ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線- 作:緑餅 +上新粉
外皮は大抵の兵器を受けても跳ね返せるほど硬質で、毒ガスを使ってもウイルスの働きにより無毒化され、生半可なバラニウム武器ではすぐに傷が塞がる。文字通りの化物であります。
前話での説明が足りなかったかと思い、改めて補足説明させて貰いました。
『簡単に言うと、だ。ステージⅤガストレアを、里見蓮太郎が天の梯子で倒す。だが、起動時に周辺のガストレアが群がる可能性がある。ソイツらを掃討するのがお前の役目だ。...あぁー違うそっちじゃない。こう配置しないと南側が手薄になんだろ?』
「分かった。ってか今、JNSC会議室にいるのか?」
「んぁ?そうだぜ。こんのオッサン共は型通りの作戦しか脳にねぇからな。口出ししてんだ」
一応、要人が詰める最重要拠点だ。あまり不用意な行動は慎んでほしいものだが。
それにしても、と俺は森の中を夏世とともに疾走しながら、頭の中で悪態の口火を切る。
影胤の奴、とんでもない置き土産を残して退場していきやがった。まさか既に召喚を終えていたとは。
『カカカ!しっかし数年ぶりにした会話内容がこれとは、随分と乙なもんだな樹万』
「うっせぇ!この作戦が終わったら、真っ先にテメェのトコ行ってやるからな!待ってろよ!?」
それを最後に通話を終えると、ポケットへ携帯を素早く仕舞い、その動作の延長線上で腰に差したバレット・ナイフを抜き、前方へ突き出す。
そこへ飛び出してきた魚のようなガストレアの額にバラニウムナイフが深々と突き刺さり、すぐ顎を蹴り砕いてナイフを抜く。さらに、予めかけておいた指でロックを外すと、引き金をしぼってバラニウムナイフを射出。脳天へ穴を空け完全に絶命させる。
「相変わらず凄まじい手際の良さですね!」
「ありがとよっ!」
目前に聳える天の梯子がようやく起動シークエンスを始め、けたたましい警告音と作動音が辺りへ鳴り響く。これは間違いなくガストレアを呼び込むな。
俺は予備のマガジンを口にくわえ、集まるガストレアを次々に射殺していく。
「夏世っ!俺から離れるな!」
「は、はいっ」
既に夥しい数の赤い目が木々の間から覗き、完全に囲まれているのが分かった。これは、流石に銃のみで対処できるレベルを越えている。
──────ならば。
『開始、ステージⅣ。四肢全てを形象崩壊させ発現。他因子からの強化遺伝子情報適合確認。攻撃特化型複合因子...モデル、リザード』
「ガアアアアアアアアッ!!」
「た、樹万さん?!」
全身が固い鱗で覆われていく中、咆哮を上げながら己の体を軋ませる。周囲のガストレアは脈絡の無い俺の奇行に驚いたらしく、動きを止めて様子を見ていた。
その隙を狙い、まだ完全な細胞の変化を終えていないが、構わず呆然とする夏世を背負ってから長い尻尾を一閃させ、ガストレア共を薙ぎ払う。
「うおっ、とと」
形象崩壊をさせたお蔭で身体の体積がかなり変化しているので、人間であるままの考えを入れて行動すると平衡感覚が狂う。
と、トカゲの顔になってしまっても普通である俺の声を聞いたのか、肩に乗せられた夏世は目を丸くして問い掛けてきた。
「樹万さん、ですよね.....?」
「はは、そうだ。脅かしてすまんな」
「も、もう...驚きましたよ。本当にガストレア化しちゃったのかと思って」
「ごめんごめん。でも今は、ちょっとお説教を後回しにしてくれないか?」
立て続けに尻尾を振るってガストレアを弾き飛ばす俺へ頷き、腕から降ろされた夏世は少し距離を空け、銃での援護を続けてくれた。
「よし、かなり数が減って来たな」
俺は尻尾での攻撃を止め、危険なガストレアのみを集中的に狙って飛び掛かる。
勢いを削がれた状態で前線の戦力に致命的な打撃を与えた事が功を為し、敗走する奴もちらほら見え始めた。
「このままなら勝てる───ッ!?」
鋭くなった爪を振るい、上手く二体のガストレアを切り裂いた瞬間、長年培ってきた危機察知能力が防御態勢を取れと喚いた。
俺はそれに逆らうことなく両手を交差させ、素早く顔面を死守する。
「ぐあっ?!」
その瞬間に、対戦車ライフルの弾丸でも飛んできたのかと勘ぐる程の衝撃が俺の両腕を叩き、あらゆる生物の遺伝子を配合して編み上げた強硬な鱗が、破壊された。
威力を完全に殺しきれなかったらしく、足を滑らせて数十メートル後ほど後退したあとに、震えながら大量の血液を流している腕を降ろす。
視線の先に佇んでいたのは、大木のような四つの足で立ち、首長竜が如く頭を揺らす、そこらのガストレアより群を抜いて巨大な化け物だった。
「ステージ、Ⅳか...!」
先程の一撃は、建つビルさえ一撃で倒壊出来そうな太さの尾から繰り出されたものらしい。複合因子にしてなかったら恐らく死んでいただろう。
俺はすぐに攻撃特化型から防御特化型へと体内組成を変化させ、より強硬な鱗を生成した。度重なる遺伝子操作に身体が悲鳴を上げるが、俺は気にせず飛んできた尾を再度受け止める。
「っぐ!」
多少腕が痺れ、足も地面に沈んでしまうが、今度は衝撃に耐えきった。だが、それも序の口、今度は長い尻尾を鞭のようにしならせて連続で振るう。
避けることはできる。出来るが、それをすれば大質量の物体が地面を叩いた衝撃で、決して遠くない距離で戦う夏世の身にまで危険が及んでしまう。
「くっ───がふっ?!」
弱点である頭のみを守っていたことが災いし、木々を薙ぎ倒しながら水平に振るわれた尻尾が、無防備だった俺の右半身へ直撃した。
足で蹴られた路傍に転がる小石の如く何度も地面をバウンドし、天の梯子のコンクリート塀に激突してやっと止まる。
「がっは...ッ!!」
幾ら防御特化とはいえ、耐えうる衝撃には限度がある。そして、今受けた一撃はそのキャパシティを言うまでもなく上回っていた。
背後にあるのは、東京エリアに残された最後の希望、天の梯子。
まだ発射される兆しは無く、エネルギー充填率などの小難しい単語を並べ立てながら、先ほどの一撃でおかしくなったはずの俺の鼓膜を無理矢理震わせる。
「ッチ、蓮太郎....早く、しろ。馬鹿...」
痛みを堪えて壁から這い出し、地面へと降り立つ。同時に、喉の奥から駆け上がってきた血液を吐き出した。
それを一切気にすることなく、俺は人類が生み出した負の遺産を死守するために、前の敵だけを見据える。
「じゃねぇと───俺が、
****
「クソっ!何で...何でよりによって俺なんだよ!」
俺はコントロールパネルへ拳を打ち付け、音信不通になった携帯電話へ恨めし気な視線を注ぐ。しかし、通信していた木更さんとの交信はここの強力な磁場の影響で途絶えた。
悪いことは重なるもので、彼女との会話が途絶える寸前に聞いたのが、弾丸役を担うバラニウム徹甲弾の装填不能...残弾0という事実だった。
延珠と飛那も、最早絶望的な表情でスクリーンへ映し出された
「............」
その巨躯はゆっくりと移動しており、追随している数機の戦闘機へ向かって無数の触手を振るい、応戦している。
と、赤い燐光を振り撒きながら、頭部とおぼしき場所へ連続して空対空ミサイルが着弾した。しかし、爆炎を掻い潜るように伸ばされた触手が一機、また一機と戦闘機を貫き、先程上がった赤色と同じくらいの炎を巻き上げてから墜落していく。
俺がここで立ち止まっていれば、あれ以上の人間がいとも容易く殺される。
───そんな光景を黙って見ていることは、許されない。
考えろ。何か、何かあるはずだ。思考を止めるな。
必要なのは弾丸となるバラニウム。それも、音速を超える速度で飛翔するエネルギに耐えられる純度の高いバラニウム───待て。純度の高い、バラニウムだと?
「...蓮太郎?何をするつもりなのだ?」
俺は右手の指を弓矢のようにすぼめてから、左手で上腕骨の裏、本来の腕なら上腕三頭筋が覆っている辺りを探り、見つけたボタンを押し込んだまま腕を反時計回りに回転させ、そのまま右腕を肘の先から丸々取り外した。
「まさか、蓮太郎さん。それを」
「ああ、超バラニウムでできた右腕だ。こいつなら恐らく...!」
腕をチャンバー部へ送り込み終わった所で、飛那は得心が行ったように目を見開いた。
俺はそんな彼女に頷きながら、分析を進めるモニターへ視線を移す。
結果は、程なくして表示された。
「よし、行けるぞ....!」
パネルに映った光速の五%まで耐えられるという内容の文に笑みを漏らしていると、手動発射へ切り替える旨を伝えるアナウンスが入り、コントロールパネルから操縦桿のようなものがせりだした。
席に座ってからよく見ると、それにはトリガーらしき引き金がついており、生唾を飲み込みながら慎重に左手を添えた。
しかし、
「っ........」
駄目だ───遠い。あまりにも、遠すぎる。
房総半島に存在する天の梯子から、標的であるガストレアがいる東京湾までの距離は...約五十キロ。
さらに手動で狙撃しなければならない上、チャンスは一度きり。条件はまさに最悪だ。
「クソ........無理だ...俺にはッ....!」
震える手で顔を覆い、絶望する。
こんなのは不可能だ。だって、当たる確率は多く見積もっても一%すらない。
折角、ここまで来たのに。もう東京エリアの命運は─────、
「大丈夫だ。蓮太郎なら絶対当てる」
隣から優しい声が聞こえたと同時に、俺の頬へ、延珠の小さくも暖かい手が添えられた。
それにハッとし、影胤と戦い、そして瀕死に追い込まれた時に駆け巡った想いを脳裏へ今一度浮かばせる。
少しずつ弱い己を押し込めていく俺へ、今度は飛那の力強い言葉が耳朶を打つ。
「蓮太郎さん、私が持てる力を全て使ってタイミングを見計らいます。それに習って発射してください」
「飛那...ッ、できる、のか?」
「はい、確実に当てます。いえ、当たります」
俺は深呼吸をしてから強く頷き、再度操縦桿を握り込むとトリガーへ指を掛ける。
そこに笑顔の延珠が手を重ね、これで運命に立ちむかう準備が出来た。
そして──────。
「──────きた。蓮太郎さんッ!!今です!」
飛那が叫んだ瞬間、確かに浮動するターゲットが
途端、視界が光に塗り潰された。
その中で、俺は光の矢がガストレアの巨躯を貫く光景を...確かに、見た。
今回は文字数が少なかったですね。
兎も角、ようやく続いたシリアス戦闘回は一旦終了です。次の話からは日常が多くなって来ます。