ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線- 作:緑餅 +上新粉
作中で銃の名前や性能がポンポン出て来るのはそう言った理由だと思ってください。
「こりゃキリねぇわ」
俺がそう呟いた瞬間にも、目前の化物が三体血飛沫を上げて屍となった。しかし、それを踏み越え踏み潰し、血肉に足を滑らせながらも背後から新顔が沸いて来る。
こんなことを繰り返された俺と夏世は、目に見えて心労が嵩んでいた。
「何でこんなに多いんでしょうか?流石に妙です」
ガストレアは基本、異種間で群れを作る事はない。そういった社会性が皆無である訳ではないが、それでも確認された集団は二三匹程度の小規模さだ。
それを前提として考えるのならば、まずこのような状況には陥らない筈である。向かってくるガストレアの種に相関は全く見られないのだから。
俺はバラニウム弾をばら撒きながら夏世に向かって口を開く。
「恐らく、何らかの方法で第三者が俺たちのいる場所へ集まるように仕向けているな。ま、常考、犯人は最初に触手を伸ばして不意打ちしてきたやつだろう」
「なるほど、確かに芯が通った論です。ですが───」
「大丈夫、ここを放り出す気はないよ。...でも、これじゃいずれコッチが折れる」
夏世は俺の出した答えに難しい顔をしながら装填の合図を出す。
俺はそれに頷き、マガジンをバラニウム弾から火薬のものに換装し、バレット・ナイフへバラニウムナイフをセットしてロック。同時に彼女から投げ渡されたワルサ―P99を受け取り、コックしてから夏世の前に立つと、遠方のガストレアを撃ちながら、近距離に迫ったガストレアをバレット・ナイフで刻んでいく。
肉体的な疲労はまだ底が分かるくらいしか蓄積していないため、俺は縦横無尽に腕を振り、背後の夏世を死守して戦う。
「チッ、上からも来やがる」
飛行型ガストレアが耳障りな羽音を響かせながらこちらへ迫る。それを見た俺は、一旦攻撃の手を止め、装着されているバラニウムナイフのロックを素早く外す。
「今ッ!」
飛行型ガストレアが前に出た瞬間を狙い、引き金を迷うことなく握り込む。
飛び出した黒い塊は、俺を狙って殺到してきた多くの化物共を切り裂いた。しかし、両翼から迫る奴等は未だ健在。とてもハンドガン一挺で対応可能な場面ではない。
「二挺はあんまり得意じゃないんだが」
ワルサーP99とバレットナイフを両手に構え、集団を率いる筆頭のみを選んで高速銃撃し勢いを削ぐ。そして、多少攻勢が弱まった所で正面の雑魚を叩き、こちらへ敵を近づけないまま瞬く間にガストレアの屍を積み上げていく。
と、ここで度重なる乱射により、ワルサ―P99がスライドストップしてしまう。流石に弾数増量モデルでもこれはキツかったか。しかし、それと入れ替わるように後方から頼もしい援護射撃の銃声が聞こえて来た。──夏世だ。
「す、すみません。つい貴方の技量に見入ってしまいました。それにしても、そのマガジンには火薬しか装填されていないはずでは?」
「ん?ああ、簡単だ。初弾にだけ火薬を詰め込んで、他はバラニウム弾にしただけ。これならナイフを飛ばしたあとにすぐ射撃へ移れる。あと、ほれ」
言い終わったあとに、夏世へワルサ―を返してやる。そして、弾数ゼロになったバレット・ナイフのマガジンを捨て去り、新しいものを装着。コッキング代わりの起きたトリガーを手前に引き、射撃を再開する。
再度二人がかりになり抗戦は大分楽になったが、ガストレアの数が一向に減らない。このままではこちらが弾切れに追い込まれてしまう。
「────行ってください」
「え?」
「ここは私が受け持ちます」
恐怖による震えなど全く感じさせない声で、そう俺に訴えかける夏世。確かにこの状況を打開するには、仲間を呼び寄せているガストレアを倒す以外無いだろう。だが、
「駄目だ。お前が確実に死ぬ」
「大丈夫です。私には切り札がありますから」
「下手な嘘は止せ」
「────っ」
見抜かれたことに驚いたらしく、伏し目がちな瞳を見開くが、すぐに唇を噛み締めながら俯いてしまう。
俺はそんな夏世の頭に手を置き、安心させるように言った。
「一人で背負い込もうとするな。何とかいい作戦を立ててみるさ。......んん、そうだな。元凶は恐らくタコの因子持ちだから、好物のカニでも用意するか!ここから海近いし、将監に取ってきて貰おうぜ!」
これまで考えても碌な作戦が浮かばなかったくせにやるといった手前、何も言わないのもアレかと思い、半ばやけくそ気味でふざけた作戦を口にする。自分で言っておいてなんだが、場を和ますにももっとやり方があるだろうに。
そんな俺の心配は、夏世の風がそよぐような声によって杞憂と変わる。
「ふふふ、貴方は面白い方です。この状況では間違いなく絶望が先行するというのに、悲観ではなく、まさか笑みで顔を歪ませることになるとは」
彼女は微笑みを浮かばせているが、その瞳は力強い光を宿している。必死で打開策を捻出しようと躍起になっているのだろう。
だが、恐らく見つからない。周囲に散らばる夥しい数の死体と化したガストレアが、密かに蘇生しているのではと勘繰る程にあちらの攻勢は弱まる事を知らないのだ。
せめてここが、未踏査領域の
煙る視界に目を細めながら、本日何度目とも知れぬ装弾を行う。
そんな俺の横を何かが通過し、死地へ躍り出た。それは漆黒の大剣を振りかざし、横なぎの一撃を放つ。
恐ろしい威力で振るわれた闇を纏いし凶刃は、異形の怪物どもを容易に砕き、潰し、両断した。
「で、結構行き詰まっていると見たが────どうだ?」
俺と夏世の前に立っていたのは、伊熊将監。
ガストレアの血肉の雨が降る中、大剣を肩に掲げて此方を眺める彼は、出会った時の小物臭溢れる雰囲気が完全に霧散し、精悍な顔付きを湛えていた。
よし。今の将監なら、ここを任せられるな。
「この場を頼む。危なくなったら逃げてくれて構わない」
「ケッ、どうせ後ろは森だ。逃げたとして消耗してる俺等じゃ振り切れねぇよ」
彼は再び迫って来たガストレアをまとめて斬り伏せながらそう吐き捨てる。しかし、俺の方を向くと自身に溢れた気迫をぶつけてきた。
「テメェの言う通り、俺は殺さねぇと気が済まねぇ人間だ。でも、今はそれでいいよなァ?コイツら全員死体にすりゃ、大助かりだろうからよ」
随分と気持ちのいいセリフを言うようになったものだ。是非とも、その大言壮語を現実のものとして欲しいところである。
俺は将監に『頼む』と一言声を掛けてから、バレットナイフに新しい弾倉をセットしてから、腰のホルスターに差しこむ。
「なるべく、早めに戻る」
「お願いします。美ヶ月さん」
夏世の優しい声に背中を押されながら、俺は二人を残して戦場から離脱した。
****
「───っと、やっぱりいるか」
素早く脇道を迂回しようとしたのだが、既に複数のガストレアが網を張っていた。随分と目のいい奴が敵側にいると見える。
「お前らには構ってられねぇんだよ」
『
「くっおォ...!」
噛み締めた歯が不規則に蠢き、しかし収まる。全ての細胞を破らんばかりの衝動にも耐え、全身の感覚がひっくり返るかのような嫌悪感にも耐え忍ぶ。
しかし、目に見えて変化を顕した箇所がひとつだけ、ある。
────赤目。
それはこの世で最も忌み嫌われており、呪われた子どもたちがガストレア因子をその身に宿す証。能力を解放した時のみ、その瞳は赤く染まる。
彼女たちはウイルスに対抗する術を有してはいるが、完全な支配下に置いている訳ではない。あくまで、通常より体内遺伝子の侵食を遅らせているだけ。いずれは皆、俺の目の前で叩き潰され、八つ裂きにされている化物と同じ姿となってしまうのだ。
「くっ」
嫌な思考を振り払っていると、鋭くとがった爪や牙を閃かせて三体の犬型ガストレアが飛びついて来る。しかし、俺が発現させているのはホッキョクグマの因子だ。傷などつく筈もない。
倒れない俺を心底不思議そうに頭上から睨む獣三匹を投げ飛ばし、周りにいた連中も巻き込んでやる。
「よし、大分空間が出来たか」
ホッキョクグマは、熊の中でも凄まじい機動力とスタミナを誇る。だが、その分エネルギー消費量が激しく、下手に動きすぎると凄まじい勢いで腹が減る。兎も角、これに任せて一気に包囲網を抜けよう。
俺は腰を低く下げ、両腕を顔の前で交差させる。そのまま、後方へ引いてある足をバネとし、ガストレアの大群へ突っ込んだ。
「楽勝────だな!」
己の身体より一回りも小さい俺へ衝突したガストレア共は、まるで重機に轢かれたかのような勢いで吹き飛ばされていく。
足を止めず、茂る木々をもなぎ倒して進んでいると、開けた視界へ細長い何かが飛び込んで来た。
「ぬおっ!っと、あれはあの時の!」
そう。以前夏世の銃撃によって撃ち落とされた、蛸の触手と全く同じ物が暗闇に浮いているのだ。
もう、諸悪の根源がこの先にいるのは間違いない。そう思った俺は、迷いなく突貫を再開させる。しかし、敵もこの先へ行かせたくはないようで、更に暗闇から伸びて来た三本の触手で応戦してきた。しかし、
「こうも楽だと、寧ろ怖いな」
不規則に翻り、空を裂く蛸の触手を流すように避ける。速い事は速いが、見えなくはないので欠伸をしながらでも対応可能だ。そして、待ちわびていた横なぎの一撃を難なく掴みとり、熊の腕力を以て全力で手前に引く。
「よっしゃ、フィィッシュ!」
目前に立つ樹木をメチャクチャにしながら引っ張り出されたのは、矢鱈と頭部が肥大化し、ぶよぶよと体皮を弛ませる謎のガストレアだった。
ビターン!と地面へ叩き付けられた衝撃で蠢く軟体動物は、唐突に頭の天辺に当たる部分から何かを垂れた。
そんな気になるものを目前に置かれれば前述の通り気になるので、ゆらゆらとぶら下がるそれに目を向けた───その瞬間、俺は酷く後悔する羽目になる。
「うおっ!まぶしっ!」
突如、強烈な閃光が瞳孔を焼き、視界が完全な白へ塗り潰される。まさか、チョウチンアンコウの因子まで持っているとは思わなかった。
恐らく、あの光を使ってガストレアを集めていたのだろう。なら、やはりコイツを倒せば万事解決だ。
俺の視覚を潰した隙に体勢を整えたらしい敵方は、生える触手を全て使い、俺を屠ろうとしたのだろう。
「おっと」
しかし、それは完全な愚策。何故なら、俺は既に聴覚で生物の位置を把握することはお手の物だからだ。
修羅場という言葉すら生ぬるい地獄を駆け巡ってきた俺は、五感の一つさえ生きていれば大抵の敵は捌ける。異常だと思う人間が大半だろうが、戦場であらゆる殺され方を試していれば、自然とそうなってしまうものだ。
振るわれた触手の槌を軽く避け、敵の下へ疾走する。最中に身体の内に意識の数割を向けると、
『ステージⅢ
俺はイッカクの因子を発現し、ホッキョクグマとの
「喰らえタコ野郎ッ!」
右腕のみを形象崩壊させ、新たに再構築して作りだした。
ホッキョクグマの膂力で打ち出した、イッカクの槍の如く鋭い歯。この一撃を脳天へ深々と貰った名も知らぬガストレアは、回復しつつある視界のなかで仰向け(?)に崩れ落ち、割とあっさり絶命した。
「うし、急いで戻らんと二人が危ないな」
やはり、人間の先端兵器相手に連勝していた攻撃特化のガストレアと比べると、ここらのガストレアは幾ばくか変態が護身寄りへ傾いている。
近々、もしかしたら集団行動を成す厄介な奴等が出て来るかもしれない。
「ガストレアにそんな知能はない、か」
しかし、それは喉に刺さった魚の小骨みたく、予想以上に俺の思考を長い間占領した。
オリ主の持つ能力の詳細は、今後明らかにする予定です。
原作ではモデル名がみんな英語で表されていましたが、イッカクはちょっとアレなので、イッカクのままにしました。分かりやすさ重視です。