ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-   作:緑餅 +上新粉

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 皆さんお待ちかね...将監サン、ついに今話初登場ですっ!

 ...え?将監じゃなくって夏世ちゃんを待ってた?いやいや、将監サンにもカッコイイトコあると思いますよ?


13.覚悟

「んしょっと...」

 

 

 鬱蒼とした夜の森の中を歩きながら、逐一ライトで周りを照らす。....本当はこんなものが無くとも視界を改善させる手立てはあるのだが、ワザとガストレアを俺の下へ引き付けるために、こんな誰が見ても自殺行為としか思えない手法をとっている。

 湿った土を底の厚い靴で跳ね飛ばしながら、目前に現れたうねるような木の根を跨ぎ、一息で通過する。しかし、

 

 

「────こりゃ、キリないな」

 

 

 前方に目を向けると、さっきと全く同じ光景が連なっており、あと何回同じ動作を繰り返さねばならないのかと辟易する。だが、ここを進まなければ同作戦行動中の民警とエンカウントする恐れがあるのだ。

 発生するであろう面倒事は避けたいので、必然的に道を外れるしかない。

 

 

「悪路を進んで選択してるにしても、見通しが悪すぎるぞ」

 

 

 俺は現在、蛭子影胤追撃作戦に秘密裏の参加をしている。

 東京エリア全土が危機の今、ほぼ全ての民警がこれに加わっていた。勿論蓮太郎たちも、この未踏査領域の何処かにいるのだろう。

 

 

「よっと」

 

 

 未踏査領域とあっては、無論ガストレアの宝庫だ。今さっきもハエ型らしきガストレアが突っ込んで来たので蹴散らした。

 かなり接近を許してしまったので、普通に無手を繰り出して内部から爆散させたのだが、見ると腕や上着全体にベットリとした体液が付着していた。

 

 

(足とか手でやると汚れるな....)

 

 

 奴等の体液は粘ついており、一度服などにつけようものならまず落ちない。

 一般的な民警の戦法である、遠距離から銃で攻撃する手法をとればその心配はないのだが、素手でもガストレアを殺せる俺は例外なのだ。

 

 

「ぬぁーっと、これで...三十越えたか?」

 

 

 この森へ踏み入ってから屍と変えたガストレアを指折り数えてみる。その途中で、犬型ガストレアの集団奇襲があったことを思い出した。

 ....流石にずらっと赤い目が立ち並ぶあの光景には俺も余裕を無くし、片っ端から肉片にしたので、残念ながら数をカウントする思考の余地はなかった。一頻り掃討し終えたあとに周囲を見たら、正に死山血河な有様であった。ありゃ数えられないね。

 

 

「シャアァー!」

 

「グルルルルルル!」

 

「ウウウウウ....!」

 

 

 と、考えているうちに三匹の化物が木々から顔を覗かせたので、仕方なく計算はここで諦めることとし、懐から抜いたあるモノを前方に向ける。

 甲高い発砲音を響かせてバラニウム弾を吐き出したソレは、名もなき化物共の脳天を撃ち抜き、奴らは碌な断末魔も上げることなく息絶えた。

 

 

「うん。やっぱあの人は天才だ」

 

 

 そう言いながら、俺は硝煙をゆらめかせる鈍色の銃口へ目を向ける。

 

 実は、俺が今まで使っていたタクティカルナイフ型のハンドガンは、ある人の手で劇的な変化を遂げていた。

 マガジンを外部に装着し、簡易機構を可能とした自動装弾エンジンを搭載。撃鉄は極力縮小化され、初弾装填は外付けレバーを使ってスライドさせるセミオートマチックとなった。

 内部機構の増幅で、どうしてもナイフ本体のハンドル部分が大きくなってしまったのだが、そこまで取り回しの良さは損なわれていない。

 何にしても、状況に応じてマガジンを変えれば、ナイフと銃の利点を更に引き出した戦法が取れる事が可能となった。

 

 

『ハハハハハ!こ、こんな馬鹿みたいな銃をつ、使ってる馬鹿がいるとはなぁ!しかもシングルアクションだと?フハハハハハハ!』

 

 

 ある人───室戸菫ドクターは俺の主力武器を見た瞬間大爆笑し、「アイツの趣味に付き合うな、同類になるぞ?...いや、もう手遅れかね」と嫌味まで言われた。お代の代わりに心から出費した代償はデカかったぞ。

 

 

「『バレット・ナイフ』か...安直だけど、良い名前だ」

 

 

 元々名前が無かったコイツは、そのことを申し出たら改造するついでにドクターがつけてくれた。完成品と共に『Bullet Knife』と書かれた紙を渡された時、俺はこれだと一発で決めたのだ。

 一応他にも候補はあったのだが、厨二病に侵された名称ばかりが紙面に並んでいたので、丁重にお断りさせて貰った次第である。

 

 

「てか、オッサンなんで俺にこれ渡したんだろ...」

 

 

 考えているうちにもガストレアが沸くので、マガジンを片手間に取り付け、レバーを起こしてスライドさせ、弾丸が無くなったらまた取り外し、蹴りやら拳も交えて次々と殲滅していく。

 この調子で民警を襲う可能性のあるガストレアを排除していこう。

 

 

 

 

          ***

 

 

 

 

「っいてててて!」

 

 

 左肩に深々と刺さった木の枝を抜き、乱暴に叩き折る。木の枝を放ってから傷口を見ると当然流血していたが、すぐに塞がってしまう。

 だが、服に空いた穴は別だ。

 

 

「くそ...ガストレアより、ウイルスで突然変異したここの樹木の方が怖いとはな」

 

 

 軽く腕を回しながら呟くと、温い風が吹き抜けて木々がざわめく。陽が完全に沈んだ時刻ともあり、周囲は闇色に彩られ不気味な雰囲気を湛えていた。しかし、だからと言ってビクビクしながら進んではいられない。

 いつまでも二の足を踏んでいると、影胤がステージⅤガストレアを召喚してしまう。

 

 

「だから、こうやって民警らの邪魔するガストレアを殺して廻ってるんだからなぁ....」

 

 

 影胤と直接対決出来ない俺は、『道ならし』に徹するしかない。

 聖居の連中は、恐らく何らかの方法でここをモニタリングしているだろうから、下手に森を出たり他の民警と合流したりすれば、我が身を晒すことになる。

 作戦の指揮や管制などを担っている人物の中に、『俺たち』を殺した犯人が紛れている可能性は非常に高い。すぐに気付かれることは先ずないと思うが、リスクは出来る限り排したい。

 

 

「蓮太郎、頼んだぜ」

 

 

 影胤と対峙することになるだろう、不幸顔の友人へ勝利を願いながら、目前に現れた狼型ガストレアの顎を爪先で砕き、半回転してもう片足の踵を喰らわす。だが、衝撃をうまく逃がせなかったのか、また頭を爆散させてしまい、派手に体液を浴びる。

 時間が経った奴らの血液は酸化し、凄まじい悪臭を放つ。己から漂うその匂いは、数十人を失神させても余りある程のものだろう。

 

 

「替えを持ってきておいてよかった」

 

 

 腰につけたバックパックから、まずは水の入ったペットボトルを取り出し、頭からかぶって髪と顔を洗浄する。すぐにタオルで拭いたあと、その二つを仕舞うついでに今度は新しい服を取り出し、広げようと...したところで、殺気を感じた俺は後方へ飛び退く。

 すると、俺が今まで立っていた空間を、突如飛び出してきた大男の持つ黒い大剣が真っ二つに引き裂いた。

 

 ────替えの服ごと。

 

 

 

「おあぁぁぁああぁぁぁ!」

 

「な、なんだ、当たったのか?」

 

 

 剣の刃へ血がついているかを確認する大男には目もくれず、両断された衣服を検める。しかし、最早手の施しようがない程に無残な有様となっていた。

 俺は怒りそのままに男を睨みつけ、手の平に乗る布屑を見せつける。

 

 

「テメェ!なんてことしやがる!俺の新しい服がメチャクチャじゃねぇか!」

 

「バカじゃねぇのか?命狙われてたんだぞ?」

 

 

 何やら命がどうとか言っているが、そんなことはどうでもいい。とにかくは、どこの民警だか知らんが後で確実に賠償請求させて貰おう。

 身一つでドクターの下へ転がり込んでいる俺としては、三食食わせて貰っているだけでも身に余る恩である。そこへ服を買ってなどと申し出るなど....後々、個人的な実験の被験者とされかねない。

 

 

「まぁ、過ぎたこと気にしても仕方ねぇ。それに、こんなこともあろうかと...」

 

「?」

 

 

 俺が漏らした意味深な言葉に疑問符を浮かべる大男。俺はそんな彼へ不敵な笑みを浮かばせながら、再度バックパックから素早く取り出したものを拡げて見せる。

 

 

「もう一着、あるッ!」

 

 

 瞬間、大男はアニメのように後方へひっくり返った。本当に予想を大きく外されると腰が抜けて転倒するのか。

 もし俺たちが芸人の類だとしたら、ギャグが成立して観客を大いに賑わせられるのだろう。しかし、上体を起こした急増コンビのツッコミ役は、額に幾つもの青筋を浮かべていた。

 

 ───今更だが、大男は凄まじい恰好である。

 逆立った髪、威圧するような三白眼と口元に巻かれた髑髏柄のスカーフ。そして、なによりも目立つのがその手に持った漆黒の大剣。

 チラチラ観察しながらもガストレアの体液まみれになったシャツを脱ぎ捨てる。と、丁度上半身裸になった俺を狙うかのようにして、憤怒の形相をした大男が突貫してきた。

 

 

「よっと」

 

「おぁっ!?」

 

 

 確実に当たると踏んでいた一撃を躱され、大男は思い切りつんのめって地面に手を着いてしまう。一方の俺はその間に袖を通し、裾まで直してから一息吐く。

 確かに振るう速度は速かったが、初手を大振りにしたのは駄目だ。剣や刀は体重を乗せた分威力も向上するが、攻撃範囲が狭すぎる。太刀筋を視認できない対象には有効な一手だが、見えてしまう者に対しては致命的な隙を晒す羽目になる。

 二手目も外したが、大男は声を張り上げながら尚も肉薄する。...しかし、今回は今までの攻撃手段とは違った。

 

 

「夏世ッ!奴を殺せェ!」

 

 

 名前と思しき言葉を叫んだ所でようやく思い出した。

 コイツは見た目があれだが民警だ。イニシエーターも勿論、いる!

 

 

「────?」

 

 

 奴の剣を躱しながらも、しかし銃声は聞こえてこない。どうやら先方は撃つのを躊躇っているようだ。

 だが、戦場においては数秒の隙も命取り。俺はすぐさま索敵を続け、数瞬で正確な位置を弾き出す。

 銃を構えてから撃つのでは遅い。流石に、先方も自分を明確に害するものが向けられれば攻撃の意志を固めるはず。

 

 ───ならばこうしよう。

 

 俺は腰に下げたホルスターへ片手を突っ込み、親指と人差し指、中指でバレット・ナイフ用のバラニウムナイフを引き抜くと、勢いそのままに投合する。直線を描くナイフは直ぐに木々の闇間に消え、そして────、

 

 

「きゃ...!」

 

 

 ガギャ!という金属同士が激しく衝突する音とともに短い悲鳴が聞こると、少ししてから重い何かが地面に落ちる音も響いた。

 ───衝撃で誤射していない?大男のイニシエーターはトリガーに指を掛けることもしなかったのか。

 

 

「クソが!役に立たねぇなァッ!」

 

 

 とにかく、今は一人で暴走しまくっているこの馬鹿を止めなければ。何となくコイツの相棒にも会ってみたくなったし。

 凄まじい速度で剣が振るわれ、空気を裂く音が絶え間なく続くが、これは奴が望んでいる音ではない。奴は、俺の肉を断ち、内包する臓器を叩き潰す怪音を聞きたいのだろう。

 だが、あまり悠長に相手はしていられない。周りの空気が明らかに変わっているからだ。

 

 

「オラァァアア!」

 

 

 ───コイツは全く気づいちゃいねぇな。

 目の前で死なれても寝覚めが悪いので、一際大振りな一撃を繰り出そうとした大剣の側面を蹴りで打ち抜く。すると、大男は強く握っていた剣に振られて思い切り転倒した。

 そして、その直後。大男の胴体があった辺りを、凄まじい勢いで細い何かが通過する。

 

 

「ひっ!」

 

 

 目前を掠めて行った死そのものに恐怖したか、奴は腰が抜けて動けなくなってしまったようだ。...全く、世話の焼ける!

 しかし、判断が少し遅れたか、既に二撃目が振り下ろされてしまっている。このまま男の下まで走っても間に合わないので、バレット・ナイフを取り出そうと腰に手を伸ばした時、甲高い銃声が耳をつんざいた。

 

 

「!...アイツのイニシエーターか」

 

 

 無事ヒットしたらしく、男の隣に本体と切り離された『ソレ』が落ちた。そして、断末魔を形容するように暫くのたうち回った後、パタリと事切れる。

 それを確認した後に近寄り、よく観察してみると、

 

 

「触手みたいだな...吸盤もある。蛸の因子を持つガストレアか」

 

 

 蛸と言うと、足は八本。恐らく追撃が来るだろう事が考えられるので、未だ固まっている大男を引っ張って安全な場所まで避難させる。

 引き摺っている最中に、自分がこの男の名前を知らないことに気付き、何となく聞くことにした。

 

 

「お前、名前は?」

 

「俺、か?」

 

「そうだよ、さっさと言え。俺の名前は美ヶ月樹万だ」

 

「────伊熊、将監」

 

 

 何処かで聞いたことのある名前だ。しかし、今は肩書や名声でどうにかなる状況じゃない。実力はあるようだが、あんな事で怯んでしまう程の温室育ちなら足手まといだし、なによりその行動理念が気に喰わない。

 俺は将監を開けた場所の木の幹へ寝かせ、吐き捨てるように言う。

 

 

「お前はそこにいろ、伊熊将監。戦う理由をはき違えている人間が、俺の隣で必死を繕われちゃ気分が悪い」

 

「どういう、意味だ」

 

「お前が剣を振るう理由は憎しみでも正義感からでもねぇだろ。殺したいから殺すっていう中身の無い理由だ。そんなに死体を見てぇんなら全部終わった後の戦場に来い」

 

「────」

 

 

 気が抜けてしまったかのように黙り込む将監を放り、俺は背後に向かって言葉を投げかける。

 

 

「変なことする気はないから安心してくれ。話も終わったし、な」

 

「分かりました」

 

 

 ガチャリという重々しい金属音が移動した音で一息ついた俺は、ようやく視線を彼女へ向ける。そこには、限りなく無表情に近い表情を湛え、H&K・G11突撃銃を下に向けるワンピースとスパッツを着ている三つ編みの少女がいた。

 

 

「ええと、君が」

 

「はい。私が伊熊将監さんのイニシエーター、千寿夏世と申します。夏世とお呼び下さい」

 

「俺は────」

 

「将監さんとの会話を聞いていたので、貴方の名前は既に補完済みですよ」

 

 

 あくまでも表情を変えない夏世へ苦笑いしながら頬を掻いていると、今まで感じていた嫌な雰囲気が一段と濃くなった気がした。

 

 

「....来ますね、美ヶ月さん」

 

「ん、分かるのか」

 

「大体皆察する事は出来ると思いますが、将監さんはちょっと.....そういうことに疎いので」

 

 

 夏世なりに隠そうとしているのだろうが、寧ろ彼の脳筋ぶりが浮き彫りとなっていた。同時に背後から当人と思われる大きな咳払いが響くが、無視してバレット・ナイフを抜く。

 

 

「援護は任せて下さい。横からの敵は全て請け負います」

 

「了解、俺は中央から沸いて来る敵を叩く。あぶれた奴は頼む」

 

 

 夏世はゆっくりと頷いた後、G11を構えて先手を取る。

 彼女の持つG11は薬莢が排出されないケースレス弾を使用しており、速射にも長けた万能型のアサルトライフルだ。しかし、バラニウム弾の規格に合わせるため、もとより難航していた開発は更に難しくなったらしい。

 最終的に、完成品は専用弾薬で押さえられていた反動が多少強まってしまったと聞いた。

 

 

「俺はコイツで十分だな」

 

 

 暗闇に隠れていた両翼のガストレアを次々と蜂の巣にする夏世は、確かに中々の手腕ではある。だが、横顔は何処か淡々としていて、一抹の危うさを感じさせた。

 

 

「美ヶ月さん、敵が突貫を仕掛けてきました!中央を崩して勢いを削いでください!」

 

「ッ!分かった!」

 

 

 上の空だった意識は夏世の切羽詰まった声で戻され、すぐに現状を理解してバレット・ナイフのマガジンをバラニウム弾から火薬に換装してから刀身を装着。目前にまで迫った戦闘集団のガストレアへ向けて引き金を絞る。

 炸裂音を響かせて飛び出したバラニウムナイフは先頭の脳天を貫き、後方にいたガストレアも切り裂いて飛翔した。

 

 

「さて、全員殲滅してやる。先に死にたい奴から前に出な」

 

 




 え?冒頭であれだけ持ち上げておいて、将監サン全く良いトコ無しじゃないかって?

 ........まぁ、次話に期待しましょう。

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