ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-   作:緑餅 +上新粉

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 原作と比べると、戦闘描写の内容があっさりしているな。と感じる方がいるかもしれませんが、このままだと影胤サンの章だけで二十話以上行ってしまうので...


18.決着

「...ん?」

 

 

 ふと違和感を感じ、銀月が浮かぶ夜空を見上げる。

 そうしながらも、牛のような体格をしたガストレアの額へナイフを突き立て、すぐに引き金を引いて打ち出す。炸裂音を響かせて射出されたバラニウムナイフは、容易に強固な頭部の外皮を突き抜け、その命を奪って飛翔した。

 バレット・ナイフを下ろしてから、俺は今しがた絶命し巨体を横たえたガストレアを、向こうで戦う夏世の方へ蹴り飛ばす。すると、ボウリングのピンみたく周囲の化物どもは牛ガストレアの巨体に轢き潰され、敵の数が激減した。

 

 

「ありがとうございます。樹万さん」

 

 

 残った敵を素早く殲滅し終えた夏世は、笑顔とともにこちらへ小走りで近づいてきた。

 ...銃で応戦していたが敵が多かったらしく、近距離での交戦を余儀無くされていたようで、彼女の顔や服にはガストレアの体液が飛び散っていた。それを見た俺はバックパックからタオルを取りだし、水を含ませたあとに優しく顔を拭ってやる。

 

 

「ほれ、少し我慢してろ。このままじゃ、可愛い顔が台無しになっちまうからな」

 

「は、はい...ふふ」

 

 

 抵抗されるかと思ったが、むしろ嬉しそうな表情をしているように感じた。会った当時と比べると、少しは感情表現が豊かになってきているな。

 

 

「おっと、そうだ」

 

「どうかしましたか?」

 

 

 容量が半分以下となったペットボトルとタオルを仕舞ったあと、先程の違和感を夏世へ説明する。しかし、彼女は特に何も感じなかったらしい。

 それでも、周辺のガストレアは粗方倒したことと、夏世本人が俺の勘を信じるということもあり、俺たちは移動を開始することにした。

 

 

 

          ***

 

 

 

 

「天童式戦闘術一の型三番─────」

 

 

「『マキシマム・ペイン』ッ!」

 

「『轆轤鹿伏鬼』!」

 

 

 黄金色の薬莢が右腕から飛び出し、俺の腕は凄まじい推進力で影胤が張った斥力フィールドの壁面を穿つ。しかし、影胤は殺せなかった衝撃へ無駄に張り合わず、わざと出力を落としてうまく後方へ流した。

 すると、俺は拳を突きだした不安定な態勢で影胤の目の前に存在することになる。

 

 

「ヤバ───!」

 

「ハハハ!そう何度も同じ手は喰わない、よッ!」

 

「ッガハ?!」

 

 

 そこを影胤の足が炸裂し、腹を撃ち抜いた。

 まるでボールのように軽々と数メートルはうち上がった俺の身体を、さらに二挺のベレッタで追い討ちをかけようとする。───あれを喰らうのだけは回避しろ!

 何とか脚部のスラスターを爆発させ、進行方向へかなりの勢いで跳躍し、弾丸を回避する。

 しかし、そのあとの事を全く考えていなかった俺は、すぐに己の不用意さに後悔することとなる。

 

 

「─────しまった!」

 

 

 碌に考えもせず天高く飛び上がってしまったが、うまく着地する対策を全く立てていなかった。

 このままでは、視界の下方にある錆び付いた船の甲板に激突する!

 

 

「ぐはっ....ァ...がっ、あぁ!」

 

 

 為す術なく固い甲板に身を打ち付け、数度転がった後に勢いよく船の柵へ激突する。

 幸い右半身から落下したらしく、強固な超バラニウムが味方し、骨折や内臓の損傷は避けられた。が、響いた衝撃は容赦なく全身を揺さぶり、激しい痛みと酩酊感を俺にもたらした。

 

 

「くっ....そ」

 

 

 急いで立ち上がろうとしたが、そこで凄絶な悪寒を感じた。

 ───俺の全感覚が告げている。今すぐそこを離れろ、と。

 

 

「そろそろこの戦いを終わりにしよう。我が友よ」

 

 

 俯く己の前方から聞こえた、死神の声。

 ザワッ!と、人間の原始的な危機察知能力が発した電気信号に、俺は逆らうことなく回避を───しようとした。だが、もう遅い。嗤う奴の魔手はすでに腹部へ接触している。そして、

 

 

「『エンドレス・スクリーム』」

 

 

 俺の腹に、大きな穴が空いた。

 

 

「...は?」

 

 

 あまりの事態に思考がついていかない。ただ、下に向けた視界へ映るのは、影胤の斥力フィールドがその形状を変化させ、槍の如く俺を貫いていた光景のみだ。

 ああ。これは、駄目だ。だって、俺の大事なものが、どんどん、溢れて───

 

 

「ゴボッ!」

 

 

 ここまでくれば痛覚などない。あるのは、急速に己へ迫る暗き死のみ。

 避けることのできないその闇は、最早身体の大半を呑み込みつつある。それに抵抗する気力も、時間も俺には残されていない。

 

 

「さぁ、終幕(フィナーレ)だ」

 

 

 赤く染まった横倒しの視界の中、影胤は船の甲板を歩いて端まで辿り着く。そこまで行くと、おもむろにベレッタを構えた。

 まさか、あの場から下にいる動けない延珠を撃つつもりか?

 

 

(延珠が───死ぬ?)

 

 

 俺だけでなく、あの無垢な少女まで殺すというのか?

 

 

(延珠が───アイツに、殺される?)

 

 

 あの男は。蛭子影胤は、まだ世に残された希望を信じ、懸命に生き続けてきた延珠の未来を潰すと言うのか?

 たった一発の、黒い銃弾で。

 

 

「─────────ッ!!!」

 

 

 

 延珠と過ごした日々が、閉じた瞼の裏によぎる。

 

 苦しかった、辛かった。そんな過去を抱えながらもアイツは笑ってくれた。俺が守ってやると、この世界全ての人間がお前を見捨てても、俺だけは味方だと。そんな俺の言葉を信じて、笑っていてくれたんだ。

 今ここで俺が倒れれば、延珠は今度こそ壊れてしまう。この世界に絶望してしまう。

 

 ──────なら、こんな所で死ぬ訳にはいかないだろうがッ!!

 

 目を見開き、右手を素早く動かす。時間が無い。命そのものが零れ落ちている。

 懐にある残りのAGV試験薬をまとめて抜きとると、キャップを弾いてから一切の躊躇なく己の腹へ突き立てる。

 その直後、1本のみ使ったあのときとは比べ物にならない程の業火が身を焼き、四肢全ての感覚が脳と断絶した。

 やがて熱は伽藍となったはずの腹で激しく渦巻き、溶鉱炉を抱いているような感覚に陥る。そんな火炎の中で、今まさに死に往く内部の骨や臓器、血管などを無理矢理蘇生させ繋ぎ合わせていく。

 

 

「グッ、オオおあああああああああ!!」

 

 

 全身を得体の知れないモノが這い回っているような感覚に苛まれ、自分がその何かに侵食されていっている錯覚が明滅する自らの思考を掠めた途端、堪らず腰を折り、甲板を全力で殴りつけた。しかし、正常な思考は流れる溶岩のごとき熱波で溶け消えようとする。

 それを塞き止めるかのように頭を地へ擦り付け、やがて一際大きな絶叫とともに、地面を割るほどの勢いで両足を叩きつけて立ち上がった。

 

 全てが終わった後、最初に俺の瞳孔へ焼き付いたのは───ベレッタを取り落とす蛭子影胤の姿だった。

 

 

「里見くん....君は、一体」

 

 

 明らかに動揺した声を無視し、俺は瞳を見開いて思いきり踏み込み、同時に義足を撃発。

 壮絶な肉体再生にひきつった足は、生まれたての小鹿をして軟弱と言わしめるほどに震えていたが、己の強固な意志...延珠を守るという確たる意志で、しっかり芯を通わせる。

 影胤は思わずといった形で地に落ちたベレッタへ手を伸ばすが、そこで失態を悟ったか、すぐにあの態勢へ移る。

 

 

「ッ!エンドレス・スクリー」

 

 

 天童式戦闘術一の型十五番──────

 

 

「遅ぇんだよッ!雲嶺毘湖鯉鮒(うねびこりゅう)!」

 

 

 影胤が槍を形成し終わる前に下方から抉るようなアッパーを撃ち、同時に腕を撃発させる。

 しかし敵もさるもの、最初は出力が低めではあったが、少しずつその密度を上げて押し返し始めていた。

 

 

「ぐっ!おおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 まだだ──────まだ、いけるッ!

 俺は吠えながら続けざまに右腕を撃発させ、その拳を一段、一段と沈ませていく。そして、腕部の薬莢が尽きようかという数発目で、今まで強くあった腕への抵抗感がスッと消え、すぐに何枚ものガラスを打ち破ったかのような快音が響く。

 俺はその先にいる影胤に向かって、残った薬莢を更に吐き出しながら壮絶な拳を振るった。

 

 

「がァッ!?」

 

 

 奴が打ち上げられたところを見ると、俺は全力で跳躍し、後方に向けた状態の脚部スラスターを撃発。空中で半回転し、そのタイミングで影胤と並ぶ。

 頂点まで来た所で、俺は脚に残った全ての薬莢を炸裂した。

 

 

「天童式戦闘術二の型十一番───」

 

 

 踵がその体を撃つ寸前、影胤は俺を見た。

 すると、掠れた声で自嘲気味にこう俺へ告げた。

 

 

「はは、君のような民警に負けるのは、これで、二回目か───」

 

 

 回る視界から影胤が消える。

 

 

「隠禅・哭汀・全弾撃発(アンリミテッド・バースト)!!」

 

 

 ついに一回転した踵は彼の胸部に炸裂し、猛烈な勢いで今しがた立っていた船の甲板を突き破ると、さらに海面をバウンドして数百メートル先まで吹き飛んだ。

 一方の俺は、腕にも足にも薬莢が残っていないため、このままでは沈みかけている船に垂直落下してしまう。しかし、どうする術もなく、もはやこれまでと目を瞑りかけた瞬間、体が妙な浮遊感に包まれた。

 

 

「......っと?」

 

「蓮太郎、よかった。...妾たちは、勝ったのだな」

 

「え、延珠っ?」

 

 

 俺を抱えていたのは、左右でまとめた髪を風にたなびかせる延珠だった。

 いや、彼女は影胤との交戦で片腕、片足へバラニウム弾を撃ち込まれ、とても歩けるような状態ではなかったはず。

 そう言ってみたが、延珠はにかっと笑い、沈み行く船の柵に足をかけてから跳躍して、すぐ近くの倉庫屋根に飛び乗ると、一旦俺を下ろしてから足を見せてきた。

 

 

「足なら多少かすったくらいだったのだ。動けるまで回復したのはついさっきだけど、間に合ってよかった。妾の回避能力凄いっ!」

 

「っ───よかった、延珠」

 

「ふおっ...むふ、蓮太郎は寂しがり屋だなぁ」

 

 

 思わず抱き締めてしまったが、延珠は突き放すことなく俺の頭を撫でてくれた。

 そろそろ離れようかと思ったところで、ポケットが携帯のバイブ震動で揺れた。このタイミングだと発信相手が誰だか大体見当はついたので、取り出してから迷うことなく通話ボタンをタップする。

 

 

『里見くん、よく頑張ったわね。一部始終しっかり見させて貰ったわ』

 

「あぁ、ありがとう。木更さん」

 

 

 聞き慣れた、しかしこの状況に限っては何よりも安心する人の声音に、思わず目頭が熱くなってくる。

 すぐに目元を拭うと、悪戯っぽい笑みを浮かべる延珠の頭をわしわしと撫でてからスピーカーへ意識を向けた。

 

 

『大仕事のあとで疲弊しているところ申し訳ないんだけど。───ちょっと、悪いことが起きたわ』

 

「悪いこと?」

 

ステージⅤ(ゾディアック)ガストレアが、現れたの』

 

「う、そだろ?」

 

『残念だけど、冗談じゃないわ。里見くん、私は今東京エリアの重鎮たちが集っている...JNSC会議室にいるの』

 

 

 最初は言葉の意味を図りかねたが、スピーカーの奥の方で木更さん以外の誰かが大声で騒ぎ立て、椅子や机を蹴るような音まで聞こえた所で、ようやく理解した。

 

 

「東京エリア最後の砦が、混乱状態に陥っている...てことは、やっぱり」

 

『そうよ。こっちはステージⅤ、スコーピオンの対応に追われているわ。最新鋭の武器を使って攻撃を続けてるけど、全く効果なし。お陰で御偉いさん方はパニックよ』

 

 

 俺は片手で顔を覆いながら、赤い光を断続的に明滅させる東京湾の地平線を眺める。

 ステージⅤは召喚されてしまった。ならば、もう俺たちに残される道は───

 

 

『聞いて、里見くん。まだ諦めるには早いわ。...可能性は、残ってる』

 

「っ!ステージⅤを倒す方法があるのかっ?!」

 

『ええ、たったひとつだけ。それは───』

 

 

 

          ***

 

 

 

「うっ.....あ、れ?蓮太郎さん...?」

 

「大丈夫か?飛那」

 

「痛ぅ...あれ?私───はっ!そうだ、蛭子影胤はッ?!」

 

 

 木更さんとの電話を終えた俺は、気を失っている飛那の元へ来ていた。

 彼女は目を覚ますと、暫く打った後頭部や背中に手を当てて唸るが、すぐに今までの事に気付き、俺へ詰め寄ってきた。

 

 

「大丈夫、もう終わったぜ」

 

「そう、ですか...役に立てなくてすみません」

 

「そんな事はないぞ飛那!妾だって腕と足撃たれて動けなくなったからな!」

 

「延珠。それ自慢することじゃねぇよ」

 

 

 笑う延珠にジト目を向けてやるが、本人はどこ吹く風だ。しかし、少しは飛那の気持ちを楽に出来ただろう。

 

 

「では蓮太郎さん、任務完了...ということですか?」

 

「いや」

 

「?」

 

 

 飛那は首を傾げ、疑問符を浮かべる。

 確かに、元凶である蛭子影胤は倒されたのだから、もう東京エリアの危機は去ったと誰しも考えるだろう。

 だが、事態はむしろ悪化していた。

 

 

「ステージⅤガストレアが現れちまったんだ」

 

「!そんな───何とかならないんですかッ!?」

 

 

 飛那は目を見開き、絶望したような声を上げる。しかし、俺はこれに対する返答を用意していた。

 

 

「『天の梯子』を使って、奴を消し飛ばす。これが東京エリアを救う、ただひとつの方法だ」

 

 




 影胤サンがぶっ飛ばされるシーンをアニメで見た作者は、「うわああああ力ちゃんがぁ!?」と、盛大に嘆きました。

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