ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-   作:緑餅 +上新粉

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本当にすみません!今回も遅くなりました!
あともう一つ謝罪をば。前話でティナ編最後をこの話にするという事でしたが、内容が膨らみ、二話跨ぐ形となりました。ご了承ください。


35.罪過

 暗くて、寒い。こんな場所にいたのは、果たして何時からだったか。

 決して好き好んで来たいところではないし、恐らく.....きっと私はこの場に居続けることよりももっと辛い何かから逃げるため、より苦しみの堆積量の少ないここで寒さを耐え忍んでいるのだろう。

 ―――ああ、そうだ。思い出した。記憶が途絶えているのは、大切な人を目の前で失い、怒りに任せて怨敵の前へ飛び出したあの時からだ。既に重傷の体だった私は上手く動けず、それからすぐ銃口を向けられた後に撃たれ、こうやって生きるか死ぬかの瀬戸際に流れ着いてしまった。...全く、こんな大事なことをすっかり忘れていたなんて。私は記憶障害の気でもあるらしい。

 

 .......こんな下らない事を何度繰り返して、悲しみをやり過ごせばいいのだろう。

 

 忘れたなんて嘘だ。私はあの光景を今も克明に記憶している。彼が言った言葉も、耳障りな銃声も、私の手を濡らした血の色も、自分のした行動も...その結末も。だというのに、こうやって忘れたふりをして思い出す努力をし、思い出してもすぐに胸の内にしまい込む。自分が絶望に押しつぶされてしまうその前に。

 でも、繰り返してきたその行為も既に限界。一瞬とはいえ記憶の欠片を拾ってしまうのだから、投げ捨て忘れ去るよりも先に過去の思い出を無意識下で眺めてしまう。そればかりは目を背けることなどで出来はしない。だって、私が歩み、経験してきたものごとの中で、それはどんな価値ある宝石よりも輝いているから。

 

 だから、もう諦めることにした。どうせ、私はあと少しで死ぬのだから。

 

 彼が死んで、私も意識を失ったあの状況から、私との交戦で既に重傷である里見蓮太郎一人にできることなどない。あのまま全員闇に葬られたか、私のように何らかの理由で眠らされたままにされているのかのどちらかだろう。しかし、それもそろそろお終いだ。過程がどうあれ、東京エリアの国家元首暗殺を企てた重罪人に命はない。

 

 

(.....嫌だ)

 

 

 そんなのはあんまりだ。せっかく心の底から信頼できる人と出会えたのに、目の前で奪われた挙句自分も殺されるなんて酷過ぎる。こんな辛い思いをするくらいなら、いっそ最初から彼となんて出会わなければよかった。

 ...そう強く断じてみても、やはりだめだった。ついさっきまで『出会わなければよかった』などと考えた自分の首を絞めたくなるほど憎んだ。当然だろう。空っぽだった私の心に、初めて意味のある感情を芽吹かせてくれた人と出会ったことを、後悔なんてしていいはずがない。

 

 私に幸福を教えてくれた人。私に笑顔を教えてくれた人。

 私の...すべて。

 

 

 

(ああ――――)

 

 

 思い出の中の彼に寄り添い、そのぬくもりに顔を埋める。もう二度と手の届く事ないそれに涙を流しながら縋り、自分を慰めながら最後の時を待つことにした。

 そして―――――――――――、

 

 

『おい、そろそろ起きたらどうだね?もう傷は完治しているはずだ。.......ふむ、なるほど。どうやら、今の君には生きたいという欲求がほとんどないと見える。無理はないか』

 

 

 ??これは一体どういうことだろう。迎えの声にしてはおかしい内容だ。改めて言葉の内容を吟味するに、やはり明らか死の宣告ではないし、生きているなら目を覚ませ、ということらしいが...

 

 

『まぁいい。対策は講じてある。大人げないかもしれんが、初っ端から最終兵器を投下させて貰うぞ。――――――――――――――樹万くんにもう一度逢いたくはないのかね?』

 

 

なんだ、そんなのは聞かれるまでもなく、当然―――――――

 

 

『あい、たい.........もう一度、逢いたいです!!」

 

 

 ―――――そう叫んだ瞬間。まとわりつくような常闇を激しい光が一閃し、私の視界は白一色に塗りつぶされる。

 

 

          ****

 

 

 ぼんやりと、光が照らすものの輪郭が見えてくる。情報の処理が酷く緩慢に為されているためか、暫く己の身が現世にあると証明する方法すら模索し、やがて言葉を出すという至極簡潔な答えに行き着いた。

 

 

「あ、れ.....?」

 

「くっく、流石は無意識幼女キラーの樹万くんだな。この一週間ほど植物状態に限りなく近い状態を彷徨っていた患者を名前一つでよみがえらせるとは」

 

「たつま...?ッ、樹万さん!貴女は樹万さんを知っているんですか?!」

 

 

 今まで低Aの電流しか流れていなかった思考回路に高Aの電流が流され、それまで地を這っていた私の脳の処理能力は飛躍的に上昇した。それからすぐに自分がここに至るまでの経過を思い出し、この世の終わりすら生ぬるい絶望感に襲われる。が、しかし。

 

 

「君は彼が絡むと分かりやすいな。飛那ちゃんもそうだが。...まぁ、それも仕方あるまい。命の恩人かつ幸福の伝道師だものな。何にも代えがたい存在なのだろう。だがな、早合点して貰っては困る。私は君に『もう一度逢いたくはないか』と聞いたんだぞ?」

 

「あ.....」

 

「彼は、美ヶ月樹万は生きているよ」

 

「!...う、あ.....ぅう..あり、がとう」

 

 

 本当は抑えたかった。人生で初めての嬉し涙は再会時に取っておきたかったし、彼の前でだけ見せたかったのに。それに、目前の女性が言っていることが真実とは限らないのだ。しかし、そんなものでせき止められるほど、生じた感情の波は優しくなかった。

 暫く泣いた後に、彼の生存を少しでも確たるものにしたいため、彼女の素性を問うことにした。それで返ってきたものは言葉ではなく、一枚の紙切れ。が、それを見た私の目は大きく見開かれることとなる。

 

 

「四賢人...室戸菫?!」

 

「ああ、そうだよ。名乗るだけでは信用して貰えそうもないから、身分証のコピーを渡したのは正解だったようだ」

 

 

 そして、女性の素状が明らかとなったと同時に、彼の生存がぐっと真実味を帯びて来た。私が迎撃のために奪った彼の手足を治療したのは、他でもなく室戸医師だからだ。彼女と彼の間には親交があると見ていい。

 笑う室戸医師を見て十分な信頼を得られたところだったのだが、その隙を突いて大きな不安が湧きあがって来た。言葉とするのに決して少なくない恐怖はあったが、我慢できず質問をぶつけてみることにした。

 

 

「あの...」

 

「ん、なんだい?」

 

「私の処分はどうなったんでしょう。東京エリアの国家元首を暗殺しようとした犯人であることは、既に現地で私と接触した聖居の関係者によって知られている筈です。もしそうなら、私は独房のような場所で枷を嵌められているのが当然では...」

 

 

 そも、治療はおろか捕縛もされず、意識を失った状態のままあの場で殺されていない時点でおかしい。国家元首が殺されかかったという過去を知る者ならば、その主犯を害することに対し理性など介在させる余地は確実にないはずであり、国の司法もその行為を赦すだろう。ましてやあの場にいたのは聖居関連者だ。そう考えると、ますます己の置かれているこの状況に強い疑問が膨らんできてしまう。

 室戸医師は私の言葉を聞き、『まぁ、君の考えは尤もだ』と前置きは挟むと、置いてあったカップのコーヒーを口に含んでから卓に置くと立ち上がり、散らかったデスクの上からノートPCとUSBを持って戻って来た。

 

 

「ティナ・スプラウト...ティナちゃんでいいかな?君が今現在罪に問われる事無く、五体満足でここにいられるのは、全てあの愛しき美ヶ月樹万くんの奮闘によるものだ」

 

「え――――――――」

 

「ふむ、彼が依頼を片付けて帰ってくるまでの話としては十分だな。さて、まずは何から語ろうか―――――――」

 

 

 

          ****

 

 

 住宅地の立ち並ぶ道であるはずのこの場は、とある理由で閑散としてしまっている。どころか、周囲の家や公園からも全く人の声や気配を感じられない。

 俺は欠伸をしながら手元のバレット・ナイフのマガジンへバラニウム弾を詰め込み、最後に火薬の詰まった炸薬弾をセット。本体へ装着させてから跳ねたトリガーを手前に引いて、あらかじめ初弾を装填させておいてから呟く。

 

 

「見たとこ、市民の避難は終わってるな」

 

「そうですね。今回は侵入したガストレアの発見が早かったおかげで、余裕を持った避難体制が敷けたそうです」

 

 

 俺の呟きに答えたのは、隣で自分の身長の半分以上はあろうかという、対物ライフルの『PGM ウルティマラティオ へカートⅡ』を折り畳んで入れてあるキャリーケースを引っ張る飛那だ。今日の依頼で交戦予定である敵は堅牢な外殻を持つガストレアらしく、それなりの武器を用意しろとのことだった。ということで、俺はかつてオッサンと大戦を渡り歩いた時に鹵獲した数ある兵器を漁り、コイツを持ち出してきたのだ。その時、俺が当時好んで使っていた対戦車ライフルの『シモノフ PTRS1941』と合わせて悩んだが、取り回しはへカートⅡの方が断然いいので、俺の個人的な願望には引っ込んでもらった。

 

 

「飛那、ターゲットの潜伏場所は掴んでるんだよな?」

 

「はい。正面に見える白いビル三棟で、周りを旋回する飛行型ガストレア一体、北棟三階駐車場にて討滅目的のガストレア一体を確認してますよ。発見当初はどの個体ともモノリス通過直後で弱っていましたが、数日経った今は多少なりとも気力を取り戻してるはずです」

 

「了解。んじゃ、街に出て被害拡大させないうちになるべく急ぐか。この作戦には俺たちしか投入されてないしな」

 

「はい」

 

 

 結構な規模の作戦ではあるが、共同戦線の提案は此方から頼み込んで取りさげてもらった。理由は無論、俺の能力によるものだ。万が一にでもこれを知られてしまったら、俺は一生世界から追われる身となってしまう。それを危惧しての決断だったのだが、実はこのガストレア、既に千番台込みである全五組もの民警を返り討ちにしており、それをポッと出の下っ端民警がたった一組で今更挑むという事実に、聖居は失敗の報告を聞き次第すぐ次作戦へ移れるよう現在も準備をしている。つまり、俺たち全く期待されてない。

 電話口で心底あきれたような声で情報提供をしてくれた多田島警部を思い出してげんなりしながら歩いていると、袖を引っ張られる感触がした。

 

 

「あの...今更こんなことを聞くのも良くないかと思うんですが、夏世も心配していたようなので」

 

「夏世もか?何だ、どうした」

 

「何故あの子を、ティナを会社(ウチ)に入れたんですか?このままではエイン・ランドの反感を買って、彼女以上のイニシエーターが送り込まれかねません。...そうしたら、また樹万が危険な目に」

 

 

 うーん。反感買うどころか、もう喧嘩売っちゃってるんだけどなぁ。

 脳内でぼやきながら、飛那がそこまで言ったところで頭に手を置き、言葉を遮らせる。...どうも俺は、彼女たちの聡さに甘えてしまうな。そう反省してから、俺は歩みを止めないまま空を見上げ、不安そうな飛那へ向けてかける言葉を選ぶ。

 

 

「俺は―――――――――」

 

 

 

          ****

 

 

 

「――――――彼はね、君を家族だと思っているよ」

 

「私を、家族」

 

 

 室戸医師の言葉で、彼の...樹万さんが私に対して抱く温かい感情を知ることができ、とても嬉しいはずなのに、何故か少しだけ心の隅に不満の色が蟠った。...いや、『何故』などと言って何を誤魔化しているのだ、私は。とうにその感情の正体は理解しているだろうに。

 

 

「そう、家族だ。親の顔を知らず、彼らに頼る、甘えるということをしてこれなかった君に、今からでもその行為を受け止める役割を代わりに担いたいと、そう言っていた」

 

「.........」

 

「っくく、ティナちゃん自身が望む立ち位置からは少しずれてはいるが、それでも樹万くんは君に信頼と愛情をくれると思うがね」

 

 

 室戸医師のその言葉で、今しがた嚥下しようとした唾が変なところへ入り、盛大に噎せる。これまでの事を鑑みた上で、彼女が私の気持ちを理解していない筈はないけれど、このタイミングでそれはズルい。この反応はハイそうですと言っているも同然だ。

 そんな私の少し恨めし気な目を見ただろう室戸医師は、実に満足気な笑顔を湛えたまま肩を竦め、パソコンをタイプしながらマウスを動かし、それを続けたまま言葉を続ける。

 

 

「だがしかし、発言権に乏しい民警一人のそんなワガママで、国家元首暗殺を企てた凶悪犯を野放しには出来ない。例え裏に教唆犯の存在があろうと、実行犯に贖宥状は渡されない。それに、その裏にいる阿呆はあまり表立って詰ることのできない名だ」

 

 

 何とも周到な事だ。流石のマスターと言えど、私が生きて寝返ることは想定外であるはずなのだが、それでも事を起こした以上、東京エリアに留まる事はほぼ不可能に近い。結局は逃亡でも裏切りでも、私は籠の中で糸に絡まっている状態となる。マスターの手先が捕えて殺す事など造作もない。

 

 

「そういった理由から、本来なら君は戦闘不能に陥った状態のまま捕縛、投獄、そして首を縦にも横にも振るう暇すら許されず、死罪が決定するはずだった」

 

「では、何故...?」

 

「それはね―――――――――――」

 

 

 

          ****

 

 

 

「―――――――聖天子様が、認めてくれたんだ。ティナを」

 

「え、聖天子様自身が?」

 

「ああ。――――――――――と、着いたな」

 

 

 ティナの置かれていた状況を簡単に説明したあと、彼女が何故罪を免れたかの核心に触れたところで、目的地であるビルの前までたどり着いてしまった。飛那も俺の言葉に頷くとすぐに戦闘モードへ切り替え、キャリーケースの留め具を指ではじいて素早く開き、その道を知らぬ者でも感嘆してしまうほどのスピードと鮮やかさで折り畳まれたへカートⅡを組み立てると、弾倉をセットする。最後に合わせて取り出したマズルブレーキを取り付け、バイポッドは腰のバックパックへしまい込んだ。残ったキャリーケースは閉じた後に出入口の横へ置き、戻って来たところで飛那は俺に準備完了のハンドサインを送り、俺は頷くと彼女に倣って先へ進む旨のハンドサインを送った。

 

 

「さて、と。敵の潜伏位置から一番遠いところに出たいな。どうしようか」

 

「あれ、ハンドサインオンリーで行くんじゃなかったんですか」

 

「アレだけじゃ細かい会話できないぞ。それに、一切言葉を発さないなんて淋しいじゃんか。...で、詳細な位置まで特定はできてたっけか?」

 

「ええまぁ、確認した当時は結構絞れてましけど、あれからかなり時間たってますし、一階のフロアにいる可能性すら否めませんよ」

 

 

 それもそうだ、と答えながら、廃墟とは比べものにならないくらい綺麗なフロアを進む。...当然だろう。つい数日前までは普通に人が生活の場としていた所なのだから。まさかその場がガストレアの穴倉になるなど、だれが予想できただろうか。

 取りあえず、一階の駐車場を見て、そこからは駐車場にある階段を伝って上階への進出を試みよう。...っと、その前に。

 

 

開始(スタート)。ステージⅡ、形象崩壊を抑制し発現。適正因子、補助因子の遺伝子情報共有、完了。単因子、モデル・ベア』

 

 

 ステージⅡの熊の因子を投入し、車を軽々と持ち上げられるくらいの膂力と、落盤くらいでは死なない程度の耐久力を身に着けておく。ミシィ!という内部の筋肉が脈動する感覚を流し、終わった後に軽く腕を振って違和感の有無を確かめる。...よし。

 飛那も既に力を解放し、およそ14kgほどあるへカートⅡを持ちながら俺の隣を歩いている。本来なら、地面に設置した状態で敵を遠方から狙撃するのが対物ライフルの本領なのだが、力を解放している飛那なら、アサルトライフル程では無いにせよ、腕力にモノをいわせ、片足を着いた体勢でストックを肩に当てながらガンガン撃つことは不可能ではない。とはいえ、一発ごとの排莢が必要なへカートⅡやスナイパーライフルの規格では、速射を望むのはおおよそ無理な話だが。

 

 

「.....一階駐車場には居なそうですね」

 

「はは、そうみたいだな」

 

 

 飛那の少し口元を歪ませたその言葉に笑いながら答えると、さっと背中を向けてその場を後にし、階上に続く連絡階段のある方向へ足を進め――――――――ようとして、腰から抜いたバレット・ナイフを振り向きざまに薙ぎ、後方から飛んできた何かを弾く。ちッ、結構重いな!

 その直後に、迷いなくバイポッドを取り付けて地面へうつ伏せとなった飛那のへカートⅡが咆哮を上げた。

 

 

「ギギィィィィィィィィイイ!!」

 

 

 バギィンッ!!という鈍い音が響いたあと、今しがた俺を襲った鎌のようなものが折れ、コンクリートの天井へ盛大な音を立てて突き刺さった。...あれはどうやら前脚だったらしい。蟷螂の因子でも含まれていたのだろうか。

 飛那は敵を見据えたまま傾くボルトハンドルを上げ、後方へスライドし排莢、そのあと前方へもう一度スライドさせて次弾装填後にレバーを落とし、ほぼ狙う時間を待たず再びの轟音。マズルブレーキの孔からガスが溢れ、俺の服の袖を大きく揺らす。発射されたバラニウム弾は、奇襲に失敗して一度態勢を整えるために撤退しようとした後ろ足を見事撃ち抜き、敵のバランスを大きく崩した。

 俺はこのタイミングで駆け出し、飛那へ向けてガストレアの振るった長い前脚をバレット・ナイフの黒い刃で強引に弾きながら挑発を織り交ぜ、攻撃対象を俺へ移させる。普通の状態なら腕を持っていかれてしまう衝撃だが、今の俺の力は熊のそれをガストレアウイルスによって更にブーストさせているものだ。後は真正面から打ち合わず、受け流すことに重点を置きながら攻める。

 

 

「ふッ!」

 

 

 中々当たらないことに焦れたような前脚の振り下ろしをワザと寸でのところで避けると、その脚を思い切り踏みつけて地面へ固定し、すぐにバラニウムナイフのロックを外して至近距離から炸裂させ、縫い付ける。瞬間、前方から痛みに呻く奇声が迸り、大きく胴体を振るったお蔭で近場の柱に衝突し、半ばから粉砕してコンクリート片を巻き上げた。それからすぐに脚を起こそうと関節を曲げる苛立たし気な声に変わるが、地面へ放射状に罅を発生させるほど深々と穿ったからか、一向に行為は実を結ばない。そこへ―――――――

 

 

「ギァ........ッ!?」

 

 

 三度目の甲高い発砲音。直後に俺の横を超高速の弾丸が駆け抜け、ガストレアの両複眼の中間、人間でいう眉間に穴を穿ち、断末魔を出す間すら許さず絶命させた。背後から排莢のスライド音と空薬莢が地面に落ちる音が響き、そちらに目をやると、ビルの風に銀髪を揺らす飛那が、地面に片膝を着き笑顔を浮かべていた。

 

 

「いつもの如く、フォローありがとうございます」

 

「おう、お安い御用だ。俺はお前を守るためにここに居るようなもんだからな」

 

 

 弾倉へ火薬を詰め直しながらそういうと、一層笑顔の色を濃くした飛那からもう一度お礼を言われた。そんな朗らかな空気の中で互いの武器の調整を終え、改めて仕留めたガストレアの死骸を確認してみる。すると、案外早くにそいつの正体が分かった。

 

 

「ああー、コイツおまけの飛行型のほうだな。どうりで柔らかいと思ったんだ」

 

「やはりですか。...じゃあ、問題のガストレアは」

 

「ああ、この先だろうな」

 

 

 しかしまぁ、何度も人間との交戦を経験したお蔭か、随分と奇襲が板についていた。これでは大抵の民警が初手で戦闘不能となってしまうのも無理はない。...だが、妙だと思うことがある。

 このガストレアの奇襲は、確かに多くの民警を驚かせ得るだろう。しかし、『それ』は多く踏んだ場数と、研ぎ澄まされた勘の両方を持つ千番台の連中を屠るにはあまりにも足りない。将監だったら肩慣らしで終わらせられる戦闘内容だ。にも拘らず、投入された千番台でも上位の二組がその日のうちにあっさりと消された。

 せめて二体同時での奇襲なら、彼等が手古摺るくらいのレベルにはなる。なるのだが、ついにこのガストレアが殺されたあとも、もう一体が仕掛けてくることはなかった。

 

 

 

「...飛那、ターゲットのガストレアの再生レベルは?」

 

「え?ああ、ステージⅢです」

 

「コイツもⅡ寄りのⅢくらいだよな......いよいよキナ臭くなってきたぞ」

 

「?」

 

 

 おかしい。千番台二組含む五組もの民警が投入されて、今まで一体も殺せずにいたのは、明らかにおかしい。この結果を招く候補として、確認したターゲットのガストレアが、ここ数日のうちにステージⅣになる...のは現実的に考えてありえないし、繰り返しの調査全ての情報が間違っていることもまず、ない。

 ならば、残る可能性としては....

 

 

「未知との遭遇、かね」

 

 

 

 ――――未確認の強力なガストレアか、それらとは全く違う『何か』の介入による、全滅。

 

 

 




前話から一週間ほど経っている設定です。その間に色々ありましたが、誰かしらの回想でパパ―と済ます予定。

ティナちゃんデレデレにしたいされたい(ボソッ

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