ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-   作:緑餅 +上新粉

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 この話から本編に入ります。

 00.の前書きでも書いたように、時系列が少し違います。




01.民警

『美ヶ月民間警備会社』

 

 ここはそう呼ばれる質素な一戸建て事務所だ。

 立地条件は悪くなく、夏の真っ昼間でも適度な日陰が保たれる。理由は実に単純。目前に建つ廃ビルが、体よく直射日光を遮ってくれているからだ。

 

 ────こんな見慣れた風景を、一々感慨深く眺めていても仕方ないな。

 

 そう決めると、日が当たっていた車道を足早に退散し、柵の無い歩道を横切ってから己が居の扉を開け放った。

 

 

 

 

          ***

 

 

 

「帰ったぞウッ!」

 

「お帰りなふぁい。樹万」

 

「....毎度ながら、帰る度にそうやって飛びつくの止めてくれないか?」

 

「いやれふ」

 

 

 安っぽいTシャツへ顔を埋め、少ない言葉数の割には表情を豊かに綻ばせる少女。

 

 彼女は俺の相棒(イニシエーター)高島(たかしま)飛那(ひな)』だ。

 

 飛那は何故か好んで後背が大きく開いた純白のワンピースを着ているため、抱き止めている此方側から見ると、年相応の瑞々しい背中が丸見えである。毎回止めろと言ってるのに聞きゃあしない。

 いつまでもくっついてるので軽く身じろぎするが、離す気は全くないらしく、腰に腕をガッチリと回されてしまっている。こうなると、対ガストレア因子を持つ彼女を引き剥がすことは不可能だ (長年の経験上、恐らく能力を解放している。こんな事に使うな、アホ) 。仕方なしに無理矢理足を動かして進むことにする。

 手放しで歩くとバランスを崩して倒れ、飛那を下敷きにしてしまうという事態になりかねないので、彼女の腰に己の手を廻して抱き上げたのだが、どういうわけか当人はその行為を別の意味として受け取ったらしく、

 

 

「ふふ...もっと積極的になってもいいんですよ?」

 

 

 そういうと、銀に近い白色の髪を揺らしながら首を傾げてくる飛那。贔屓目に見なくても可愛らしい事この上ないが、十才の女の子に手を出すほど、俺は人間として終わっちゃいないのだ。

 

 

「よいしょっ、と」

 

「そんな荷物を置くような声出さないで下さい...」

 

 

 丁寧にソファまで運んでやったのに、随分と贅沢な奴だな。そんな不満の意を込めて、膨らんだ頬を人差し指でつつき空気を抜いてやる。

 人前ではいつも無言、鉄面皮、オブジェクト化という、意思疎通を計る上で致命的と言っていい武器をフルに装備してしまうのだが、俺の前では別だ。全部そこらに放り棄てて着の身着のまま飛び込んで来る。

 出会ったばかりの当時は何とか仲良くなろうと必死だったが、今となってはもう少し過剰な言動を抑えて欲しいのが本音である。その時と比べるなら別人と言ってもいい程の変貌ぶりなのだ。....無論、どちらかといえば良い方向へ変わってくれたと思うが。

 

 

「なんだ?気に障ったか?」

 

「....................................いえ、大丈夫ですよ」

 

「凄まじい間だなオイ」

 

 

 ...そんな事を思いつつも、飛那を甘やかしている俺は親役失格なのだろうか。

 

 事務所内の蛍光灯の光を反射し、きらびやかな銀色に輝く髪をぱさぱさと多少雑に撫でる。しかし、飛那はそれが心地よいのか、瞼を伏せて頬を紅潮させていた。

 俺の身長は174㎝と、20代前半としては平均的な数値である。対し、飛那は齢十にして130㎝と随分低い。だからか、飛那が近くにいると丁度いい高さに頭があるので、無性に撫でたくなる。うむ、やはり俺は倒錯しているな。

 

 

「よっと...今日のご飯はなんですか?」

 

 

 乗せていた俺の手に自分の両手を重ねた飛那は、帰宅の折に先程此方へ持ってきたポリ袋へ視線を向けながら言った。彼女を見ていた俺もつられて袋の方へ目を動かしかけるが、意識して青空を映す窓へと視線を移動させる。

 

 

「今日は鍋にするぞ。豪勢になるから覚悟しとけ」

 

 

 ニヒルな笑みを浮かばせながらポリ袋を指さし、少し高価だった食材のみを口頭で羅列していく。すると、飛那の普段眠たげな瞳が一瞬驚きに見開かれ、しかし直ぐに喜色で染まった。

 頭の上にあった俺の手は、いつの間にか彼女の小さな両手に包まれて、宝物を抱えるように胸元へと導かれていた。

 

 

 

          ***

 

 

 

「良いモノを見つけたって?」

 

 

「うん」

 

 

 グツグツと目の前で音を立てる鍋へ蓋を置くと同時に、何やら不穏な言葉が飛那から告げられた。

 ちなみに、今はもも辺りにまで伸びた茶色の短パン、白い薄手のカットソーを着ており。ワンピースは風呂を入り終わった時に脱いでいる。言っておくが、決して残念ではない。

 

 ともあれ、そんな飛那がポケットから取り出したのは....黒い銃弾だった。

 

 

「なんだ、『バラニウム弾』か。でもまぁ、撃ったあとの片づけはちゃんとされるから珍しくはあるな」

 

 

 バラニウム弾とは、対ガストレア用に試行錯誤を繰り返して作った、バラニウム金属と呼ばれる物質で出来た銃弾だ。これをガストレアの体内に打ち込む事によって、ガストレアウイルスの持つ驚異的な再生能を阻害し、死に至らしめる。

 バラニウムはそこにあるだけでも奴らへ影響を及ぼすため、同対策案には必ずといっていいほど必要になるものだ。

 事実、都市が広がる東京エリア外の『外周区』に建てられた、バラニウム製の『モノリス』と呼ばれる巨大な壁群は、今までガストレアの侵入を拒み続けて来た。

 

 

「........」

 

 

 目の前に佇む飛那は、特定の生物因子を持つガストレアウイルスを宿した、忌み嫌われし『呪われた子供たち』の一人である。内在している因子を発現させれば、その生物の能力を自在に操ることが可能となり、一時的に人間離れした運動能力を発揮できるのだ。

 そして、ガストレアの襲撃で家族や友人を殺された『奪われた世代』たちは、姿形は違えど、己の大切な物を根こそぎ喰らって行った、奴らの遺伝子を持つ彼女たちを許容できなかった。

 民警(プロモーター)はそんな存在を相棒(イニシエーター)としているのだから、無論周囲からの風当たりも強い。

 

 

「心配すんな。お前をそんなモンで撃たせはしないって」

 

「でも、やっぱり怖い。....体内侵食率関係なしに、明日になったら化物になってるんじゃないかって、思う」

 

「────────」

 

 

 中途半端な言葉で慰めるなど、彼女の辛さを感じたこともない俺に出来る資格はない。

 

 そう感じるが、それでも飛那には将来を悲観しては欲しくなかった。いずれ、体内のガストレアウイルスが彼女を蝕み尽くし、人の身でなくなってしまうのだとしても。

 俺は鍋に白菜を突っ込んでから溜息を一つ吐いて、俯く飛那の両頬を挟み込み目線を合わせる。

 

 

「ガストレアなんかに負けるな。他人の意見なんかに負けるな。....今の世界はお前にとって生きるには辛いところかもしれんが、頑張ってりゃ少しずつでも何かがいい方向へ変わる筈だ」

 

「樹万...でも、私」

 

「怖くなったら、淋しくなったら俺を頼れ。幾らだって飛那の味方してやるからさ」

 

 

 こっ恥ずかしい台詞を吐いた自覚はあったので、頬から手を離して直ぐに立ち上がろうとする。が、勢いよく腕を引っ張られて前のめりになり、飛那のいる方へ倒れ込んでしまった。

 不味い。と思う前に下敷きになった彼女を助けようと、両手を地面に着いて身体を浮かせる。しかし、ガッチリと首に腕を廻されて動けない。

 眼下には、濡れた赤い瞳を湛えて俺を見つめる飛那がいた。

 

 

「お、おい?これは一体どういう」

 

「ずっと」

 

「....?」

 

 

 普段の彼女らしからない艶めいた声と仕草に内心混乱していると、首へ廻していた腕の片方を俺の後頭部へ持っていき、ぐぐっと下へ....飛那自身の顔に近づけられていく。

 赤色信号を察知したときには遅かった。視界いっぱいに広がった、白く端正な幼い顔は...............俺の額と接触した。

 

 ────え?額なの?

 

 思わず自問するが、どうやら飛那はお凸同士をくっつけたかっただけらしいと見える。親としての人格は安心する反面、内に潜むもう一人の俺は露骨に残念がっていた。

 

 

「ずっと、怖かったんです。樹万の所へ来るまで仕えたプロモーターたちは、『全員私がガストレアになった時、食い殺されればいい』と思ってましたが...」

 

 

 ここで飛那は幸せそうに微笑み、俺の瞳を真っ直ぐ捉えたまま言葉を続ける。

 

 

「樹万だけは違うと、初めて会ったその時からわかりました。....最初はある程度探るような態度を取ってしまいましたが」

 

「はは、最初の頃は『はい』か『いいえ』しか言わなかったもんな」

 

 

 飛那が酷く後悔したように目尻を下げたため、俺は『気にしてない』の意を込めて頭を撫でた。すると一転して赤面し、思い切り顔を背けてしまったので思わず笑ってしまう。

 少ししてから、多少頬を紅色に染めながらも、飛那はゆっくりと此方を向いた。

 

 

「...樹万は、私に無いあるものをくれました」

 

「そうか?飯くらいだろ」

 

「ふふ、暖かくて美味しいご飯も確かにその一つかもしれませんね。ですが、それよりももっと大切で、当然とも言えるものです」

 

 

 何だろうかと期待する俺の頬へ、唐突に手が添えられる。それに疑問を感じた直後、俺の口全体を覆うようにして、暖かく柔らかいものが被さる。

 暫く何が起きているのか分からなかったが、控えめに口内で響いた生々しい水音で我に返った。と、それを見計らったかのようなタイミングで唇を離した飛那は、赤い目から元に戻した本来の碧き瞳で、俺を陶然と眺めてから耳元で囁いた。

 

 

「私に、怒りと悲しみ以外の感情を教えてくれたことです」

 

 

 このあと耳を甘噛みまでされたので、流石に怒って羽交い絞めにした後、くすぐりの刑を敢行した。

 しかし事の最中、当人は明らかに嬉しそうな表情をしていたため、罰として成り立っていたかどうかは甚だ疑問である。

 

 

 

          ***

 

 

 

「ほれ、箸だ」

 

「はい」

 

 

 食うものは出来たので、後は舞台のセッティングと相成った。もちろん今回の主役は鍋。その引き立て役に卵とポン酢を用意している。ついでに脇役には出来あいの御惣菜が並ぶ。

 そういう訳で、事務所の応接間に備え付けられている大きめの木製テーブルを飛那と一緒に拭いた後、二人分の箸を彼女へ持って行って欲しかったので渡したのだが...

 

 

「♪」

 

「...あのねぇ」

 

 

 箸を持ったまま、俺の背中にぴっとりとくっついて離れないコバンザメがいる。

 あまりにも嬉しそうな笑顔を見せるもので、強く言えないのが悩ましい....が、流石にこの状態だと鍋を運べない。厳正なる協議の結果、誠に残念ながら飛那には俺との片利共生を止めて貰わなければならなくなった。

 

 

「飛那さん?これから私、大鍋を持たなくてはならないので、離れてくれま」

 

「一緒に持と?」

 

「....あぁ、はいはい。わかりましたよ」

 

 

 この発言を受け、脳内会議の最高責任者たる議長は早々に白旗を挙げ、意見を最大限酌むべきという見事な手のひら返しを披露した。まぁここは年長者である此方が一歩引くことにしよう。

 ....勘違いしてはいけない。決して彼女の穢れない笑顔にノックアウトされて、思考が混乱した上に妙な事を口走りそうだったため、その回避手段として承諾した訳では断じてないのだ。

 何はともあれ、左右挟んで鍋の取っ手を持ち、飛那の身長に合わせた無理な体勢で運搬作業に勤しむ。結構腰にキたが、何とか弱音を吐かずにテーブルへたどり着くことに成功。

 

 

「ふぃー」

 

「お疲れ様です。樹万」

 

「おお、ありがとう」

 

 

 ソファへ背を預けて頭上を仰いでいると、その隣に座った飛那がお茶の入った紙コップを差し出してくる。俺はそんな彼女の頭を一撫でしてから遠慮なく受け取り、半ばまで飲み干していく。と、そこで視線を感じ、自分の持つコップを脇でじっと見つめる少女に気付いた。

 それに『またか』と呆れまじりの深い息を吐きつつ、長い付き合いなので言われずとも意図を察した俺は、持っているコップを渡してみる。すると、やはり俺の口を付けた寸分たがわぬ位置へ飛那は唇をあわせた。

 

 

「自分ので飲めって」

 

「これでいいんです。あむっ」

 

「あ、こら。歯型つくっての」

 

 

 中身が無くなった上に歯型の付いた紙コップをふんだくり、これに新しいお茶を入れようか思案していると、俺の耳元に顔を寄せて来た飛那が囁くような声で言う。

 

 

「同じ場所、口付けてもいいですよ....?」

 

「........」

 

「いっそ噛んだり舐めても───あた」

 

 

 今度は上目遣いで縋るように見てきた飛那の額へ軽く手刀を落としてから、新しいコップと歯型付きのコップにお茶を注ぐ。これを見た飛那は、隣で満面の笑みを浮かべていた。

 ....はいはい、もういいよ俺の負けで。

 

 

 

          ***

 

 

 

「ご馳走さまです」

 

「おう」

 

 

 ちゃんと手まで合わせて言うのは、日ごろの生活がしっかりしている証拠だ。

 しかし、飛那が来るまでの俺が送っていた毎日は、極端に自堕落なものであった。食事時の礼儀作法はもちろんのこと、衛生面や健康も全くのおざなりだ。彼女へそんなどうしようもない俺を見せるのは良くない。...ならば、自然と自身の身なりや行動は改められる。これぞ善行善意の連鎖反応。

 だが、俺たちのような事例は極端に少ない。何故なら、世の中にいるプロモーターは、自分の相棒を道具だと思っている連中が大半を占めているからだ。

 

 

「.....ん?電話か」

 

「片付けは私がやりますから、樹万は電話の対応をお願いします」

 

「了解。鍋は一人で運ぶなよー?」

 

「分かってます」

 

 

 全て食べきってしまったので、持ってきた時よりは軽いだろう。それに、飛那にはいざというときのイニシエーターとしての力もある。寧ろ俺の方が危ないくらいだ。

 しかし、そんな中身だけの有用性や生産性で決めるのは、己の流儀に反する。

 

 

「ま、所謂我儘ってやつだ」

 

 

 こればっかりはどうしようもないと達観しながら、甲高い電子音を一定のリズムで響かせる白い受話器を掴みとって耳に当てた。

 

 

「うい、美ヶ月民間警備会社社長の美ヶ月樹万だ」

 

『はぁ...相変わらず、やる気の欠片も感じられない対応だな。美ヶ月』

 

「これが俺の通常運行だよ」

 

 

 受話器越しに聞こえた、中年に近い男性の呆れた声を聴き流し、早々に本題へ入るよう促す。世間話をするには些か役不足な相手だからだ。

 

 

「で、何の用だ?多田島警部」

 

『...ああ、突然で悪いんだが、依頼を受けてくれないか』

 

「その『依頼』は、ソッチの個人的な内容なのか?」

 

『いや、残念ながら「上」から降って来たモンだ』

 

 

 声と同時に、資料と思われる紙を漁る音が聞こえる。

 ....電話の主の多田島(ただしま)警部は、その肩書き通り一警官だ。民警とは違い、ガストレアに対する有効な武器を持たないのだが、彼らは時として捜査だけでもしようと表へ出張る事がある。そういった時は、不測の事態に陥った場合の被害を最小限に抑える名目で、民警の助力を乞うのが決まりなのだ。

 そして、今回はそのお鉢が俺たちへ回って来た、と。

 

 

『今日も無理か?なら、他のツテで天童民間警備会社の方へ...』

 

「いや、やらせてくれ。警部」

 

『なんだ、珍しいな.....分かった。依頼内容は────』

 

 

 ウチの経営も結構危険なところまで来ている。ある程度の軍資金を得られるのなら、多少の怪我も功名となるだろう。

 実際、上手く行かなくて困窮している民警もいるらしいし、ひもじい思いをしているのは俺たちだけではない。そう考えると幾らかマシな気分には....ならないか。

 

 大方の依頼内容を確認し終え、受話器を置いて一息吐く。

 何となく右横に視線をスライドさせると、瞳をキラキラと輝かせた飛那が映った。

 

 

「依頼?」

 

「あ、ああ。そうだが」

 

「久しぶりに樹万と一緒に戦える」

 

 

 鼻から白煙でも上げそうな程意気込む飛那を放って置き、頭を掻きながら応接間へ戻る。

 

 確かに、久しぶりのガストレア戦だ。少し前までは報告が無かったのに、ここのところ急激にその件数は増えて来ているのが若干気になるところではあるが。....無関係と決められないし、俺も少し気を引き締めて置くか。

 

 

 戻った応接間のテーブルからは、置いてあった鍋が忽然と姿を消していた。

 

 




 途中から己の妄想が漏れ始めて焦りました(汗)

 次回は戦闘です。
 これで主人公ペアの強さが分かる...はず。

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