ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線- 作:緑餅 +上新粉
※時折作者が暴走して妄想が垂れ流される危険性もあります。平にご容赦を....
「いいか、飛那。依頼内容を確認するぞ?」
「はい」
雨の降らぬ曇天の下。
いくつかの電車を乗り継いだ俺たちは、現在外周区近くのオフィス街跡に来ている。そこは生々しい人々の生活痕が残っていると同時に、劣化したコンクリートが放つ退廃的な雰囲気も相まって、幽霊がひょっこりと姿を見せても何ら不思議ではない。
....東京エリアの外周区近辺は背の高い建物が多い。そのためか、時折強い風が吹き付ける。
まだ暦上夏になっていない事もあり、その冷たい突風は幾らか体温を奪う要因となってしまう。
唐突な戦闘が起こりうる場では、多少の筋肉硬直も命とりだ。そのため、俺は動きやすいシャツの上へ黒いコートを着込み、飛那はフードのついたジャケットを羽織っている。
さて、多田島警部から言い渡されたのは、別件の襲撃で逃げ出したガストレアの捜索、討滅作戦だ。
どうやら感染源だったらしいが、
すぐさま派遣された民警数人とともに討伐に移り、深手を負わせる事に成功。しかし、敵が弱っているところを見て気が抜けたのか、飛行型ガストレアの専売特許である、羽を高速振動させたソニックブームを全員真面に喰らい、まんまと逃走を許したのだそうだ。
一連の不祥事を聞いた飛那は、しかし気にしたような様子もなくプラスチックカップの蓋を開けた。
「ん、そうですか。では、私たちが狩るのはその逃げたガストレア、ということですね」
彼女はそこで言葉を切ると、手にぶちまけた四錠の丸い薬物を口内へ放り込んだ。
バリバリと軽快な音を立ててから飲み込み、カップをジャケットの裏ポケットへしまう。
そして直ぐに、いつもと変わらぬ表情で俺に笑いかけた。
「大方、依頼終了後の手柄が誰に渡るかを言い争ったりしてたんでしょう。本当にそうなら、実に下らない理由で逃したものだと後ろ指さして笑ってやりたいところですが、そのおかげで私たちにまで仕事が回って来たんですから。精々報酬ふんだくって、美味いもの食べてやりますよ」
飛那の歯に衣着せぬ物言いに多少面食らうが、過去の凄絶なまでの民警嫌いと比べれば、この程度の悪態など可愛いものだ。事実、こんなふうにブー垂れる飛那は欲目無しに可愛らしい。
俺は飛那の見せた心境の変化を再確認しながら、そうだなと素直に頷いておくことにした。
***
先ずは、敵の潜伏先を知らなければなるまい。
多田島警部から聞かされた、事前に調べた警察らの情報によると、どうやら例のガストレアはここら一帯を寝床とし、負った傷の回復に努めているのだという。
ならば、虱潰しに一つ一つのオフィスビル内を探して廻り、痕跡を見つけ出すしかない。...だが、それはあくまで一般的な方法のみから選出するのなら、の話しだ。
「飛那、どうだ?」
「......二時の方向、隣接する十字路正面から見て左にあるショッピングセンター五階駐車場、東エレベーター側に敵を確認、です」
「流石『
俺の相棒、高島飛那は『鷹』と『鷲』の遺伝子を併せ持つ、
勿論、それ故に強力な能力を持ちうるが、彼女は二つの力を発現させる際に、何故かガストレアウイルスの持つ遺伝子改変速度を著しく上昇させてしまうのだ。
これだけは原因が判明しておらず、放って置けば能力発現のたびに通常のイニシエーターより倍近い速度で飛那の遺伝情報はガストレアウイルスに書き換えられてしまう。
そして、侵食率が全体の五十%を超えれば形象崩壊を起こし、異形の怪物と化す。そうなれば無論、二度と彼女は帰って来なくなる。
それを防ぐために、先ほどのプラスチックカップに入った侵食抑制薬を服用するのだ。
しかし、本来なら十分かつ即時的な効果を発揮可能な、血液へ直接投与する液化型を使用するのが一般的である。だが、飛那の持つこの薬は、定められた時間に連日投与するのではなく、戦闘時のみという極めて不定期な場合に限られてしまう。
抑制剤にも保管可能な期間が決められているので、余りにも超過してしまうと、その効果をほぼ失ってしまう。それでは意味が無いので、ある程度は長持ちする錠剤型を支給させて貰っている。
...まぁ、よっぽどのことがない限り、二つの能力を同時発現させることは無いのだが。
そんな背景を思い起こしていると、自然と目線は動き、ショッピングセンターの正面玄関を潜りながら横目で飛那を見てしまう。すると、ちょうど彼女も此方へ視線を向けていた所だった。
ばっちり目が合うが、敵が移動している可能性は否めないので会話は最小限に留めたい。居所がバレたら襲い掛かってくるタイプのガストレアならいいが、負傷しているため、どちらかといえば逃走してしまう可能性が極めて高い。
俺の意図が伝わったか、彼女は鷹の目を使って周囲を索敵、居ないことを確認し終わってから口を開く。
「大丈夫。私はあの薬に頼らなくても生きて行けますから。今では『保険』みたいなものです」
「ああ、そうだな。....もう、能力の差別化には成功してるもんな」
当初は能力が制御できず、力を解放すると強制的に『鷹』と『鷲』の両方を同時発現してしまっていた。
それが分かっていたからこそ、今までのプロモーターとペアを組んだ時には力を一切使わなかったのだろう。...その行為が、役立たずのレッテルを張られることだとも知って。
俺は飛那自身から事情を聞く意志があったので、対策を練り、それに向けて努力をさせ、また自身がすることは出来たが、今までは『己のこと』を話すことの一切が許されなかったという。
どんな意見も聞き入れられず、どんな抵抗も許されない...いや、抵抗なら出来た筈だが、飛那は敢えてそれをしなかった。
かつてのプロモーターを信じていたからなのか、信じていたかったからなのか。
もしそうなのだとすれば、飛那は一体どれほど裏切られてきたのだろう?
「お前は強いよ、間違いなく。....俺なんかより、ずっと」
声だけにしたつもりだったが、余計なものまで表情に出てしまっていたのだろうか。
飛那は俺の考えていたことを悟り、哀しげに顔を伏せるも、一息分の間を置いて直ぐに俺へ向き直った。
「今の私が強いのだとすれば、それは樹万がいるからですよ。....別に、過去の私は強くなんてありませんでしたから」
銀色の髪を風で揺らしながら振り向いた飛那は、歳不相応な笑顔を浮かばせていた。
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硝子があちこちに散乱している。時には他の落下物に乗り上げる形で、鋭利な面が上方を向いているものもあり、大変危険だ。
もし、そんじょそこいらのカジュアルシューズやサンダルで歩こうものなら、己の足は数秒で赤く染まる事だろう。
「にしても、本当に出そうだなぁ」
時折吹く強い風は、行き場を求めるようにあちこちの隙間を出入りする。すると、耳障りなあの怪音が四方八方から聞こえて来るのだ。
...まるで、地獄の亡者が生ける者すべてを呪うような、怨嗟の
と、俺が偶然蹴ったガラス片がロッカーの扉に当たり、甲高い悲鳴を響かせた。
「ひうっ!」
「おわっ」
己の不注意を嘆く間もなく、唐突に背中に衝撃。油断していたのと同時に、彼女が片手に持っていた銃器のケースの衝突も重なり、予想外につんのめって不格好極まりない体勢となる。
そんな体当たりの犯人である飛那の方へ振り返って、どうしたのか。と聞く前に、コートを掴んだ手と肩が小刻みに震えている事に気付いた。...まぁ、十代になったばかりの女の子に、こういう雰囲気はキツいかな。
「ほれ、幽霊なんかいないって。...仮に後悔やら憎しみやらで上がって来れるんだとしたら、この世はそいつらで溢れかえってるよ」
「あう。そ、それもそうですね....」
ぽむぽむと気楽に頭を叩いてやると、幾分か心に余裕が生まれたのか、ようやっと離れてくれた飛那。せめて暗闇から湧きあがる恐怖心を軽減させようと思い、足元を照らす程度のLEDライトでも使おうかと考えたが、やはり発見されるリスクは高まる。止めておいたほうが無難だろう。
「さて、何時までも油を売ってたらガストレアが逃げちまう。さっさと五階へ上がろうぜ」
「はいっ」
俺たちは、階段へ足を掛けた。
***
五階まで上がる為に利用したのは、ガストレアがいる東側の正反対、西側階段だ。
この辺りは一際施設の劣化が激しく、手摺は子供が殴っても壊せそうなほど赤錆に侵食されていた。
駐車場へのドアも蝶番が錆にやられていたのか、開いた時の勢いを緩めることなく百八十度回転し、やがて自重に耐えかね倒れてしまう。それにあたり決して小さくはない音が響いてしまったが、大分距離が空いていた所為か気づかれてはいないようだ。
「よし、飛那。いつものスタイルで行くぞ」
「はぁ....やっぱりそうですか....」
「なんだ、不満か?」
プロモーターとイニシエーターがタッグを組んでガストレアと戦う場合、よっぽどの事が無い限りはイニシエーターが前衛を務め、プロモーターがバックアップに徹するのが一般的なスタイルだ。
実際、そうしないペアは皆ガストレアに喰われてきた。
ただの人間であるプロモーターが殿を務めたところで、よっぽど運動能力に長けていない限り、あっさりと取って食われるだろう。そして、相棒が貪り食われる光景を見たイニシエーターは、ショックで正常な判断を失う。
この事態を何度も経験した世のプロモーターは、『イニシエーター風情に前衛を任せられるか』というプライド優先的な思考を止め、『もし負けたとしても、自分のイニシエーターが喰われている間に逃げ延びる』という碌でもない安全策にすり替えた。
「お願いですから、無茶はしないで下さい」
「...ああ、分かってる」
思惑は違えど、そんな屑らと同じ戦法を取るのは我慢ならない。
それに、この場で飛那を守れるのは俺しかいないのだ。ならば、戦うべきは己を置いて他にいない。
死にたくないのなら、勝てばいい。結果、俺も飛那も無事....これで万事解決だ。
障害物などを上手く利用しながら身を隠し、また足元に散らばるものを避け、慎重に進むこと数分。
ついに埃で煙る視界でも、はっきりとその巨躯を網膜に映せた。
「いた、な」
「はい、あれで間違いないでしょう。報告通り、腹部にあるという大きな傷も確認できました」
....飛那が言うには、かなり回復が進みつつある状態らしい。
これで、傷の痛みによってある程度動きが鈍くなるという憶測は、ほぼ潰えたと言っていい。
「前脚が長いな....邪魔だし、振り回されてココの柱をいくつか持っていかれれば、恐らく崩落して俺ら全員生き埋めだ」
「なら、私が先制で両前脚を打ち抜きます。...二射目はターゲットが動くので、当たらないかもしれませんが」
「ん、十分だ。もしそうなったら俺が折る」
了解を聞くと、飛那は手馴れた様子で持っていたアタッシュケースを開き、中から分解された状態のあるスナイパーライフルを取り出す。
素早い組立てで、そのフォルムを顕わにしたのは...『wa2000』
知る人ぞ知る、ドイツのワルサー社が開発したブルパップ式セミオートマチックスナイパーライフルだ。
Wa2000は、ある不運な事件によって表に出回る事の叶わなかった代物だが、最近になってスナイパーライフル中でも屈指の取り回しの良さと高い命中精度が再注目され、対ガストレア用に更なる進化を遂げた。運用を楽にするため簡易組み立て式とし、銃声を極力抑えたまま、威力の向上まで可能とした名銃である。
「.......では、合図と共に撃ちます」
吊り下げ型バイポッドを取り付け、更に安定性、命中精度の向上をさせた飛那は、うつ伏せに寝そべりながらナイトスコープを覗き込んだ状態で言う。
一連の準備が終わったのを見計らった俺は、視線を飛ばし、相棒の準備完了の頷きを以てカウントを開始した。
「...3,2,1..Go!」
パパッ!と、隣がマズルフラッシュで光った瞬間に、俺は駆け出す。先行して吐き出された7.62mmバラニウム弾は見事目標へヒットし、周りの大気ごと円形に切り取った。
直後、折り畳まれた二つの脚と、ガストレア本体の脚が『あった』断面から大量の体液が吹き出した。それによって多少視界が悪くなるが、構わず走り続ける。
己の武器を早々に無くしたことと、俺たちの無駄が見られない行動に恐れを為したか、奴は背の外殻を跳ね上げ、羽を勢いよく振動させ始めた。...飛ぶらしい。
「させない、ぞっと!」
俺は予め手中に忍ばせて置いた、何の変哲もない大きめの石を振りかぶり、投げる。
それは大口径のショットガンが炸裂したかのような音を響かせて撃ちだされ、当然の如く真っ直ぐに飛翔し、ちょうど狙ったガストレアの腹部側面辺りへ当たった。
........音に違わぬ、凶悪な速度で。
強固だと言われているガストレアの外殻を貫通し、石は体内に留まることなく一瞬で突き抜けた。その直後、噴水のように体液が辺りへまき散らされる。
それを確認することなく急接近し、耳障りな絶叫と共に動作を多少鈍らせたガストレアの後ろ脚を蹴り上げる。
バギンッ!!という固い何かが砕けるような異音が響き、痛撃を受けた脚が関節を軸に200度程曲がった。
「今だ、撃て...なんて言わなくてもいいかね?飛那」
俺がそう呟きながら後退した瞬間、重ね塗りをするような断末魔に銃声が混じった。と思ってから直ぐにガストレアの頭部が爆ぜる。
声帯もろとも吹き飛んだのか、声を上げる間もなくあっさりと事切れた肉塊は、辛うじて上げていた脚を竦ませて倒れた。
「うわっと、あぶねっ!」
突如、脳髄や外皮、脂の塊等々が俺目掛けて飛来し、割と本気で避ける。被弾した時点で、その服は確実に廃棄処分行きだからな。
どうやら飛那は、一発で敵を確実に仕留めるためにバラニウム混合の榴弾を使ったようだ。最近はガストレア用の兵器も一層凶悪化してきたと見える。
「ひぇー、中々にえげつない」
「胴体は結構綺麗に残りましたね...研究材料として重宝されるんじゃないでしょうか」
「...恐らく、大体の検査が終わったコレの行く末は、あそこだな」
脳裏に嬉々とした表情で死体を弄るマッドサイエンティストの姿が浮かぶが、目の前の惨状も相まって尚更気分が悪くなったため、早々に思考を打ち切る。
取りあえずは、無事に感染源たるガストレアを撃破出来たので、ここいら一帯に監視の目を光らせている警察らへ報告しなければ。
────────。
「....飛那、屋上に上がって信号弾を打ち上げて来てくれ。それで警察に場所が分かる筈だ」
「ん、了解しました」
俺から弾薬を受け取った飛那は頷くと、畳んだwa2000を入れたアタッシュケースを持って階段へ向かう。やはり、こういう場面での彼女の素直さは助かる。
....飛那が階段を上がって上の階へ昇るまでの一部始終を確認してから、俺は振り返りざまに背後の柱を注視する。
そして、
「観客席を用意した覚えはないんだが?」
俺の言葉は、静まり返った駐車場内に万遍なく反響する。それを聞いたのは、俺自身と物言わぬ屍となったガストレアだけ────では、なかった。
俺の向ける視線の先。周囲に建つものと比べて少し大めな柱の裏に、もう一人いる。
直後、威圧感を込めた俺の言葉を聞いたであろうその闖入者は、しかし飄々とした声色で返答してきた。
「いやぁ、すまないね。オーディエンスは必要なかったかい?」
まるで、気心の知れた友人にでも話しかけているような、緊張感が著しく損なわれた男性のものと推測できる笑い声が響く。しかし、当の本人は姿を見せない。
上階へと続く階段の方を少し横目で伺ってから、疑問には応えず、新たな質問を...否、命令を飛ばす。
「素性を明かせ」
正直、期待してはいなかった。
こういった場面では普通、名乗ることもしない。何故なら、ここまで隠密行動をした意味がまるごと無くなってしまうからだ。
しかし、そんな俺の予想を裏切って、闖入者は塗装のはがれた柱から姿を晒し、己の名を口にした。
「私の名は
────濃密な死臭漂う駐車場内に、今度は愉し気な声が反響した。
飛那が服用していた抑制薬は、もう必要ないくらいに能力の発現を調整できています。作中でも彼女自身が言っていたように、あれは保険にすぎません。
さて、原作から結構なフライングで登場となりました。影胤サンです。
彼の憎めないさっぱりとした外道っぷり(?)を表現出来ればと思います。