ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-   作:緑餅 +上新粉

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24.神父

 オッサンはソファに寝そべりながらタバコを吸い殻入れへ捩じ込み、蓋を閉じてから懐に仕舞う。その後は頭をボリボリ掻くと大欠伸までする始末。

 こんな体たらくではあるが、今の今まで一瞬たりとも隙を見せていない。

 コイツの危機察知能力は、全方位へ神経を手足のように伸ばせるのとほぼ同じくらいだ。断言させて貰うが、人間じゃない。

 

 

「で、お掃除はようやく終わりか....あやうく寝ちまうとこだったぜ」

 

「悪かったな。.....ってか住人がまだ一度も足を踏み入れていない他人ン家勝手に入っておいてその言い草かよ」

 

「お前のモンは俺のモンだよ。分かれ」

 

「分かって堪るか!」

 

 

 一人で大きいソファに寝そべって占領しているオッサンは、俺が幼少時代の頃から発揮されていたジャイアニズムを存分に撒き散らす。

 俺の反論を手を振ってうっとおしげに散らしたかと思うと、次にオッサンの視線は飛那と夏世へ向かい、ニタリと嫌な笑みを浮かべた。

 

 

「樹万はロリコ」「はいストーップ!二人がいる前でそういうこと言うの禁止!」

 

「...ンだよ、別に知られたってヘーキだろ?コイツらは恐らく、お前が『コレ』でも見放さないで着いてくるぜ」

 

 

 『コレ』という言葉と同時に手を反対側の頬へ当てるオッサン。二人ともドン引いちゃってるんですが...

 俺は溜め息を吐いてからゲラゲラ笑うオッサンを睨み、すっかり弛緩していた空気をはりつめさせる。

 

 

「....へぇ。何だ、いい顔するようになってんじゃねぇか」

 

「アンタが会議室を抜け出したりしなきゃ、こんな状況にはならずに済んだろうよ」

 

 

 わざわざこんな回りくどい事などせずに、あそこで決着をつけておけば良かったのだ。

 なのにこのオッサンはスタコラと――――っ!?

 

 

「がふっ?!」

 

「樹万!」「樹万さん!」

 

 

 気がついた時には、オッサンが目の前に立っていた。

 そう認識はしたものの回避は間に合わず、そのまま頬をぶん殴られた。

 

 

「馬鹿が。テメェがわざと今まで民警をド底辺でやってきた理由はどこ行った?」

 

「....っ!」

 

「上の奴等に目をつけられないため、だろ?...でも、弱者の立場に甘んじていた筈のお前は、想定外の闇に巻き込まれた」

 

 

 何故知っているのか?などと無粋な質問はしなかった。

 したところで、どうせオッサンは答えてくれないのだ。ならば、不毛な問答などこの場では不用であり、そして現在最優先すべきはコイツから語られる論だ。

 

 

「その闇を作った阿呆が、あの会議室内にいたらどうする?....ここまで言えば、脳味噌の代わりにかに味噌が詰まったテメェの頭ン中でも旨いダシ取れんだろ?」

 

「...最後の暴言は気に入らねぇが、スマン。迂闊だった」

 

「カカカ!ちったぁ身も詰めるようにしろよ坊主」

 

 

 オッサンは豪快に笑ったあと、一人がけのソファに腰掛けて呆然としている飛那と夏世を見た。

 

 

「高原飛那、千寿夏世だったな」

 

『は、はい!?』

 

「落ち着け落ち着け、別にとって喰ったりはしねェよ」

 

 

 二人とも純粋なんだから、あんまり悪い刺激をして欲しくはないなぁ....

 俺はそんな事を思いながら首や腕を回して、もう一度一人がけのソファに座り直す。久し振りにオッサンに殴られたな。てかさりげなく前より威力上がってね?

 頬を撫でながらこっそり戦慄していると、オッサンは再び底意地の悪そうな笑みを顔面へ張り付かせた。

 

 

「樹万が隠してる秘密...気にならねぇか?」

 

『気になります!』

 

「フフフ、なら教えてやろう。実はな―――」

 

「ちょちょ!何でそんなあっさりと!?」

 

「ンだよ...どうせ、今日この場で教えるつもりだったんだろ?」

 

 

 俺はうぐ、と言葉に詰まり、二の句が告げなくなってしまう。まぁ、実際話そうと思ってたし...夏世にも説明するって言っちゃってたし......

 で、でもやっぱり、こういうのは自分の口からするのが道理だろ!

 

 

「説明は俺からするつもりだったから、オッサンは聞き手に回ってくれ。頼む」

 

「へっ、素直な奴は嫌いじゃねぇぜ?」

 

 

 オッサンの浮かべる小馬鹿にしたような笑みへ突っ込むのをぐっと我慢した後、俺は気持ちを入れ換えながら飛那と夏世の方へ向いた。

 

 

「飛那、お前は思ったよな?腕と足がもげ、左半身がめちゃくちゃになっちまった俺が、何故今ここでのうのうと生きているのかって」

 

 

 飛那はその問いに対し強く頷いた。

 あの場で安心したという気持ちは勿論あるのだろう。だが、改めて考えると、あれほどの致命傷を受けておきながらピンピンしてるのはおかしい。そう思うのも仕方ない。

 

 

「夏世、お前は思ったよな?腹に刺さったはずの甲板を抜いたあと、すぐ傷も、出血も止まったのはおかしいって」

 

「はい。あの回復速度は、現代の医療でリスクなしに実現することはまず不可能です」

 

 

 夏世も半ば詰め寄りながら同意の言葉を口にする。彼女に関しては目前で目の当たりにしたのだから、尚更不可解だろう。

 

 ...さて、もう誤魔化せないところまで来てしまった。

 俺が今から口にする内容が外部へ漏れれば、間違いなく取り返しのつかない事態となる。

 

 

 

「俺の体内には、ガストレアウイルスの働きを完全に抑制、制御出来る何らかの因子が存在する」

 

 

『?!』

 

 

 だが、もう決めた。二人を信じると。

 それに、オッサンがいるこの場なら一番安全だ。盗聴や立ち聞きとかの工作は一切通じないからな。

 

 

「実はドクター...室戸菫が俺の身体を調べた事が過去何回かあったんだ。でも、何度解析してもそんな因子の存在は確認されなかった」

 

「ま、待って下さい樹万さんっ。ガストレアウイルスを支配下に置いているという事は、まさか傷を治療したのは...!」

 

「ああ。ガストレアウイルスの強力な再生能力を利用した」

 

 

 夏世の確認するような言葉へ頷きを返してから、質問前の話の説明を続ける。

 

 

「ウイルスの血清が作れるかもしれないと、最初こそドクターは狂喜乱舞してたんだが、俺の血液へウイルスを投与してから結果を分析した途端、表情が一気に固くなったんだ」

 

 

 

『樹万くん。...恐らく、これはガストレアと、人間へのささやかな反撃なのかもしれんな』

 

 

 前提で話された詳しい理論は全く分からなかったが、どうやら俺の血液に入ったウイルスはその活動を停止させるらしい。

 かといって失活している訳でも死滅させられた訳でもなく、本体の能力、性質は顕在していた。...ただ、まるで見えない糸や網にでもからめとられたかのように、将又(はたまた)恐怖に怯えるかのように、ただ細胞内に留まり続ける。

 

 ....初めて聞いたときは耳を疑った。しかし、それくらい分かっていれば、こんな芸当をしでかした原因は自ずと判明されると思ったのだが.....ドクターは白旗を挙げた。

 

 

「そ、そんな事があるわけ...いや、そうじゃない限り樹万の体質は説明出来ませんね」

 

「ふーむ、アイツは分からない事があってこそ燃えるってタイプじゃねぇからなァ...。カカ、そもそも防腐剤ぶっかけられた死体弄って喜ぶ研究者なんていねェか」

 

 

 オッサンとドクターは浅くない仲なので、言葉の内容は悪いものの、口調から滲んだ親しみまでは隠せていなかった。

 そして彼の言った通り、ドクターは途中で大々的な研究を一切しなくなり、それまでとった資料の類いまで全て処分し始めたのだ。それも、証拠を徹底的にまで潰す手段を以て。

 

 

「ガストレアと人間、双方への反撃...ドクターが言ったこの言葉には違和感を感じてな。ウイルスを制御できる人間が生まれたんだから、こっち側からガストレアへの反撃って言った方があってるんじゃないかと」

 

「む...確かにそうですね。樹万の存在は確実に人間側へプラスとなります 」

 

 

 飛那は顎に手をあてながら思案する。

 その隣にいた夏世は得心が行っているらしく、さっきから明らかにそわそわしていた。

 

 

「夏世、分かったのか?」

 

「...は、はい。樹万さんの持つ力は、必ずしも私たちにとって益となる事ばかりではありません」

 

 

 顔をパアッと明るくさせた夏世は、嬉しそうに説明をし始める。

 ふむ、流石はイルカの因子。閃きと発想に関してはズバ抜けているな。

 

 

「国という概念が一度崩壊しかけ、今現在も世界各国の主導者が立て直しに躍起となってはいますが、そのなかで他国の暗躍をさせている国はほとんど全てなはずです。理由は勿論、ガストレア戦争を利用した、世の覇権争いを牽制し合うためです」

 

「ハハ、東京エリアっつー箱庭に収まってる子供が考えることじゃねェな、それ。でも正解だ。そんな火花チリッチリのとこにウイルス耐性を持つ人間の遺伝子なんて火薬の塊投下したら―――――――――ドカーン!世界戦争!」

 

「ガストレアがいる中でそれはないだろオッサン」

 

「いやいや、案外そんな事すら考えられねぇくらい頭に血が昇る奴がいるかもしれないぜ?」

 

 

 ...まぁ、世界戦争は言い過ぎだとしても、いざこざに発展するのは間違いない。ガストレアという人間の天敵を差し置いて、同族で争いを起こすなど自殺行為に等しい。

 それに恐らく、戦争で行われるのは敵となる国のモノリス破壊だろう。そうすれば、自国の資源消費を極力抑える事が可能となり、防壁を失った敵方はガストレアに食い尽くされて勝手に破滅する。しかし、それでガストレアが増えてしまうのも確かだ。

 

 

「もし自国で管理されるとしても、兵器としてモノリス外へ度々派遣されるか、または身体中を隅々まで研究されるかの毎日となるでしょう。保護という名目の下で行われるのは、確実にこの二つと言えます」

 

「そ、そんな....やっぱり、樹万はこのことを黙って置くべきだったんじゃ」

 

「あァー、それなら安心しろ。俺は最初から知ってたし、テメェらも家族や命の恩人を売るなんて真似しねぇだろ?」

 

『当然ですっ!』

 

 

 二人の強い返答を聞いたオッサンは俺の方へ目を向け、ニッと笑って見せた。ったく、照れるな。

 俺は恥ずかしさを紛らわす理由も兼ね、夏世の説明を引き継いだ。

 

 

「只でさえ日本は元主要都市が国として各個独立してるから、そこらの国同士の揉め事より厄介だ。何せ飛行機に乗れば数時間で着ける上地続きだからな。他人事では済ませられない」

 

「ケッ、ようやくそこまで再確認出来たか樹万。...んじゃま、あまり湿っぽい話を続けるのも何だし、景気付けにコイツをっとな!」

 

 

 ゴドンッ!という重い音とともに机へ置かれたのは、矢鱈と縦長な段ボール箱。てか、今どこからコレ出しやがった?多く見積もっても1m50cm以上はあるぞ。

 オッサンはそんな俺の疑問になど気付く筈も...いや、もしかしたら分かっているのかもしれないが、箱の上部に貼ってある封を剥がし、中身を取り出した。

 

 瞬間、俺を含む三人全員が、オッサンの両手に鎮座している物体を見て愕然とした。

 

 

「どうだ?俺が秘密裏に入手したFIM-92スティンガーは!クゥー!やっぱ個人兵装として赤外線追尾の地対空ミサイル持たせる案を出した奴は天才だな!最高にイカすぜ!!」

 

『.......』

 

 

 今このとき、物騒な砲身を抱えて子供のように瞳を輝かせる神父を見た三人の心は、確実に一つとなった。

 

 コイツは、どうしようもないくらいの変人だ。

 

 

 

 




 これからは二週、三週間ほど空けた更新が続くと思います。
 先を楽しみに待っていてくれる方には本当に申し訳ありません....

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