずだ。
だが、ここにいるのは、ステージⅤガストレアの侵攻から東京エリアを守った英雄と、人技を超越した御業でもって聖天子暗殺を成し遂げようとした元序列九十八位だ。それを知る者はごく限られた一部の人間のみだが、もし彼らが見れば、確実にこれが只のお出掛けではないと分かるだろう。
「アルデバランと、およそ二千体のガストレアを撃退、か」
「あぁ。冗談と一蹴したい内容だが、聖天子様はタダで頸を与えてやるつもりはねぇらしい」
俺は白化したモノリスを映した写真を眺めてから、聖天子の意向を代弁する蓮太郎の声を聞いて嘆息する。その行動の意味は、東京エリアの全武力を当てて、アルデバランとガストレア二千体に挑むことに対する無謀さを自嘲した蓮太郎への『同意』ではない。俺が込めた意とは、寧ろその真逆────『二千体のガストレアとアルデバラン撃退?そんなの楽勝じゃねぇか』、である。
オッサンと共に歩いた、それこそ数万以上のガストレアがひしめく世界各国の地獄と比べれば、二千体のガストレア駆逐など児戯に等しい。仮に奴ら全員のターゲットをオッサンに集中させることができたら、恐らく一分ほどで片付くだろう。俺でも数時間ほどで全滅させられる自信はある。
(でもま、そうもいかねぇんだよな……)
そう。この東京エリアを守って戦うからには、協力者がいる。もっと極端な言い方をすれば、俺の動向をその目に映す第三者がいるのだ。そして、それは俺にとって最大の足かせとなってしまう。
俺は恐らく、現時点では唯一のガストレアウイルスに対し支配力を行使できる人間だろう。そんな奴が、仮にいくら東京エリアの危機を救ったとはいえ、自在に己の体内組成を変化させて暴れ回ったとしたら、十中八九その特異性に目が付けられる。後はもう、以前にオッサンや飛那、夏世と話した最悪の結末に直行だ。それだけは避けねばならない。
世のままならなさに二度目の嘆息を零していると、ちゃっかり俺の右手を抱いているティナが、アルデバラン侵攻に対する話題から止まった俺たちの間に、再び会話の種をまいた。
「それで、里見さんは来るべき戦争のためにチーム要員の補填をしたかったと」
「そうだ。.....ってか、随分と樹万に懐いてんのな」
「犬や猫みたいに言わないで下さい」
蓮太郎の懐いてる発言に半眼となるティナ。まぁ、取っ組み合いする前の俺たちの関係はあまり喋っていないのだから仕方ないのだが、それにしてもデリカシーに欠ける物言いだ。俺やドクターや木更なら事情を知った上で受け流せるが、蓮太郎のことを深く知らない人間が初見でこれを聞いたら確実に気を悪くするだろうに。しかし、彼が人の評価を努力して変えようとするタイプではないこともまた、既に分かっている。
そんな蓮太郎の性質に呆れながら、頬を膨らませてぷんすかしているティナの頭を左手も総員して撫で、『大丈夫大丈夫、仮に犬とか猫だったとしても好きだぞー』とついでに慰めると、あっという間に纏っていた怒気は収まり、赤らめた顔を引っ張った俺の右手の上腕に埋め、手先をすり合わせる太ももへと潜り込ませてきた。...ふむ、素数を数えてればこの柔らかさと温かさを誤魔化せるだろうか?
「はぁー。ったく、確かにここ最近に急な序列向上でやっかみが混ざるのも分かるが、そういうのを気にしてる場合じゃねぇってのに」
「そうだな」
「俺だって好きで大層な事件の中心にぶち込まれてるわけじゃねぇし、向上心だって人並みだ。それを下らねぇ予測立てて勝手にあることないこと考えてんじゃねぇっての」
「そうだな」
「だがまぁ、流石に次で駄目ならアシを使った模索は一旦諦める。貴重な戦力だし、向こうもチーム人数が足りないからって作戦から外しはしないだろ。でも、今回は樹万の口で上手く
「そうだな.....って、携帯?」
迫りくる大罪の一つから必死に逃げているところだったが、蓮太郎の呼び掛けと懐から響く無機質なコール音で現世に呼び戻される。直後に我が意を得た俺は、取りあえずティナに断って右手を抜き取り、安堵の気持ちのまま携帯を手にすると、画面に表示された呼び出しの相手が誰なのか確認する。だが...
「ち.....
画面にあるのは、非通知着信という表示。つまり、相手が誰なのかこちらは分からず、向こうが一方的に俺を知っているということになる。普通こういうかけ方をする輩は下らない悪戯目的が大多数を占めるだろうが、恐らく
俺は迷うことなく受話器を取るアイコンをタップし、開口一番に悪態を吐く。
「なんだよ、オッサン。今電車の中だから掛けてくんな」
『カカカ!よぉ、久しぶりだな樹万。今日も平和な日常を享受してるかぁ?』
いえ、もうすぐガストレアとの全面戦争です。という言葉が喉元まで出かかったが、取り敢えずここ最近は本当に平和なので肯定しておく。一方のオッサンのいる『向こう側』では、ガトリング機関銃のものと思われる壮絶な駆動音とガストレアの悲鳴が交錯していた。オッサンはいつも通り平和とは最も縁遠い境地に身を置いているようで何故か安心した。
兎も角、疑問符を浮かべる蓮太郎とティナに話し相手が昔の知り合いだということを伝え、ガリガリという毎分数千発に及ぶバラニウム弾を吐き出す騒音の只中にいるオッサンへ再度意識を向ける。ってかうるせぇ!何か言ってるのは分かるが、さっきみたく話す時くらいガトリング止めろ!
「おい!何言ってんのか聞こえんのだが?!」
『▼%$¥&●〒♨』
分っかるかボケ!日本語で喋れや!
そう突っ込んでも、返って来るのは至近距離で死をバラ撒くガトリングの咆哮と、全身に穴を空け激痛に絶叫するガストレアからの命を張った返答のみである。肝心のオッサンの声は両者のものに完璧に呑まれ、最早誰と話しているのか分からなくなること必死だ。
そうして会話を諦めること暫し、とはいっても一分経つか経たないかくらいの時間だ。元々大方片付いていたらしく、俺が本格的にキレる前にコトを終え、ようやく真面な人語がスピーカーから響いて来る。
『ふぃー、待たせたな樹万。コイツら電話し始めた途端にまた沸いて来やがってよ』
「じゃあ、そんなところで電話かけるなよ」
『しゃーねぇだろ?ここはまだ人類が繁栄していた頃で言うブラジルってトコだ。俺が今ケツ置いてんのはコルコバードの丘に突っ立つキリスト像の脳天だからな。安全圏のアメリカまで何千キロあると思ってんだよ』
「じゃあブラジルなんかに行く前に電話くれよ.....」
南アメリカなどとうにガストレア天国だろう。昔は世界遺産などと世界各地に残る歴史的建造物に対し命名していたそうだが、そういったものは残らずガストレアどもに荒らされ、観光などできようはずがない。行っても代わりに見れるのは多種多様な進化を遂げたガストレア共の歪な御身のみだ。小鳥の囀りもなければ心地よい爽風もない。なら、そんなところに行って何になるというのか、とオッサンを知らぬ人物は思うはずだ。物見遊山するにしてももう少しマシなところがあるだろうに、と。
俺はオッサンと行動を共にしていたから知っている。コイツの目的は、ステージⅤへ今まさに昇り詰めようとしているガストレアの駆逐だ。そういった危険性のあるガストレアは世界各国の未踏査領域に散在しているため、こうして歩いて探しまわるしかない。空恐ろしい仕事ではあるが、成ってしまった後と前では天地ほどの差が生まれてしまう。一体で国一つを滅ぼせるなんて馬鹿げた存在は、無論少ないほうがいい。
俺のブラジル発言に変な顔をしている蓮太郎とティナの方を努めて見ないようにし、向かい側の車窓に映るビル群の方へ目を向けながら携帯を持ち変える。
『ハッハハ!まぁいいじゃねぇか。ってかよ、東京は結構不味い事態になってるんだよなぁ?モノリス崩壊の危機!だっけか』
「ん.....そう、だな」
『歯切れわりぃな。それも仕方ねぇとは思うが、その程度の絶体絶命くらい何とかできねぇと、どのみち東京も長くはねぇさ』
「........」
オッサンの言う通りなのかもしれない。人間が元の九割方殺し尽くされ、モノリスの向こう側はガストレアの群れという事実を踏まえた上で、なお再びの人類の繁栄を望むというのなら、この程度の窮地は問題なく対処できなければ、前述の題目を達成することなど夢のまた夢。事実、今以上の絶体絶命のパターンなど幾らでも上げる事などできよう。
俺の沈黙を肯定と受け取ったのか、オッサンは慰めるような言葉を言ったあと、解決策の提案を申し出て来る。嫌な予感はこの時点から既に満載だったが、すげなく断るとヘソを曲げて大変面倒な事になるので、人間にとって絶対の死地だというのに呑気に煙草をふかし始めたオッサンへ続きを促す。すると案の定、深刻さも難儀さも全く感じない声でとんでもないことを言い出した。
『モノリス一個くらいなら、持っていけるぜ?』
「.......一応聞くけど、そのモノリスってどこから調達すんだよ」
『アッメィリカ』
「却下」
『えぇー?代替モノリスできたら返せばいいじゃんよ』
「その頃にはアメリカ滅びてるわ!」
モノリスを持ってくるという発言に対し明確な言及をしなかったのは、あの漆黒の巨壁を引き摺ってやってくるオッサンの姿をあながち想像できなくもなかったからだ。それいいな!やろうぜ!とか言って気を良くし、実際にやられたら堪ったもんじゃないので、事前に釘を打っておかねば。とはいえ、人間同士でつぶし合いをすることの愚かさを最もよく分かっているオッサンが、そんなことを本気でするとは思えないが。
さて、そろそろ目的の駅に着きそうだ。オッサンが電話を掛けて来た理由も大方分かったことだし、答えてくれるとは思えないが、取りあえずこれだけは聞いておかねば。
「.....オッサン、いい加減連絡先教えろ」
『おうおう樹万。そんな安易に連絡先教えろなんて言ってみろ。大抵の女はドン引きだぞ』
「おい、俺は真剣にだな────」
『何度も言ってるが、俺とお前はもうこの世界じゃどこまで行っても『他人』になっちまったんだ。お前を東京エリアに置いてきたあの日からな。だから、俺とのつながりなんて必要ねぇ。俺の冷やかしでたまに話すぐらいの関係で十分なんだよ。............んじゃな!精々達者で生きろよ、樹万』
脈絡なく感情の抜け落ちた声でそう言われたかと思いきや、急に元のテンションへシフトチェンジし、俺が答えに窮しているうちに通話を切られた。以前と全く同じ手管で躱されたことに腹は立ったが、俺の出していた一触即発の雰囲気に訝しむ蓮太郎とティナの顔を見て、何とか平静を取り戻した。
「...おい樹万、お前には珍しく随分と取り乱してたが、大丈夫だったのか?」
「あぁ、東京エリアの住民が聞いたら、十割が呆れかえるような内容の話をしてた。それだけだ」
蓮太郎の問いかけに応えながら携帯を仕舞ったとき、見計らうかのようなタイミングで車内放送が目的地への到着を告げた。
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俺は片桐兄妹という人物を知らないが、蓮太郎は蛭子影胤追撃作戦の折に同作戦上で出会っているらしく、当てもなくメンバー候補を探し回っていた時より幾分か気が楽だと言っていた。にもかかわらず、その言に反して表情は暗い。幾らかマシというだけで、容易に此方へ取り込めるような人物ではないのかもしれないな。
「ここ...ですか。結構、あの.....寂れてますね」
「正直にボロ家って言っていいぜ。誰が見たってそうだ」
ティナの気を使った発言をばっさり両断する蓮太郎。一見すると人が住んでいるのかさえ怪しい風貌は、容赦なく評するならボロ家と言うか廃屋だ。壁面には落書きが走り、劣化も進み大部分が変色している。それでも俺たちがこの住居の前に佇む理由は、戸の横に立て掛けられている看板に『片桐民間警備会社』と書かれているからだ。
蓮太郎は『まさか俺たちの会社より酷いトコがあるとは...』と言って戦慄しながらも代表として歩みを進め、錆が激しい鉄階段を昇りきると呼び鈴を鳴らして来客を告げる。が、それに対する答えは一向になく、今度は声を出しながら呼び鈴を押し込み、暫く待ってみる。しかし応答はない。
困ったように頭を掻く蓮太郎を視界に入れながら、隣で小さい口を目一杯空けて欠伸をするティナの頭を撫でると、俺は腕を組んで唸る。ざっと観察したところ、家中から人の気配はするため留守ではない。だが家主と思われる人物は一つ所に留まって動きがないため、寝ているか居留守を決め込んでいるかのどちらかだ。このままだと三度四度と声かけしても同じだろう.....と思っていたところ、蓮太郎の四度目の呼びかけに対しついに明確な反応が返って来た。
それは戸を挟んだ向かい側からではなく、背後から掛けられたものだが。
「げ、アンタまさか変態の里見蓮太郎?!何でウチに来てんの!嫌がらせ!?」
「....その声は片桐妹か」
「うっわこっち見んな!変態が感染る!」
蓮太郎にむかって敵意をむき出しにしているのは、金色に染めた髪と趣味の悪いパンクファッションで身を固め、背中に赤いランドセルを背負うという珍妙な出で立ちの少女だ。
そして、事前の情報と見た目を総合し、現在の蓮太郎の反応を含めると、恐らくこの少女は片桐
「すまんがお前の兄貴に依頼話があって来た。今家に居るのか?」
「依頼~?そんなの頼んでないんだけど。てか変態から貰う仕事なんてゴメンなんだけど」
「と、取りあえず話通すだけでもいいだろ?」
散々な言われようだが、人員確保に必死な蓮太郎はここで最有力候補を逃す訳にはいかず、半ば顔は笑っていないが好意的な姿勢を保ち続けている。それを知ってか知らずか、弓月はさも仕方なさげに首を振ると、階段を上がって戸の前に立つ蓮太郎を手で払い、チョーカーの裏から鍵を取り出して施錠を外すと、俺たちに目もくれず踏み込んでいく。途端にかびだか埃だかよく分からない、ともかくあらゆる負の臭いを詰め込んだかのような空気が俺の鼻孔を刺激した。
「兄貴―!お客さん!」
「.........あぁん、客だぁ?」
三人して目を細めながら玄関を潜ると、弓月の甲高い呼びかけに答える低くくぐもった声が響いてきた。それはどうやら、ガラクタが山積したデスクに両足を乗せ、椅子の背もたれに首を預けて顔にグラビア雑誌を被せた人型から放たれたもののようだ。何故確定的な言い回しではないかというと、飛散している埃が窓から入る光を反射するせいで、極端に視界が悪くなっているからだ。
男がいるデスクの元まで近づいてみると、がっしりとした筋肉質な身体を椅子に預け、妹の弓月と同じようなくすんだ金髪に、やはり趣味の悪いパンクファッションで身を固めた姿を確認できた。そんな片桐玉樹と思われる人物は、デスクに足を乗せた姿勢をそのままに、頭だけを動かして出入口、つまり俺たちの方向へ目を向ける。その折に雑誌が顔からずり落ち、音を立てて地面に落下した。
「んん?.....ゲ、見覚えがあるそのシケた顔。テメェ、まさか里見蓮太郎か」
「あぁ、そうだ。あの時以来だな。というか、人の顔を見てその反応はねぇだろ」
「起き抜けにこの世全ての不幸を持ってきてるような顔が目の前にあったら、誰だってこうなるぜ。ボーイ」
落ちた雑誌はそのままに、玉樹は蓮太郎の言葉に応じながら、飴色のサングラスをかけ直して幾分か姿勢を正して座る。それでも、太い両腕を後頭部に回して組み、更には大欠伸をかますなど、とても来客者を前にした人間が取る態度とは思えない。
蓮太郎と玉樹が会話を続けている最中に、俺は改めてその内装を見回してみる。外があんな状態だったので、中身も大体の見当はついていたが、これはその予想を超える。こんな劣悪な環境の中にティナをいつまでも置いておくのは気が進まないので、リーダーである蓮太郎が話をつけられるなら、俺たちは外で待機していることにしよう。そう思ったのだが、タイミング悪く玉樹の視線が俺とティナを捉える。
「何だ。てっきり誰も集められてねぇもんだと高を括ってたが、一組いるのか」
「.....まぁ、な」
「へ、でもそのツラを見る限りだと、もう一組を集めるのはきつそうだな。しっかし、何でまたこんな天も星も味方に付けられなさそうな輩のアジュバントに入ろうと思ったんだ?ボーイ」
どうやら完璧に逃げる時期を逃してしまったらしい。このまま一度でも会話の席に顔を出してしまえば、俺は傍聴人でなくなってしまう。できれば蓮太郎だけでさっさと終わらして欲しかったんだが、後に退けないという意識がコイツの気概をから廻らせているらしい。...仕方ない。
「俺はコイツを信頼してるよ。向こう見ずで鉄砲玉みたいなやつだが、実力は確かだ」
「ほぉ、随分高く買ってるみたいだな」
「まぁな。で?片桐社長、アンタはそんなウチのリーダーについていくのか?どうなんだ」
会話に加わって間もない俺がぐいぐい来たことに驚いているのか、玉樹はサングラスの向こう側で目を瞬かせ、それから直ぐに両目を瞑って鼻から息を吐き出すと、浮かせた背を椅子に再び預けてスプリングを軋ませた。
「.....その前にオレっちから一つ質問だ。モノリスがぶっ壊れるっつー事は知ってるがな。そんなクソファッキンなことをしやがった敵の全容が掴めてねぇ」
「敵はガストレア二千。親玉はステージⅣガストレア、アルデバランだ」
「ほーなるほどな。すまんが他を当たってくれやボーイ」
「ちょ、待てよ!確かに勢力差はデカい。でも、だからって何もしないで死ぬつもりかッ?」
にべもなく断られたことに納得がいかなかった蓮太郎は、犬歯を剥いて玉樹に詰め寄る。デスクに拳を落とした衝撃で空き缶やボトルが揺れ、それが蓮太郎の心中を形容しているようだ。が、それでもなお玉樹は突き放すような態度を崩さない。
「真正面からぶつかって戦うことこそ愚策だっつってんだ。いいかボーイ。ガストレア二千もあれだが、アルデバランは正真正銘の化けモンだ。お前みてぇなガキでも知ってんだろ?アイツがタウルスにくっついて三つの都市を廃墟にしたってのは」
「じゃあ、テメェらは一体どうするつもりなんだよ!」
「一番賢い選択はとっととトンズラすることだ。モノリスが崩れる前なら航空券の在庫に余裕はあんだろ」
「な...それじゃあ───────!ッ、樹万?」
怒りのボルテージを更にもう一段階上げようかというところで、俺は蓮太郎の肩を掴んだ。
確かに、玉樹の言うことはもっともだ。ガストレア二千とアルデバランとの全面戦争。そんなことをするのは自分の命を捨てに行くようなものだと、少しでも脳味噌が足りてる人間なら考える事はできるだろう。だが、俺たちはそんな馬鹿みたいなことに挑みに行くのだ。今更正論を振りかざされて説得される謂れはない。
「他を当たるぞ。こんな日和っちまった奴は、どんなに実力があろうと戦地じゃ役にたたねぇ」
「で、でもよ」
「履き違えるなよ蓮太郎。俺たちが望むのは戦う意志がある人間だろう。それすら持たないんじゃ、実力が伴わなくても鬨の声を上げられる奴のほうがマシ────、っと!」
デスクを飛び越え一瞬で肉薄してきた玉樹の拳を片手で受ける。怒りに任せたからか腰の入ったものではないが、それでも十分な威力だ。
一方の玉樹は、拳を受け止めた瞬間に纏っていた怒気は消え、代わりに野生染みた獰猛な笑みを受かべる。
「大口叩いただけあって、結構出来るみてぇだな」
「お前も、日和ってたくせに良い拳もってんじゃねぇか」
拳を降ろした玉樹は、それから暫く考える素振りを見せる。少ししてから妙案が思いついたらしい彼は、自分の
「テメェの言う戦う意志はオレっちたちにもある。だがな、ハナから負けること前提で武器振り回すようなクソファッキンな連中の下じゃ一ミリたりとも沸いてこねぇ」
「.....なるほど。つまり、俺たちがただの自殺願望者じゃないってことを」
「ザッツライ!実力で証明して見せろや!」
これは、口の説得では折れてくれそうもなさそうだ。考えていた中では一二を争う避けたかった意見の落としどころだが、ここまで来たらルビコンの川を渡り切るとするか。
VS片桐兄妹は対戦カードに悩みました。会話の流れから誰と誰が出るかは大方見当つく方が多いかもしれませんね。