ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-   作:緑餅 +上新粉

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 「ティナって誰や!?」と思った方がいると思います。
 すみません、その娘を探さないで下さい。ま、まだ作中で名前出てないので....(汗)

 ですが、勘のいい人、原作知ってる人はもう分かっちゃってますかね。


三 弱者・ティナ・スプラウト
22.功績


 叙勲式があった日は散々だった。

 

 式典の目的は勿論、ステージⅤガストレアの撃破と、蛭子影胤、小比奈ペアを退けた俺と延珠の表彰だ。とは言っても、延珠は式典に顔を出せないため、先生のところで検査を受けているのだが。

 

 俺は聖天子直々から賛辞の言葉を貰い、『特一級戦果』という功績を残した。

 

 序列も大幅に昇格され、十二万という超がつく程の低ランカーから、一気に千番台という高ランクにまで上り詰めた。それと同時に機密アクセスキーを貰い、世間から隠蔽されたガストレア戦争の情報の一端を知る権利を得た。

 そこまでは滞りなく式典も進み、参加していた誰しもがこのまま終われると確信していただろう。

 

 最後に質問はあるかと聖天子から問いかけられた俺は、意を決してあの事を口にした。

 

 

『俺は、ケースの中身を見た』

 

 

 室内の空気が一変したのにも拘わらず、気にかけずに動揺を呈する聖天子へ言葉を投げ掛ける。

 

 

『中には、壊れた三輪車が入っていた。....これは一体どういうことなんだ?あんなもんが何故ステージⅤを呼び寄せる触媒になりえたんだ?そもそもガストレアは何者なんだ!?十年前、この世界に何が起こった!?』

 

 

 これを聞いた聖天子は、七星の遺産が未踏査領域にあること、複数存在するということを俺へ告げた。しかし、それ以降は閉口し、追随する俺を知る権利がないとの一点張りで通した。

 

 

『序列が上がれば、あなたたち民警はあらゆる権利が与えられます。里見さんの序列は千番なので、許された機密情報アクセスレベルは三。....これ以上を望むのなら、序列を十番台へ上昇させ、最高レベルである十二を手に入れなさい』

 

 

 語る聖天子の声に耳を傾けながら、己がこれからすべきことの整理をしていく。

 

 

『真実にたどり着けば、貴方が何を為すために生まれてきたか知ることが出来るでしょう。里見貴春(たかはる)、里見舞風優(まふゆ)の息子を名乗るなら、里見さんは真実を目にする権利がある』

 

 

 全く予期していなかったタイミングで亡き父さんと母さんの名を出され、俺は完璧に冷静さを欠いた。気づけば聖天子へ詰め寄り、犬歯を剥き出しにしていた。

 ガストレアと合わせてその話題をされるのは腸が煮え繰り返る思いなのだ。それは彼女も分かっていただろうに...!

 

 

『ッ...失礼、しました』

 

 

 俺はギリギリで感情の荒波を静めることに成功したが、周囲からぶつけられる殺気混じりの空気に当てられ、腰を折ってから素早くその場から退散した。

 ....もし聖天子へ危害を与えようものなら、俺は英雄から反逆者に転向してしまっていた。聖居を引き返す道中、人知れず冷や汗が止まらなかったのは当然だといえよう。

 

 だが、今はその時よりも更に逼迫した状況下にいる。

 

 

 

 

「此処は天童の家ぞ。何故お前がいる?...蓮太郎」

 

「.......一連の事件の真相を掴むためだ」

 

 

 目前には、白い袴姿をした天童菊之丞がマグナム拳銃を突き付けて立っている。一方の俺も、XD拳銃を抜いて同じく銃口を向けていた。

 

 彼の言った通り、俺が忍び込んだのは天童の屋敷だ。

 本家は東京エリア第一区――――つまり、聖居が建つ東京エリアの中心部に存在する。ここは、幼少の俺が引き取られた、第二の家でもあるのだ。

 

 

「事件だと?....蛭子影胤か?」

 

「ああ。今回の騒動は、轡田防衛大臣が首謀だとされている。だが、真の黒幕はアンタだ。天童菊之丞」

 

 

 表情に変化はなかったが、拳銃のグリップを掴む手へ力が入ったらしく、金属の軋む音が彼自信の執務室へ響いた。

 そして、それが全てを物語っているように俺は感じた。

 

 

「轡田防衛大臣が、保釈中に首を吊って自殺した」

 

「知っている。それがどうした?」

 

「それが...どうしただって?連判状に書かれていた名前は、全員アンタの派閥と関係のあった人間じゃねぇか!」

 

 

 連判状にあった人たちは、皆逮捕された。

 しかし、納得がいかない。あの中に菊之丞の名前が無かったのは明らかにおかしいのだ。

 

 

「フッ、では何だ?私は東京エリアを破滅させるのが目的だったと言いたい訳か?」

 

「最初はそうじゃないかと思ったがな、影胤がケースを奪って未踏査領域に逃げ込んだ情報が漏れそうになっていた。そして、それはアンタにとって唯一得となることだったんだよ」

 

「...答えが分かっているのか?」

 

 

「―――――――――『ガストレア新法』

 

 

 

 瞬間、菊之丞の目の色が変わった。

 視線を介してかかる重圧も増し、足が震えそうになる。だが、それを我慢して切り出した。

 

 

「これは、地を這うも同然の『呪われたこどもたち』が抱える社会的地位を向上させる案だ。でも、発案した聖天子様は国民からいくつもの反対意見を喰らった。.....奥さんをガストレアに殺されて以来、アンタもそっち側の人間だろ?」

 

 

 菊之丞がギリッと歯を鳴らす音が聞こえたが、構わず続ける。

 

 

「ガストレアを忌み嫌うアンタと、闘争を好とする...つまり、ガストレアとの戦争を再開させたい影胤とで、少なからずも互いの利害は一致していた。蛭子小比奈...いや、呪われたこどもたちの一人が事件に協力していた事がエリアの市民へ知られれば、世論は誰も呪われたこどもたちの味方をしなくなる。だが、一歩間違えば東京エリアは完全に滅んでいた!天童菊之丞、アンタは聖天子樣の味方じゃなかったのかよ!?」

 

 

 叫び終わったと同時に腹を蹴られ、俺は背後の本棚に背中から突っ込んだ。それに止まらず、襟首を掴まれ無理矢理立たされる。

 

 

「私は彼女を敬愛している!しかし、だからこそ許せんこともあるのだ!呪われた子どもたちを野放しにするということは、敵国の息が掛かった諜報員をまざまざと歩かせているのも同然なのだぞ!?」

 

 

 烈火の如き怒りをぶつける菊之丞は、何故か俺の目には危うく見えた。

 恐らく、ガストレアへの有り余る憎悪と、聖天子への並みならぬ忠誠心...この二つが、彼の心で激しくせめぎあっているからだろう。

 天童菊之丞という一人の人間は、以前の形を残したまま、その意識を殺してしまった。目前にいる男は、彼の亡霊だ。

 

 

「あの地獄から十年経ち、人間はモノリスという境界線の内側で平和を知った。だが、それもいつか終わるッ。ここでガストレアの血を宿した餓鬼共に人権など与えてみろ。....東京エリアは確実に堕落する!」

 

 

 俺は菊之丞の周りが見えなくなっている今の状態を機と読み、鳩尾へ拳を叩き込む。

 苦悶の声をあげる彼の指から力が抜けたのを感じ、襟首を掴まれていた腕から脱出すると、咳き込みながら叫ぶ。

 

 

「確かに俺もガストレアが憎かった!奴等も、呪われた子どもたちも皆殺しにしてやると思っていた!」

 

「ぐぅ....なら、ならば何故だ!?何故貴春と舞風優を奪った、奴等に(ちかし)い存在を赦せるというのだ?!蓮太郎ッ!」

 

「彼女たちは人間だッ!アンタと、俺と同じ人間なんだよ!だから俺は、感情も人格もある彼女たちを…延珠を信じる!」

 

「馬鹿な..........」

 

 

 菊之丞は、心底理解が行かないといった表情で眉を歪める。

 俺はそんな彼を見ながら思った。...もし藍原延珠と出会っていなかったら、俺は刻々と蝕む憎悪に精神を喰われ、この男と同じ道を辿っていただろう、と。

 

 

「俺を今まで生かしてくれたこと、感謝してるよ。『死にたく無ければ生きろ』...いつかアンタの言ったこの言葉を糧に、絶望の日々を掻い潜ってこれた。だから――――――有難う。そしてさようなら、お義父さん」

 

 

 

          ***

 

 

 

 あの事件から数日が経ち、俺は現在聖居内にいる。何故かと言われれば、当然聖天子と会うためだ。

 叙勲式以来となる再会だったが、俺としては全く嬉しくないものであった。

 何故なら、誰からみても俺はあの式典をぶち壊しにしてしまったのだから。

 

 

「あぁー....ったく、本人は気にしてないって言ってたじゃねぇか」

 

 

 豪奢な聖居の中を歩きながら頭を軽く掻いたあと、もう一度彼女と話し合った内容を思い返す。

 

 

『里見さん。大阪エリア代表の斉武(さいたけ)大統領が非公式に明後日、東京エリアを訪れます。...貴方には、不在である菊之丞さんの代わりに、私の護衛をして欲しいのです』

 

 

 改めて考えると、もの凄い重要な案件だったのだと今更思えて来た。

 斉武の爺とは菊之丞とのツテで一度会ったことがある。だからこそ分かるのだ...アイツは間違いなく、会談などという形式をぶち破って脅迫まがいの事を聖天子様へするはずだと。

 ただでさえ、ステージⅤガストレアを倒すために使った天の梯子を起動不能にしてしまったのだ。それ相応の糾弾は避けられない。

 

 

「菊之丞がいない間を狙って押しかけてくるって....ホント性格わりぃな」

 

 

 奴は菊之丞と因縁深い関係にあり、あまり顔を合わせたくないのだろう。何せガストレア戦争以前からの間柄なのだ。

 

 

「にしても、飛那はどうしたんだ.........?」

 

 

 ポケットから取り出した携帯へ目を落としながら、先ほどした会話を思い出してみる。

 

 

「お、飛那か?さっきイニシエーターへ戻れるよう聖天子様に掛け合ってみたんだが、お前の元プロモーターが樹万だったとは知らなかったぞ?」

 

『え?ちょっと待って下さいッ、樹万を知ってるんですか?!』

 

「あ、ああ。少し前に先生のところで知り合ってな....今は民警として復帰したらしいぞ?」

 

『お願いします!詳しく教えてくださいッ!』

 

「お、おう。ええと確か――――――――――」

 

 

 そこから、彼が千寿夏世というイニシエーターと新規にタッグを組んだこと、新しく住む家の住所などを一方的に俺から聞き出した後、すぐに通話を切られてしまった。

 スピーカーからガチャガチャという重い金属音が聞こえたし、飛那の声も段々低くなっていくしでかなり怖かった。

 

 ―――――――待てよ?そういえば飛那から、昔プロモーターを亡くしたって話を聞いた気が――――――――

 

 

 

「そこを動くな、里見蓮太郎」

 

 

 ガチャリ、と金属が擦れる剣呑な音が響いたと同時、何か固いモノが俺の後頭部へ押し付けられた。

 放たれたのは男性の声....否、つい今しがた会って来た『あの男』の声音だった。

 

 

保脇(やすわき)三尉、これはどういうことだ?」

 

「フン、此方から貴様に告げることは一つだけだ贋作英雄。...今すぐ聖天子様の護衛依頼を辞退しろ」

 

 

 保脇がそう言い放った途端、背後から奴の部下らしき人間が二人、俺の方へ銃口を向けながら前方に姿を現した。

 俺は内心で舌打ちする。やはりコイツの腹は最初からこうだったのか。

 背後で銃口を押し付けている男は、今日聖天子様と会談する時に同席していた、聖室護衛隊隊長、保脇卓人(たくと)。初見のときは温和な態度だったが、恐らく『コレ』が奴の本性なのだろう。

 

 

「何でだ?たかが民警一人が聖天子様についたところでそっちに悪いことはねぇだろ。やることといっても、斉武大統領との会談の時に聖天子様の後ろへ控えるくらいだしな」

 

「とぼけるな!貴様は不埒な考えを持って聖天子様に近づく無礼者だろう!何が東京エリアの救世主だ!英雄だ!私が天の梯子にいれば、こんなガキなんかに.....!」

 

 

 銃のグリップを握る手に力が入っているらしく、カチカチと俺の後頭部で音を鳴らしている。....今なら行けるな。

 俺は素早く屈みこんだと同時、前方からの足払いで保脇を転倒させる。完全に思考へ没頭していたらしく、奴は碌な受け身も取れずに地面へうつ伏せに倒れた。

 目の前にいた部下二人がようやく状況を理解し銃口を向けるが、俺は保脇の腕を背中へ回して拘束し、盾の役割をさせる。

 

 

「き、さまァ......!」

 

「ったく...お前ら、敵意を向けるべき相手を間違えてんぞ?」

 

 

 二人の戦意が喪失したのを見計らってから、保脇の拘束を解いて背中を押す。

 たたらを踏みながらも此方を振り返った奴は、ギリギリと歯軋りして俺を睨む。だが、俺の足元へ落下している己の銃を見ると、悔しげに眉を歪めて舌打ちをした。

 

 

「チッ!....行くぞ」

 

 

 聖居の内装とよく似た白いスーツを手早く整えると、保脇は部下を引き連れて足早にその場を去っていった。

 

 ...本当にあれが聖天子つきの護衛隊隊長なのか?軍の一兵卒でもそれなりの礼式は知ってるぞ?

 

 俺は地に横たわるベレッタを手に取り、腰へ差してから溜息を吐く。

 

 

「聖天子様、アンタはガストレアより先に対処すべき難題がありすぎだ」

 

 

 しかし、その言葉は異様に俺の脳内へ響き渡り、何故か自らの心まで締め付けた。

 

 理由?理由などとうに分かっているだろう。

 俺自身も、都合の悪いことから目を背けているのだと――――――!

 

 

 

 

 

 

―――――――――藍原延珠診断カルテ

 

                        担当医 室戸菫

 

 

・藍原延珠、ガストレアウイルスによる体内侵食率四二.八%

 

・形象崩壊予測値まで残り七.二%

 

・担当医コメント...超危険領域。ショックを受けないように本人には低い数値を告げてあります。規定により、本人への告知はプロモーターの任意とします。

 

 

 ここからは医師としてではなく、友として忠告する。

 これ以上彼女を戦わせるな、蓮太郎くん。




 形象崩壊とは、ウイルス感染者がガストレアになってしまうことですね。ブラック・ブレットのダークな要素は、主にこれが主因となっていることはお気づきかと思います。

 私としては、この絶望的な要素をオリ主という名のワクチンでぶっ飛ばしたいと考えております。

 ....限度はありますけども。

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