ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-   作:緑餅 +上新粉

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大分どころかかなり期間が空きましたが、ようやっとの更新です。


33.慟哭

 散らばった瓦礫やガラクタを足でどかすか踏み越えるかして、彼...樹万さんと外周区内を歩く。そんな私の内心は、ここに来る前からずっと申し訳なさと嬉しさが半々で同居していた。

 一緒に出かける口実が欲しくて、外出場所を地図とにらめっこして考えたのだが、もうエリア内にある手近な娯楽施設は回ってしまったし、何度も同じ所へ連れて行っても彼に悪い。だからといってもやはり諦める訳にはいかず、結果こんな荒廃とした場所に...

 どうしよう、本当に迷惑じゃなかったでしょうか?

 

 

「ん?ティナ、なんか顔色悪くないか?」

 

「ひゃ?!ら、らんでもないれすよ!?」

 

「...明らかなんかありそうな感じではあるけどなぁ。まぁいいけどさ。ああ、あと疲れたんなら無理しないで言えよ?」

 

 

 心配そうにこちらを振り返ったあと、樹万さんは背負ったリュックを肩にかけ直す。それから少しして、何かを思いついたような声を上げたかと思いきや、私の隣に並ぶともう片方の空いた手で私の手を極自然な挙動で握ってきた。

 その感触をしっかりと理解した瞬間、思考回路が完全にショートし、周りに映るもの全ての情報が脳内から蒸発した。今の状態で受信できるただひとつの知識は、触覚から伝達される繋がれた二つの手という感触のみ。

 

 

(手汗とか掻いてないでしょうか?もし掻いていたら不快な思いをさせてしまうんじゃ...)

 

 

 表面上は普段通りの態度を繕いつつも、内心は大嵐が間近までやった来たように大慌て。これじゃ駄目だと分かっていても、やっぱり感情というものはそう簡単に言うことを聞いてくれない。

 膨らんで来た猜疑心に我慢できず、私は遂に意を決し、歩みを進める樹万さんの顔をそっと覗き込んでみる。...が、そこにあったのは寧ろ楽しそうな表情を浮かべる、自身の予想を良い意味で裏切った顔だった。

 

 

「...お?どうした」

 

「っ!い、いえ何も!目的地はまだかなと思ったので!」

 

「それならもう少しだから我慢してくれ。さっきも言ったが、疲れたなら休むぞ?」

 

「それなら本当に平気です」

 

 

 これくらいで疲労を感じるようでは、戦場で生き残ることなどまず不可能だ。その点、無論私は問題ない。

 心配無用だという返答を聞いた樹万さんは、「そうか」と言いながら笑顔を溢し、空いた手で私の頭を撫でてきた。

 頭の上をスッポリと覆う、自分のものではない別の人の手のひら。だというのに、この湧きあがる幸福感は一体何なのだろう。身体の一部だけに触れられているはずなのに、彼の手から伝わる熱は瞬く間に全身を包む。まるで、自分の体温より微量に高い湯へ全身浸かっているようだ。―――それに対して、何故か胸の内だけは暖炉で火を焚いているかのように熱い。

 自然と口元が緩み、私は彼の手を握る腕に少し力を入れた。本当は指を絡めたい、と本心から思ったが、それは流石に理性がSTOPをかけてくる。

 

 

「お、見えてきたな」

 

 それから少ししてから、樹万さんは前方を指差してそう言った。が、そこに広がるのは以前と全く同じ、ガラクタや瓦礫が散らばる荒れた景色のみだ。

 私は思わず首を傾げてしまったが、彼は悪戯っぽく笑うと、続けてその指を下に向けた。

 

 

「.....マンホール?」

 

「正解だ。この先に案内しよう、お嬢さん(マドモアゼル)

 

「??」

 

 

 何故そんな場所に?そう聞こうと思ったときには、既にマンホールのふたが外された後だった。

 多少の不安を抱えながらも、私は手摺を伝って下りていく樹万さんに続く。そんな地上から下っていく道すがら、下水特有の鼻につく異臭をある程度覚悟していたのだが、地に足を着けたのにもかかわらず、そんな臭いはあまり漂ってこない。かわりに、人が生活する場特有のものを仄かに感じた。

 

 

「この先にあるのは、親に捨てられた『子どもたち』の住居なんだ。これを知っている人間の間では、マンホールチルドレンって呼ばれてる。...俺は蔑称みたいで嫌な名前だから、普段は言わないけどな」

 

「子どもたち、ですか...」

 

 

 苦々しい表情をする樹万さんの言葉で、私は点々と灯りの置かれた通路へ目を向ける。

 この先に、自分と同じ人がいるのか。ガストレア(化物)と同じくらいの扱いを受け、人の世から排斥されかかっている子たちが。

 

 やはり、どこの国も同じなのだ。私たちは。万人から望まれずに生を受け、疎まれ、迫害されるためだけに存在する。

 

 もし、彼女たちにとってこの世でもっとも恵まれた場所があるとするならば、それはプロモーターの隣に立ってガストレアと戦うことだろう。その立場を保ち続けることができれば、ガストレアと対立していることを証明することとなり、最低限の人権は確保される。

 しかし、その道だって運が悪ければ、私たちをただの使い捨て道具としてしか認識しないプロモーターの傍におかれたりする。

 ...では、私たちはどのような環境の下で幸福を感じられるというのか。いや、そもそもそんな場所など、既にこの世のどこにも存在しないのではないか...?

 

 

「チョップ」

 

「あたっ...い、いきなりなにするんですか」

 

 

 熱が回ってきた思考へ突然の衝撃。当然、それで意識の矛が外に向かってしまったため、錯綜していた情報は記憶の引き出しに全て納まった。

 やり方はアレだったけど、頭を冷やしてくれた樹万さんに感謝...したかったはずなのに、その意思に反して私の表層の感情は膨れっ面を作らせる。

 しかし、彼は気にした風もなくこちらへ笑顔で手を伸ばし、今さっき叩いた場所を優しく撫でた。すると、波打っていた感情はあっという間に凪となり、代わりに胸の中心から全身へ甘い疼きが迸った。

 

 

「ティナ、今よくないことを考えてたろ?」

 

「っ」

 

 

 言葉に詰まる。それだけで樹万さんには肯定であると受け取られてしまうだろう。彼のこういうところはちょっとズルいし、困る。でも、言葉にしなくても伝わるというのは、やっぱりうれしい。

 そして、彼がさっき言ったことは事実、よくないことだ。自分の存在を否定的に捉え、他の子供たちも勝手に報われないと頭ごなしに断定してしまったのだから。

 

 

「お前は何も悪くない。過去何を見たのか、何を見てきたの知らないし聞かないけど、これだけは確信を持って言える。...こんな世の中にしたのは俺たちなんだからな」

 

 

 言いながら、彼は手を私の額から頬へ移動させ、親指で目元をゆっくりとなぞった。

 

 

「その顔、あいつらを世話してる時によく見たんだよ。...他人の罪を自分も背負おうと決意した目。誰かがすぐ隣で責められるのに耐えきれず、一人善人でいるより自分も悪人になろうとする表情」

 

 

 驚きに目を見開く。まるで心臓を鷲掴みにされた気分だ。まさか自分自身でも名前のつけられない感情を他人に見透かされるとは...

 樹万さんは手を引っ込めると、再び止まった歩みを再開させた。が、それからも言葉は続く。

 

 

「呪われた子どもたちは、ガストレアのもつ巨大な業の一端を背負わされ、存在も人権も否定されて生きている。それに合わせて、自分たちに恐怖心を抱かない分、ガストレアを憎む人たちから積もった憎悪や暴力すらぶつけられている状態だ。こんなことがつづけば、自分を間接的に悪だと決め付け、希望を自ら断つ子だって当然でてくる」

 

 

 コンクリートを叩く二人分の足音と、樹万さんの重い独白が下水道内に響く。

 人間は生まれながら親の庇護下にあるのが普通であり、それに適した進化を選択してきた。しかし、だからこそ幼いながらに親から捨てられ、傷つけられながら育った少女たちは、本来愛情を納めるべき心の溝に深い闇が巣くってしまう。

 皆はそれに気づかぬ振りをして、精神の均衡を保ちながら生きるしかない。ないのだが、いつか救いなど何処にもない事を確実に悟り、絶望する日はくるだろう。

 

 

「...マンホール下にあるここはな、そういった子どもたちが唯一安らげる場所だ」

 

「この場所が、ですか?」

 

「ああ。もう少し奥に行けば見えてくるよ」

 

 

 彼女たちに心休まる場所などない。そう私は決め付けていたが、彼の言葉が嘘だとは思えない。果たしてどういった場所なのだろう?

 あれやこれやと想像を膨らませながら歩き、樹万さんが言葉を切ってから数十秒後、突然背後に小さい気配を感じた。とはいっても、身の丈はおおよそ自分と同程度のものだが。

 敵意は無いが、無害とはやはり言い切れない。尚もついてくる影をどうするか逡巡しはじめた時、前を歩いていた樹万さんが唐突に足を止めた。

 

 

「だるまさんがー...ころんだ!」

 

「ふえぇ?!」

 

 

 それからいきなり訳のわからない事を口走ったかと思えば、『ころんだ』の一言とともに勢いよく私の方...正確には、私より更に背後へ視線を向けて振りかえる樹万さん。

 すると、それまで後ろをつけていた大きなリボンで髪をまとめた少女が予想もしなかった事態に驚き、ちょうど前に進もうと重心移動させてた爪先を地面に突っ掛けてしまった。

 目を見開いて何とか踏んばろうとするも、すでに身体の大部分が傾いてしまっている。助けてあげたかったが、ここからでは幾ら私でも間に合わない。

 

 

「ほっと」

 

「きゃ...」

 

(―――――え?)

 

 

宙を泳ぐ少女の手を取り、自分の腹へ引き寄せて抱き止める樹万さん。これは...驚いた。一体彼はどうやってあの距離を移動したのだ?

 瞬発力に特化したイニシエーターなら可能だろうが、それ以外では難しいし、ましてや普通の人間になど到底不可能だ。運動神経がどうとかいうレベルを完璧に越えてしまっている。

 

 

「ふっふっふ、驚かせる側が驚かされてどうするんだ?りり」

 

「む~、お兄ちゃん!今のはイジワルだよ」

 

「そうか?じゃあ、俺の上をいくイジワルを頑張って考えることだ。そうすりゃ仕返しできるぞ」

 

 

 少女は頬を膨らませながら樹万さんのお腹へ顔を埋めるが、ワシワシと頭を撫でられると一転してその表情は笑顔となる。...しかし、これは見ていてなんだか面白くない。いや、むしろイライラしてきた。

 と、不意にその視線が私と交錯した。が、驚いたのは私だけで、少女は丸い瞳を喜色に染めて樹万さんの服の裾を引っ張る。

 

 

「みかづきお兄ちゃん。あの子って、もしかして新入りさん?凄くかわいいね」

 

 

 新入り?一体何処の?

 そう私が疑問の声を飛ばす前に、樹万さんからそれに対する答えが放たれた。

 

 

「いいや、ティナはマンホール(ここ)じゃ暮らさない。でも友達になってやってほしくて連れて来たんだ。な?ティナ」

 

「え?ああ、はい。そうなんです」

 

 

 一瞬彼が作ってくれた流れに逆らいそうになってしまったが、すぐに意図を汲んで少女に笑顔を向ける。ここに来た理由をそう解釈しましたか。まぁ、普通そうですよね。

 少女は一度大きく頷いて髪を揺らすと、私の手を取って瞳を輝かせた。

 

 

「初めまして!私はりり!やっぱり外で暮らす子は凄い綺麗!うらやましいなぁ」

 

「りりちゃんも十分かわいいですよ。私はティナです。よろしくお願いします」

 

「そ、そうかな。みかづきお兄ちゃん!私ってかわいい?!」

 

「ハハハ!可愛くないわけがないだろう!」

 

「やったーっ!」

 

 

 清々しい笑顔で親指を立てる樹万さんを見て、心の底から嬉しそうに飛び跳ね、彼の懐へダイブするりりちゃん。

 その喧騒を聞きつけたか、通路の奥から一人、また一人と樹万さんの下に集まってくる少女たち。気付けば、あっという間にお祭り騒ぎ状態になってしまった。

 彼の傍にいる彼女たちはみんな笑顔で、親に捨てられたという悲壮感や絶望感など微塵も感じさせないほど幸せそうだ。

 

 

「不思議かね?」

 

「.....いいえ、そうは思いません」

 

「ふふ、なら『君もあの子らと同じ』。ということかな」

 

 

 隣に歩いてきた初老のメガネをかけた男性の問いかけには、何故かあまり悩まなかった。しかし、私がりりちゃんたちと同じ、とは一体どういう意味なのだろうか。

 男性は松崎と己の名を名乗ってから、孫の成長を見守る祖父のような表情で、樹万さんへじゃれつく少女たちを眺める。

 

 

「あの子たちは、苦痛を心の内に押し込めながら毎日を生きていた。だが、そんなことをいつまでもしていたら壊れてしまう。私のようないい歳した男なら、苦痛の上手い抱え方を知ってはいるが、こればかりは教えてどうにかなるものではなくてね。私が彼女たちにできることは、せいぜい能力との付き合い方や読み書きぐらいなものだった」

 

 

 松崎は、目の前で苦しむ少女たちを自分での手で救えなかったことに嘆き、言葉の端々で悔しそうな色を滲ませる。不甲斐ないと、情けないと自分で自分を罵りながら。

 あまりにも自虐がすぎるのではないか?そう思ったが、親という役目を担う難しさの程度が理解できなかったため、口を挟むことは憚られた。だが、松崎はそれまで固かった表情を少し崩し、目元を緩ませながら持っていた杖を両手でつつみこんだ。

 

 

「しかし、だね。彼が...美ヶ月くんが来てから彼女たちは変わった」

 

「樹万さんが?」

 

「ああ。彼は皆の苦痛を全て吐き出させた。しかも、決して自分からは傷付けずに、だ。それを見た私は思ったよ。まるで全ての人間の苦しみを見て来たかのようだ、とね」

 

 

 彼の言葉を聞いて、私は羨ましい。と、そう思った。

 疑い、悩み、肩肘を張る理由の全てをなくし、心の底から信頼できる人を見つけられた彼女たちが、羨ましくて仕方なかった。

 

 私も...私を助けて。

 

 そう言えば、きっと樹万さんは助けてくれるのかもしれない。でも、そんなことをすれば自分ともどもマスターに消されてしまうだろう。そんな結末は赦せない。

 

 

「君も...苦しんでいるようだね」

 

「ッ!?」

 

「はは、これも何かの縁だろう。頑張ってまだ見ぬ幸せを掴みなさい。彼とともにね」

 

 

 本当に、そんなことが可能なのか?私が幸せを掴むなんてことが...

 私は両腕で四人の子を持ち上げ、一人を肩車して笑いながら走り回る樹万さんを見る。

 

 

「私の、幸せは――――」

 

 

 きっと、あの人の隣に。

 

 

          ***

 

 

 

「っは?!」

 

 

 目が覚めた、と同時に猛烈な痛みが体中を走り回り、思わず噎せてしまった。咄嗟に口元を抑えた手のひらには赤が彩り、それで自分が瀕死だったということに気付く。

 と、激痛に目を白黒させている自分の額に何か温かいものが置かれた。それはどこか覚えのある感覚で、無性に気になってしまう。そんなことを思った私は、死に体であるにも関わらず、自分のことなど一切顧みないでぼやけるピントを必死に絞って合わせ、頭上に影を落とすものの正体を目視する。

 

 

「っとと、大丈夫か?もう少しでビル抜けるから我慢しろな」

 

「あ.....樹...万、さん?」

 

「おう、俺だ。何分抱えてるもんだから振動は直に伝わるだろうが、俺の血を分けたから少しは再生が早まるはずだ。だから、もう死ぬなんて二度と言わないでくれよ」

 

 

 言われてみれば、さっきから見える景色が上下している。意識が途切れる間際に聞こえた、彼の救うという言葉はやはり嘘ではなかったのか。しかし、いくらありのままの心情を吐露したとはいえ、それをそのまま信じ込んで敵を助けるなんてお人好しがすぎる。もしよからぬことを考えている輩だったら一体どうするというのか。

 私は樹万さんの迂闊さに憤慨したが、ここで端と衝撃的な事実に気付く。この目線の高さと回された腕の位置から鑑みるに、今の私は御姫様だっこ状態....?!

 

 

「?...樹万、ティナが急に真っ赤になってるぞ。大丈夫なのかよ?」

 

「うおッ!ホントだ。おいティナ、ヤバいか?ヤバいなら言ってくれ」

 

 

 樹万さんの焦った声で正常な意識を手繰り寄せた私は、まず自分の命を何とかするのが先、と数度唱え、ある程度落ち着きを取り戻してから異常の無いことを伝える。そんな私を見た樹万さんと里見蓮太郎は不思議そうに顔を見合わせてから『ならいいけど...』としまりのない返答をした。もしかして私、隠し事とか上手くないのでしょうか?

 なにか負けた気がして悔しかったので、私は少し調子に乗って樹万さんの胸に顔を埋めてみた。すると、さっきまで巣食っていた嫌な感情は吹き飛び、たちまち暖かい温もりと優しい香りに心が満たされた。

 そして、私は改めて実感する。...ああ、もうこの人の隣でしか生きられないな。と。

 

 しかし、そんな気持ちに長いあいだ浸ることは許されなかった。

 

 

「ッ、蓮太郎!!」

 

「っ?!」

 

 

 樹万さんは里見蓮太郎の名前を叫んだあと、直接見てはいないが彼を突き飛ばすような挙動をした。事実、その直後に何か重いものがアスファルトを滑る音が響き、彼らしき声も聞こえてきた。

 突然のことに訳がわからず、私はどうするべきか頭の片隅で考え始めたとき、樹万さんは急に背中を丸め、私をきつく抱きしめてきた。

 

 

「すまん、ティナ。ちょっと我慢しててくれな」

 

 

 それからすぐに、甲高い発砲音がビル内へ断続的に木霊した。

 

 その音が鳴るたびに樹万さんの身体が不自然に痙攣し、回された腕から少しづつ力が抜けていく。

 五回目の発砲音。―――それで彼の身体はふらりと揺れ、懐にいた私を巻き込む形で埃だらけのアスファルトへ横倒しとなった。

 

 端から見れば、まるで添い寝をするような絵。だが、その口からはとめどなく血が溢れ、取った手からは冗談のような速さで脈拍が弱くなっていく。

 

 

「........」

 

 

 痛みを堪えて地面から起き上がり、樹万さんの身体を揺らしてみる。しかし、全く反応がない。

 何故?血が溢れて来ているから?じゃあ何でこんなにたくさん血がでることになった?何で彼は死に向かっているのだろう。

 考えても考えても希望的観測を司る歯車は空転し、そのくせ裏では真実を伝える歯車が回り続ける。それでも私は、絶えず目の前に流れて来る真実を虚実と判断し、ぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱へ捨て続ける。

 ああ、そんなことよりさきほどから誰かが喚いていてうるさい。とてもうるさい。.....オマエが喚くのはこれからだろうに。

 

 

「―――――動け。私のからだ」

 

 

 もう悲しむのは沢山だ。

 もう何かを喪うのは沢山だ。

 

 もう――――――こんな腐敗しきった世界で生きていたくない。

 

 

 

「動けえええええええええええええええええ!!」

 

 

 ――――――だけど、せめて。

 

 目前に立って嗤う、彼を撃ち殺した男を殺すだけの時間を、私にください。神様。




前と後で温度差がかなりありますが、原作でも上げて落とすのが仕様です。
場面によっては急降下+緩衝材なしという悪魔のような内容ですからね...

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