ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-   作:緑餅 +上新粉

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対人戦闘術vs対ガストレア戦闘術────決着。


32.反撃

 シェンフィールドに補足された瞬間、全方位から乱射される機関銃の徹甲弾でハチの巣になる。...口に出して言うとより理解が深まり、尚更絶望感が濃厚になった。

 いくらなんでも人の技を越え過ぎだろう。先生はよく『程度はあるが、科学は不可能を可能にする』と言っていたが、BMIの発展形はまさにそれの具現だ。

 俺は肩と頬で携帯を挟んで未織と会話を続けながら、腰に差してあるXD拳銃を抜き取ると、上部フレームをスライドさせて初弾装填させておく。

 

 

「未織、仮に五方向からビル内部にいる俺目掛けて機関銃を乱射されたら、ざっと見積もって生存確率はどれくらいだ?」

 

『端数が碌につかんくらいゼロやね。でも、これは一般人が持つ確率や。里見ちゃんなら右腕右足で致命傷を回避できれば、数値はぐっと上がる』

 

 

 確かに致命傷からは逃れられるかもしれない。だが、逆に言えば完璧に避けられる術はないということだ。

 俺は通話を切ると携帯をポケットにねじ込み、大きく息を吐いてから階段に向かう。その途中でXD拳銃を構え、極限まで神経を研ぎ澄ませながら周囲を窺って歩く。...静かだ。自分の息遣いと足音ぐらいしか聞こえてこない。

 どうする?もし、このまま上がってティナと鉢合わせたら戦闘は避けられなくなる。だからと言って、蛻の空状態で隠れ蓑などほとんどないこの場に留まるか?いや、そんなことをしたら巡回するシェンフィールドの餌食になる。

 ベルトコンベアに乗って次々回ってくる思考へ可否のラベルを付けていくが、結局具体的な案が流れてくる事無く、無策のまま階段を上がっていく。

 ...もう三十階近い。結局ここまで何とも接触することなく上がって来れたが、いい加減敵方からのアクションがないと、同じ作業ばかりで気が狂ってしまいそうだ。

 その願いが通じたか、階上に続く階段へ足を掛けた時、あの音が響いてきた。

 

 

「ッ!」

 

 

 一気に血の気が引いて、背中から冷汗が吹き出す。...この階に、いる。

 俺は階段にかけた足を外し、身を低くしながら音のしたフロアへ潜入。積み上げられたデスクや機材の影に身を潜ませ、慎重に辺りを伺う。

 音を立てないように上体を影から覗かせ、片手に銃を握った。向けた視線の先には、ゆっくりと飛行する黒い球体が一機。

 あんなものが俺と聖天子様の近くを飛んでたのか。

 

 

(見つけはしたが....くそ、距離が開きすぎてる。ここからじゃ狙えねぇ)

 

 

 逸る気持ちを抑え、シェンフィールドの観察に専念する。滲んだ手汗でグリップが滑りそうだ。

 生唾を飲み込み、極度の緊張で霞んで来た思考に鞭打つ。こういった場所での戦闘はストレスが恐ろしい勢いで堆積し、正常な判断ができにくくなる。最終的には、ありもしない可能性に背中を押され、見当違いなタイミングで敵の正面へ顔を晒してしまうだろう。

 俺は自分の手の甲をガリッと噛み、埋没しつつあった意識を痛みによってサルベージした。もう少しだ。もう少しで確実に隙が出来る。

 自分が隠れている所まで十メートルを切ったところで、赤いレーザーを吐き出す目は、突如見当違いな方向を向いた。...否、奴は俺がここに飛び込んだときに通った、階段へ続く通路の方へ目を向けたのだ。

 

 

(今ッ!)

 

 

 完全に虚を突いた一瞬に飛び出したはずだったが、馬か何かと勘繰るくらいの広い視界で俺を映したシェンフィールドと目が合ってしまう。いいや、こっちの方が一歩速い!

 引き金にかけていた指へ力を込め、直後に雷管が炸裂。バラニウム製の弾丸が吐き出されて、シェンフィールドのカメラ中心部を深く穿つ。

 着弾時の衝撃で大きく後方へ飛んだ球体は、スパークをまき散らしながら近くの機材へぶつかり、浮力を失って地面へと落下した。

 その後は暫くコンクリートの地面を転がっていたが、破砕したガラス片に乗り上げて動きが止まる。

 

 

「やった、か」

 

 

 銃を降ろし、戻って来た静寂の中で深い安堵のため息を吐く。まだ一機目だが、これでシェンフィールドの撃墜が不可能ではない事を知ることが出来た。成果はとてつもなく大きい。

 しかし、まだ二つ残っている。気を抜くには残り二つとも撃破してからだ。そう気合を入れ直してから立ち上がり、銃を腰にしまおうとした時。

 

 

「ッ!銃声.....しかもこの量、まさか!」

 

 

 数百発分の断続的な銃声。位置から察するに隣のビルからだろう。

 そして、俺ではない誰かが撃たれているのだとしたら、その『誰か』とは考えるまでもないく美ヶ月樹万ただ一人。

 

 俺は思わず下へ通じる階段へと目を向ける。

 

 ――――もし、このフロアに敵がいたのだったら、今した俺の行動は致命的な隙を晒す羽目になっただろう。しかし、この時に限っては結果的にいい方向へ転がった。

 

 

「ッ?!」

 

 

 ――――その通路を風のような速さで突っ走ってくるティナに気付けたからだ。

 

 

「っ、らァ!」

 

 

 迎撃は間に合わない。俺は即座にそう判断し、右腕を顔面に移動させてナイフの一撃を受ける。弾かれつつも回転して背後から振るわれたもう一撃は、振り返りざまの手刀で横へ流した。

 ティナは地面に膝を着くと、素早くナイフの持ち方を変え、地面を蹴って再度肉薄。それに対して、俺は左目での演算を利用して素早く身を翻し、わき腹を狙った一閃を薄皮一枚で流すと、至近距離からXDを発砲する。が、彼女は有り得ないくらい鋭角なステップで俺の隣に回り込み、拳打で銃を弾いてから回し蹴りを背中に叩き込んだ。

 

 

「ぐはッ!」

 

 

 凄絶な威力に背骨が悲鳴を上げ、何とかインパクト時の威力を削ぐために踏んばらずワザと吹き飛ぶ。その先にあった机の山へ突っ込むと、積もっていた埃を勢いよく周囲へ巻き上げた。

 休む間もなく痛みを堪えながら懐をまさぐり、つかみ取った焼夷手榴弾のピンを抜き取ると、ティナのいた方向へ素早く転がす。フクロウの因子を持つのなら、強い光にめっぽう弱いはずだ。

 しかし、それからすぐに背中を這い回るような嫌な予感を覚え、爆発を待たずして煙の中から飛び出した。

 それから数秒と経たずに、さっきまで自分がいたところで何かが炸裂し、横倒しになったいくつかの机が粉々に吹き飛んだ。

 

 

(破片手榴弾か!)

 

 

 予感は的中した。もしあの場に留まっていたら間違いなく八つ裂きになっていただろう。

 一応、ティナの投げた手榴弾の爆発と同時に焼夷手榴弾の方も光を辺りへまき散らしたが、こちらの考えを読まれた以上効果的だったとは判断し難い。

 硝煙の香りが充満する中、標的を見失った俺は、努めて冷静になる意を込めて『百載無窮の構え』を取り、周囲を万遍なく警戒する。そして、極限まで研ぎ澄まされた己の神経は、やがて一つの音を捉えた。

 

 

 天童式戦闘術一の型三番―――――――――――

 

「轆轤鹿伏鬼ッ!」

 

「ぐッ!」

 

 

 正確に俺の首を狙ったナイフによる一撃を見切り、超バラニウムの拳でナイフの刃を容易く砕いた。よし、武器を殺ったぞ。今ならいける!

 俺は続けて追い打ちをかけようと足に意識を向けるが、突然の発砲音とともに横腹と腿に穴が空き、驚愕に目を見開く。

 

 

(俺の...XD!?)

 

 

 ティナがもう片方の手に握っていたのは、以前の交錯で弾かれたXD拳銃。一度ならず二度までも敵の手に渡らせてしまうとは、何とも因果な相棒だ。

 身体を蝕む激痛に耐えながらたたらを踏み、倒れることなく反撃の意志を衰えさせなかった俺だが、それは自身の腹へ小さい足がめり込んだ瞬間に儚くも消失した。為す統べなく吹き飛び、コンクリートの固い壁へ背中から叩き付けられる。

 大きく咳き込むと、喉奥から迸った血の塊が地面へぶちまけられる。弾が穿った二つの穴からも血が流れ、手足の先からみるみるうちに温度が失われていく。

 これは...不味い。まだ動けない訳ではないが、仮に動けたとしてもその後の攻略法が全くといっていいほど見当たらない。

 

 

「貴方の負けです。里見蓮太郎」

 

 

 無傷で目前に立ち、壁に背を預ける俺へ拳銃を突きつけながら言うティナ。

 闇より暗い銃口を直視した瞬間、戦闘時に分泌されていた脳内麻薬の効果が薄まり、それまで隠れていた恐怖が急速に精神を蝕み始めた。

 今の彼女に、天童の事務所内で見せた時のような迷いは感じられない。赤く輝く瞳は、俺を殺した数秒後の未来を受け容れる強さを持っていた。

 

 ――――――本気だ。殺される。

 

 引き金にかかった指が動く。それがスローモーションのように見え、ついに弾丸が放たれようかという時、激しい金属音が辺りへ響き、ティナの持っていたXDが宙を舞う。

 俺の足元へ転がって来たのは、漆黒に煌めく刃。

 

 

「ッ!.....樹万、さん」

 

 

 彼女の発した悲しそうな声と共に、向けられた視線の先を辿る。

 そこには、肩で息をする同僚がいた。

 

 

「ふぅ...何とか間に合ったか。少しばかり手際が良すぎるぜ。ティナ」

 

 

 

          ****

 

 

 何故、こうなってしまったのか。...何故、出会ってしまったのか。

 いくら自問しても現実は変わらない。起こってしまった事象は、どんな手法を用いてもなかったことには出来ないから。

 だがしかし、もしも神がこの状況を受け容れろと言っているのなら、私は躊躇いなくその頭へ銃口を向けるだろう。

 

 

「蓮太郎、大丈夫か?」

 

「がっ....バカ野郎、目の前に敵がいるんだぞ?俺はほっとけよ」

 

「ったく、このままじゃ失血死するっての。応急処置ぐらいはさせろ」

 

 

 目の前には、あの時と全く変わらない表情で笑う彼がいる。それを見ただけで、私の覚悟は容易く揺らぎ始めた。

 いいや、私に『日常』など存在しない。それでも、あえて日常というものを私に当てはめて表現するのだとしたら、それはマスターの命令通りに動く人形である日々に他ならないのだ。

 ならば、彼のくれた数日間を決して受け容れてはいけない。

 

 だから...だから、私は私の『日常』を守らなければならない。

 

 

 

「うっし、待たせたな。念のために他のフロアへ移動させてたから時間喰っちまった」

 

「ッ」

 

 

 声のする方を見ると、自分と対峙するように立つ彼の姿があった。たったそれだけなのに、拳を作った手が大きく震えはじめる。

 

 ―――――迷うな、もう決めたはずだ。私は殺し屋になると。

 

 全て、無かったことにする。ここであったことの何もかもを壊し、いつもの毎日に戻るのだ。

 すべきことを確認した私は、腰から新しいナイフを抜く。同時に深い呼吸をして熱を持った思考回路を冷ました。

 

 

「準備は、出来たみたいだな」

 

 

 彼は妙な構えを取り、右足を大きく後ろに下げた。...見たことのないスタンス。これから戦闘を行う人間がする姿勢とはとても思えない。

 気を付けなければ。未だに信じられないが、彼は私が狙撃した銃弾を弾いている。何かしらのバックアップはあったのかもしれないが、それを加味してもあり得ない芸当だ。

 私たちのような存在ならともかく、普通の人間にあのような業は為せない。そう断定した直後、彼の姿が掻き消えた。

 

 

「ッ!?」

 

 

 消えた?馬鹿な、死角を探せ。

 すぐに視線を動かし、右横からナイフを突き出してくる彼を捉えた。その直後に持っていたナイフの柄で腕を叩き、僅かに軌道をずらす。

 金色の髪を数本散らせるにとどまった黒い切っ先に構わず、先の行動で上げた腕を使い、肘を鳩尾に打ち込もうと思った瞬間、彼の姿が今一度視界から消えた。不味い、既に攻撃のモーションに入ってしまっている!

 無理矢理にでも腕を引っ込めようとした所へ、背中に衝撃。幸い急所にはヒットしなかったが、威力が凄まじかったお蔭で壁際まで吹き飛ばされた。まさか、イニシエーターの身体をここまで吹き飛ばすなんて。

 

 

「っと、一撃目を捉えられるとは思わなかったぞ...あれは初見必殺だったんだけど、考えを改めなけりゃな」

 

「...ぐ、一体どうやって」

 

「何、簡単だ。『凄い勢いで倒れる』。それを地面スレスレのところまでやって、あとは走ればいい」

 

 

 意味が分からない。今の行動で姿が見えなくなるまでの早さを生み出せるとは考えられない。

 だが、彼の言った原理が本当なら、ごく短距離での移動しか出来ないはず。態勢が著しく崩れている状態では、長い間走ることは不可能だからだ。

 対抗策を練り終えた私は地面を蹴り、横なぎにナイフを閃かせる。それをしゃがんで回避した彼に向かい、今度は膝を叩き込む。が、予測していた手のひらに阻まれた。

 

 

「ふゥッ!」

 

 

 三手目。素早く持ち替えたナイフで更に一閃。それは横に飛んで回避されたが、もう片方の手に持っていたナイフを後ろ手に投合し、彼の足を地面と縫い付けた。

 それから二個目の破片手榴弾を取り出し、何度もやった手順で安全ピンを抜くと、後退しながら素早く投合。

 すぐに爆発が起こり、周囲へ殺傷能力の高い破片がまき散らされる。コンクリートの粉塵によって目視での生死確認は出来ないが、恐らくこれで終わってはいない。

 何故なら、彼は爆発の寸前にナイフを抜き取り、上着を手榴弾の上にかぶせていたからである。恐ろしい分析力と判断の素早さだ。

 しかし、早めに決着をつけなければ。今の爆発で老朽化していた鉄筋コンクリートに多大な負荷がかかったようだ。ギシギシと剣呑極まる音が足元から響いて来る。

 

 

(.....?)

 

 

 何だ。何故出てこない?まさか、本当にあれで...

 そう訝しんだ時、微かに頭上で何かが軋む音を捉えた。私はその勘に任せ、持っていた最後のナイフを躊躇いなく投合する。だが、その時には自分の首に何かが巻き付いたあとだった。

 現状をはっきりと理解した瞬間、平衡感覚が失われる。彼の回転しながら落下する身体に巻き込まれる形で、クリンチされた足に全身を持っていかれた。...まるで、土中から抜き取られる雑草のように。

 

 

「ぐぅッ!」

 

 

 壮絶な轟音。二人分の重量と運動エネルギーを受け止めたコンクリート製の地面は、もはや耐えきれないとばかりに悲鳴を上げながら瓦解し、私は続けて階下の地面へと背中から叩き付けられた。

 手榴弾の爆発を三つも受けて限界が近かったとはいえ、固いコンクリートを破砕するほどの勢いで地面に叩き付けるとは...

 落盤事故の如き勢いで頭上から落下してくる、自分の身体と同じくらいのコンクリート片。それを転がって回避し、同時に狂った平衡感覚と聴覚の回復を試みる。

 

 

「オッサン直伝―――――――!」

 

「っな?!」

 

 

 粉塵の中から飛び出してきた手。咄嗟に手刀で弾くが、それで元々悪かったバランスを大きく崩し、再度伸びた腕に胸元を掴まれる。

 不味い!そう思った私は、投げられる寸前に身を捻り、態勢を入れ替えてのカウンターを敢行した。―――が、そこで気付く。

 

 これは、普通の背負い投げじゃない!

 

 

 

「『当たって砕けろ(タケミカヅチ)』!」

 

 

 凄まじい勢いで横に振られたあと、肩口から地面へ打ち付けられる。威力は先ほどよりも上だったはずなのに、なぜか地面は割れない。

 しかし、直後に重い打撃音が遅れて響き、私の口から酸素と共に大量の血液が溢れた。

 まさか、衝撃が体内に無理矢理押し込まれて...!?

 

 

「結局原理は碌に分からなかったが、この技は衝突した時に分散する全てのエネルギーを、受け手へ強制的に押し付けるんだ。しかも、そのダメージは内部に浸透する」

 

「っぐ...あ」

 

「お前の負けだよ、ティナ」

 

 

 その言葉を聞き、改めて自分の身体を見る。

 右肩、主要な関節と肩甲骨粉砕。右鎖骨、骨折。肋骨、数本骨折。一部臓器損傷、吐いた血液は赤黒い事から、食道以降からの出血による吐血。...総合して判断するのなら、考えるまでも無く重傷。

 無理矢理戦闘を続けることも出来るだろうが、確実に回復する前に殺される。といっても、既に戦いを続ける気は起きてこない。

 もう、疲れた。戦うことも、悲しむ事も、悔いる事にも。

 

 

「樹万、さん。....ボロボロです、ね」

 

「はは、そうだな」

 

 

 上げた視線の先には、差し込む月光で照らされる彼の姿があった。...片腕が曲がり、肩にナイフが突き立ち、腹や足に手榴弾の破片が刺さった状態の美ヶ月樹万の姿が。

 ああ、駄目だ。これ以上長引かせれば彼まで死んでしまう。それは絶対に避けないと。

 私は血で粘つく口内を動かし、痛みで引き攣る喉から声を搾り出す。

 

 

「私を...殺して、ください」

 

「....何でだ」

 

「任務に失敗、したら...生きることが許されないから、です」

 

「誰が許さないんだ?」

 

「私の、マスター....が」

 

 

 これが最後なのだから、全て喋ってしまってもいい。元より、彼に隠しごとはしたくなかった。

 懺悔とも取れる言葉を聞いた彼は呆れたように深い溜息を吐くと、しゃがみ込んで私のドレスを漁り始める。い、いきなり何を...?

 こんな状況だというのに羞恥を感じてしまうとは、全く馬鹿らしい。だが、命の危機に瀕すると、動物的本能で子孫を残そうとするというのは、どうやら本当のようだ。

 

 

「おっ、見つけたぜ」

 

 

 ドレスの中から取り出したのは、私の携帯電話。それの電源を点けると、二三操作して耳に当てた。

 そして、そこでようやく彼のしようとしている事に合点が行く。止めようと声を上げかけたが、血が喉に詰まって噎せてしまった。

 

 

「よぉ。アメリカの頭脳、エイン・ランド教授。....ん、お前は誰かって?そうだな、悪を挫く正義の味方ってところか」

 

 

 まるで、旧友と世間話をするような気軽さで通話をし始める。当の私はあまりの事に思考が追い付いていけない。

 何故なら、目の前で私の『日常』が壊されて行っているからだ。

 

 

「お前さんトコのティナは預かった。何をくれても返す気はないから、責任持ってこっちで幸せにするわ。.....え、ふざけるな?今すぐ殺せ?」

 

 

 彼の声に身が凍る。恐らく、いや確実にそれはマスターの言葉だろう。

 私は負けた、だから用済み。――――必要とされない。

 かつて親を亡くし、その後の人生は誰からも必要とされないまま虐げられるだけの毎日だった。...もう、そんな日々には戻りたくない。だからといって、今みたいに利用される人生も嫌だ。

 なら、私が望む毎日は―――――。そんなことを考えたとき、メキリという金属がひしゃげる音が辺りに響いた。

 

 

「ティナは、呪われた子どもたちはテメェの道具なんかじゃねぇ。俺たちと同じ人間なんだよ。それが分からねぇんなら、ドクターと同じ四賢人を名乗る資格はない。...それと、テメェが親として今までティナに与えなかった人生は、俺が代わりに与える。刺客を送るなら送れ、全員返り討ちにしてやるよ」

 

 

 その言葉を最後に、彼は持っていた携帯電話をグシャリと潰す。金属の塊と化したそれは、マスターとのつながりを完全に失くした証に見えた。

 そして、数秒前は携帯電話だったモノを放ると、袖に噛みついてから肩に突き刺さったナイフを抜き、横たわる私の手を取ってゆっくりと抱き起こした。

 

 

「樹万、さん?...何を」

 

「おいおい、さっきの話聞いてなかったのか?」

 

 

 やや苦笑いの成分を含んだ彼の声に、慌ててさっきの会話をもう一度思い越してみた。

 その中で一番印象的だった台詞を脳内に浮かべ、少し自身で吟味してから声に出す。

 

 

「.....人生を、与える?」

 

「ああ、そうだ」

 

 

 復唱すると、私を抱き上げた状態の彼は頭上で笑った。....ずっと、ずっと見たかった笑顔で。

 あの日々に戻れるのか。...初めて、世界はこんな色鮮やかだったんだと知ることができた、彼が隣にいる数日間に。

 

 

「―――――――世界がティナを救ってくれないなら、俺がティナを救う」

 




作中でオリ主がやった足での投げ技は、雪崩式フランケンシュタイナー...よりは、ウラカン・ラナ・インベルティダの方が近いかな。※プロレス技です。

エイン・ランドとの会話は原作ではありませんでしたね。
執筆してる途中に何か腹立ってきたので、今回のような形を取らせていただきました。

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