ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-   作:緑餅 +上新粉

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今回の話は前話よりも長いです。どうしてこうなった...




11.召集

 数時間前────勾田高校。

 

 

 

 

「ん....電話か」

 

 

 こんな時間に誰だと訝しみながらも、机へ突っ伏していた頭を上げ、懐で震える携帯電話を掴んで発信元の名前を確認する。

 ───またなのか?木更さん。

 

 

「はぁ....依頼ですかね?社長さんよ」

 

『今は勤務時間外。普通に呼んで...と言いたい所なんだけど、ちょっとその仕事絡みで厄介事に巻き込まれそうよ』

 

 

 俺は彼女へ聞こえないように溜息を吐き、舞い込んで来る依頼はほぼ厄介事なんだが...と脳内で愚痴を溢す。危うく言いかけそうになったが、確実に話が逸れるし、当人の機嫌をいたずらに損なわせる要因となる。自重自重。

 

 

「あぁー、一体どんな?」

 

『防衛省に召集がかかったの』

 

「はい?」

 

 

 一度携帯から耳を離し、指を突っ込んで通気性の確認をする。...異常なし。では、一体誰がおかしいというのか。

 

 

『防衛省に、行くのよ』

 

 

 恐らく、この世の中がおかしくなってしまったのだろう。

 

 

 

 

          ***

 

 

 

 そして────現在。

 

 

 

 

「はぁ、こんな大層なトコでなにするってんだ」

 

「分からないから落ち着きが無いんでしょ?お互い様よ」

 

「...いつも通りに見えますが」

 

 

 前方を早足で歩きながら「そう?」と言った木更さんは、とても落ち着きが無いようには見えない。寧ろ、普段より凛々しくすら感じる。

 

 

「いや、こういう時だからこそか」

 

 

 俺は改めて、天童木更とは凄い人だと思った。

 月並みではあるが、かつて義父である天童菊之丞に、偉いさんの前を何度も歩かされた俺でも緊張を隠せないのだ。

 

 

「ここ、ね」

 

 

 先導してくれた案内役の職員へ会釈し、木更さんの見つめる第一会議室と白いプレートに書かれた扉に手をかけた。

 纏わりつく緊張感を振り払うように一息で開け放つと、小ぶりな扉の内側とは思えない程の広い内装と大きな円卓が視界に飛び込んできた。奥の壁には巨大なELパネルが嵌め込まれており、いかにも会議室といった設備内容だ。

 しかし、俺の目はそんなものより、円卓に着いている人物らへ視線が集中した。

 

 

「っ、木更さん。ここにいる奴らは...」

 

「ええ、間違いないわね。机に会社名が書かれた札がある...同業者よ」

 

 

 ただならぬ雰囲気を纏っているのは、その社長らだけではない。座る彼らの背後に影武者の如く控えているのが、

 

 

「民警と、イニシエーターか」

 

 

 民警らは皆何らかのバラニウム製武具を身に着けており、スーツ姿の社長らと比べると派手さ全開である。そして、一様に有り余る殺気を周囲へ振りまいていた。

 ある程度覚悟した以外の一般人がこの部屋に入れば、恐らく気分を悪くしてしまうだろう。

 と、そこまで思考を巡らせながら扉を閉め、歩き出そうとしたところで、唐突に視界へ影が差した。

 

 

「最近の民警はこんなガキを起用しなくちゃなんねぇほど堕ちたのか。...チッ、面汚しもいいトコだぜ?テメェらよ」

 

 

 これ見よがしに不快そうな体で暴言を吐きながら俺と木更さんの前へ立ちはだかったのは、黒い大剣を背負う、体格の良い不良のような風貌の大男だ。

 口元に黒を基調とした不気味な髑髏柄のフェイススカーフを巻いているが、もし取っていたら唾でも吐きかけてきそうな内容である。このままでは背後の木更さんまで標的にされかねないので、俺は彼女に視線を向けられないように歩み出て反論することにした。

 

 

「さっさと要件を言えよ。こちとら、お前が邪魔で通れねぇんだ」

 

 

 目前の男は苛立ち紛れに凄むだけだ。

 とはいえ、持ち前の三白眼も合わせれば逃げ腰になる奴が大半だろう。

 

 だが、あの仮面男のようなドス黒い狂気。

 

 そして、美ヶ月樹万の底知れぬ力量に比べれば、コイツの纏う空気は()()

 

 

「調子に乗んなガキが!今すぐその口利けなく────」

 

「止めないか、将監!」

 

「────ッ、三ヶ島さん!」

 

「これ以上荒事を起こす気なら、此処から即刻退出して貰うぞ!」

 

 

 彼...将監は、己が所属している会社の社長らしい三ヶ島という男の一喝を受けるが、食い下がろうと何かを言いかける。しかし、目を閉じてから大剣に掛けた手を離すと、大きく鼻を鳴らして俺を一睨みし、少し離れた部屋の壁に背中を預けて沈黙した。

 俺と木更さんは止めてくれた三ヶ島社長に会釈すると、「気にするな。こちらこそすまない」と言ってから申し訳なさそうに頭を下げ、天童民間警備会社という立札のある席を指で示してくれた。

 他の民警らは将監と同じように壁へ背中を預けていたが、俺は椅子に座った木更さんのすぐ隣に控えることにする。彼女は軽く身なりを整えると、さっき庇ったことのお礼を俺に言った。さりげなくやったつもりだったが、やはり見透かされてたか。

 彼女は照れる俺を見て少し笑うと、視線をあの男へ移してから口を開いた。

 

 

「彼は伊熊将監。IP序列は千五百八十四、ああ見えてかなりの実力者よ」

 

「千番台、なのか」

 

 

 道理で戦う意志が湧いてこなかった訳だ。仮に俺が拳を構えて飛び掛かっても、届く前にあの大剣で真っ二つにされるのがオチだろう。

 まぁ、義眼と義手義足を使えば何とかなりそうではあるが...

 

 ここで、先ほど俺たちが入って来た扉の方から、数人の男らの話し声が聞こえて来た。

 やがてその渦中にいる、スーツを着た大柄な禿頭の男が、数回職員と言葉を交わしてからELパネルの前に立ち、低く通る声調で場の静寂を破る。

 

 

「諸君らにここへ集まって貰った理由は、とある依頼を受けるか受けないかの可否を問うためだ。依頼は政府からものだと思ってくれ」

 

 

 これだけのプレッシャーを受け、しかし一切声を震わせずに言葉を紡ぐ男へ、俺は少なからず感銘を受けていた。

 彼はそこで一旦言葉を切り、周囲を見回すと、ある一点に視線を固定させた。

 

 

「む、空席が一つか」

 

 

 男の言った通り、向けた視線の先には誰も着席していない空の席が存在していた。

 この場へ来た当初から気になっていた、俺たちのいる席から六つ隣にある『大瀬フューチャーコーポレーション様』と書かれた札の席だけが空という事実。一応顔見知りではあるため、社長とその秘書の顔が一瞬脳内にちらついたが、話を再開させた禿頭男の声で現実に引き戻される。

 

 

「今回はこの場を見て分かるように、特殊な依頼内容となっている。そのため、一度説明を聞いた後での辞退は原則不可能だ。...この条件が呑めぬ者は部屋から退出して欲しい」

 

 

 普通、この状況で堂々と席を立ち、部屋を出ていく人間はそういないだろう。

 それにしても、狙ってやってるのだとしたら性格が悪い。個人が集団に属する時は、その意見や行動を多数派へ委ねる心理現象が連鎖的に起きる事は、容易に想像出来るだろうに。

 その予想通り、場の誰ひとりとして席を立つ者はおらず、男は目を閉じて一言、「よろしい」とだけ答えたあとに身を退いた。

 

 

「では以降、依頼の説明はこのお方に行ってもらう」

 

 

 そう言葉を切った途端パネルが発光し、美しい銀髪の少女が映し出された。

 

 

『ご機嫌よう、皆さん』

 

 

 これを視界に入れた社長らは、目前の木更さん含めて椅子を倒さんばかりに立ち上がった。───これは一体何の冗談だ?

 しかし、紛れもなくディスプレイに映し出される少女は東京エリアの国家元首、聖天子その人である。背後にもお馴染みの天童菊之丞が付き添い、微動だにせず瞳を閉じていた。

 俺は生唾を飲み込み、己が何かとんでもないことに巻き込まれたのではないかという憶測を懸命に振り払う。

 

 

『依頼内容は至ってシンプルです。昨日東京エリア内に侵入して感染者を一人出したガストレアの排除、対象の体内に取り込まれている筈のケースを無傷で回収して下さい』

 

 

 聖天子が言い終えたと同時に、画面端へ件のケースの写真が出現し、矢鱈と0が並ぶ長い数字も一緒に表示された。これは恐らく報酬金額だろう。

 それにしても、一、十、百、千、万...こりゃ出し過ぎじゃないか?

 この場の全員もそう思ったらしく、目に見えて困惑の色が強くなり始めた。

 

 

「質問、宜しいでしょうか?」

 

 

 混沌としてきた会議室内の空気に変化をもたらしたのは、木更さんの澄んだ声だった。

 聖天子は木更さんに目をやり、暫しの間を置いてからその口を開く。

 

 

『貴女は?』

 

「天童民間警備会社社長、天童木更と申します」

 

『────お噂はかねがね、聞いております』

 

 

 彼女の名を聞いた瞬間、今までの泰然とした雰囲気を少し崩したが、すぐに取り繕って質問を了承した。それを聞いた木更さんは視線をディスプレイに表示されたシルバーのケースへ向けると、真剣な顔付きで問う。

 

 

「ケースの中身について、何が入っているのか知りたいのです」

 

『それは答えられません。依頼人のプライバシーに関わります』

 

「....感染源とはいえ、被害者と同因子のモデルスパイダーなはず。その程度、私の下に所属するプロモーターで十分対処可能です。これでは、示された高額報酬と、この場に集められた敏腕な民警や社長各位に見合いません」

 

 

 ───俺は冷や汗が止まらなくなってきた。

 我が社の社長は、一旦熱が入ると周りが全く見えなくなる悪い癖がある。このままでは何を口走るか分かったものではない...が、今の状況で俺が口を挟むと高確率で木更さんと口論になるだろう。そんな痴態は社内だけに留めたい。絶対に。

 

 

 ────カラン────。

 

 

 

「っ?」

 

 

 唐突に響く、あまりにも場違いであろう軽快な音。

 社長らにも聞こえたようで、辺りがざわつき始める。俺は訝しみながらも音源を探していると、円卓の上に妙な物を見つけた。

 

 

「アイスの...カップ?」

 

「え?」

 

 

 俺の口から出たその言葉に木更さんは変な顔をしたが、視線を同じ方へ向けると目を見開いた。

 やがて一人、また一人と巨大な卓上の中央に置かれた紙製の容器へ視線が集まり、室内は瞬く間に喧噪で包まれる。

 転がっているのは、コンビニやスーパーに行けば定価数十円で手に入る、何の変哲もないカップアイス。だが、非常識なタイミングで常識が割り込めば、非常識を念頭に置いていた人間は常識の存在を訝しむ。

 

 

『皆さん、落ち着いて下さい!』

 

「っ!」

 

 

 これまで生きて来て聞いたことのない聖天子の声色に、それまで喧々囂々としていた会議室内は静まり返った。

 

 

『疑問は多々あると思います。ですが、皆さん方にお任せするこの依頼は、間違いなく東京エリアの存亡に関わる事です』

 

「ならば、やはりケースの中身を公開するべきでは?」

 

『────それは』

 

 

 三ヶ島社長の追及するような声に言いよどむ聖天子。失礼に値するだろうが、東京エリアの存亡が天秤に掛けられているとなれば話は別だ。

 国家元首たる彼女も、俺たちへ碌な説明も出来ない事が悔しいのだろう。視線を逸らしながらも、辛そうに眉根を寄せていた。

 

 しかし、唐突にそんな場面へ凡そ似つかわしくない笑い声が響いた。

 

 室内にいる全員へ再び緊張が走り、俺も注意深く回りを見渡す。

 

 

『何者です?姿を現しなさい』

 

「私は此処だ」

 

 

 聖天子の問いかけに答えた声は、横。空席だった大瀬フューチャーコーポレーションの椅子に、両足を机へ上げて座る仮面男から放たれたものだった。

 怪人が突然真横に現れたであろう両隣の社長二人は、悲鳴を上げながら椅子から転げ落ちてしまう。それを見た仮面男は、これ見よがしに両手を上げながら溜息を吐いた。

 

 

「いやぁ、君たちは本当にトップの民警やその飼い主なのかい?私が()()()()落としてしまったソレを見ても気付けないうえ、寂しくなって声を上げてみれば、大の大人が高価なスーツを汚して情けなく這いずり回るとはねぇ...ククッ」

 

 

 仮面男は笑いながらも、円卓の上に転がる空のカップを器用に足で持ち上げる。...いや、そんなことより、だ。

 

 何故ここにあの男が───蛭子影胤がいるのだ?!

 

 

「テメェ!どっから入って来やがった!」

 

「おっ、その声はいつぞやの民警くんかね?」

 

 

 奴はそう言うと机に乗せていた両足を着き、どういう訳かそのまま上体を起こして見せた。まるで弥次郎兵衛のようだ。

 卓上に直立すると、影胤はこちらを向いて首を傾げた。

 

 

「んー、あのお姫様はいないのかい?」

 

「生憎、学校抜け出してそのまま来たんでな」

 

「そうかい、残念だ...っと、そういえば」

 

 

 彼は急に思い立ったかのような声を上げると、踵を軸に九十度回転し、聖天子の映るELパネルへ向き直った。

 

 

「私の名は蛭子影胤。お初に御目にかかるねぇ、無能な国家元首殿」

 

 

 そして、シルクハットを片手で掴み、丁寧なお辞儀をして見せる。

 先の読めない行動に悪寒を覚えた俺は、腰からXD拳銃を引き抜いて影胤へ向けた。その隣で木更さんが泡を食っていたが、聖天子は俺の行動を見ても声色を変えない。

 

 

『この場に忍び込んだ目的は何です?』

 

「君たちが欲しがっているケースの中身...『七星の遺産』を見つけるレースにエントリーしようと思ってねぇ」

 

『!』

 

 

 聖天子は目を見開き、影胤の言葉で明確に動揺を露わにする。...それで分かった。奴の言った七星の遺産とやらが、ケースの中に入っている物の正体なのだと。

 影胤はざわめく社長らを満足げに眺めるが、何故か俺の背後を見た所で視線を止めた。

 

 

「....ん、そろそろ焦れているね。ほら、おいで小比奈。自己紹介だ」

 

「むぅ、遅いよパパ」

 

「なッ!」

 

 

 影胤が声をかけたと同時、俺のすぐ後ろから幼い少女と見られる不満げな声が発せられた。いや、そう普通に聞くだけなら別段驚くことは無いのだが、気を張っているこの状況で全く気配を感じられなかったのは異常だ。

 

 少女は俺に突きつけていた小太刀のようなものを腰の鞘へ仕舞い、すぐ横を通り過ぎて円卓にのぼ...ろうとするが、身長差で足をばたつかせていた。

 何とか片足を卓上に乗せ、そこから無事に昇り終えると影胤の下へ移動し、聖天子へお辞儀をする。

 

 

「蛭子小比奈。パパのイニシエーターだよ」

 

 

 自己紹介の最後に口角を吊り上げ、純粋さの中にある狂気を垣間見せた小比奈。彼女がイニシエーターということは、影胤は民警だったのか...!

 そして、すぐに俺の方へ小太刀を再度突きつける。

 

 

「アイツ、さっきから鉄砲をパパに向けてる。他の人たちも私を見てる。斬りたい、パパ」

 

「駄目だよ。まだゲームは始まっていないんだからね」

 

「むむぅ」

 

 

 小比奈は膨れっ面をつくると黙り込み、アイスのカップを弄び始める。

 今しがた気が付いたのだが、彼女の小太刀から血が滴っている。恐らく、防衛省内の警備員や職員のものだろう。無事だといいのだが。

 と、ここで部屋の奥から足音と金属が擦れる高い音が響いてきた。

 

 

「さっきからゴタゴタうるせぇんだよ」

 

 

 音源の方へ顔を向けると、かなりの怒気と共に伊熊将監の低く威圧するような声が続けて空気を震わせた。

 そして、言い終えると同時に奴は持っている大剣を肩に乗せ、地を蹴る。

 

 

「────黙って斬られろォ!」

 

 

 早い。

 

 移動速度もさることながら、あれほど巨大なバラニウムの塊を振り回せる人間はそういない。流石の影胤も、構えをしていない状態から攻守に回るのは出来ないだろう。

 

 

「ッ?!」

 

 

 だが、そんな必殺と言ってもいい一撃は、彼より一回り以上小柄な少女に拍子抜けするほど、いとも簡単に弾かれてしまった。

 

 

「弱いね。斬っていい?」

 

「...ちっ!」

 

「将監、下がれ!」

 

 

 銃を構えた三ヶ島の声にすぐさま意図を悟り、将監が後退する。それと同時に、影胤らを除くこの場の全員で銃撃を開始。バラニウム弾の雨が降り注ぎ、二人は避ける術無く全身に穴を空ける────はずだった。

 

 

「なッ...バカな!」

 

 

 俺は思わず叫ぶ。何故なら、あれだけ激しい掃射のあとにも拘わらず、影胤は何事もなかったかのように同じ場所へ佇んでいたからだ。

 

 問題はまだある。攻撃していたはずのこちら側に負傷者が出ている事だ。どうやら跳弾によるものらしいが、一体どうやってあれだけのバラニウム弾を捌いたというのか。

 

 

「里見くん!あれッ」

 

「────?」

 

 

 木更さんが何かに気付いたらしく、帯刀する刀の柄に手を掛けながら影胤を指さした。俺はそれを目線で追うが、特に変わったところは無い。

 

 

「いや、なんだ?あれは」

 

 

 申し訳程度に一人が撃った弾を弾いた時に見えた。...半透明の防壁がドーム状に展開しているのを。

 まさか、あれが。

 

 

「斥力フィールド。私はイマジナリーギミックと呼んでいる。これを可能とするために、自身の身体をほぼバラニウム製の機械に入れ替えてしまっているがね」

 

「機械、化」

 

「クク。そう!私は元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊『新人類創造計画』、蛭子影胤だ」

 

「機械化特殊部隊だと?バカな、あの対ガストレア用特殊部隊が存在するはずはない!」

 

 

 三ヶ島が虚言だと責めたてるが、当の本人は取り合わず、芝居めいた動きでこちらに背を向けると、首を傾けて視線のみを飛ばしてくる。

 窓ガラスから差し込む陽が逆光となり、笑顔を象る白貌の面が不気味に耀いた。

 

 

「別に、信じろとは言わないさ。じゃ、私はそろそろ御暇させて貰うよ?───おっと、でもその前に」

 

 

 影胤は何処からともなく取り出した白い布を手に掛け、三つ数えて払う。するとそこには、普段あまり見る事の無い出来過ぎなプレゼントボックスが乗っていた。

 それを足元の円卓へ置くと、俺を呼んだ。

 

 

「里見くん、これは私からの贈り物だ。皆に自慢してやるといい。ヒヒヒ」

 

 

 彼は背後の俺を横目で眺め、片手で仮面を押さえながら嗤う。そして、すぐに両手を広げて高らかに宣言した。

 

 

「では、残り少ない時間を有意義に過ごしてくれ、諸君!...行くよ、小比奈」

 

「うん、パパ」

 

 

 二人は卓上を歩き始め、出口とは反対側の窓辺へ向かう。

 

 このまま逃がすのか、俺。

 奴らは間違いなく、これから東京エリアを破滅に導くだろう。それだけの力が、実力がある。

 それでも、俺は────

 

 

 天童式戦闘術二の型十六番、

 

 

 

「『隠禅・黒天風』ッ!」

 

 

 迷いを振り切って猛然と駆け出し、円卓へ片足を着いて跳躍。前を向く影胤の後頭部へ回し蹴りを放つ。

 完全な不意打ちだ。このタイミングなら確実に対応不可能───!

 だが、直後正体不明の一撃が顎へ炸裂し、視界に映る光景が回転した。

 

 

「がはッ!?」

 

「弱いくせに、パパに逆らうな。パパを倒していいのは、タツマだけ」

 

 

 知っている名前が聞こえた気がするが、卓上へ激しく身体を打ち付け、地面に転げ落ちた衝撃で聴覚が機能しなくなる。

 

 薄れる視界の中、二人は会議室内の窓を破って逃走して行った。

 

 

 

          ****

 

 

 

 目が覚めたのは、病室のベッドでだった。

 頭を押さえながら周りを見回すと、隣に木更さんが座っており、軽度の脳震盪で意識を失っていた事を伝えられた。それが終わると、なんであんな無茶をしたのかと説教が始まってしまう。しかし、勿論反論できる立場ではないので、赤べこのように頭をひたすら頷かせるしかない。

 一頻りお小言を言い終えた木更さんは、俺が寝ていた間にあったことを掻い摘んで説明を始めた。

 

 

「な、あの箱に入っていたのは───!」

 

「ええ、大瀬フューチャーコーポレーションの社長の()らしいわ」

 

 

 俺は歯噛みするが、顎に激痛が走りすぐに止める。

 

 そして、影胤がケースを奪うという宣言をし逃走したあと、聖天子からとんでもない言葉が放たれたらしい。

 

 ───七星の遺産とは、ステージⅤガストレアを呼び寄せる触媒である───。

 

 そんなものが影胤の手に渡れば、東京エリアは間違いなく滅びる。それを危惧した聖天子は任に就く際、蛭子影胤、小比奈ペアの存在に最大限の注意を払うように通達した。

 

 

「アイツは...強い。だけど」

 

「ええ、分かってるわ」

 

 

 蛭子影胤、蛭子小比奈との圧倒的な実力差を痛感した複数の民警たちは、その多くが戦意喪失してしまったらしい。

 千番台の筆頭である将監がああも簡単にいなされ、あの場にいた全員の掃射も斥力フィールドとやらで無傷。確かに、そんな光景をまざまざと見せつけられれば、挑むのは自殺行為に等しいと分かる。

 

 

「それでも、蛭子影胤には勝たなければならない、ね」

 

 

 決然とそう言った木更さんは、戦意に溢れていた。

 まぁ、戦うのは俺なんだけどな。

 

 

「木更さん、絶対に俺たちの手でケースを回収しよう」

 

「うん...そうしたいところなんだけど」

 

「?」

 

 

 何故か歯切れ悪く言葉を濁す我が社の社長。そこはかとなく嫌な予感がするが、この真実を知らなければ先へ進めない。

 俺は観念して、彼女の言葉を促すことにした。

 

 

「えっと、一体どうしたんだ?」

 

「お金」

 

「んっ?」

 

「この前入って来たお金、全部溜まってた借金返済に当てちゃったから...じ、自力で探してね☆」

 

「はいぃ!?」

 

 

 前途多難である。

 

 




 夏世ちゃん期待していた人はごめんなさい....。オリ主パートで沢山登場させる予定ですので。
 というか、避けていたらイニシエーター全員の影が薄くなってしまいましたね。ち、ちゃんと会議室にはいましたよ?


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